2014年3月16日日曜日
渇いていた男
Hubert Mingarelli "L'homme qui avait soif"
太平洋戦争の激戦のひとつで「ペリリュー島の戦い」というのがあります。玉砕の島です。日本軍1万1千兵と米軍2万8千兵による、1944年9月から2ヶ月強をかけて戦った攻防戦です。この小説ではその玉砕戦のディテールは紹介されていません。米軍が2週間もあれば簡単に制圧されるであろうと考えていたマリアナ諸島のひとつの小島は、日本軍が2ヶ月以上も凌いで防戦したのです。ほぼ全軍の1万人の日本兵が戦死しました。
小説は1946年の日本が舞台です。ヒサオはこのペリリューの戦いの生き残りです。ヒサオは花巻から汽車に乗り、婚約者シゲコのいる北海道へ向かうはずでした。婚約の贈り物として翡翠の玉を旅行鞄に入れて、ヒサオは汽車に乗り込みますが、強烈な喉の乾きに襲われて汽車を降り、駅の水飲み場で水を飲んでいる間に、汽車はヒサオを置き去りにして発車してしまいます。翡翠の玉の入った旅行鞄は汽車の物置き棚に載ったまま。
ヒサオは自分の失態が許しがたく、この汽車を走って追いかけて、旅行鞄を取り戻して、シゲコへの求婚の旅を続けようとします。米軍占領下、食べるものも何もかもが欠乏していて、人々の心もすさんでいた頃、このヒサオのドジは絶対的にリベンジ不可能である、と誰もが思います。まず徒歩(走りもしますが)で汽車に追いつくこと、そして旅行鞄が誰にも盗まれることなく回収できるということ、どちらもありえないことです。それでもヒサオはそれを遂行するしかない。
小説はロードムーヴィーのように進行します。花巻から秋田へ、秋田から青森へ。走ったり、歩いたり、トラックに乗せてもらったりの旅で、ヒサオはさまざまな人々と出会います。心開いてくれる人などいない。敵か味方かわからない、親切なのか下心があるのかわからない、そんな人たちとの交流は言葉少ない東北人のそれで、最後まで猜疑心をぬぐい去れない。しかし、そんな人たちの間を泳いでいくことによって、ボロボロになりながらもヒサオは食べるものにもありつき、やがて青森の駅までたどり着くことができるのです。
ヒサオにはペリリュー島の戦友でタケシという男がいました。父も母も知らぬタケシはヒサオだけが友であり、ヒサオはタケシの歌作りの才能を高く買っていて、タケシの歌は戦地でのヒサオの唯一の慰めでした。タケシの創作歌というのはこんな歌:二人が2本のロウソクを盗んで隠した、いつか二人は隠した場所に戻り、そのうち何本なくなっているのか確かめる....。ペリリュー島の岩山を日本軍はつるはしで掘っていって、いくつも回廊でつながれた秘密要塞を作ろうとするのです。上陸してくる米海兵隊と、最後までこの要塞で戦うつもりなのです。ヒサオやタケシたち一兵卒は来る日も来る日もつるはしで山の洞窟を掘り続けなければならない。ロウソクの光だけが頼り。掘り続ければ山の海側に突き抜けるのだろうか。誰も知らない。その時にタケシはこんな歌を歌う。本とは全然関係ないけれど、私はここで「ひょっこりひょうたん島」の海賊の宝探しのナゾナゾ・ソングを思い出したのです。「バビロンまでは何センチ」海賊たちはロウソクの長さ何センチが燃えてなくなるまでで距離を測ったという謎掛け歌でした。しかし、小説の中の歌は謎のままです。一体この掘る先に貫通はあるのか、米軍は上陸するのか、戦闘はあるのか、誰も知らずに兵士たちは掘り続けている。
小説は戦後(1946年)のヒサオの青森までの闇雲な徒歩の旅と、戦中のペリリュー島の山の中での洞窟堀りが交互に現れて進行します。どちらも先が見えない進行です。ペリリュー島の生き残り帰還兵だったヒサオは、その戦争のトラウマとして、喉が渇くと自分のコントロールが全く利かなくなるという体質に変わっています。小説冒頭での汽車乗り遅れもそれが原因で、その渇きの発作はいつくるのかわからないのです。戦地から引き揚げて下宿したタイマキ夫人のところでは、タイマキ夫人は何も言わないけれど、毎夜眠ってからヒサオが悪夢で一晩中叫びっぱなしである、という自覚症状があるのです。婚約者のシゲコは、この発作や夜の叫びに堪えきれるだろうか?
