2019年12月24日火曜日

2019年のアルバム: オアジス・イズ・グード

イヴァン・ティルシオー『オアジス』
Ivan Tirtiaux "L'Oasis"
Oasis is good mais tu peux pas comprendre.

ルギーのインディー・シーンの人。もう42歳なのにこれがまだセカンド・アルバム。ファーストアルバム『飛翔(L’Envol)』(2014年)に関しては、2016年3月15日号のOVNI紙上でレビューしたので、読んでみてください。
 ブラジル寄りの変則コード進行と、ニック・ドレイク or ディック・アネガルンを想わせる複雑なアコースティック・ギター奏法、そして深みのあるヴォーカル、イヴァン・ティルシオーはそれだけでも十分な魅力があるが、私がファーストアルバムで評価したのはそういう職人的で丁寧な曲作りと、ジョルジュ・ムスタキに近いゆったり余裕ある浮遊感であった。このセカンドアルバムではそういう余裕とか"遊び”とかがスパっと削がれて、厳しい意匠心で作られたような純度の高さがある。曲数もファーストが11曲と少なめだったのに、新作はさらに少なく8曲になった。短くなったというわけではない。5分を越す長い曲が3曲。そしてその8曲のうち、2曲がカヴァーである。その1曲はジョルジュ・ブラッサンスの「哀れなマルタン(Pauvre Martin)」。一生不平も言わず畑を耕し続けた農夫マルタンが、最後に自分の墓を自分で掘って、人に迷惑をかけまいと死んでいく、それだけの凄絶な歌なのだが、ティルシオーはブラッサンス のように淡々と処理せずに、農夫の肖像画を描くようにデリケートに展開していく。このヴァージョンは良い。もう1曲は1934年ジャック・ドヴァル作の劇『マリー・ギャラント』の挿入曲で、パリ亡命中のクルト・ワイルが作曲した「大怪物リュスチュクリュ(Le Grand Lustucru)」。夜眠らない子供たちを食べてしまう怪物リュスチュクリュをテーマにした子供を寝かしつけるための伝承歌からインスパイアされたが、1934年の怪物アドルフ・ヒトラーをあてこすった抵抗歌である。美しくも退廃的なキャバレー音楽をティルシオーはトム・ウェイツモードでニュアンスたっぷりに歌っている。

この2つの良質なカヴァーに刺激されるかのように、残り6曲のオリジナル(今回は作詞作曲イヴァン・ティルシオー)も素晴らしい。
 アルバム冒頭の「石(Caillou)」は"愛の砂漠”のようなテーマだが、二人の関係がもうどうなっているのかわからなくなった恋の終わりの永遠化に、この男は石と化し、砂と化し、石橋の石となり、歴史を引き伸ばそうとしている。悲しい苔の蒸すまで。エフェクトの効いたサイバー・フォークのサウンドも悲しい。

 続くアルバムタイトル曲「オアジス(L'Oasis)」は、ティルシオーの原点/巣とも言える「フェルム・ド・マルタンルー」(シャルルロワの郊外の農家を改造して、芸術家一家の祖父、父、母などが1975年に立ち上げた劇場・演劇・造形工房)の周辺の(失われつつある or 失われた)楽園的環境を歌った作品。
僕のはるか遠くの記憶
真夏8月のただなかの子供の遊び
僕のおじいさんの影が
マルタンローの小森を散歩している
(....)
僕たちは老人に会いにいく

アプリコット、柑橘、カルダモン、
幾千もの香りが平土間と庭を包んでいる
そのオアジスに


 アルバムで最も印象に残った曲が5曲めの「浜辺(La plage)」。貯蓄を全部はたいて、10歳の子供と妻を連れて旅に出た男、何日もの野宿の末、海が見え、通りかかった舟に俺の3年分の給料をすべておまえにやるから、と満員の舟に乗り込み、オレンジ色の救命着をつけ... 気がついたら浜辺に横たわっていた、それもヴァカンス地の浜辺... 「他の人にはない幸運」と歌う難民フォーク・ブルース。21世紀の悲劇を短編アニメ映画のような視点で皮肉なハッピーエンドで包むストーリーが胸にせまる。


 そして、アルバムを閉じる8曲めの「目覚め (Réveil)」は、植物的な時の流れに生きることの覚醒を宣言するマニフェスト的な歌。樹皮の中に、枝の中に、葉の中に「私は生きている」と歌う。
Je suis vivant  私は生きている
Je le sens dans les feuilles 私は葉の中にそれを感じる
Je suis vivant 私は生きている
J'ai le vent dans les feuilles 葉の中に風があり
L'amour, amouragon 愛、愛嵐
Et les feuilles dans le vent  そして風の中に葉がある


 世にもオーガニックな1枚のアルバムを閉じるにふさわしい自然との交感。『オアジス』は深い憩いを与えてくれる。

<<< トラックリスト >>>
1. Caillou
2. L'Oasis
3. Dans la poitrine
4. Pauvre Martin
5. La plage
6. La ruade
7. Le grand Lustucru
8. Réveil

Ivan Tirtiaux "L'Oasis"
LP/CD/MP3 Le Furieux Music
フランスでのリリース:2019年5月

カストール爺の採点:★★★★☆


(↓)イヴァン・ティルシオー、ブラッサンス「哀れなマルタン」を歌う

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