2023年11月9日木曜日

マリリン・マンソン・ノー・リターン

2023年11月6日、今年のルノードー賞は1965年生れの女流作家アン・スコットの10作目の小説『Les Insolents(無礼な人々)』に与えられた。1990年代の音楽(ロック、テクノ、ファッション、映像、アンダーグラウンドカルチャーから出てきた人で、ヴィルジニー・デパントと同棲していた時期もある。1990年代から”パリの音楽業界人”であった私とも近くにいてもおかしくなかったようななつかしさがある。デパントが”大作家”になったこととは距離ができたであろうが、書き続けていたのだね。10作めでルノードー賞ということは「やっと認められた」感は否めないが、書き続けてよかったのだ、と祝福したい。受賞作は後日当ブログで必ず紹介する。
2001年、私のウェブサイト『おフレンチ・ミュージック・クラブ』は彼女の2作目にして、アン・スコットの名(フランシス・スコット・フィッツジェラルドから拝借したペンネーム)を一躍世に知らしめた小説『スーパースターズ(Superstars)』を紹介していた。読み返して”あの時代”が無性になつかしくなった。以下に再録するので、この感じ、共有できる人たちがいてくれたらうれしい。

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これはウェブ版『おフレンチ・ミュージック・クラブ』(1996 - 2007)上で2001年1月に掲載された記事の加筆修正再録です。


Ann Scott "Superstars"
アン・スコット『スーパースターズ』


(Flammarion刊 2000年10月)

2000年の大ベストセラーのひとつで、元広告マンによる広告業界の内部告発的な小説『99フラン』を書いたフレデリック・ベグベデは、今テレビでかなり露出している作家/評論家となっていて、言うことも容姿も私にはたいへん苦手な男なのだが、こいつがテレビでこのこのアン・スコットの2作目の小説を「クリスティーヌ・アンゴのテクノ・ヴァージョン」と紹介したのだった。
 私は本欄でクリスティーヌ・アンゴを2冊紹介するほど、アンゴを高く評価する者であるが、このベグベデの安直なアンゴのカタログ化にややむっとくる。彼が言いたいのは、ナルシスティックな美貌の持ち主であること、超高速で興奮しまくりかつ問答無用のエクリチュール、バイセクシュアルであること、といったことなのである。この条件が揃えば誰でもアンゴというわけにはいかんだろうに。
←2000年代のアン・スコット
 アン・スコットは1996年に最初の長編小説”Asphyxie(窒息)"を発表していて、パンクロックと死を通奏低音とするこの小説は、文学誌だけでなくロック・ジャーナリズム(ロック&フォーク誌、レ・ザンロキュプティーブル誌等)からも高く評価された。それに続くこの『スーパースターズ』は音楽環境をロックからテクノに変えて、その音楽的状況描写も多く含みながら、パリのエレクトロミュージックシーンの現場内部にる若い女性群像を描いている。
 音楽アーチストの話者(私=ルイーズ)は、ふたつの大恋愛に終止符を打って、独り身の生活を送っている。最初の恋人はニッキという名の男。キース・リチャーズを心の師として70年代的な職人気質のギタリストで、彼のリーダーシップの下でルイーズはベーシストとなり、大いなる音楽的影響を受けることになる。次の恋人がアレックスという女。金持ちの娘にして売れっ子のDJ。ルイーズはこの女からレスビアンの性技四十八手裏表(カーマスートラと言うべきか)を教わった。このアレックスとの破局の末、行く先を失って、パリのクラブ「レックス」でぼろぼろになっているところからこの小説は始まる。助け舟はたまたま居合わせた造形アーチストのアリス(ニッキの妹)で、アリスとアパルトマンをシェアしているファッションクリエーター見習いのパラスと共に、ルイーズを共同生活者として迎えいれる。
 パラスは最初ルイーズに対して露骨に意地悪で、分の悪い家賃の折半や彼女の作った家内規則(あれもいけない、これもいけない)を押し付けてきたのだが、まもなくしてアリスが独立してこのアパルトマンを出て行き、パラスとルイーズの二人暮らしとなった時点で急激に融和し、密接な友好関係となって、加えて時には同じベッドで寝るということになる。しかしパラスはどう思っていたかは明らかではないが、ルイーズにとってこれは恋愛ではなくダチづきあいでしかなく、身を焦がした過去の二つの恋愛のような重要さは微塵もないと思っている。アレックスとの濃厚強烈な同性愛関係をやめたあと、どちらかと言えば精神的で音楽的なニッキとの関係への懐かしみも強くなる。またフィジカルな欲求だけならば、セフレの男友だちもいるし、アレックスとの強烈なプレイを再現することも可能だ。しかしながらルイーズの求めているのはそういうものではない。
 RMI(最低生活補償支給)の受給者であり、明日をも知らない生活を送っていたルイーズに、レコード会社ヴァージンが契約書とアルバム1枚制作の前払金10万フラン(約180万円 = 当時)を送ってきた。すでに音楽で糧を得て生きているニッキとアレックスと肩を並べたようなものだ。31歳にしてやっと巡ってきたチャンスに、ルイーズは自分が生きて愛してきた音楽のインテグラルなサウンドを創造しようと企てる。すなわち、70年代のロックと今日のエレクトロ・ミュージックの統合であり、ニッキとアレックスから影響されたもののすべてである。
 そういう一大転換期に、ルイーズは17歳の少女イネスと出会う。イネスはその時アレックスの寵愛を一身に受けていて、あとでわかるのだが同居人パラスもひそかに想いを寄せている美少女である。最初にルイーズに言い寄ってきたのはイネスだった。歳の差のこともあり、アレックスとパラスの手前もあり、ルイーズは当初は躊躇し、抵抗していたのだが、なんともあっけなく陥落してしまう。激愛してしまう。電話を待ってそわそわし、こっちからかけるべきかな、こっちからかけたらどう思われるかな...そわそわ、いらいら... といった感じの少女向け恋愛ロマンのような純愛描写が可笑しい。そしてこの四角関係を恐れず、ルイーズはイネスにすべてを賭ける、というレベルまで燃える恋心を昇華させていく。
 ところが、現実はルイーズの思惑とは激しくかけ離れていて、アレックスと別れてすべてを捨ててルイーズのもとに来ると言っていたイネスは土壇場で裏切るし、ことの次第に呆れ果てたパラスはルイーズとの親友関係を一刀両断に断ち切ってしまう。すべてに絶望し自分を失ったルイーズはドラッグで底無しのジャンキーに転落し、やがてヴァージンからの前払い金で新しいアパルトマンと契約して新しい生活を開始する、というところで小説は終わる。

