2012年12月17日月曜日

かつて20世紀末に海賊テレビありき

『テレ・ゴーショ』
"TELE GAUCHO"  

2011年フランス映画
監督:ミッシェル・ルクレール
主演:フェリックス・モアッティ、サラ・フォレスティエ、エリック・エルモスニノ、マイウェン、エマニュエル・ベアール
フランス公開:2012年12月12日


 1980-81年、フランスでFM電波の自由化を勝ち取るためのラジオ・リーブル(自由ラジオ放送局)の闘いがあったように、1990年代半ばからテレ・リーブル(自由テレビ局)も闘っていたのです。その中に1995年からパリ20区からテレビ放送活動を始めたテレ・ボカル Télé Bocal(金魚鉢テレビ)という住民運動/オルタナティヴ左翼系のテレ・リーブルがあります。この自由放送局は長年の闘争の末に2008年からTNT(地デジ)の割当をCSA(国家高等放送委員会)から得て、現在イル・ド・フランス(パリ圏)の範囲内で1日に3時間(深夜23時から午前2時)の放送を許可されて活動を続けています。ミッシェル・ルクレール("Le nom des gens" 2010)の3作めの長編映画は、このテレ・ボカルの冒険にインスパイアされたコメディー映画で、「テレ・ゴーショ」(「サヨクテレビ」とでも訳せようか)という名が示すように、頑迷で現場主義で人情主義でパンクで大衆づきあいの中に生きるシロート・ゲリラ・テレビの物語です。
 多くの映画愛好者たちにとって、テレビというのは「糞」です。私もずっとそう思っていて、テレビを見すぎる娘に何度「お説教」をしたか数知れません。パリから南に25キロ離れたビュール・シュル・イヴェット(エッソンヌ県)で生まれ育ったヴィクトール(フェリックス・モアッテイ)は、映画小僧でゴダール、トリュフォーに心酔しているが故に、テレビは糞なのです。当然父親と母親はそれを理解しません。映画のことなど忘れてまともな勉強をしろ、という態度です。時は1996年。当時の大統領はジャック・シラク。2期続いた社会党ミッテラン大統領時代がその前の年に終焉し、左翼はレジスタンスの時代に入っています。フランス深部の普通のおばさんであるヴィクトールの母親は、毎朝の楽しみでテレビ花形キャスターであるパトリシア・ガブリエル(エマニュエル・ベアール)のラジオ番組のクイズに、(映画通の息子のおかげで)電話出演で正解を当て、あこがれのパトリシアにパリのテレビスタジオで会えることになります。息子ヴィクトールを連れて意気揚々とパリに向かった母親は、テレビスタジオでスタッフたちに邪険に扱われながらも、映画好きの息子を自慢し、そのスタッフの一人が同郷のビュール・シュル・イヴェットであるという偶然から、息子をフランス最大のテレビ局HT1の見習いのポストを与えてしまいます。
 この時からヴィクトールの人生は変わり、パリ20 区バニョレ通りの小さな屋根裏部屋に居を構え、テレビマン見習いの生活に入るわけですが、その前にパリ20区という環境がさらに彼を変えてしまいます。近所のカフェには巨根自慢の元ポルノ男優のバーマンがいて、親切にも映画と撮影カメラのことだったら、ジャン=ルー(エリック・エルモスニノ。そうです。『ゲンズブール・その英雄的生涯』の人です)に相談したらいいと進言。会いに行った先が、 アーチストや住民運動家たちが集団生活をしている元倉庫を不法占拠&改造したヴィラ(小路全体に連なった長屋状の小街区)で、その一角に自由テレビ局「テレ・ゴーショ」があります。その中心人物がヤスミナ(マイウェン。そうです。かの『ポリス』の監督です)とジャン=ルーで、この二人は私的にカップルを構成していますが、思想も性格もかなり異なり(ヤスミナは頑固に政治運動家気質で敵味方の考え方がはっきりしていて、すなわち資本や権力すべて敵であり、非抑圧者および弱い民衆はすべて味方なんですが、ジャン=ルーはやくざな左翼ロマンティスト&ナルシストで、正直なところでは金も名声も嫌いではないのです)は、口論が絶えません。ゴダールに心酔した男ですからヴィクトールはこの環境が嫌いであるわけがなく、すぐに飛び込んで行ってテレ・ゴーショの撮影マンとしてスタッフ入りします。
 テレ・ゴーショはありとあらゆるデモの現場に取材をかけ、参加者の声や支援有名人にインタヴューしたり、機動隊の過剰警備をヴィデオにおさめたり、ということをして、社会運動の現場証言の映像を作ります。それは「サン・パピエ」支援だったり、「マル・ロジェ(Mal logé)」(就労者でありながら、社会住宅の不足のため、劣悪で危険な条件の老朽建物や、路上テント生活をしなければならない人々)支援だったりしますが、それと逆の立場の「妊娠中絶反対運動」や極右フロン・ナシオナルのデモにも果敢に取材を敢行し、極右親衛隊によって袋だたきにされる、ということもあります。それを忠実に映像としておさめるのがヴィクトールの最初の修行であり、文字通り「叩き上げ」のように傷だらけになりながら、ヴィクトールは一人前になっていきます。
  ところがヴィクトールは大資本テレビ局HT1にも研修生として行かなければならない。海賊テレビ局テレ・ゴーショにしてみれば、テレビの諸悪の象徴にして最大の仇敵であるこの大テレビ局に、ヴィクトールが二股をかけるのは容認しがたいことなのですが...。そしてヴィクトールはその中でその花形キャスターであるパトリシア・ガブリエル(特別出演のエマニュエル・ベアール、なかなかそれらしい)に気に入られるという、危ないストーリーも加わってきます。
 映画の大きな軸はヴィクトールとクララ(サラ・フォレスティエ)の恋物語です。葬儀屋の娘(ショーウィンドーの墓銘見本の遺影写真のほとんどが彼女の顔になっている)で、目立つことならすべて好きというクララは、現実とフィクションの境がほとんどない、思い込みと衝動で生きている娘で、ヴィクトールは彼女に「天性の女優」を見いだし、「ゴダールとアンナ・カリーナ」のようなカップルを夢見、クララを愛しながらフィルムにおさめていきます。二人には子供(男児)ができ、名前はトリュフォーのアントワーヌ・ドワネル連作に因んでアントワーヌとつけられます。『ゲンズブール・その英雄的生涯』でのフランス・ギャル役の時もそうだったんですが、このサラ・フォレスティエという女優さん、アタマ悪〜い娘という役どころでは、この人にまさる者はいないんじゃないかしら。この映画の俳優陣で最も体当たり演技で、最も狂気がかっていて、最もキラキラ輝いてますから。
 映画はこの恋の微笑ましい進展と、自由テレビ局テレ・ゴーショのハチャメチャな快進撃(建物屋上に私設アンテナを立て、遂に本格的海賊放送を開始します)という幸福の展開を見ますが、映画ですから、それは長続きしません。
 商業テレビからの抱き込み工作や、ネタ盗み、また海賊テレビ側からの大テレビ局HT1へのスキャンダル攻撃(パトリシア・ガブリエルとヴィクトールの関係をゴシップ誌に流す)など、結構シリアスなテレビ界の裏側ばらしもあります。
 ヴィクトールとクララは破局し、テレ・ゴーショはジャン・ルーとヤスミナの内紛で分裂し、という悲しい終盤が待っていますが、ヴィクトールはそこから巣立ち、映画人として一人立ちしていく、という監督ミッシェル・ルクレール自身の未来を予見させるエンディングです。
 その時代から十数年しか経っていないのに、私たちはその時代の空気が今よりもずっと自由でクリエイティヴだったと思わずにはいられない、いい絵が続きます。おかしげな中高年パンクバンド、きてれつな着ぐるみでダンスする創作童謡バンド、大放送局の電波を乗っ取って海賊番組を流す老アナーキスト電波技師、生ポルノ実況放送をどんな状況になっても続けてしまう元ポルノ俳優、何の脈絡もなくラクダを登場させたり、CSA(国家高等放送委員会)の会長室に陳列してあるコンテンポラリー彫刻を破壊してしまう謎の男... こういう不条理に笑わされてしまうシーン、かなりあります。
 カフェの勘定が通貨フランで言われるのを聞いて、え?そんな昔なのか、と思ってしまいました。このサヨク・ノスタルジーは甘美なものであったりもしますが、お立ち会い、20世紀はもうずっとずっと前に終わってしまったのです。