問題はそれよりも、どうやって汽車の網棚に置き忘れた旅行鞄(とりわけ婚約の贈り物である翡翠の玉)を取り戻すかです。敗戦で人の心が荒んでいた時代、進駐軍兵に怯えていた時代、ものがなかった時代といったことをこの小説は説明しません。説明のしようもなくこの状況はカフカ的で不条理です。ヒサオはナイーヴにも自分の不祥事を人に説明しようとしますが、誰一人として理解しないということが前もって決まり事になっているような世界が目の前にあります。誰も自分ひとりのことでそれどころではない。遺失物(しかも貴重品が入っている)などなくなって当たり前。予め絶望のある「青森行き」をヒサオは敢行します。予め絶望があったペリリュー島でも洞窟堀りのように。
出会う人たちはみな口の重い東北の男たち。ヤクザか流れ者か、ものを取るために乱暴を働くものもいれば、秋田の浜の焚き火で採れたばかりの鯛を焼いて見ず知らずの男たちと分け合って食べる一団もあります。なんでできたのかわからないアルコールを回し飲みします。純朴素朴な一期一会なのか、行きずりの友情か、もののない時代の知恵でやっとこさ喰って生きているの触れ合い。(そのうちの二人、コムロとケイスケの間に同性愛的傾向あり)。秋田から青森の間、砂利トラックに乗せてくれたミヤケは、ひとりの小さな男の子を連れている。死んだ兄の子だがそれを機会あるごとにその母親に会わせるために青森に行く。その母子の再会は抱擁することもなく、一緒にものを食べることもなく、数分のにらめっこで終わる。そのためにミヤケは往復一昼夜のトラック運転をするのです。ミヤケもどうしてこんなことをしなければならないのかわからない。はっきりせずに何をしていいのかわからない人間ばかりなのです。
主要道路と言えども道は穴ぼこだらけで、ミヤケのトラックは穴ぼこを避けきれず、ぼんぼんバウンドして進みます。その穴ぼこには昨夜の雨の水が溜っています。ヒサオは渇きの発作が起こり、ミヤケのトラックを止めて、一目散でその水たまりの水を飲み干します。ミヤケはそれをどうしてとも聞かない。
米軍の砲撃にあい、ヒサオとタケシが掘っていた洞窟は閉ざされ、一緒に働いていた兵士たちは全員死んでいます、タケシは負傷し、発熱していますが、歌を歌い続けます。ヒサオは闇の中でつるはしと 鑿岩杭出口を探そうとします。渇きは襲ってきて、闇の中で手探りで死んだ兵士たちの持っていた水筒を探し当てては、それでタケシと共に渇きをしのぎます。その極端な渇きの末にタケシは死に、山を転げ落ちて、樹水や雨水や谷水やあらゆる水を採りながら行く宛てもなく逃げて行く先に、米兵の姿があります。
あれやこれやで青森駅についたヒサオは駅員に遺失物が届いていないか尋ねます。そんなものはない。確かめたかったら車両清掃係のクロキに聞いてみろ。女のクロキは貨物車をバラック代わりにして住んでいます。ヒサオはここに旅行鞄は絶対あるはず、という確信があります。クロキのなしのつぶての返事に、ヒサオは逆上し、力ずくでクロキの貨車バラックに入り込み、旅行鞄を見つけ出し、強引に奪っていきます。小説の筋で行くと、一種のクライマックスなんですが、筆致は淡々としていて、当然あるべきヒサオのうれしさは描かれず、絶望も希望もある種無感動な事件になってしまいます。
おしまいは青函連絡船です。生への希望を取り戻したような道程なのに、ヒサオはどんどん情緒が欠落していきます。シゲコのことは近づいているのに遠のいていっているような。そして、船上でひとりの米兵を見かけます。ヒサオはその一面識もない米兵にこみあげてくる憤怒の念が抑えられなくなっていくのです....。
ユベール・マンガレリは1956年ロレーヌ地方生れの作家です。17歳で海軍に志願し、3年の間水兵として大西洋、太平洋を巡り、海軍をやめてからもヨーロッパを放浪、フランスに帰ってさまざまな職業に着きながら、1989年から小説を発表。2003年に『四人の兵士』(日本語訳出版あり) でメディシス賞を受賞。日本語では『おわりの雪』(2004年)、『しずかに流れるみどりの川』(2005年)、そして『四人の兵士』(2008年)がそれぞれ白水社から出版されていて、いずれも訳は田久保麻理氏。だから、この『渇いていた男』も日本で出版される可能性ありましょうね。日本を舞台にした小説ですし。
著者が日本に住んでいたか、あるいは日本で取材したかどうかはわかりません。それなのに、出て来る日本人たちは、無口な上に何かを秘めたような重いペルソナージュばかりで、簡単に読み込めません。時代がそうだからかもしれないけれど、島尾敏雄の小説やつげ義春の漫画を想わせる、全体的な仄暗さ(モノクロトーン)が、私のようなそんな戦後を体験しなかった、やや後に生まれた人間が上の世代の人間から聞かされていたその時代の暗さとシンクロする説得力があります。
カストール爺の採点:★★★☆☆
Hubert Mingarelli "L'homme qui avait soif"
STOCK社刊 2014年1月 156ページ 16ユーロ
(↓)2015年文庫版(J'ai Lu)発売に際してボルドーのモラ書店(Librairie Mollat)制作の動画で『乾いていた男』について語るユベール・マンガレリ
2014年2月24日月曜日
それでも三途は流れる - 『最後の岸辺の地形』
Michel Houellebecq "CONFIGURATION DU DERNIER RIVAGE"
2013年夏に刊行されたミッシェル・ウーエルベックの詩集です。出た当時、民放TVカナル・プリュスの風刺報道番組「プチ・ジュルナル」がこの詩集を取り上げて、パリ・ゼニットのブーバ(今日のフランスで、ラ・フイーヌと並んで絶大な人気のあるラップ/ヒップホップ・アーチストです)のコンサートに詰めかけたファンたちに、このウーエルベックの4行の詩を見せます。
Tu te crois séduidante
Avec ta jupe en skaï
Et tu fais la méchante
Comme dans une pub Kookaï
おまえは合皮のスカート履いて
魅力的だと鼻高々
そしてクーカイのCMの女のように
悪さをするんだ
まあ、私の訳ではどんなニュアンスで伝わるか不安ですが、これは蓮っ葉で賢くなくてお金もなくてセクシーであることだけは負けたくない、そういう女の子をかなり侮蔑的に書いてるんですね。これを見た子たちはみんなこれがブーバのライムだと思って、悪くないね、ブーバらしくて暴力的だね、なんて論評するのです。それがウーエルベックの詩だと知らされて、「うそだね、これはブーバだね」と信じない者や、「あの野郎ブーバをコピーしやがって」なんて反応をします。笑えます。(↓それがこのヴィデオです)
Ils commentent du Houellebecq en pensant que c... par Gentside
それはそれ。ウーエルベックは初の小説『闘争領域の拡大』(1994年)よりも詩集(1988年と1992年)が先に刊行されていた人で、これまでに詩集は6冊発表されています。また小説の中に詩を挿み込むということはよくやっていました。『ある島の可能性』 (2005年)の最後に出て来る詩は、カルラ・ブルーニ=サルコジが曲をつけて "la possiblité d'une île"というタイトル(アルバム"Comme si de rien n'était" 2008年)で歌われています。また2000年にベルトラン・ビュルガラのトリカテル・レーベルから、ビュルガラ作のサウンドトラックに乗せて自作詩を朗読するアルバム"Présence Humaine"も発表しています。
で、2014年の4月にリリース予定になっているジャン=ルイ・オーベール(ex テレフォヌ)の 8枚めのソロアルバム"Les Parage du Vide"(虚無の周辺)が、この最新詩集『最後の岸辺の地形』の詩篇を抜粋して、オーベールが曲をつけて歌った、言わば「オーベール、ウーエルベックを歌う」というしろものなのです。ウーエルベック自身も参加しています。オーベールは良いと思ったことが余り無いので、全然フォローしておりませんでしたが、今回はちゃんと聞こうと思ってます。
とかく、厭世的で鬱病的で終末的で人間嫌い/女嫌いで... みたいなことが強調されて語られる作家・詩人です。しかし、今から4日前の爺ブログに追記で貼付けたジャン=ルイ・オーベールのヴィデオ・クリップ "Isolement"を見た時に、そのオーベール曲の分かりやすさだけではなく、ウーエルベック詩だってある種ストレートなおセンチさが強烈に感じられたのです。で、遅ればせながら、昨日この詩集を買って、読みすすめていくうちに、冒頭に紹介したようなブーバのファンたちにも受け入れられるようなパロールがいっぱいあるのだ、ということがわかったのです。
題名『最後の岸辺の地形』はウーエルベック調の「構え」を持ってますし、たどり着く「最後の岸辺」というのは、われわれ日本人庶民の感覚では三途の川の向こう岸であり、その「地形」とは賽の河原の風景のことなのだ、とうすうす見抜いています。
最初のアカシアが咲く頃 Au temps des premiers acacias
冷たく、ほとんど鉛色の太陽が Un soleil froid, presque livide
マドリードを弱々しく照らしていた Eclairait faiblement Madrid
その時 俺の命は分離していった Lorsque ma vie se dissocia.