  (2023年ルノードー賞小説『無礼な人々』を持つアン・スコット→)
 私には親しい音楽業界の若い女性たちの口から出てくるような、テクノ〜エレクトロの内輪ボキャブラリーが随所に見えるこの小説は、アーバンな若い女性の街言葉口語体で書かれていて、活字行間のつまった310ページという長さにもかかわらず、かなりのスピードで読むことができる。そういう意味ではポップな小説なのかもしれない。しかし、テクノにはメッセージがない。この小説の中で引用されるのは、ローリング・ストーンズ「ギミー・シャルター」、マリリン・マンソン「ザ・ドープ・ショー」といったロックのリファレンスである。特にマリリン・マンソンはこのテクノ的環境にありながら、例外的に光り輝く純粋精神の象徴のように、これらの若いアーバン女性たちに憧憬されている。
 そして小説の山場として訪れる、この31歳の女性の純愛の急上昇と急降下は、アン・スコットのバックボーンそのままにパンクでありトラッシュである。読む者のセンセーションは、ノイジーな轟音ギターがギョイ〜〜〜ンとフィードバックして鳴り止まない状況に似ている。
 かのベグベデが紹介の時に強調していたが、かなり濃密な同性愛の情交シーンの描写があり、さらにかなり濃密なドラッグ体験の描写がある。流血しながら愛し合うイネスとルイーズのパッセージは実にショッキングであるが、まさにエレクトリックなこの小説の純愛表現はこうでしかありえなかったのだろう。マリリン・マンソンのステージショーはこの小説の中でリアルな現実である。しかしマリリン・マンソン的ヴィジュアル表現がこの小説を代表するものでは断じてない。

 最後に小説の中でルイーズのダチでジョーク好きのエヴァがいくつか話す「金髪女ジョーク(blagues sur les blondes)」の中の最高傑作を紹介しておく。
ある金髪女がクリスマスの日に会社をクビになった。家に帰ると今度はその彼氏が女と別れると言う。女は車に乗りひとっ走りして来ようと外に出たが、そこで女は大事故に遭遇してしまい、車はぺしゃんこになってしまう。もう私の人生はすべて台無しだと嘆き、女はモンパルナス・タワーまで歩いて行って、そのてっぺんから身投げしようと決心する。さあ、いざ身投げしようとした瞬間に、女の背後から「やめなさい」という声がする。振り向くと、なんと驚いたことにそこにはサンタクロースが立っている。女はサンタクロースにことの次第を説明する「私はこの24時間のあいだに仕事も恋人も車も失ってしまったのです、だから死にたいのです」と。するとサンタクロースは優しく「よしよし今宵はクリスマスだからおまえにも贈り物をあげよう。地上に降りたらまっさらの新車がおまえを待っておるし、家に帰ったらおまえの恋人がおまえを抱きしめてくれるだろうし、明日会社に言ったら会社は何事もなかったようにおまえを迎えてくれるだろう」と。女は仰天して心躍らせ「なんてすばらしい贈り物なんでしょう。私はあなたにどうやってお礼したらいいでしょう?」と。すると赤装束の老人は「ご存知の通り、私は天の世界ではトナカイたちと一緒だが、寂しい思いをしておる。だからちょっとだけ慰みごとをしてくれるとうれしいのだが...」と。金髪女はあまり気が進まなかったが、タワーのてっぺんで周りには誰もいないし、まあ事態が事態であるから、と思い、ひざまずいてサンタクロースの赤いマントの中に分け入った。サンタクロースは女の髪を撫でながら聞いた「おまえの名前は何と言う?」。金髪女は口いっぱいにものをほおばりながら答えた「私の名はパメラです」。サンタクロースは女の髪を撫で続けながら聞いた「パメラは歳はいくつかね?」。金髪女は口いっぱいにものをほおばり続けながら答えた「32歳です」。するとサンタクロースは言った「パメラ、おまえは32歳にもなってサンタクロースを信じているのかね?」
(↓)マリリン・マンソン「ザ・ドープ・ショー」


(↓)あまりいい動画ではないが、2000年12月、国営テレビFrance 2 のティエリー・アルディッソンのトークショー"Tout le monde en parle"に自著"Superstars"のプロモーションで出演、アルディッソンのしょうもない質問に答えるアン・スコット。

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