(『テレ・ゴーショ』予告編↓)

2012年12月9日日曜日

フランソワーズ・アルディ『狂気の愛』(アルバム)

Françoise Hardy "L'Amour Fou"
フランソワーズ・アルディ『狂気の愛』

 FHのファーストアルバムからちょうど50年目に発表された27枚目のアルバムです。同時に発表された小説『狂気の愛』に関しては長々とここに書いたので参照してください。
 ”Un album qui me ressemble plus que les autres (他のどのアルバムよりも私に良く似たアルバム)"とアーチストは言います。10曲37分という短くも凝縮されたアルバムはゆっくりしたテンポのバラード曲ばかりで、ピアノとストリングスがサウンドの要になっていて、いつもに増してメランコリックな雰囲気で統一されています。同名の小説と符合する点はアルバムの中に鏤められていて、歌詞の中に"amour fou"という言葉が混じった曲は2曲あり、全体に現れるテーマは愛と死です。愛と死  -  もう最晩年の作品のような趣きすら感じます。
 オリジナル曲でないものが1曲。ベルトラン・ピエール(ex パウ・ワウ)が19世紀の文豪ヴィクトール・ユゴーの詩「あなたが私に何も言うことがないのなら(SI vous n'avez rien à me dire)」に曲をつけて2010年に発表した同名の曲 のカヴァー。「あなたが私に何も言うことがないのなら、どうしてあなたは私のもとに来たのですか?」と始まるこの詩は、無言のうちにある交感や情動を喚起するものですが、FHはなんとその詩の通りに歌っていないのです。聞いてびっくりなのですが、ブックレットについている歌詞(つまりユゴーの原詩)とところどころ違ったFHの歌詞が挿入されています。一種の「本歌取り」です。原詩の含意と一致していないのかもしれませんが、FHがそう歌うと、無情と有情の交感が深々と...と聞こえてしまうからさすがです。
 アルディ詞でないものがもう1曲あって、ジュリアン・ドレ (2010年にシルヴィー・バルタンの前座で来日)作詞作曲の「ノルマンディア」。これは2010年公開の映画『ホリデイ』(ギヨーム・ニクルー監督)のサウンドトラックとして書かれたメロディーをベースにしてドレが改めて作詞作曲したもの。フランスで最もロマンティックでセンチメンタルな海岸線のあるノルマンディー(リファレンス:マルセル・プルースト『失われた時を求めて』)に寄せて歌う、若く破壊的な失恋の(三連符もの)バラードですが、「愛と死」が歌詞に入ると自然にFH節になってしまうから不思議です。
 ドレだけでなく、作曲者陣は若い世代が多く、チエリー・ストルムレール(4曲)、カロジェロ、フランソワ・モーラン(ステージ名"FM")、ブノワ・カレ(リリ・キューブ)などがコンポーザーとなっています。
 FHは自分が歌う曲の場合、詞を書いてから曲をつけてもらうというプロセスはありません。必ず先にメロディーを送ってもらって、そのメロディーに合った詞を書きます。アルバム冒頭曲であり、アルバムタイトル曲でもある "L'Amour Fou"(狂気の愛)は、チエリー・ストルムレールから届いたメロディーを聞いた瞬間にFHが「19世紀的」なものをビビビっと感じたのだそうです。そのインスピレーションが貴族的な狂気の愛を詞にしています:夜中に伯爵夫人に使いが走る。自殺か決闘かは知らないが、傷ついて死に瀕している殿下が、死の前に一目伯爵夫人に会いたいと。急いで馬車に乗って殿下の最後の願いを叶えて欲しいと。あなたの夫の伯爵は眠っているから、構わず行きなさい...。
 時代がかった叶わぬ恋愛、狂気の愛、死に至る恋、これをFHとストルムレールは2分29秒で表現しているんですね。この第一曲めから、私たちは小説とディメンションの異なる「狂気の愛」の世界に入っていくわけです。
 ブノワ・カレが作曲した「地獄と天国(L'enfer et le paradis)」には、小説と同じような、一生待つ女(あるいは一生待たされる女)が登場します。

 生涯ずっと
 私のジレンマとあなたの不在の静寂の中
 生涯ずっと
 小さな死と再生を繰り返す
 でもそれは天国だった
 地獄でもあった
 地獄と天国
 私は夜それを夢見ているの
         (Lenfer et le paradis

 前作"La Pluie Sans Parapluie" でも素晴らしい曲を書いていたカロジェロが、今度のアルバムでも最も美しい曲を書いています。そのクラシカルで流麗なロマンス曲「なぜにあなたなの?(Pourquoi vous ?)」(↓にクリップ貼りつけました)は、こんな歌詞です(全編訳しました):
私はあなたの何を愛しているのかわからない
それはあなたのすべてなのかしら
私の思いは曖昧になっていき
もう限界
なぜにあなたなの?

そしてこの目眩は一挙に
私のすべてをとらえてしまう
それはどこからやってくるの?
私から? それとも
あなたから?

私はまさにあらゆるものの
ずっと下にいるように感じていて
もう立っていることもできない
地下坑にたまった毒ガスは
きっと爆発してしまうわね
私に銃口をつきつける必要はないわ
私はすべてを言うわ
狂った恋の後味のような
タブー

ほんの小さな秘密のほんの小さなかけらも
私から引きはがそうとしないで
ヴェールをはぐことは
遠くから近くから私たちを結びつけているすべてのことを
ダメにしてしまうかもしれないから

私があなたに注ぐ視線をぼかしてしまう
曖昧さのぎりぎりのところまでは
私は絶対に至らないつもりよ
でもそうなってしまっても
たいしたことじゃないわ

私たちふたりのうちのひとりが
頬を差し出してくれるなんてことが
あるかしら?
もしもそれがあなたなら
私はすべてを赦すわ

あなたは決して決してここに留まってくれない
私のすべての秘密のうちで最も焼けつくように熱いもの
私たちは決して決してにここに留まることはない
お互いに遠く離れていて、それなのにとても近いのに...
        ("Pourquoi vous ?")
この曲だけでも、これはFH最良のアルバムではないですか。 狂気の愛を生きた女性の最晩年の独白のように聞こえますでしょう。この方が小説よりもずっとずっとフランソワーズ・アルディなのですよ。

<<< トラックリスト >>>
1. L'Amour fou
2. Les Fous de Bassan
3. Mal au coeur
4. Si vous n'avez rien à me dire
5. Normandia
6. Piano Bar
7. Pourquoi vous ?
8. Soie et fourrures
9. L'enfer et le paradis
10. Rendez-vous dans une autre vie


FRANCOISE HARDY "L'AMOUR FOU"
CD EMI FRANCE 9727872
フランスでのリリース:2012年11月5日

(↓)"Pourquoi vous ?" オフィシャルPV


(↓)”Rendez-vous dans une autre vie"オフィシャルPV

2012年12月3日月曜日

フランソワーズ・アルディ『狂気の愛』(小説)