マドリードか。この人はいたるところに賽の河原を見てしまうのでしょう。自らの死を疑似体験している時、どこにいようが周りの景色は賽の河原ですよね(なんとなく寺山修司的なインスピレーションで書いてますよね、わし)。
ボードレール、ロートレアモン、セリーヌ、ショーペンハウアー... などなどの名前を出してウーエルベックの詩を論じるなどという芸当は私にはできませんし、そんな必要を全く感じさせないようなポップさ、センチメンタリズム、非定型な自暴自棄をわかりやすく表現した詩句だと思って読みました。ブーバを聞く子たちの読み方が正解なんですよ。
あとで版元フラマリオン社から削除を求められるかもしれませんが、無許可で2篇を和訳してみます。
ISOLEMENT (隔離)
私はどこにいるのか?
あなたは誰なのか?
私はここで何をしているのか?
いろんなところへ連れて行っておくれ、
ここじゃないいろんなところへ
かつて私だったすべてのことを
忘れさせておくれ
私の過去を新たに作り直しておくれ、
夜に意味を与えておくれ。
太陽を作り直しておくれ
平静な夜明けを
私は眠くない、
私はあなたに接吻したい
あなたは私の友だちなのか?
答えておくれ、答えて。
私はどこにいるのか?
いたるところに火が燃えている
私はもう音が聞こえない
私は多分狂人になったのだ。
私は体を横にしなければならない
そして少し眠らなければならない
私の両目を洗浄することを
試した方がいいかもしれない
私が誰なのか教えておくれ
私の両目を見つめておくれ
あなたは私の友だちなのか?
私を幸せにしてくれるのか?
夜は終わっていない
そして夜は火となって燃えている
天国はどこにあるのか?
神々はどこに行ってしまったのか?
NOVEMBRE (11月)
私は河のほとりのカフェにやってきた
少し年老い、少し無感覚になって
私は新築のホテルの部屋でよく眠れなかった
私は体を休められなかった
午後の安らぎの中で
多くの二人連れや子供たちが一緒に歩いている
おまえによく似た少女たちの姿もある
娘としての第一歩を歩み始めた頃の
光の中に私はおまえの姿を見てとる
太陽の愛撫に包まれて
おまえは私に命のすべてと
その不思議の数々を与えてくれた
静寂に包まれて
おまえが眠っている公園に私はやってきた
空が落ちてきて、その空はバラで覆いつくされた
そして私はおまえの不在に苦しむ
私の肌に押し付けられるおまえの肌を感じている
私はそれを憶えている、私はそれを憶えている
そしてすべてが元通りに戻ってきてくれたら
どんなにいいだろうか、と望んでいる
和訳はBクラスですけどね、ここに二重三重の意味なんかない、と思いますよ。ありがたがって読む人たちは、どういう解釈をしようと言うのでしょうか。
カストール爺の採点:★☆☆☆☆
MICHEL HOUELLEBECQ "CONFIGURATION DU DERNIER RIVAGE"
Flamarion 刊 2013年4月 100ページ 15ユーロ
(↓2013年4月17日、詩集『最後の岸辺の地形』についてBFM-TV リュト・エルクリエフのインタヴューに答えるミッシェル・ウーエルベック)
Michel Houellebecq: l’invité de Ruth Elkrief... par BFMTV
2014年2月19日水曜日
『ミッシェル・ウーエルベック誘拐事件』という愉ぅ快なテレビ映画
2011年9月、すなわちかの『地図と領土』でゴンクール賞をとった1年後、ウーエルベックはその受賞作の外国での出版のプロモーション中で、ベルギーのあと、オランダでその出版記念に出席することになっていたのですが、作者はそこに姿を見せません。おかしい。フランスの出版社もウーエルベックと連絡が取れない。数日間、まったく音沙汰がない。この間にベルギー、オランダ、フランスのSNS上でさまざまな噂が飛び交います。その中で最もまことしやかに囁かれたのが「アルカイダによる誘拐」説でした。ウーエルベックは「イスラム教は世界で最もバカな宗教」と公言して、その方面ではかなり大きなスキャンダルとなっていましたし。そのうちにフランスのマスメディアもこの「蒸発」を報道するようになり...。そんな時、ウーエルベックはベルギーで姿を現したのです、曰く「いやぁぁ... 携帯電話のバッテリー切れたの知らなくってさぁぁ...」。
ちょっと脚色しましたが、以上が2011年ウーエルベック蒸発事件のことの次第。これをギヨーム・ニクルーが面白がって、ほんものの誘拐事件を創作してしまうんですね。ただし、誘拐犯はアルカイダではなく、3人の無骨な男たちで、有名人作家ウーエルベックを誘拐したはよいのですが、どこからどうやって身代金を取っていいのかわからない。逆にウーエルベックから「マスコミで書かれていることなんて全部嘘っぱちさ」と説教されたり。こうして誘拐犯グループと人質ウーエルベックの奇妙な同居生活が始まる。しかもそれはウルトラ・グロークな(意味は勝手に調べてください)田舎の一軒家で展開するという100%ウーエルベック的環境(とテレラマ誌2014年2月22日号に書いてありました)。「ウーエルベックはうめき声を上げ、煙草を吸い、酒を飲み、タイ式ボクシングを習い、村の娼婦に抱かれて慰めてもらい... 要するに移り気な子供のようにふるまう」(同誌同号)。
