『ジャージー・ボーイズ』
"Jersey Boys"
2014年アメリカ映画
監督:クリント・イーストウッド
主演:ジョン・ロイド・ヤング(フランキー・ヴァリ)、エリック・バーガン(ボブ・ゴーディオ)、クリストファー・ウォーケン
フランス公開:2014年6月18日
同名のブロードウェイのヒットミュージカルの映画化作品で、監督はクリント・イーストウッド。イーストウッドにはこれまで音楽映画が2編(1982年のカントリー音楽映画『ホンキートンク・マン』、そして1988年のチャーリー・パーカー物語『バード』)あり、その音楽への造詣と愛情はよく知られるところです。ところが、この映画はすでにミュージカルで成功しているという事情があり、映画作家イーストウッドとしては、ただのミュージカル映画にしてはなるものか、という映画人アプローチがここかしこに感じられる作品です。この映画にジャック・ドミーを想ってしまうのは私だけではないと思いますよ。
フォー・シーズンスという60年代に実在したポップ・グループの物語です。タイトル『ジャージー・ボーイズ』はこの4人組がニュー・ジャージーから出てきたバンドであることに由来しています。 歴史的にこのグループは、60年代中期、ビートルズが米ヒットチャート1位を独占することを阻止することができたほどの奇跡的な人気を誇っていました。その最初はニュー・ジャージーのイタリア系不良少年だったのです。特にその不良のボス格がトニー・ディヴィート(演ヴィンセント・ピアッツァ)で、ストリートにたむろするイタリア系少年たちを組織して窃盗、空き巣、倉庫破りなどを働いていました。刑務所の経験もあります。そのトニーの手下にフランキー・カスタルーチョ(のちのフランキー・ヴァリ、演ジョン・ロイド・ヤング)とニック・マッシ(演マイケル・ロメンダ)がいて、窃盗団だけではなく、音楽バンドもやっていた。ブラックミュージック(ドゥワップ)に強く影響されたコーラスポリフォニーが優れていたのですが、それよりもなによりも、稀な声質、稀な声域、稀な歌唱力を持った少年フランキーのリードヴォーカルが光っていました。この町のイタリア系住人たちを影で牛耳っている(つまりマフィアということですが)大物がジップ・デカルロ(演クリストファー・ウォーケン)で、トニーやフランキーたちの畏敬の念はたいへんなものです。このデカルロがフランキーの声に涙を流すほど惚れ込んでいて、フランキーの成功を願い、金のことで困ったら何でも相談しろとまで言ってくれるのですが、後年フランキーが困っても解決の役にはなってくれません。
さて、このバンドが成功のきっかけを掴むのは、当時17歳だったキーボディスト/作曲家のボブ・ゴーディオ(演エリック・バーガン)の加入によるものです。この辺は原作ミュージカルの筆頭制作者のひとりがボブ・ゴーディオ自身であるため、多分にボブ・ゴーディオストーリー的な重さが加わってしまうのはしかたないのですけど、このバンド参加の際のトニーとの確執はず〜っと後を引きます。トニーは自分のリーダーシップが失われる危機を感じ取ったからです。
しかしボブはいい曲を書きます。フランキーの声を最も魅力的に引き立たせる曲ばかりです。これをなんとかレコード化しようという時に、スタジオ料を高利貸しから借りて調達したのがトニーでした。全米ナンバーワン・ヒットとなる「シェリー」 はこうして生まれます。それから「恋のヤセがまん」「恋のハリキリ・ボーイ」と続けざまにナンバーワン・ヒットを放ちますが、映画はそのそれぞれの誕生エピソードが短く描かれています。要はボブがどんなものにインスピレーションを受けたかということなんです。
因みにバンド名も、いろいろ名前を変えたあげく、ボブと3人が出会ったボーリング場の名前(ネオンサインが点滅します)が "Four Seasons" であったことに4人が霊感を感じ取ったからなんですけど、「四季と言えばヴィヴァルディ」、というのがイッパン人の連想ゲームではないですか。 ここにイタリア系人のアイデンティティーもあるわけですよ。
大ヒットが続き、テレビ出演や全国ツアーで大忙しになったセレブのフォー・シーズンスですが、人気の頂点時のテレビのエド・サリヴァン・ショーの楽屋にかの高利貸しが現れ、フォー・シーズンスに借金の返済を要求します。そこからバンドは、トニー・ディヴィートの借金、使い込み、脱税.... その総額が到底返済できる程度のものではないことを知るのです。
この問題の調停をフランキーはマフィアのドンであるジップ・デカルロに依頼します。このデカルロ邸でのバンド4人と高利貸しとデカルロの会談がこの映画のヤマです。マフィアのドンは貫禄ばかりで、何もしてくれません。ほとんどすべての責任はトニーにあり、これまで4人の中で最も控えめであったニックが遂に切れてバンドを脱退します。トニーは地方隠居をよぎなくされます。しかし借金問題はどうするのか? それをフランキーは俺が全部返済してみせる、と言うのです。なにゆえのこのマゾヒスム?