Françoise Hardy "L'Amour fou"
フランソワーズ・アルディ『狂気の愛』

 ランソワーズ・アルディ(1944 -  )が書いた最初の小説です。出版社であるアルバン・ミッシェル社は表紙にこれを「ロマン(roman)」と銘打って定義しているようですが、発表後のさまざまなインタヴューで自分では「レシ(récit)」と言っています。ロマンとレシがどう違うのか。それは簡単に言うと、レシ(物語)は筋や人物や背景に様式や抑揚や装飾や意匠を凝らさない、単線的な語り物ということです。筋の上昇や下降にわくわくすることのない、なにかドキュメンタリーを思わせるシンプルでストレートなものです。ですから、テレビのニュース番組でも、事件などを時間軸で簡潔に映像で説明することも「レシ」と呼んでいます。
 "L'Amour fou"と題された作品は、フランスではシュールレアリスムの開祖アンドレ・ブルトン(1896-1966)の散文集"L'Amour fou"(1937年刊)と、仏ヌーヴェル・ヴァーグ派の映画作家ジャック・リヴェット(1928 - )の監督作品"L'Amour fou"(1969年公開)という2つのリファレンスがあります。どちらも日本語訳では『狂気の愛』となっています。その関連で、私は仮にこのアルディの小説を『狂気の愛』と和訳しました。しかし、フランソワーズ・アルディはブルトン本も読んでいなければ、リヴェット映画も観ていない、と断言しています。
 この本の内容に最も即した和訳があるとすれば、「狂った恋」でしょうか。常軌を逸して自己破壊的な恋愛のことです。恋に狂気、これは往々にしてつきもののようなもので、愛することは情動を正常な状態にしておかないものでしょう。「狂った恋」に対して「狂わない恋」や「正常な恋」のようなものがありえましょうか? そういう意味で、フランソワーズ・アルディはインタヴューで"amour fou"というのはある種のプレオナスム(重複表現)であると言っています。そもそもにおいて恋は狂ったものなのですから。
 本の裏表紙に著者は3行でその「狂った恋」とは何かをこう定義しています。
狂った恋、それはあなたを充たすものはそれしかないと信じ込ませながら、あなた自身からすべてを奪いとるもの。
ぶわぁ〜っ!有島武郎(惜しみなく愛は奪う)ですな、こりゃ。
 この小説は非常に読みづらいです。それは著者が「私小説」と読まれることを拒否する意図によるものかもしれません。たとえそれが「vécu (生きられた体験)」をベースにしようがしまいが、人物・時代・場所・背景を描写しないようにしているのです。登場する人間がどんな人物で、歳がどれくらいで、何を職業としていて、いつの時代に生きていて、どこにいるのかを一切明らかにしない。クリスティーヌ・アンゴがずっとその小説のすべてを実名で書いていることの対極のようです。それは「有名人」がプライバシーを守ろうとして最大の厚さの防御幕を張り巡らせていることとも取れます。また有名人がそれを破るとただの暴露本に堕してしまいます。フランソワーズ・アルディにはこの「レシ」をリテラチュール(文学・文芸)として成立させたいという衒いもあったかもしれません。しかしこの読みにくさは尋常ではありません。付帯状況への説明を極端に排して、観念語による心理描写ばかりが延々と続くからです。
 その中で読み取れるストーリーはこんな感じです。ヒロインは名前を持たず、三人称単数の"Elle"(彼女)で書かれます。 この女は外面的な美しさをたたえた男"X."を一目見た時から、ただならぬエモーションに襲われ、その思いを抑えきれず、あらゆる不安を抱えながらもある日手紙を男に書送ります。あにはからんや返事はすぐに返ってきます。二人は出会い、逢瀬を重ね、遂には愛の言葉すら交わしあうようになります。お互いのことなどほとんど何も知らないのに、女の方が確信的に男を愛してしまっていて、男の方もその時は女と同じような愛の言葉を言うのです。小説の中で女が最も幸せだったのは、この最初の30ページ足らずの部分でしかありません。
 30ページめで、女はX.に問います「あなたにとって私は何?」するとX.はこう答えるのです「Une maitresse」。往々にして仏和辞書はこれに「情婦」という訳語を与えていますが、「恋人」も可能ですし、平成語では「セフレ」も可能でしょう。問題はmaitresseよりも、その前の不定冠詞の「une」なのです。"La maitresse"(特定的恋人)あるいは"ma maitresse"(僕の恋人)ではなく、"une maitresse"(ひとりの恋人)なのです。女にとってはX.は"amour"、それも"mon amour"であるのに対して、X.にとって女は「ひとりの情婦」なのです。女は著しく傷つけられますが、こんな傷つけられ方は序の口で、 小説はあらゆる仕打ちに耐え忍びながら、その過剰にあふれていく恋慕の情に抗しがたく、どんな傷を受けても後ろに引こうとしない女の魂の独白(終部45ページは、話者が「私 je」に代わって、文字通りのモノローグになります)になっていきます。
 男は住所不定です。「当分そこにいるから 」と教えられた住所に女は手紙を書きます。ところがその場所にいるのかどうかもわからない。電話連絡は男からしか取れない。だから男に連絡する気がなければ、女にとって男は「失踪」状態になってしまう。男はそういう失踪と再登場を繰り返して、消えては女を傷つけ悲しませ、またしばらくたつと現れて束の間の仲直りをし(ヨリを戻し)ては、女の心を再びわしづかみにして、そしてまた蒸発するのです。
 この携帯電話もインターネットもなかった時代(のように書かれている)、コミュニケーションは手紙と電話のみなのですが、男が仕事をパソコンを叩いてしているシーンがあり、そこから読者はこの時代は80年代から90年代にかけてのことだろうと想像することができます。このことから私自身はまた違うことも想像しているのですが、それはもうちょっと下で書きます。
 さて、この男X.は最初は女の愛を受け入れて、自分も愛の言葉まで言っていたのに、態度が変わっていきます。それは「僕はきみから愛されるに値しない」とか「僕はきみの水準(高み)に達していない」とかそういう理由での拒否で、 ここに実在の人物フランソワーズ・アルディを投射すると、なんとなくわかります。超有名人にして国際的スーパースターですから。小説はこの単純な図式をできるだけ避けようとしているのはわかるのですが、どうしてもこの男女間がフェアー=対等でないように読者が読んでしまうのは「著者名」のせいです。サガン、デュラス、ノトンブ、アンゴといった著者名だったらこうはならないでしょう。
 X.はまず彼女との関係の修正を提案します。"maitresse"ではなく"amie"になってくれ、と。 肉体的な接触を保ちながら、恋の相手ではなく、友だちで相談相手であるような女になってくれ、と。グレードを一段階下げろ、と。女は著しく傷つきながらもそれを飲み、「私は彼を愛している/彼は私を愛していない」の関係に入って行きます。
 次いで、彼はその「友だち」たる彼女に爆弾告白をします。「僕には愛する女がいて、生活を共にしている」。その女とはX.がヒロインと出会う前からの関係で、くっついたり離れたりを繰り返していますが、どうやらX.にとっての"la femme de la vie"(生涯の女)であるらしいのです。この箇所の作者のこの「第三の女」の描写が、露骨な悪意と敵意が丸出しで、性悪で、扇情的で、戦略家で、男癖が悪く、どんな手を使ってでも遊び相手の男を落とすことで評判をとっているような女として登場します。つまりヒロインにしてみれば、X.に生活を共にしている恋人がいると聞かされたショックの上、よりによってなんでこんな女と、というダブルショックがあったわけです。
 X.と第三の女もまたうまく行ったり行かなかったりを繰り返しています。ヒロインはそこでX.の不幸を喜ぶ側に立てないのです。彼女は「友だちで相談相手」で、X.の不幸は慰め、癒してやる、という立場を取るのです。
 さらにショックなことに、X.は第三の女との関係で生じるフラストレーションを癒すために、売春婦に一時の快楽を求めるようになるのです。なぜ「私」ではないのか、激しい屈辱感がヒロインを打ちのめします。
 このようにX.は第三の女と不安定ながら関係を維持して、数ヶ月間ヒロインと全く連絡を経ったあとで、忽然と「女とは別れた」とある日ヒロインに電話してきたりします。ヒロインはそうなるとこれまでのいきさつを全部ご破算にして、会いに行かざるをえなくなってしまうのです。
 何度も繰り返される、蒸発&再登場のドラマの中で、再会して手を触れ、体を触れ合い、X.の胸にヒロインが顔を埋めていくと、やはり彼女は何もかも忘れて溶解してしまうのです。狂ってますけど、恋って、そんなもんでしょう、と、このシーンだけは、この読みづらくも情念へりくつだらけの小説で、問答無用で納得させられます。どうしようもなく悲しい。私たちは熔けてしまうんですよ。あなた熔けたことありませんか?