このテレビ映画は、フランス+ドイツ共同経営の教養テレビ局ARTEのために制作されたもので、いつかARTEで放映されるのでしょうが、まだ予定は発表になっていません。見逃さないようにしましょう。
なお、ウーエルベック小説の映画化では1999年『闘争領域の拡大』を撮ったフィリップ・アレル監督が、今度は『地図と領土』を撮るのだそうで、そのシナリオ化が終わったとのこと。この小説を読んだ方はおわかりのように、『地図と領土』にはミッシェル・ウーエルベック自身が実名で重要な登場人物として描かれており、小説後半ではバラバラ殺人事件の被害者となっているのです。だからアレルのシナリオが原作に忠実であるならば、ウーエルベック自身が再び俳優としてウーエルベックを演じるという可能性がおおいにありましょう。素晴らしかった小説作品を、自ら台無しにするのではないか、という期待も生まれてきましょう。
(↓)ARTEによる2014年度ベルリナーレでの映画『ミッシェル・ウーエルベック誘拐事件』のルポルタージュ
追記:2014年2月20日
『ジャン=ルイ・オーベール、ミッシェル・ウーエルベックを歌う』
4月14日リリース予定のジャン=ルイ・オーベールの新アルバム" LES PARAGES DU VIDE(虚無の周辺)"は、2013年刊行のウーエルベック詩集 "CONFIGURATION DU DERNIER RIVAGE(最後の岸辺の地形)"の詩篇にオーベールが曲をつけて歌っています。(↓)その1曲 "ISOLEMENT(隔離)"のヴィデオ・クリップ (featuring Michel Houellebecq himself)です。いい役者ですよね。
2014年2月10日月曜日
旅立てジャック
2013年フランス映画
"JACK ET LA MECANIQUE DU COEUR"
監督:マチアス・マルジウ&ステファヌ・ベルラ
原作:マチアス・マルジウ
声優:マチアス・マルジウ、オリヴィア・ルイーズ、グラン・コール・マラード、ジャン・ロッシュフォール、アルチュール・H、アラン・バシュング....
音楽:ディオニゾス
フランス公開:2014年2月5日
ディオニゾスのリーダー、マチアス・マルジウが2007年に発表した小説『時計じかけの心臓』 のCGアニメ映画化作品です。この小説に関しては爺ブログの2008年1月14日の記事で詳しく紹介しているので、そちらを参照してください。しかし、お立ち会い、いいですか、結末は小説と違っているのですよ! その他、主人公の名前は「リトル・ジャック」ではなく「ジャック」になってますし、ジャックを弟のように可愛がる二人の娼婦アンナ(声優:ロシー・デ・パルマ)とルナ(声優:ディオニゾスのバベット)からプレゼントにもらうハムスターは名無しになってました(小説では「クンニリングス」という名前でしたけど、やっぱり子供が観るようなCGアニメ映画なので、まずいですよね)。

まずキャラクターの変遷を見てみましょう。(→)これが2007年の小説表紙とディオニゾスの同名アルバムのジャケットに使われたイラストで、作者はBD作家のカリム・フリア (Karim Friha)とジョアン・スファール(Joann Sfar)の共作ということになっています。ヒーローとヒロインの顔がそれぞれマチアス・マルジウとオリヴィア・ルイーズをモデルにしていて、時計の心臓を除いてモノクロ画像です。ティム・バートンのアニメ映画『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』(1993年)を思った人は多かったでしょう。その類似性がさらに明らかになるのは、ディオニゾスの同名アルバムの中の1曲"Tais-toi Mon Coeur"のためにステファヌ・ベルラが制作したヴィデオクリップです(↓)
キャラはカリム・フリア/ジョアン・スファールの原画に拠っていると思いますが、クリップの作りはモロにティム・バートン風なのでした。ステファヌ・ベルラは広告フィルムやヴィデオ・クリップ界の人で、ミュージック・ヴィデオでは2009年の - M - マチュー・シェディッドの"Est-ce que c’est ça"も話題になりました。ジャン=ピエール・ジュネ〜ミッシェル・ゴンドリー直系の作風を持った映像作家と言えましょう。
で、マルジウがこのベルラと組んで、リュック・ベッソンの出資で(オフィシャルにはベッソンの妻のヴィルジニー・シラがプロデューサーとなっています)大予算CDアニメ映画を作るという企画がスタートしたのは2008年のことです。それから上映まで6年の月日がかかってます。その間にいろいろなゴタゴタがあったとは聞いていますが、最も重要な変化は、この物語のすべてのインスピレーションだった女性オリヴィア・ルイーズとマルジウが私生活上で別離したということでしょう。(あんまり関係ないか...)
