2023年11月2日木曜日

ひとかけのシクルさえあれば

Francis Cabrel "Un morceau de Sicre"
フランシス・カブレル「ひとかけのシクル」

から(ほぼ)ちょうど3年前、2020年10月にリリースされたカブレルの14枚目のアルバム『蘇った夜明けに(A l'aube revenant)』は、自らブックレットに記してあったようにオクシタニア/トルバドゥール文化に直接的にオマージュを捧げる曲が4曲もあり、南西フランスの文化遺産に強烈にインスパイアされた作品だった。その中の1曲「中世のロックスターたち(Rockstars du moyen âge)」の歌詞はフランス語とオック語で書かれていて、共同作詞者としてクロード・シクルの名がクレジットされていた。
クロード・シクル
(1947 -  )はトゥールーズのオクシタン・カルチャー・リヴァイヴァルの旗手的音楽デュオ、ファビュルス・トロバドール(活動開始1986年)を率い、アルノー・ベルナール地区での住民文化運動、マイノリティー言語を擁護する国際言語フェスティヴァルなど多岐にわたる文化活動で、トゥールーズの行動的大衆文化人として広くからリスペクトされている現在76歳の(長髪の)万年青年。フランシス・カブレルが長年根城としているだけでなく活動の本拠地(録音スタジオを含む)としている小さな村ロット・エ・ガロンヌ県アスタフォールはトゥールーズとは100キロ離れているものの、オクシタニアの都トゥールーズの文化圏に属していると言えよう。カブレルのプロミュージシャンとしてのデビューは今や伝説となっているトゥールーズの録音スタジオコンドルセ(Studio Condorcet)であり、パリに行くことなくカブレルはそのシンガーソングライターとしての土台を築いた。土地の文化人クロード・シクルとは古くから交友していたようだが、それはオクシタニアとトルバドゥール文化の伝道者にして碩学のシクルがカブレルにその奥深い歴史あるオック文化を教授し、インスピレーションを与えるものだった。言わば師弟のような。おかげで非オック語者だったカブレルもかなりのオック語つかいになっている。
  上述の前アルバムに収められた「中世のロックスターたち」はアルバム発表の2年前2018年に、トゥールーズの北東に位置するアヴェイロン県都ロデスのフェスティヴァルで(クロード・シクル見守る中で)、オック語の男声ポリフォニーグループ Corou de Berraを従えたアンサンブルで初演されている。これがフランシス・カブレルのオック語歌唱のデビューであった。(↓2018年ロデス撮影の動画)



(↓)参考までに。これは同じフェスの時期にロデスで録画された(フランシス・カブレルを相手に)トルバドゥールの歴史を講釈するクロード・シクル。


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とまあ、ここまでがクロード・シクルとフランシス・カブレルの3〜4年前の大接近+カブレルの”オクシタニア人”としての目覚めみたいな前触れである。
2023年、カブレルは新アルバムを作れるような状態ではなく、言わばアイディアの枯渇期なのだそうだが、焦って作ろうという気は全くなく、天からのインスピレーションを気長に待っている。このシングル盤は2014年に娘のオーレリー・カブレルが地元アスタフォールに設立した音楽制作会社(+アスタフォールの録音スタジオ運営) Baboo Music のために作った。オーソドックスな方法での(独立の)音楽制作事業が大変難しい時期であるのを見ての、父親からの援助みたいな動機だと思う。だからカブレル所属のメジャー会社(Sony Music)はこのシングル盤に関与していない。ラジオ等にオンエアされないのはそのせいであろう。
 曲はクロード・シクルとその町トゥールーズへのオマージュである。曲名”Un morceau de Sicre"(シクルひとかけ)は、"sucre"(シュクル=砂糖)との駄洒落であり、通常”角砂糖ひとかけ”と言うところを”シクルひとかけ”としたわけ。ところで"Un morceau de sucre"という曲名(フランス語訳であるが)の曲は存在する。1964年ディズニー映画『メリー・ポピンズ』、原題(英語題)では”A spoonful of sugar"、日本語題は「お砂糖ひとさじで」となっている。(↓)フランス語吹き替え版『メリー・ポリンズ』から "Un morceau de sucre"、なんという名曲!