 小説で頻繁に登場する言葉のひとつが "ambivalent"(アンビヴァラン)という形容詞です。両義的、両価的、対立する二つの価値が共存・併存する、といった意味です。この男は極端に優しかったかと思うと、数分後には極端に冷たくなっている。正直に感情を吐露したかと思うと、平気でうそをつく。強がりを言いながら、自分のことを最低の人間と卑下しもする。サディストであり同時にマゾヒストでもある。どんなことをされても、どんな仕打ちを受けても、ヒロインはX.をこわれもののように思い続けていて、このこわれものは愛して、守ってあげなければならない、と。その代わりに自分はどんどん地獄に落ちていくのです。歌の文句で言うならば(フランソワーズ・アルディがカヴァーしたブラッサンス曲。詩はルイ・アラゴン)「幸せな愛などない Il n'y a pas d'amour heureux」とヒロインは最初からわかっているわけです。この愛において幸せになることなど目的でも問題でもない。だからこのヒロインはこの不幸な愛とずっと生きられるのです。

 P134で、遂にヒロインは「訣別の手紙」をしたため、X.と二度と会わないと心に決めます。
この決定は多くの犠牲を要したが、彼女は病気となり、果てには手術台に上がらなければ治らない状態まで至った。これには代替治療は何の役にも立たなかったのだ。彼女は自分のあらゆる力を注いで、彼の(一人になりたいという)申し出に従うよう努力した、と結論づけた。なぜなら彼女は彼を愛していたし、この先も長く彼を愛してしまうことを恐れていたから。たとえ彼女が彼を二度と生きている間に見ることはないにせよ...。
            (Francoise Hardy "L'Amour fou" p.135)
↑この最後の1行はたいへん意味深です。
 そしてそれに続く第8章(p137〜)から終りの第10章まで、45ページにわたる、第一人称「私 je」で書かれる壮大なる「訣別の手紙」になります。この中である「世界の果てへの旅」のことが描かれています。「私」は飛行機嫌い、特に長距離便恐怖症を理由にX.の同行を求めます。 そして「私」とX.にはこの旅行中、1メートル以内の距離に絶対近づかないという契約を結びます。送り迎えのリムジン、滞在地でのホテルは別々の二部屋。深夜のテレビには古いアメリカ映画が彼らにまったく理解不能な言語で吹き替えられて放映されている.... 非常に個人的なことですが、私はこれがフランソワーズ・アルディの1991年4月の東京行きの旅行だった、と思わずにはいられないのです。もしも私の勘が当たっているとしたら、私は1991年4月28日の夜、フランソワーズ・アルディとX.と3人で夕食を共にしていた、ということになるのです...。

 8章から10章は「訣別の手紙」と言いながら、実は回想を伴うよりダイレクトな恨み節になっています。なぜならそれは「tuあなた」に向けて書かれているのですから。どんなに愛しても、どんなに思いを焦がしても、遂に「私」を愛することのない男。「私」からすべてを奪い取っても、何も与えない男。美しく、気高く、うぬぼれ高く、炎のように熱かったり氷のように冷たかったりする男。「私」はどんなに長く恨み言を書き綴っても、どんなに「訣別」だと言ってみたところで、「私」は愛し続けてしまっている。"Adieu"と言い切れない。再び歌の文句で言うならば、これは文字通りの意味で "Comment te dire adieu ?"(どうやってアデューと言えばいいの?) という断腸の叫びでもあるのです。

 小説としてはどうなのでしょうか。前著である自伝本"Le désespoir des singes et autres bagatelles"(2008年)は45万部を売るベストセラーになりました。この小説に関してはそういうベストセラーはまず期待できません。フランソワーズ自身もフランス2の番組"On n'est pas couché"(2012年11月10日)で、この小説はgrand public (グラン・ピュブリック、大多数の大衆)向けではない、と言っています。インターネットで探しただけですが、この小説の書評は非常に少なく、文芸誌や一般誌ではほぼ皆無です。
 (↑と書いたところで、下に貼付けたフランス3のニュースのYouTubeを見たら、現在文学カテゴリーではパトリック・モディアノとフィリップ・ロスと並ぶベストセラーだそうです。お見それしました。)
 さまざまなインタヴューでフランソワーズ・アルディが言っているのは、この小説は過去に書かれたもので、何年も引き出しの中に眠っていた、ということ。私小説として読まれるのは構わないが、X.は公に知られているアルディの伴侶(最初は写真家のジャン=マリー・ペリエ、次に歌手のジャック・デュトロン)のことではなく、彼女がそれまでに巡り会った男性たち数人のモンタージュである、とも言っています。

 私は芸能ジャーナリストではないので、そのX.を特定できるものは何も持っていません。だから、このようなところに書いていいものだろうか、とも思うのですが...。
 アラン・ルブラノは2011年5月28日に、心臓病のため47歳で亡くなりました。サウンド・エンジニア上がりで、作詞作曲編曲&歌手でした。フランソワーズ・アルディのアルバム"Décalages"(邦題『デカラージュ』、1988年)の時に録音スタジオの助手をしていたところ(当時24歳)を、アルディが「発見」。ルブラノが作詞作曲をするというので、アルディがバックアップして、当時彼女が所属していたフラレナッシュ・レーベルと契約。その後もアルディの(前作"La Pluie Sans Parapluie" 2010年まで)全アルバムに、作詞作曲編曲で参加していて、特に22枚めのアルバム "Le Danger"(1996年)ではロドルフ・ビュルジェと共にプロデューサーとして名を連ねていました。ところがこの"Le Danger"が、大胆にも暗めのロックアルバムであったために、セールスは全くふるわず、出せばミリオンセラーだったアルディのディスコグラフィー上、初の「呪われたアルバム」となったのです。また音楽アーチストとしてのルブラノも全く芽が出ず、作る曲もアルディ以外のアーチストには全く取り上げられませんでした。人がもしもこのアーチストを記憶しているとすれば、フランソワーズ・アルディとのデュエット曲"Si ça fait mal" (1991年)だけでしょう。その1991年の4月末に、フランソワーズ・アルディは伊勢丹主催のトークショーのために東京に飛んでいて、一般の人たちからは隠れるようにアラン・ルブラノが同行していました。詳しい事情は言えませんが、私はその時たまたま東京にいて、オーガナイザーからの紹介で2度の夕食を共にして、そのうちの一夜(4月28日)は、フランソワーズとアランと私の3人だけだったのです。
 フランソワーズとアランには20年の年齢差がありました。昨年亡くなったルブラノには妻(あるいは伴侶)とひとりの娘がいました。私はここで何かを言おうとしているのではありません。狂気の愛が、私のそばを通りすぎていったような気にさせる文章(アルディの小説)を読んだということにすぎません。

(↓ TV5で『狂気の愛』アルバムと小説を語るフランソワーズ・アルディ)