そして、それまでのフリア〜スファール〜(バートン)〜ベルラが描いていた暗めの少年少女のキャラクターを、大幅に変えて、新しい顔と姿をイタリア(正確にはサン・マリノ)の女流イラストレーター、ニコレッタ・チェコーリに考案させたのです。
彼女はマルジウの3作目の小説『空の果てのメタモルフォーズ』(2011年)の表紙のイラスト(→)も描いています。もろに「アリス」的な絵を描く人だなぁ、と思いました。頭部が大きくて、悲しい目をした少女ばかり。その代わりそれまで無彩色やセピア系が多かった描き方は、一転してカラフルになりましたね。ジャックの顔は永遠の少年、マチアス・マルジウに近いものを残していますが、ミス・アカシアはオリヴィア・ルイーズのイメージはほとんどなくなりました。ジャックを取り上げ、心臓に時計を取り付ける手術をした女医マドレーヌは、まるで黒柳徹子のようです。ただこのすべすべしたキャラへのラジカルな変身は、「子供受け」狙いの要素ももちろんあるでしょう。リュック・ベッソンは自分の創作童話『アーサーとミニモイの不思議な国』 を四部までアニメ映画化して世界的に大ヒットさせましたが、そんな商魂による圧力がマルジウにも及んだのかもしれません。ロック・オペラから子供向けミュージカル・アニメ映画へ、という大きなアスペクトの変貌があります。しかし大丈夫。根っこのところは何も変わっていません。
1874年、世界で最も寒かった日、スコットランドのエジンバラでジャックは生れますが、あまりにも外が寒すぎたため、心臓が凍りついています。女医マドレーヌがその心臓に鳩時計を移植する手術を施し、奇跡的にこの子の命は救われますが、その代わりこの子は一生「3つの掟」を守って生きていかなければならないのです。
1. 時計の針に絶対に手を触れないことこれを守らないと、時計じかけの心臓はたちまち破裂し、この子は死んでしまう。女医マドレーヌはこわれものの少年を外界から遮断して育てていき、10歳になった時、初めて家の外に出し、町に連れていくと、広場でバーレル・オルガンを引きながら歌を歌っている超近眼の少女ミス・アカシア(オリヴィア・ルイーズ)と出会い、一目惚れしてしまいます。
2. 自分の怒りを常に抑えていること
3. 決して恋に落ちないこと
この物語は「ピノキオ」のヴァリエーションと言えるでしょう。女医によって作られたこの少年は、創造主がやってはいけないということばかりやりたがる。ミス・アカシアと同じ学校に行きたくて、これまで学校で勉強などしたことがないのに無理矢理入学すると、ミス・アカシアは既に外国(スペイン、グラナダ)に行ってしまっていて、 少女の恋人を自認するガキ大将のジョー(グラン・コール・マラード)に徹底的に苛められます。4年間に渡って暴力の嫌がらせを受けても、ジャックは堪えていましたが、ジョーが力づくでジャックの時計じかけの心臓を壊そうとした時には自制がきかなくなり、時計の針が勝手に飛び出して、ジョーの右目を刺してしまいます。
警察に追われ、山ほどの厄介ごとが被さってくると判断した女医マドレーヌは、ジャックにこの町を出て逃げるように命じます。旅立てジャック。時計じかけの心臓が壊れそうになっても、医者にはかからず、時計屋に直してもらえ、と。
心臓が痛んだままジャックは汽車に乗り、ロンドンに向かう車両の中で(ここのシーンは小説でも映画でもかなり唐突)、殺人鬼「切り裂きジャック」(アラン・バシュング)に殺されそうになります。
ボロボロになってしまった時計じかけの心臓を修理してくれたのは、時計屋ではなく、パリで出会った手品師ジョルジュ・メリエス(ジャン・ロッシュフォール)。世界初の特撮映画監督メリエスのことは、2011年のマーティン・スコセッシ映画『ヒューゴの不思議な発明』 で広く世に知られますが、スコセッシ映画同様、マルジウのこのメリエス起用は映画へのオマージュとして重要な意味があります。メリエスはジャックのミス・アカシアとの初恋に心打たれ、二人してアンダルシア(グラナダ)まで行こう!と提案します。ここで義侠心に厚いのっぽのヒゲおじさんジョルジュ・メリエス(同じくのっぽのひげ老人であるジャン・ロッシュフォール)は、ドン・キホーテと化してしまうのです。
こうしてジャックはヨーロッパ縦断の旅をなしとげ、グラナダの巨大な移動遊園地の中に、ミス・アカシアを見いだしたのですが...。
このアニメ映画は、小説に描かれた世界をかなりクリアーにヴィジュアル化してくれますが、「忠実に」というわけではありません。このグラナダの移動遊園地にしても、小説でイメージされた見世物小屋のモンスターやフリークスやお化け列車は、かなりおどろおどろしいものだったはずです。子供が観る映画ですから、いたしかたないことですが。この見せ物のひとつに、大砲から飛び出される「空中落下芸人」が登場するのは、『空の果てのメタモルフォーズ』の世界一ドジなスタントマンのトム・クラウドマンなのでしょうね。
アニメーションは極上にファンタスティックです。エジンバラの町も、女医マドレーヌの館も、さまざまに形を変える長距離列車も、奇想天外な小屋のたくさんある移動遊園地も、ミス・アカシアとジャックの宙を舞う思いの恋のシーンも、すべてそのイマジナリーに驚嘆するものがあります。子供たちも大人たちも「まあ」と声を上げて絶対納得すると思います。
問題はひとつあります。成就しない恋に子供たちは納得できるか?ということです。それを、この映画は原作小説とは違う結末を持ってくるわけです。恋はどちらも同じように成就しないのですが、結末は違うのです。わおっ。子供たちに優しいマルジウ。大人たちにも優しいマルジウ。優しくなることは甘くなることではない。私はこういう優しさが好きです。サントラで使われる音楽も、2007年アルバムよりも、ずいぶんと丸く柔らかくなっているように聞こえます。
カストール爺の採点:★★★★☆
↓『ジャックと時計じかけの心臓』予告編
2014年2月9日日曜日
パリの日本人にとって「パリ的」なるもの
日本で出版された日本語の本なので、何も私が解説したりしなくてもいいんですけどね。今さっき「ラティーナ」に紹介記事の原稿送ったところです。掲載号は2014年3月号の予定。
著者小沢君江さんは、パリの日本語新聞(フリーペーパー)オヴニーを編集発行しているエディシオン・イリフネ社の共同代表(もう一人は夫のベルナール・ベローさん)で、その前身であるフランスで初めての日本語ミニコミ紙「いりふね・でふね」は1974年5月の創刊だから、今年でちょうど40年間日本語新聞作りをしている方です。この本は1993年に草思社から出版された『パリで日本語新聞をつくる』の増補改訂版で、パリ生活20年&日本語新聞作り20年の時点で書かれた同書に、今日までのその後20年のことを二章新たに書き加えたものです。50歳までの自叙伝を70歳までの自叙伝に延長した、という感じですね。
タイトルを見ると、パリ生活体験記か、自分が作ってきた新聞のクロニクル的回想録みたいねものを想像してしまいますよね。あにはからんや中身は(もちろんそれもあるんですが)実に濃厚で、 小沢さんの女の生きざまがむき出しになっていますし、日本人フランス人関係なく盆百のパリ市民には絶対に体験できないさまざまな特別な事件も記述されもしていますが、それよりもなによりも、小沢さんとご主人(文中では「ルネ」という仮名になってますけど、ベルナール・ベローさんです)の関係が年と共に深化していっているというのがこの本の一番太い軸だと思ったのですよ。雑誌原稿はそのことを中心に書いたので、小沢・ベロー夫妻の「愛の軌跡」的な紹介になりました。そんなふうに読む人って余り多くないと思いますよ。ただ、無理矢理な深読みではない、と断言できます。
