2014年6月9日月曜日

空港とホテルとスズメ

『バード・ピープル』

2013年フランス映画

"Bird People"
監督:パスカル・フェラン
主演:アナイス・ドムースティエ、ジョシュ・チャールズ
2014年カンヌ映画祭「ある視線」出品作
フランス公開:2014年6月4日

 イリー・ニューマンというのがジョシュ・チャールズ演じるアメリカ人ITエンジニアの名前です。綴りこそ"Newman"となっていますけど、私のような20世紀人にはゲイリー・ニューマンと言えば、当然この人です。


 人間がアンドロイド化していく近未来を80年代的に退廃的に表現したのがこの音楽アーチスト、ゲイリー・ニューマンだとすると、この映画のゲイリー・ニューマンは人間のままでロボットのような極度のタスクをこなし、ある日それがキレてしまうのです。
 時はある年の12月、場所はパリ(+パリの空港であるロワッシー)。多国籍間の大企業間の契約のカギを握るタスク修正が、このゲイリーの肩にかかっていて、パリでの折衝会議のツメのために、ゲイリーは翌日ドバイの現場に飛んで、その問題を12月31日までに解決する任務を負わされていました。ドバイへのフライトは翌朝8時。そのためにゲイリーはその夜の宿泊をCDG空港のホテルに変えて、翌朝のために万全を整えます。
 その夜ゲイリーはエアポート・ホテルの部屋で、深夜に目が覚め、眠れないのです。眠れないどころか、この日までのストレス、不安、圧迫感、強迫観念などが一挙に爆発して(今日的日本語では「キレて」) 、もうすべてを放棄して、「いち抜〜けたっ!」を決め込むことにしたのです。ドバイに行かない。ビジネスを放棄する。妻と子供たちを見捨てる。もうこんな生活には二度と還らない。
 映画はビジネス上のパニックを描き、次いで、長〜いシークエンスの妻エリザベスとのスカイプ対話のシーンがあります。ゲイリーの心は変わりません。もうこの世界がどうなろうが、俺の決心は変わらない。それは「俺は自由を選んだ」という能動的なものではなく、「俺はもうこれ以上この生活を続けられない」というギリギリの叫びなのです。
 一方、そのエアポート・ホテルでルーム係としてパートで働く女子学生オードレイ(演アナイス・ドムースティエ)がいます。彼女は2014年的な、経営者側に言われるままの条件の労働を強いられ、いつかは「キレる」だろうことを知っています。そして仲間の多くは「キレ」そうな人間ばかりなのです。ホームレスで車の中に寝泊まりしながらホテルで夜番のレセプション係を務めるシモン(ロシュディー・ゼム)、何度誘っても動かないオードレイをなんとかして外に連れ出そうとする女友だちレイラ(歌手のカメリア=ジョルダナ、好演です)...。そしてこの条件で自分を殺すのはもう絶対に出来っこない、と思った時、オードレイには奇跡が起こり、エアポートホテルの屋上で、オードレイはスズメに変身してしまうのです...。
 この映画を評する新聞&雑誌の記事は、このスズメ変身を記述していません。これは映画の核心のネタバレだからです。しかしスズメに変身したオードレイの自由と歓喜は、この映画の詩的表現の魔法のすべてなのです。この映画を観る人でこの魔法に酔わない者がありましょうか。カメラアイは私たちを鳥にしてくれるし、私たちはオードレイのスズメ変身中、間違いなく鳥の仲間なのです。そして実際にスズメの仲間になってしまう人間まで現れるのです。エアポート・ホテルに「引き蘢って」筆ペン画を描いている日本人画家アキラ(演タクリット・ヴォンダラ)がそうです。そのアキラが人間の娘に戻ったオードレイをこちら側の世界に再び迎えてくれるのです。
 映画は絶望から違う世界に出ようとした人間たちの出会いで終ります。ゲイリーは鳥から人間に戻ったオードレイと出会い、オードレイは自分たちは"pareil"(似通っている)と思うのです。オードレイ、シモン、レイラ、アキラ、そしてゲイリーはみんな鳥になりたがっている同類である、と。タイトルの『バード・ピープル』 はここで了解されるのです。
 詩的でわかりやすく、極端な21世紀的な状況に生きる人たちに、勇気を与えてくれる映画です。飛ぶことを恐れてはいけません。
 スズメに変身したオードレイが空港滑走路に沿って飛び、そこから急上昇する時に、デヴィッド・ボウイーの「スペース・オディティー」が流れます。なんてわかりやすい。20世紀人はここで泣いてしまうかもしれません。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『バード・ピープル』 予告編

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