 
PS 1 (2012年12月4日)
P54にこういう一文があります。
Elle aimait pour la vie un marin au long cours et il n'était pas possible qu'après ce qui s'est passé entre eux, il ne revienne pas faire escale un jour du côté de chez elle. (彼女は生涯の相手として遠洋航海の船乗りを愛していた。二人の間で起こったそのことの後でも、彼が彼女の家の近くに二度と寄港しない、ということはありえなかった。=ちょっとひどい訳だけど直訳です)
私はここに、たったこれだけですけど、ジャック・デュトロンの姿を見るのです。ヒロインには夫(または伴侶)がいて、(二人の自由さが原因で)別居しているのだけれど、その男は稀に姿をあらわすことはある、ということだと思うのです。
 

2012年11月16日金曜日

ステファヌ・エッセルとステファン・エシェールの接点

Stephan Eicher "L'Envolée"
ステファン・エシェール『飛翔』


 東欧ジプシーの血を引くスイスのアーチスト、ステファン・エシェール(ドイツ語圏スイスの人なので「シュテファン・アイヒャー」とカタカナ表記するべきかもしれませんが、ここではフランスでの呼ばれ方に倣います)の12枚目のアルバムです。 前作『Eldorado(エルドラド)』は5年半前に発表されました。正確には2007年の4月16日にリリースされていて、ニコラ・サルコジが大統領に当選する20日前のことでした。『エルドラド』はそのタイトルのように、ある種オプティミスティックな黄金郷/黄金時代待望の雰囲気に包まれていました。ところがこのアルバムの直後にサルコジが国の指導者になったばかりでなく、サブプライムローン問題に端を発する世界大恐慌が始まってしまいます。
 ステファン・エシェールは大きなショックを受けます。エルドラドは存在しない。すべては崩壊してしまった。デモクラシーは機能しなくなり、すべての「民主主義国家」は債権者への返済だけのために国民を動かすようになる。2007年のある晴れた日から、世界の全市民は、その姿の見えない世界金融のために責務者にさせられ、言われのない借金返済のために奴隷のように働かなければならなくなったのです。
 ステファン・エシェールはこれを「メルディエ」(merdier 男性名詞《卑》 手がつけられないほどの乱雑、大混乱、泥沼状態)と名付けました。このメルディエに対して、自分が何らかの答が見つけられないうちはアルバムは出せないと自らに課したのです。
 ステファン・エシェールはフランスに住むスイス人です。おそらく「フランスで税金を払う唯一のスイス人」だろうと言っています。多くの人たちは忘れているんですが、スイスは直接民主主義の国なんです。投票する、自分の意見をはっきりさせる、というのが権利であり義務でもあるような土地柄なんです。投票箱のことをフランス語で ユルヌ(urne)と言うのですが、元々の意味は骨壺なのです。フランスでの選挙というのは、ユルヌに票(フランス語で ヴォワ voix = 声)を投じることですが、このことは骨壺に声を封じて埋葬してしまう意味にもなりませんか。大統領選挙を例に取れば、フランス人は5年に一度この投票をして、その声を5年間地中に封じ込めてしまう、という風にこのスイス人には見えるのです。
 しかし、お立ち会い、ご安心めされい、エシェールは大上段から政治的スローガンを構えて、拳振り上げて歌うようなアルバムは作りません。『L'envolée (飛翔)』は怒りもあれば、哀しみも優しさも、出会いも別れもある、トータルなアルバムです。そのたくさん詰まったアルバムが、12曲34分50秒しかないのです。このことについてはあとで触れましょう。幕開きはこんな歌です:

 1秒の時間を僕におくれ
 まる1ヶ月の時間を僕におくれ
 永遠の時間を僕におくれ
 すべて僕には都合がいい
 光を僕におくれ
 影を僕から遠ざけておくれ
 おまえの祈りの言葉の中に僕のことを入れておくれ
 僕を支えておくれ
 僕に大きくなれと言いつけて
 僕にここにいろと言いつけて
 おまえを僕の腕の中に抱きとめるために
 僕は何をしたらいいのか
 おまえを欺くようにしむけておくれ
 おまえを利用するようにしむけておくれ
 僕の中にいるこの愚か者を
 ほくそ笑ませておくれ
 どの道程を進んでいくべきか?
 どの闘いを挑むべきか?
 どの誓いをやぶるべきか ?
 僕はここにいる
 おまえの一言があれば
 死ぬことだってできるはず
 悪い最後を見ずに生きることなど
 できるわけがないのだから
  ("Donne-moi une seconde")
  (詞 :フィリップ・ジアン / 曲:エシェール+マルク・ドーマイユ)

 ピュタ〜ン....。何という第1曲なのでありましょうか。これが祈りのようなステファンのヴォーカルに、木管楽器やピアノやストリングスや聖歌コーラスやギターやらが複雑に絡まって、螺旋階段を昇るようなアンサンブルハーモニーとなって進行するのですよ。
 このアルバムはいろんな人が手伝ってます。この曲の共同作曲者となっているマルク・ドーマイユは男女フォーク・デュオ コクーン(Cocoon)の男の方で、各種ギター、キーボード、バックヴォーカル、編曲などで参加。ボルドーのエレクトロ系のアーチスト、(フレッド・)アヴリル(Avril)、この人も共同作曲、編曲、サウンドデザインなどで参加。そして、バシュングやテテなどのアルバムの総仕上げ人として知られるお姐さん、エディット・ファンブエナが、全曲の「ポスト・プロダクション」という仕事をしています。これはエシェールとその一党が、これは絶対に必然的になければならない音だからという音をしこたま、ぎゅうぎゅうに詰めてしまったあと、彼女が泣きの涙で「これはない方がいい」とちょちょっと梳刈りを入れたり、ピンセットで抜いたり、という辛い仕事だったそうです。とにかくサウンド的には、1曲1曲、ミニマルからフルオーケストラものまで、環境デザイン、ヴォイスデザイン、頭が下がるほど緻密に作られています。
 それで12曲34分50秒。イントロや間奏も極力排した、凝縮された音楽ばかりです。これはステファン・エシェールで最も短いランタイムのアルバムですが、これもエシェールの批評精神の現れなのです。われわれは今日、音楽を聞く時間がとても短い、ひいてはほとんどないのです。1曲めの「1秒の時間をくれ」というのは詞内容とは関係がなくても、象徴的なタイトルです。音楽家は聞く人たちがいなくなれば生きていけないのです。その聞く人たちの「1秒」を再び音楽家が取り戻すために、エシェールは1秒にどれだけの良質の「音楽」を詰められるのかというチャレンジをしているかのようです。音楽産業の落日、それは音楽家の側にも責任があるのではないか、もっと音楽を念入りに作る努力が必要ではないか、という自戒でもあります(謙虚な人だなぁ)。
 さて、マルチリンガルのエシェールは毎回数か国語の曲が並ぶのですが、この新盤はフランス語9曲とスイスアレマン語(スイスのドイツ語)3曲の2カ国語だけです。後者の方は3曲ともチューリヒの作家マルティン・ズーター(『ブリオンの迷宮』など日本でも出版されています)の手になるもの。ブックレットに仏語訳がないので内容を把握できないのが残念。そしてフランス語詞はこれまで作家のフィリップ・ジアン(『ベティー・ブルー』)の独壇場だったのですが、今回は9曲のうち7曲がジアン、1曲が前述のフレッド・アヴリル、そしてもう1曲が(ブレストの乱暴者)クリストフ・ミオセックが書いています。

俺は俺の心を解雇し
俺の感情を売却し
俺たちの恐怖を解任し
俺たちの幻想を罷免し
俺たちの武器を捨て
俺の興奮を追い払った
冒険はここで終止符を打つ
いままでずっと俺についてきてくれてありがとう
俺は作業エプロンをはずし
店を見回してみる
明日この店を開くことはまずないだろう
すべては消え去らなければならない(在庫全品処分)
すべては消え去らなければならない
過去の俺のすべて
今あるべきだった俺のすべて
すべては消え去らなければならない
 ("Disparaître")
    (詞:クリストフ・ミオセック / 曲:エシェール+アヴリル)
危機の時代の歌です。拳を振り上げているわけではありません。私たちはこういう工場閉鎖や倒産を身近にたくさん見て2012年的日常を生きています。一体何のために、どうして、そしてこれは避けられないことなのか、私たちはそれを問うと、ステファヌ・エッセルの小冊子『憤激せよ』に従って行動しようという気持ちになってきます。しかし、ステファン・エシェールとフィリップ・ジアンのコンビは、ジャン=ジャック・ルソーからステファヌ・エッセルにまで通じる性善説に賛成しないのです。人間の悪を見てしまう。そういうテーマでジアンはこんな詞を書きます:

非情であれ
誰も中に入れるな
言葉に惑わされるな
奴らに絶対にドアを開けるな
奴らの微笑みや言葉は毒を盛られていて
奴らの約束や奴らの夏は
すべて死んだ言葉だ
だが俺だけは例外にしてくれ
 ("L'exception")
    (詞:フィリップ・ジアン / 曲:エシェール+ジアン)

 20年来の親友である作家フィリップ・ジアンが、このアルバムで初めてヴォーカリストとしてエシェールとデュエットしている(10曲め "Elle me dit")、というのもこの新盤の花のひとつです。
  また、アメリー・レ・クレヨンの新盤『Jusqu'à la mer (海に至るまで)』と同じように、すばらしいイラストレーション14葉に飾られたブックレットが、このCDをぐっと引き立てています。こういうCDがある限り、人々はCDを買い続けるでしょう。買い続けなければなりません。

<<< トラックリスト >>>
1. Donne-moi une seconde
2. Morge
3. Le sourire
4. Dans ton dos
5. Tous les bars
6. Envolées
7. Du
8. Disparaître
9. La relève
10. Elle me dit (en duo avec Philippe Djian)
11. L'exception
12. Schlaflied

STEPHAN EICHER "L'ENVOLEE"
CD Barclay/Universal 3713826
フランスでのリリース:2012年10月22日

(↓ "Le sourire"のヴィデオ・クリップ)




 

2012年11月14日水曜日

九分九厘のブルックリン

『ヌー・ヨーク』2011年フランス映画
"NOUS YORK" 監督 : ジェラルディーヌ・ナカッシュ&エルヴェ・ミムラン
主演 : レイラ・ベクティ、ジェラルディーヌ・ナカッシュ、ペイエ
フランス公開:2012年11月7日


 ジェラルディーヌ・ナカッシュとエルヴェ・ミムランの初の共同監督作品 "TOUT CE QUI BRILLE"(『輝くものはすべて』。2010年3月公開)は、その予想外のヒットのおかげで、レイラ・ベクティという女優をスターダムにのしあげ,ベクティの主演映画はこの2年間で7本にもなりました。特にルーマニア生れの監督ラデュ・ミハイレアニュの映画 "LA SOURCE DES FEMMES"(2011年カンヌ映画祭コンペティション出品作。北アフリカの村の水汲み労働を拒否する女たちのセックス・ストライキを描いた映画)に至っては,フランス映画界は大女優の誕生を見てとり,翌年のセザール賞の最優秀女優賞にノミネートしたのでした(受賞はしませんでしたけど)。とにかく昨今のレイラ・ベクティの輝きはたいへんなものです。
 またジェラルディーヌ・ナカッシュの兄,オリヴィエ・ナカッシュは相棒のエリック・トレダノとの4本めの映画 "INTOUCHABLES" (2011年,邦題『最強のふたり』)が地球規模での大ヒットを記録して,ナカッシュ兄妹はフランス映画で最も注目される二人の映画監督となっているのです。
 さて前作 "TOUT CE QUI BRILLE"は郊外の二人の娘エリー(ジェラルディーヌ・ナカッシュ)とリラ(レイラ・ベクティ)の友情のストーリーでしたが,私はブログ紹介 の時にこの二人がユダヤ人(エリー)とムスリム(リラ)であることは語りませんでした。ところが,この二人がそれぞれの文化背景をしっかり抱え込んだまま「親友」であるということは,非常に重要なファクターであった,ということがこの新作を見終わってはっきりとわかったのです。
 新作映画は前作と同じように対照的な二人の娘,サミア(レイラ・ベクティ)とガブリエル(ジェラルディーヌ・ナカッシュ)の友情と仲違いと和解が重要な軸になっているものの,今回は友情は二人だけではないのです。男3人を加えて5人の「兄弟姉妹同様の」(とシルヴァンは映画内で紹介する)親友のストーリーです。
 最初の場面はナンテールです。このパリ西郊外に林立する高層集合住宅(シテ)の前で,3人の30男,ナビル(ナデール・ブーサンデル。マグレブ系移民の子),ミカエル(マニュ・ペイエ。カフェ・オレ色の肌。映画の役では特定されていないものの,マニュ・ペイエはレユニオン島出身),シルヴァン(バチスト・ルカプラン。こいつだけがあまり混じりけのないフランス人か)が,多くの家族&知人友人たちに囲まれてニューヨーク旅行出発の見送りを受けています。たった一週間の旅行なのに,なにか戦中の出征兵士の見送りのような盛大さです。これが郊外の人種も宗教も越えた大家族的でポジティヴな人間関係を過剰に大写しにするものですが,まあ戯画に違いありません。
 3人を乗せたエール・フランス機はJFKに着陸し, この郊外男たちはビッグ・アップルに入城し,目に入るものすべてに超オノボリさん的に驚嘆し,3人そろって歓喜の雄叫びを上げるのですが,そのシャウトが「オバマ〜 !!!」というものなのです。この叫びは映画の中で何度も繰り返されます。これがこの映画の「超フレンチー」なトーンをよく現しています。奇しくも(と言うよりもそういう意図的な狙いはあったでしょうが),この映画の封切日11月7日の前日,合衆国大統領選挙はバラク・オバマを再選しています。選挙結果やその前の米国世論調査ではロムニー/オバマが接戦,僅少差の争いと言われていたのに対して,この地フランスでは80%がオバマ支持で,特にフランスの大都市郊外ではその数字は100%近いものだったはずです。そういう郊外フレンチー気質を丸出しにして,3人はビッグ・アップルをオバマ顔写真Tシャツを着て闊歩するのです。万一ロムニーが当選していたとしたら,この映画のユーモア効果の大半は死んでしまうことになったでしょうが,郊外でオバマが既に偶像であるように,われわれフランスに住む市民にとってロムニー当選など絶対にあり得ないことという確信がずっと前からあったのです。その意味でこの「オバマ〜!!!」はア・プリオリに正しいことだったのです。アメリカ人にはわからないでしょうが。この映画に関して第一に誉めることがあるとすれば,この「オバマ〜!!!」でしょう。そして容姿/肌の色の点で最もオバマに近いミカエル(マニュ・ペイエ)が,大統領的にこの映画のキー・パースンであることは映画の最終部でわかるのです。
 この3人とコレージュ〜リセを通じて「兄弟姉妹と同様の」親友であるガブリエルとサミアは2年前から(古風な)アメリカン・ドリームを追ってニュー・ヨークで暮らしています。前作同様ジェラルディーヌ・ナカッシュ(ガブリエル)は堅実で苦労症な役どころで,レイラ・ベクティ(サミア)は派手好きでチャンスを掴むためだったら何でもするという勝ち気な役どころです。ガブリエルはユダヤ人老人ホームで介護婦/インストラクター/仏語教師として朝早くから夜遅くまで働き,いつも疲れています。サミアは某映画スターの世話係として,ロケなどで不在中のスターの超高級大マンションを管理したり,スターの代わりにブロマイド写真にサインしてやったり,代償としてスターの弁護士を使ってグリーン・カードを取ってやるからという口車で,スターの手足として動き回るのが「仕事」です。3人はブルックリンでガブリエルと再会し,その足で(不在の)某スターの大マンションに直行し,サミアの盛大な30歳の誕生パーティーに参入します。そこには絵に描いた餅のようなアメリカン・ウェイ・オブ・ライフがあるわけですが,5人は夢のアメリカを祝福し,銭湯のペンキ絵のようなニュー・ヨークを抱きしめるのです。
 この5人という関係の微妙さは明白です。2年という不在期間がありながら,ガブリエルとナビルは恋仲であり(ここでもユダヤ人とアラブ人の恋なのです),サミアとシルヴァン(これはマグレブ二世女と白人男との恋と言えましょうか)もそういう仲なのに,ミカエルはフリーな立場にあるのです。映画は進行するにつれて,このミカエルがどんどんリーダーシップを取るようになります。そしてこのお調子者は,滞在中にブルックリン娘デニーズ(ドリー・ヘミングウェイ。そうです,文豪アーネスト・ヘミングウェイの曾孫にして女優マリエル・ヘミングウェイの娘)と恋に落ちてしまいます。このデニーズが大金持ちというのはあとでわかるのですが,”INTOUCHABLES"同様,金持ちであることが映画の解決のカギを握っているという点が,どうもなぁ,と首をかしげたくなる部分でもあります。
 ガブリエルが働くユダヤ人老人ホームにも,この3人は溶け込んでいき,レクリエーションで老人たちとボール遊びに興じる非常に美しいシーンがあります。その老人ホームに収容されているマダム・アザン(マルト・ヴィラロンガ)というフランス人女性がいて,ガブリエルをわが子のよう思って,甘え放題わがままし放題の困ったおばあさんです。ガブリエルの疲労の原因の大半はこの女性のせいなのですが,アルジェリア戦争でアルジェから逃れてきたこのユダヤ人女性は3人男のうち,アラブ人のナビルととても親密になります。ナビルが老人ホームのパソコンのグーグル・アースを使って,マダム・アザンが住んでいたアルジェの家の現在の姿を見せてやるという場面はほんと心温まります。マダム・アザンはガブリエルに,こんなところで未来のない老人たちに囲まれて歳取るのをやめて,自分たちの未来を考えよ,と諭します。ナビルと一緒に家庭を作ってみては,と。
 一週間のつもりが,夢のブルックリンの人々との交流に魅せられて,滞在を延長してきた3人はいよいよお金が尽きてきます。事件はいろいろ巻き起こり,サミアの雇用主である大スター女優はある日前触れもなくニュー・ヨークに帰ってきて,(スターにはよくある)ドラッグ的錯乱の末に, サミアを解雇してしまいます。またガブリエルの老人ホームでも,マダム・アザンが息を引き取ってしまい,ガブリエルはニュー・ヨークに居残る理由はなくなったと悟ります。住む所も金もなくなった5人は,最後のニュー・ヨークをコニー・アイランド遊園地で楽しみます。大ジェットコースターで彼らは思う存分「オバマ〜!!!」と叫ぶのです。美しい!
 ブルックリンの通りの上に電信柱でつながった電線があり,そこに靴ひもでつないだそれぞれの一足のバスケットシューズを投げて,電線にひっかかって線上に残った者が勝ち,という賭けを5人でします。バスケット・シューズをうまく電線に巻き付けられた者が,合衆国大統領になれる,と。そしてそのバスケット・シューズ投げに見事成功するのがミカエルなのです。オバマと同じ褐色の肌をした男です。
 そしてそのミカエルが5人分のフランス行きの帰国便チケットを用意するのです(実は富豪の娘である恋人デニーズの金なんですが)。5人の帰国の日,JFK空港に向かうイエロー・キャブに全員の荷物を押し込んだあと,そしてサミア,ガブリエル,ナビル,シルヴァンが乗り込んだあと,なんとミカエルは乗らずニュー・ヨークに居残ることに決めたのです。バスケット・シューズの賭けを信じて,あたかもここに居残って合衆国大統領になることを決めたかのように。 (エンドマーク)