 さてこちらは"Un morceau de Sicre"(シクルひとかけ)、作詞作曲フランシス・カブレル。クロード・シクルの地区住民運動の拠点アルノー・ベルナール地区ほか、さまざまなトゥールーズを象徴するものが歌詞に登場する。フットボールはそれほど強くはないが、ラグビーは滅法強く、その黒と赤のチームカラーは楕円形ボール世界ではつと有名。トゥールーズを代表する音楽アーチストではクロード・ヌーガロ(1929 - 2004)を忘れてはならない。歌詞中では "ville où les Claude suivent"(クロードたちが次々に現れる町)となっているが、これはクロード・ヌーガロ→クロード・シクルと複数の偉大なクロードの町という意味。そしてレ・モティヴェ(Les Motivésゼブダ、ムース&ハキム、同名の市民運動)、それから今日最もポピュラーなトゥールーズの兄弟ラップ・デュオ、ビッグフロ&オリも歌詞で出てくる。超売れっ子のこの兄弟ラップはこの歌の公式クリップの中にも登場している(3分7秒め)。クリップにはトゥールーズの往年の音楽人たち(ジャン=ピエール・マデール、ミッシェル・アルトメンゴ、エミール・ヴァンデルメール、リシェール&ダニエル・セフなど)も出演している。もちろんクロード・シクルその人も(2分45秒め)。

美しいトゥールーズは路線バスのバレエで目覚める

前日と同じような一日だけど、温度は少し上がっている

アルノー・ベルナール地区の空で数羽の鳩が追いかけごっこ

カフェ・ノワールにシクルひとかけ
カフェ・ノワールにシクルひとかけ

これはと大いなるミステリーだが、ここで生きるのはみんな100%なんだ
外に出ていくと何もやることがない、「いつ戻るんだ?」ってことばかり気になる

それは磁力波か特別な空気でつながりあっているのか、誰も知らない
カフェ・ノワールにシクルひとかけ

カフェ・ノワールにシクルひとかけ

 

さあ歌えや歌え、燃え上がる町、動け、黒と赤の町、

レ・モティヴェが生きる町、クロードたちが次々に現れる町、
大河の町、炎の町、ビッグフロとオリがスラム詩を詠む町

直立する町、誇り高い町、キャピタルになる条件をすべてを持った町

ここではすべてのボールが楕円形、群衆の中では
誰かが必ずそのトランクの中にコショネとペタンク玉を持っている
土地が人間を作り、みんなその鏡の中で育っていく
カフェ・ノワールにシクルひとかけ

カフェ・ノワールにシクルひとかけ

妖精が降りてきて、そこを歩く通行人とトルバドゥールに変えてしまう
突然そいつは口達者になり、チャチュ(辻説法)を披露する
それは歴史の奥底からやってきたアーバンミュージック
カフェ・ノワールにシクルひとかけ
カフェ・ノワールにシクルひとかけ

さあ歌えや歌え、燃え上がる町、動け、黒と赤の町、

レ・モティヴェが生きる町、クロードたちが次々に現れる町、
大河の町、炎の町、ビッグフロとオリがスラム詩を詠む町

直立する町、誇り高い町、キャピタルになる条件をすべてを持った町

美しいトゥールーズは路線バスのバレエで目覚める

前日と同じような一日だけど、温度は少し上がっている


(↓)オフィシャルクリップ



Francis Cabrel "Un morceau de Sicre"
7"single Bamoo Music/Kuroneko FC45T23
フランスでのリリース:2023年10月13日

カストール爺の採点:★★★★☆


(↓)「中世のロックスターたち」(2021年、カブレル”トロバドール・ツアー”のDVDより)

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