「ルネ」と小沢さんは1963年に東京で出会っていて、早稲田の仏文科にいた小沢さんは翌年の東京オリンピックのためのフランス語通訳に借り出されることになっていて、「ルネ」はその通訳コーチでした。二人の関係はそれから50年の Je t'aime moi non plus です。その微妙な難しさは「日仏」カップルであることがまず第一にあり、その「日仏」は40-50年前と今日ではおおいに違っていると思います。文化の違いの壁というだけではなく、時代が持っていた空気の差もあります。当時の小沢さんはサルトルやボーヴォワールを読んで大きく影響されるような「新しさ」(これはもちろんカッコつきで書かねばなりません)があった反面、親が探してきた相手と見合いで結婚してこのまま家庭に入るのもしかたない、という当時の「人並みの」考えもありました。これを「ルネ」が変えてしまうのですが、それは多少なりとも当時の日本に逆らうことでした。出会いから8年かけて二人は結婚し、長男(それが現在、イリフネ社の代表となっている、ダン・ベロー君です)が生まれた翌年の72年にパリに移住します。
そこまでの間にフランスは68年5月革命がありましたし、日本も大学闘争で揺れ動いた時期でした。「ルネ」は日本で映画の仕事(特に日本の独立プロの映画をフランスに紹介する仕事)をしていたし、日本の新左翼のことをルポルタージュする本をフランスで発表したりしていました。小沢さんもまた銀座の画廊で働きながら、銀座通りにベトナム戦争反対のデモ行進が通ると職場を抜け出して、デモに参加してしまうようなやんちゃな女性でした。 私はベロー一家のフランス移住前の約10年間が、全面的に「いい時代」だったとは言いませんが、確実に何かを変えてしまった運動の時期だったと思います。それが日本で急速にしぼんでしまう(71年〜73年)頃に、フランスに移住したのです。
本には出てきませんが、原稿のためにインタヴューした時に(これも原稿には書いてませんけど)、あの当時全共闘運動の残党が「革命浪人」のような粋がり方で海外移住するケースがあり、ヨーロッパにもずいぶん流れていて、自分たちもそんな見方をされたことがあった、と言っています。しかたないでしょう、それは。これは本に書かれていることですが、実際に1974年の日本赤軍派によるオランダ、ハーグのフランス大使館占拠事件に関与したという嫌疑で、「ルネ」はフランス警察に逮捕され、拷問にかけられるという体験をしています。その一部始終と顛末が、74年に創刊された日本語ミニコミ紙「いりふね・でふね」の紙面で、堀内誠一さんのイラストで描かれているのです。
「いりふね・でふね」はそういうアンダーグラウンドで、アヴァンギャルドで、ある種反体制的な傾向をはっきりと出していたミニコミ紙だったと思います。それは74年から79年までそれは続くのですが、 宝物のように全号保存しているファンも多いと聞きます。
それは「日本とフランスの文化の架け橋」のようなお題目をはるかに逸脱した、斜に構えた市民感覚で、パリとフランスを観察して、面白がり、楽しみ、パリの日本人たちと情報を共有しよう、という知的コミューンの創造だったと私は見ています。当時読んでいて「何だこりゃ」と思った人たちもいたでしょうが、めちゃくちゃ面白がった人たちの方が多かったんじゃないかな。私のイメージの中では、70年代に「パリ的」というのはそういうことだったのです。
私はその末期の79年にフランスに移住しました。既に1万人を越えていた在パリ日本人住民の中には、やはりそういう粋がり方をしている人たちが多くて、訪れる日本人観光客たちを冷たい目で見るような傾向がありました。パリの本当の良さは観光客にはわかるまいに、みたいな優越感でしょう。79年に創刊されたフリーペーパー「オヴニー」は、「いりふね」の延長線上にあるとはいえ、アンダーグラウンド/アヴァンギャルド性は大きく後退し、「売りたし買いたし」「アパート情報」「求人」などの情報交換欄で、在パリ日本人社会に圧倒的な浸透力で広まっていきます。その大衆的な波及力は、大使館の広報活動や在仏日本人会など全く比較にならないものでした。在パリ日本人たちは、自分たちに最も身近な活字メディアをやっと手に入れたのです。
小沢さんの本には触れられていないことですが、日本経済の伸張に比例して80-90年代はフランスでの日本企業の数も増え日本製品の露出度も高く、パリにそのまま日本社会の一部が出来るのではないか、という勢いがありました。大きな企業の人たちはそう考えていたでしょうね。フランスに合わせることなどない、日本式にやるのが成功の条件だと思っていたでしょうね。私はそうは思っていなかったから、日系企業の子会社を辞めて、(ヤクザな)音楽の仕事に入っていきました。幸いにしてバブルは良い時期にはじけたと私は思いますよ。パリでも「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は急速にしぼんでしまった。奢る平氏...。その頃、オヴニーの対抗紙が出来て、日本の大新聞の受け売りのようなエディトリアルを展開するので、私はこの人たちは根本的に「パリ的」ではないと見ていました。
が、私も歳取ったのでしょう。オヴニーも70年代的なところからずいぶん遠くに来てしまいましたし、小沢さん的なエスプリが今日どの程度まで紙面に生かされているのか、ちょっとわからなくなる時もありますよ。毎号の時事解説批評欄を、今でも小沢さん自身が1200字で書いていらっしゃるし、それが「楽しい」とご自身が語っています。最新号(2014年2月1日号)では、極右&反ユダヤ主義を煽動することを「お笑い芸」とするボードヴィリアン、デュードネのことを解説してました。ヘイトスピーチが堂々とメディアや街頭に登場する日本とは違い、フランスは最高行政裁判所(Conseil d'Etat)の命令でデュードネの劇場でのショーを全国的に禁止しました。日本とフランスの違いで、考えなければならないことのひとつだと思いますよ。私たちフランスにいる日本人は、ときどきそういうことを日本語で言わないといけません。そういう意味もあって、私は小沢さんを応援する記事を書いたのです。土台にあるのは70年代的エスプリだと、私は感じています。
小沢君江『四十年パリに生きる ー オヴニーひと筋 ー』
緑風出版刊 2013年12月 270ページ
2014年1月24日金曜日
おそれ入谷の空と太陽と海
エルヴェ・ヴィラールとクリストフの歌は両方とも悲恋バラードなのですが、ドゲルトの曲はほとんど極端にオプティミスティックなヴァカンス讃歌です。高度成長期、失業も移民問題も笑い話だった時代のフランスが見えます。
Il y a le ciel, le soleil et la mer
Il y a le ciel, le soleil et la mer
二人で浜辺に寝転がり
髪の毛は目の中に
鼻は砂の中に
二人でいるのっていいね
夏だもの、ヴァカンスだもの
おお、神様、僕らはなんて幸運なんだ!