 軽〜いコメディーで,しかもニュー・ヨークはどこも絵葉書のように美しい。主人公を5人にした分,それぞれ個々のエピソードが薄っぺらく,ガブリエルとサミアの(高校の優等生と劣等生の口論のような)確執と和解も前作のようなメリハリがなく,男たちは滑稽で馬鹿げていることだけが強調されていて残念。ジェラルディーヌ・ナカッシュに親しい世界なのであろうニュー・ヨークのジューイッシュ社会は,この映画の真の舞台背景のようにさまざまな様態で画面に映し出されます。優しいジューイッシュの人たちばかりです。これをプロパガンダと解する人たちも出てきましょうが,これは確実にアメリカの風景のひとつでしょう。絵空ごとのようでも。

  カストール爺の採点 : ★★☆☆☆

(↓『ヌー・ヨーク』 予告編)


 

2012年11月10日土曜日

世界の果てで

プレスク・ウィ『家財を守れ』
Presque Oui "Sauvez Les Meubles"

 譜と言っても遠い昔のことではありません。録音は2004年、発売は2005年。プレスク・ウィはフランスの北の都リールの2人組でした。男チボー・ドフヴェール(ギター、プリペアド・ギター、ヴォーカル、キーボードその他)とその伴侶の女性マリー=エレーヌ・ピカール(ヴォーカル)。1998年から活動を始めていて、地方のカフェやバーなどで徐々に実力をつけていきますが、その速度はゆるやかで、何度もくじけかけます。それが2003年頃から複数の全国規模のシャンソン・コンクールに優勝したり、著作権協会(SACEM)の賞を獲得したり、その評価で仕事が増えて、アルバムを録音する可能性も出てきて、やっと未来の展望が開けてきます。
 プレスク・ウイ(ほとんどウイ)のポジションというのは、男女であり、結婚の届け出に市役所に行っても、市長の前で結婚の宣誓である「ウイ」を言うことができない、ほとんど「ウイ」なのに、なにかのひっかかりで「ウイ」と言えない男女カップル、という世の中にはよくあるパターンの二人です。このアルバムに挿入されている「夢」という短い(18秒)二人のダイアローグのトラック(7)があります。
男「よく眠れたかい?」
女 「まあね」
男「どんな夢見てたんだい?」
女「それは言えないわ」
男「どうして?」
女「だってそれはわたしの夢だもの」
この雰囲気がプレスク・ウイなわけです。寝食を共にしたって、夢まで共有するわけではない。この微妙な男女間の溝というか壁というか、そういうどこのカップルにも吹いてしまうわずかな隙間風、というのがこの男女デュオのユーモアのインスピレーションだったわけです。
 このジャケットの写真を見てください。洪水がやってきて家が浸水している中で、二人は椅子に座って別々の方向も見ている。そしてアルバムタイトルが『Sauvez Les Meubles (家財を守れ)』とあります。この"Sauver les meubles"というフランス語表現は、こういう洪水や火事の状況で「必要最低限の家財道具だけは持ち出せ」という意味で、転じて、どんな状態になろうが必要最低限の体裁や面目は保て、という喩えになります。つまり、この男女はこういう状態で「愛を救え」と言っているわけではなく、「体裁だけは保て」とお互いに言い聞かせているのですね。可笑しくも悲しい、悲しくも可笑しい、そういう男女ドラマをプレスク・ウイは歌にしていたのです。
 チボーとマリー=エレーヌはそういう歌の世界を作りながら、実は本当に愛し合ってこの微妙なユーモアを創造していったんだと思います。ドラマは残酷にも別の展開をし、このプレスク・ウイがこのアルバムを録音していた2004年に、マリー=エレーヌが肺ガンを発病してしまうのです。録音が終わり、数々の賞のおかげでアルバムお披露目コンサートは全国各地で数十回の予定でプログラムされていたのですが、マリー=エレーヌの病状はその多くをキャンセルしなければならないほど進行していたのです。
 2005年、アルバム発表後のプレス評は上々で、テレラマ、リベラシオンなどが絶賛します。病床のマリー=エレーヌはこのチャンスを逃してはならない、とチボーにパリ・バタクラン(1500人収容のホール)のコンサートはキャンセルしないで、と訴えます。チボーはその願いを叶え、プレスク・ウイのステージをデュエットではなく、チボーひとりでつとめるのです。2006年11月、マリー=エレーヌ・ピカールはこの世を去ります。
 プレスク・ウイはその痛手を乗り越えて、チボーのソロ・プロジェクトとして2008年、2011年にアルバムを発表していますが、私が正直に言ってしまえば、マリー=エレーヌの声のないプレスク・ウイなんて... と2枚ともがっかりしてしまいました。