それからと言うもの、フランキーはスターの座を捨て地方のキャバレーのドサ回りをすることによって、借金返しの日々を送るようになります。その間にフランキーの家庭は崩壊し、歌手を目指していた娘はドラッグ浸けになって死にます。イタリア人の血は、何よりも家庭が大切、とフランキーに言わせていたのに、その彼は他人が作った巨額の借金のために家族を犠牲にしてドサ回りをしている。なにゆえのこのマゾヒスム?
それは「親の血を引く兄弟より〜も〜」と解釈していいのでしょうか。つまり、少年の日に、トニーはニュー・ジャージーのストリートのどん底から俺を引き揚げて仲間にしてくれたんだ、俺に音楽を教え、俺に仲間を与えてくれたんだ、というのが、今日のフランキーの一生の恩義であるわけですね。この辺を仁義や侠気で描くというのが、ま、いわゆるひとつの映画のレトリックなんです。クリント・イーストウッド、うまいと思いますよ。それはおのずと「イタリア的」であることから浮かび上がってくるものではありますが。
映画の最後は1990年、ザ・フォー・シーズンスがロックの殿堂入りを果たし、トニー・ディヴィートを含むオリジナルメンバー4人でのステージのシーンに続き、エンディングからクレジットタイトルのスクロール画面では、全員がストリートに出て、マフィアのドンやら娘たちやら主演者全員が総出で「おお、わっらないと」(1963年12月 - あのすばらしき夜 - - December, 1963 - Oh, What a Night )を歌って踊るという素晴らしい映像です。これはね、私はジャック・ドミー『ロッシュフォールの恋人』の噴水広場での最後の集合ダンスに匹敵するほど美しいと思ったのですが、この歌「おお、わっらないと」はフランスではザ・フォー・シーズンスの歌としてはほとんど認識されておらず、クロード・フランソワ(1939-1978)の1976年の大ヒット曲"Cette année-là"としてしか知られていないということが、フランスの映画館内の反響に微妙な影響があるのでは、と余計なことまで考えてしまいましたよ。
カストール爺の採点:★★★☆☆
↓『ジャージー・ボーイズ』予告編
"Jersey Boys"
2014年アメリカ映画
監督:クリント・イーストウッド
主演:ジョン・ロイド・ヤング(フランキー・ヴァリ)、エリック・バーガン(ボブ・ゴーディオ)、クリストファー・ウォーケン
フランス公開:2014年6月18日
同名のブロードウェイのヒットミュージカルの映画化作品で、監督はクリント・イーストウッド。イーストウッドにはこれまで音楽映画が2編(1982年のカントリー音楽映画『ホンキートンク・マン』、そして1988年のチャーリー・パーカー物語『バード』)あり、その音楽への造詣と愛情はよく知られるところです。ところが、この映画はすでにミュージカルで成功しているという事情があり、映画作家イーストウッドとしては、ただのミュージカル映画にしてはなるものか、という映画人アプローチがここかしこに感じられる作品です。この映画にジャック・ドミーを想ってしまうのは私だけではないと思いますよ。
フォー・シーズンスという60年代に実在したポップ・グループの物語です。タイトル『ジャージー・ボーイズ』はこの4人組がニュー・ジャージーから出てきたバンドであることに由来しています。 歴史的にこのグループは、60年代中期、ビートルズが米ヒットチャート1位を独占することを阻止することができたほどの奇跡的な人気を誇っていました。その最初はニュー・ジャージーのイタリア系不良少年だったのです。特にその不良のボス格がトニー・ディヴィート(演ヴィンセント・ピアッツァ)で、ストリートにたむろするイタリア系少年たちを組織して窃盗、空き巣、倉庫破りなどを働いていました。刑務所の経験もあります。そのトニーの手下にフランキー・カスタルーチョ(のちのフランキー・ヴァリ、演ジョン・ロイド・ヤング)とニック・マッシ(演マイケル・ロメンダ)がいて、窃盗団だけではなく、音楽バンドもやっていた。ブラックミュージック(ドゥワップ)に強く影響されたコーラスポリフォニーが優れていたのですが、それよりもなによりも、稀な声質、稀な声域、稀な歌唱力を持った少年フランキーのリードヴォーカルが光っていました。この町のイタリア系住人たちを影で牛耳っている(つまりマフィアということですが)大物がジップ・デカルロ(演クリストファー・ウォーケン)で、トニーやフランキーたちの畏敬の念はたいへんなものです。このデカルロがフランキーの声に涙を流すほど惚れ込んでいて、フランキーの成功を願い、金のことで困ったら何でも相談しろとまで言ってくれるのですが、後年フランキーが困っても解決の役にはなってくれません。