空と太陽と海が一緒にあるなんて
空と太陽と海が一緒にあるなんて
僕の海小屋は板張りで
ベッドも大きくない
でも毎日が日曜日だ
長く長く寝ていよう
正午には浜辺で
僕らの年代の友だちが
空と太陽と海ってみんなで歌っている
空と太陽と海ってみんなで歌っている
夜になるとみんな一緒になる
僕と君がダンスしようとすると
必ず君にお似合いの曲が
かかってくる
その歌はヴァカンスと
恋と幸運について歌っているんだ
空と太陽と海って歌いながらね
空と太陽と海って歌いながらね
9月になったら
僕と君はまたどこかで会うだろう
そして夜には君の部屋で
僕らはまた歌うだろう
秋の風や
単調な雨にも関わらず
僕らはまた空と太陽と海に会えるだろうって
僕らはまた空と太陽と海に会えるだろうって
(詞曲:フランソワ・ドゲルト)
不滅ですね。夏に空と太陽と海さえあれば、私たちはどれだけ幸せか。 他に何もなくていいと思いますよね。しかしフランソワ・ドゲルトや私たちとは違う考えを持つセルジュ・ゲンズブールは、1978年に「空」を外しちゃって「海と太陽」の間にセックスを挿入してしまうのです("Sea, Sex and Sun")。その頃からフランスの夏の海浜地帯の風紀は乱れっぱなしなのです。
(↓)フランソワ・ドゲルト『空と太陽と海』
(↓)1990年代ティエリー・アルディッソンの番組にゲスト出演して、(当時)約30年前にさかのぼる一発ヒット「空と太陽と海」について語るフランソワ・ドゲルト。
2014年1月22日水曜日
恋はクリームパフェ
『愛は完全犯罪』
2013年フランス映画
監督:アルノー&ジャン=マリー・ラリウ
原作:フィリップ・ジアン("INCIDENCES")
主演:マチュー・アマルリック、マイウェン、カリン・ヴィアール、サラ・フォレスティエ
フランス公開:2014年1月15日
2010年発表のフィリップ・ジアンの小説 "INCIDENCES"をアルノー&ジャン=マリーのラリウ兄弟が映画化したものです。雪に始まり、火で終わる小説です。ジアンですから、性と狂気とヴァイオレンスがたくさんあります。
この映画は『ラヴ・イズ・ザ・パーフェクト・クライム』というタイトルで2013年の東京国際映画祭に出品され、フランスに先立ってプレミア上映されて、主演のマチュー・アマルリックも来日しています。ミディ・ピレネー地方ルールド出身のラリウ兄弟(65年&66年生れ↓写真)は、1999年から長編映画5本を発表していて、2回カンヌ映画祭に出品されたこともあります。前作『世界最後の日々(Derniers Jours Du Monde)』(2009年。マチュー・アマルリック、カリン・ヴィアール、カトリーヌ・フロ主演)は、パリ〜ビアリッツ〜イビサを舞台にした地球最後の日々に女漁りをする男を描いた大予算&大仕掛けの野心的ロード・ムーヴィーだったのですが、これが興行的に大失敗となり、その後映画会社(およびその出資者であるテレビ会社)からしばらく全く干されてしまい、この『愛は完全犯罪』が言わば雪辱戦の映画となっているわけです。
映画の始まりは、夜、くねくねした冬の山道を上っていく四輪駆動のクルマです。道は高山に入り雪道になり、ヘッドライトに照らされた崖の斜面に一匹のオオカミが通っていきます。ジアンの小説の読者なら、こういう動物が狂気の予兆を暗示させるものであることがわかっちゃうんですね。ハンドルを握るのは50歳にして精悍さと繊細さの両方を持ち合わせた文学科大学教授マルク(マチュー・アマルリック)、その横には大学教授の誘惑のゲームを共に楽しもうとする若い女子学生(マリオン・デュヴァル)。クルマは町から遠く離れた雪山の中のシャレーに着き、男と女はその中に入り、さっそく衣服を脱いで、ということになるのですが、この女子学生の素晴らしい裸体とその扇情的な動作に、画面を見る者はハッとするはずです。ジアン原作の超有名映画『37°2(ベティー・ブルー)』 の冒頭のベアトリス・ダルを想わせるものがあります。大学教授は極度に興奮していきます。
画面は切れて、翌朝。大学教授は何も思い出せない。昨夜一緒にいたはずの女子学生の名前も思い出せない。一体何が起こったのかわからないのですが、若い女の姿は消えています。
マルクは麓の町の近代的な建築の大学キャンパスで、20人ほどの学生を相手に文芸創作講座を開いています。テーマは風景です。ある風景の中にいくつかの要素を盛り込んで、文章を創作せよ、みたいなコースです。受講生はほとんど女子です。課外授業を求められたり、また、こっちから誘ったりというのは日常的にあることで、この教授のプレイボーイぶりのために大学の評判が落ちることを懸念する大学首脳陣や同僚たちからは全く良く思われていない。そこへ、若い私服刑事がキャンパスの中に現れ、バルバラという名の女子学生が行方不明になっていて、その捜査をしている、と告げます。ここでマルクは初めて、あの素晴らしい裸体の女がバルバラという名前だったということを思い出すのです。
全編を通して喫煙シーンがものすごく多い映画です。見ている方が煙たくなったり、喉にえがらっぽいものを感じたりしそうなほどです。映画内の喫煙シーンは昨今のフランスでも自粛ムードがありますが、これは全くそんなものはありません。煙草はかつてのアメリカ映画のようにここでは神経質の直喩なのです。マルクのナーヴァスさには限度がなく、それを煙草がだましだまし、というチェーンスモーカーなのです。
キャンパスにはマルクの妹マリアンヌ(カリン・ヴィアール)が図書館司書として勤めており、そのマリアンヌに一方的な恋慕の情を抱いているのが、マルクの上司(おそらく文学部主任教授のような立場だと思います)のリシャール(ドニ・ポダリデス)です。リシャールがその立場からマルクに対して「女子学生に手を出すな」という忠告を繰り返していること、加えて妹に近づこうとしていることの2点において、マルクはリシャールを忌み嫌っています。その2点めは物語上重要なファクターです。マルクとマリアンヌはあの山の上のシャレーに同居している。階下をマリアンヌ、階上をマルクが使うというわずかな境界線はあっても、同居は同居で、経済的には富裕層に属する兄と妹が一体なんでこの歳(40歳〜50歳)になっても同居しなければならないのか、観る者は最初わからないのです(最後にわかるのですが)。妹は兄が女子学生をシャレーに連れ込んで遊んでいることを知っていて、兄はその物音を「いいや、たぶんそれはテレビの音声だろう」と見え見えのウソを妹に言うのです。妹はそれを悪く取るだけではなく、それに対抗するようにセクシーなランジェリーを着けて兄を誘惑しようとするのです。兄は兄でリシャールが妹に近づこうとすると猛烈に嫉妬して妨害します。近親相姦一歩手前と思いきや、映画後半には実際に近親相姦場面も出てきます。