 2005年のアルバム『家財を守れ』には宝石のような1曲があります。それは12曲めの「Le bout du monde (世界の果て)」で、核戦争のあとに生き残ったひとりの男とひとりの女の出会いと愛と絶望と新たな希望のようなものが、寓話的に歌われています。歌詞を全訳しました :
男は世界中を回って旅していた、女も世界中を回って旅していた
その時世界はかの爆弾によって崩壊した
二人とも世界には自分一人しか残っていないと思っていた
そして飛んでもないことに
偶然が二人を世界の果ての同じ場所に連れてきたのだ
世界の果てで二人は自分の目を疑って目をゴシゴシこすり
世界の果てで二人は自分の名前を告げ合った
世界には二人しか残っていないのだから
二人は一秒たりとも離れずに
二人で世界の果てを探索してみたが
3キロメートル四方にはネズミ一匹いなかった
二人は世界の果てで困り果て
二人は世界の果てで口論し
しかし二人はそれぞれ勝手にすることを断念した
二人は世界の果てで横になって日が落ちるのをながめ
二人は世界の果てで感極まった視線で見つめ合った
世界には二人しか残っていないのだから
二人は毎晩オオカミや
カラスやキツネのことを思い出した
そして暗闇の中で眠れるように歌を思い出し
しばらく経つと
二人は平和な小さな世界を作り出し
夜毎にお互いを少しずつ強く抱きしめるようになった
二人は世界の果てでよく理解しあった視線で見つめ合い
二人は世界の果てで一度の目配せだけで真っ裸になっていた
世界には二人しか残っていないのだから
世界の果てのある晴れた朝
世界をやり直すことに疲れて
二人は異口同音にもうすべてを止めようと決めた
旧世界の岸辺を夢見て
もう一度世界一周をしたくて二人は出かけたが
半日もせぬうちに二人は足を止めた
世界の崖っぷちの先には果てしない空虚が広がっていて
もうこの世にはこんなちっぽけな世界のかけらしか残っていなかった
二人は世界の果てで横になって日が落ちるのをながめ
二人は世界の果てで感極まった視線で見つめ合った
世界には二人しか残っていないのだから....
マリー=エレーヌの歌声は、優しく、彼岸も此岸も見てきたような説得力で、この世界の果てにいる二人の世界を描きます。チボーのギターのアルペジオも「ピーターとオオカミ」のように絵が見えるような描写力で迫ります。これがマリー=エレーヌの白鳥の歌です。世界の果てや世界の終わりがこんなに優しいものであったら...。

Presque Oui "Sauvez Les Meubles"
CD L'Autre Distribution AD0609C (現在入手困難)
フランスでのリリース:2005年

(↓ YouTubeの投稿動画 Presque Oui "Le Bout Du Monde")

2012年11月3日土曜日

人間はなぜ死ぬのでしょう

『アムール』
"Amour"
 

2012年フランス・ドイツ・オーストリア合作映画

監督:ミヒャエル・ハネケ
主演:エマニュエル・リヴァ、ジャン=ルイ・トランティニャン、イザベル・ユッペール
2012年度カンヌ映画祭パルム・ドール賞
フランス公開:2012年10月24日


 かし何という女優なのでしょうか。「ヒロシマ・モナムール」(『24時間の情事』アラン・レネ監督 1958年)から50年以上経って、(失礼ながら年齢を言うと)85歳でこの体当たり演技、観る側が震えが来る感じです。エマニュエル・リヴァ、もうヴェリー・スペシャル・トータル・リスペクトです。この女優を見るだけで、この映画は希有な映画体験となりましょう。
 ストーリーはいたって単純です。80歳を過ぎて、平穏に生きている退職した音楽教授(ピアノ教師)夫婦(エマニュエル・リヴァとジャン=ルイ・トランティニャン)に、ある日妻アンヌに脳障害事故が訪れます。夫ジョルジュはあわてて妻を病院に入れ、必要な手当をしてもらおうとするのですが、アンヌはその手術の結果、体の右半身が麻痺してしまいます。車椅子、リハビリ、介護婦...ジョルジュは自分自身を老いをも顧みず、聖者に近いような献身的な世話焼きをします。二人の間にはエヴァ(イザベル・ユッペール)という娘がいて、彼女自身たくさんの問題(浮気な夫、経済的問題...)を抱えながら生きていて、それを聞いてくれる両親が心の支えなのです。ところが心の支えはドラマティックに衰弱していく。エヴァはこんなはずではない、という焦燥があります。まだまだ元気なはずの両親は消えつつあるのです。
 ジョルジュはありとあらゆることをします。介護と家事をし、日々衰えていく妻を無償の愛で包んでいきます。映像は排泄やベッドでの失禁などのリアルな現場シーンを映し出します。これが老いるという現実なのですから。しかしエヴァはそういうことを信じられない。現代の医学と医療制度・福祉制度をもってするならば、こういう悲惨はないはずだ、と思っています。だったら何をするのか、ジョルジュは娘に問います。それは病院か延命装置の完備した老人ホームに入れることなのか。
 アンヌは最初の手術(失敗して半身不随となってしまった手術)の後、ジョルジュに約束を迫ります、「二度と病院に入れないでくれ」と。ジョルジュはその時に即答を避けるものの、結局この約束を(約束宣言しないまま)最後まで履行するのです。自宅で、二人のアパルトマンで最後の日まで添い遂げること。娘には到底理解できないそのことをジョルジュはぎりぎりのところまでやり遂げるのです 。
 意識があってわがまま言い放題のアンヌから、発語することも困難になるアンヌまで、その時間はとても短いのです。この短い時間にジョルジュはさまざまな幻覚を見ながら、濃密な愛の時間を生きるのです。アンヌは言葉がなくなるほど衰弱しても、食べることや飲むことを拒否することでジョルジュにわがままを表現します。愛されたい、愛したい、私たちは見たこともないような愛の交信をこの映像で見てしまうのです。
 ところがどうしようもないリミットはやってくるのです。その限界の限界で、ジョルジュは切れてしまうのです。その行為は唐突です。唐突ですが、この映像を観る者は驚かないのです。意味のわからぬわめき声を上げるアンヌに、自分の昔話をしてあげて、落ち着きを取り戻してあげたあと、 ジョルジュはアンヌの顔に枕をかぶせて、窒息死させてしまうのです。
 息絶えたアンヌを花で飾り、一緒に旅立ちたい、というジョルジュの希みを、この映画は叶えてやるのです。映画の魔術はそれが可能なのです。ミヒャエル・ハネケは映画のあらゆる可能性を使って、その愛の昇華を叶えてやるのです。
 まったくもって、何という映画でしょうか。

 私たち初老に属するジェネレーションはまったく他人事には見ることができない映画ですし、私たちの20年後や30年後、というだけでなく、私たちの親の世代(私は父を早くなくしましたが、母は90歳で存命です)の目に見える現実に切実に迫るテーマの映画です。時折、少年少女のような表情で愛の表現が見てとれるジョルジュとアンヌの、体の自由がきかない80歳代の男女の透明な愛、その愛は叶えられるという救いを持った映画、この映画体験は重いものの、天使的に軽やかでもあるのです。映画はそういうことも可能なのです。

(映画『アムール』 予告編↓)