さて、このバンドが成功のきっかけを掴むのは、当時17歳だったキーボディスト/作曲家のボブ・ゴーディオ(演エリック・バーガン)の加入によるものです。この辺は原作ミュージカルの筆頭制作者のひとりがボブ・ゴーディオ自身であるため、多分にボブ・ゴーディオストーリー的な重さが加わってしまうのはしかたないのですけど、このバンド参加の際のトニーとの確執はず〜っと後を引きます。トニーは自分のリーダーシップが失われる危機を感じ取ったからです。
しかしボブはいい曲を書きます。フランキーの声を最も魅力的に引き立たせる曲ばかりです。これをなんとかレコード化しようという時に、スタジオ料を高利貸しから借りて調達したのがトニーでした。全米ナンバーワン・ヒットとなる「シェリー」 はこうして生まれます。それから「恋のヤセがまん」「恋のハリキリ・ボーイ」と続けざまにナンバーワン・ヒットを放ちますが、映画はそのそれぞれの誕生エピソードが短く描かれています。要はボブがどんなものにインスピレーションを受けたかということなんです。
因みにバンド名も、いろいろ名前を変えたあげく、ボブと3人が出会ったボーリング場の名前(ネオンサインが点滅します)が "Four Seasons" であったことに4人が霊感を感じ取ったからなんですけど、「四季と言えばヴィヴァルディ」、というのがイッパン人の連想ゲームではないですか。 ここにイタリア系人のアイデンティティーもあるわけですよ。
大ヒットが続き、テレビ出演や全国ツアーで大忙しになったセレブのフォー・シーズンスですが、人気の頂点時のテレビのエド・サリヴァン・ショーの楽屋にかの高利貸しが現れ、フォー・シーズンスに借金の返済を要求します。そこからバンドは、トニー・ディヴィートの借金、使い込み、脱税.... その総額が到底返済できる程度のものではないことを知るのです。
この問題の調停をフランキーはマフィアのドンであるジップ・デカルロに依頼します。このデカルロ邸でのバンド4人と高利貸しとデカルロの会談がこの映画のヤマです。マフィアのドンは貫禄ばかりで、何もしてくれません。ほとんどすべての責任はトニーにあり、これまで4人の中で最も控えめであったニックが遂に切れてバンドを脱退します。トニーは地方隠居をよぎなくされます。しかし借金問題はどうするのか? それをフランキーは俺が全部返済してみせる、と言うのです。なにゆえのこのマゾヒスム?
それからと言うもの、フランキーはスターの座を捨て地方のキャバレーのドサ回りをすることによって、借金返しの日々を送るようになります。その間にフランキーの家庭は崩壊し、歌手を目指していた娘はドラッグ浸けになって死にます。イタリア人の血は、何よりも家庭が大切、とフランキーに言わせていたのに、その彼は他人が作った巨額の借金のために家族を犠牲にしてドサ回りをしている。なにゆえのこのマゾヒスム?
それは「親の血を引く兄弟より〜も〜」と解釈していいのでしょうか。つまり、少年の日に、トニーはニュー・ジャージーのストリートのどん底から俺を引き揚げて仲間にしてくれたんだ、俺に音楽を教え、俺に仲間を与えてくれたんだ、というのが、今日のフランキーの一生の恩義であるわけですね。この辺を仁義や侠気で描くというのが、ま、いわゆるひとつの映画のレトリックなんです。クリント・イーストウッド、うまいと思いますよ。それはおのずと「イタリア的」であることから浮かび上がってくるものではありますが。
映画の最後は1990年、ザ・フォー・シーズンスがロックの殿堂入りを果たし、トニー・ディヴィートを含むオリジナルメンバー4人でのステージのシーンに続き、エンディングからクレジットタイトルのスクロール画面では、全員がストリートに出て、マフィアのドンやら娘たちやら主演者全員が総出で「おお、わっらないと」(1963年12月 - あのすばらしき夜 - - December, 1963 - Oh, What a Night )を歌って踊るという素晴らしい映像です。これはね、私はジャック・ドミー『ロッシュフォールの恋人』の噴水広場での最後の集合ダンスに匹敵するほど美しいと思ったのですが、この歌「おお、わっらないと」はフランスではザ・フォー・シーズンスの歌としてはほとんど認識されておらず、クロード・フランソワ(1939-1978)の1976年の大ヒット曲"Cette année-là"としてしか知られていないということが、フランスの映画館内の反響に微妙な影響があるのでは、と余計なことまで考えてしまいましたよ。
カストール爺の採点:★★★☆☆
↓『ジャージー・ボーイズ』予告編
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