バルバラ失踪事件の捜査は一向に進展せず、ある日悲嘆に暮れたバルバラの義母を名乗る女アンナ(マイウェン)がキャンパスにマルクを尋ねてきます。マルクはこの女性に電撃的なもの(実際ここではマルクがエレクトリシテ éléctricitéという言葉でそのショックを語ります)を感じます。アンナはバルバラの父親の再婚相手でしたが、その夫はフランス軍士官で、サハラ砂漠派遣部隊の一員として参戦して、消息が分からなくなっているのです。つまり今や夫も義理の娘も行方不明という状態です。アンナはその後もキャンパスにマルクに会いに来たり、市内で待ち伏せしたり、と誘惑を繰り返し、マルクはまんまと恋に落ちてしまいます。
キャンパス中の噂になっているマルクとアンナの関係を面白く思っていない人間がひとり。それはマルクに極端に一方的でエゴイスティックな恋慕の情を燃やしている女子学生アニー(サラ・フォレスティエ)で、悪いことに大金持ち&町の(マフィア絡みの)超有力者の娘ときています。マルクがこの娘を相手にせずにつっけんどんにすればするほど、アニーは手段を選ばずにこの先生をものにしようとします。娘はマルクに個人教授を願い出るのですが、それを断られ、その腹いせに父親の権力を使ってマルクの大学からの解任を仕組みます。マルクはマフィアに雇われた覆面2人組にめちゃくちゃに殴打されるというおまけまでついています。
この教授職解任という危機を救ったのが妹のマリアンヌで、彼女は色仕掛けで学部主任のリシャールを味方につけ、大学役員会でマルクの解任を撤回するように動かしたのです。
かくしてマルクの復職が決まり、マリアンヌとリシャールは急速に接近します。その祝い事のようにリシャールは大規模なカクテル・パーティーを開くのですが、マルクはそこでどんどん気分が悪くなっていきます。さらにその場に女子学生アニーもいて、こんな事態になっても一層しつこくかつ強引にマルクを誘惑してくるアニーに、その発作的な不快感はクレッシェンド的に上昇していきます。帰りのクルマの中で、マルクは極度の興奮状態で鼻血が止まらなくなっています。血を拭き拭き、のろのろ運転をしていると、オートバイ警官に停止を命ぜられます。興奮の余りギアレバーを壊してしまい、それを手にしたままクルマの外に出て警官と向かい合ったマルクは、その後のことを覚えていない。
気がつくとマルクはアンナのアパルトマンにいて、裸でアンナとベッドの中にいる状態で目を覚まします。何も覚えていないマルクは「長く眠っていたのか?」と聞きます。アンナは「たくさん眠っていたし、その前にたくさんセックスもしたわ」と答えます。
アンナのアパルトマンの窓から外を見ていたマルクは、一匹のオオカミが窓の下を通っていくのを見ます(!)。
そこを出て山のシャレーに戻る途中、画面には四輪駆動車の後部座席にまだかすかに動いている血だらけの警官の体が映し出されます。山間の道を上り詰め、クルマを降り、そこからマルクは警官の体を背負って、雪の林間を歩いて登り、凍てついた深い谷間にそれを投げ捨てるのです。谷間までの落下を確認していると、その途中の一本の木に何かひっかかっています。マルクがそこまで降りて行って確かめると、それは凍りついた状態でそのままになっていたバルバラの遺体でした。 マルクはそれを木から降ろして、(もう一度)谷底に投げ捨てるのです。
マルクはアンナを狂おしいまでに愛しています。妹マリアンヌがリシャールと落ち着いた関係で愛し合えるように見えたのに、マルクが嫉妬しなくなるのはアンナとの愛が本物だという確信が生まれたからでしょう。初めての人間らしい恋。そんな喜びをマルクが感じ始めた頃、アンナがマルクを週末旅行に誘います。美しい湖畔の町のハイテク建築のバンガローをアンナは予約します。マルクは本当にこの日からアンナとの新しい生活が始まるものだと思っています。そこへ、最後の最後まで憎たらしいあの女子学生アニーから電話が入ります。「わたし全部調べてわかったの。あなたといる女はバルバラの義母ではないわ。警察官よ」。アンナがバンガローのシャワールームで体を流している間、マルクがアンナのハンドバッグの中を探ると、その底に自動拳銃が隠されていて、窓の外を見るとバンガローの建物が警察の特殊部隊に包囲されているのです...。
最後は大火災というエンディングなのですが、ディテールは書きません。
撮影はフランス・アルプス、オート・サヴォワ県のムジェーブ(Megève)を中心にされたそうですが、とにかくアルプスの雪山が準主役のように多くを語りかけてきます。美しくもあり、艶かしくもあり、魔の世界のようでもあります。
この身に覚えのない犯罪、まったく記憶が欠落してしまう犯罪は、マルクとマリアンヌは「夢遊病」という言葉で説明しようとします。しかし、極度の興奮状態で全くコントロールが利かなくなる状態は、ジアンの小説にはしばしば登場します。その魔の状態は何かによって導火線に火をつけられるのですが、それが大自然の呼び声だったりオオカミだったりするのでしょう。最後のマルクのアンナへの告白で明らかになるのは、マルクは少年の日に、暴力的だった両親をやはりその魔の状態で殺害していて、その秘密を兄と妹はずっと隠し続けて生きてきたということなのです。二人はこの秘密によって離れられなくなってしまった愛人同士なのです。だからマルクの最後の一文もマリアンヌに捧げられる。それには「愛とは完全犯罪である」と書かれてあるのです。
L'amour 恋
est un は
crime クリーム
parfait パフェ
ミャム・ミャム....。
カストール爺の採点:★★★★★
(↓)『愛は完全犯罪』予告編
(↓)『愛は完全犯罪』抜粋シーン:アンナ(マイウェン)がマルク(マチュー・アマルリック)と妹マリアンヌ(カリン・ヴィアール)が同居する山荘を訪れる。










