2012年5月20日日曜日

追放人たちの歌

Sam Karpienia - Ulas Ozdemir - Bijan Chemirani "Forabandit"
サム・カルピエニア - ウラシュ・ヨズデミール - ビージャン・シェミラニ 『フォラバンディ』

 "forabandi"(フォラバンディ)とはオック語で「追放された」「村八分にされた」という意味の形容詞。サム・カルピエニアはこれの語尾に"t"を加えて、"bandit"(盗賊、悪漢)の意味を持たせようとしました。つまり"forabandit" は「追放された悪党」という意味の新造語です。悪党は3人。黒沢明の『隠し砦の三悪人』みたいですね。 メンツはサム・カルピエニア(オクシタニア。マンドーラ/ヴォーカル)、ウラシュ・ヨズデミール(トルコ。サズ/ヴォーカル)、ビージャン・シェミラニ(イラン。ザルブ/パーカッション)。
 古今東西において詩人は真実や自由や愛を謳うゆえに為政者/首長/権力から厭われ、追放の憂き目に遇うことがままありました。オクシタニアにおいてはトゥルバドゥールたちが、ローマ・カトリック法王庁によって異端とされたカタリ派にシンクロした「女性崇拝」や「二元論」を歌にしていたために、アルビジョワ十字軍によるカタリ派討伐の時に多くの詩人たちが殺されたり、追放されたりしました。トルコ、アナトリアの吟遊詩人アシュクはコーランの神髄を歌うとされ敬われたものの、アナトリアの土俗的で神秘主義的なアレヴィー派の思想を伝承しているため、オスマン朝時代から弾圧・迫害される歴史が今日まで続いています。
 この二つの詩文化は弾圧にもめげず、民衆の中で連綿と伝えられてきました。共通するのは愛や自由や日常の機微を歌うことで、このマイノリティー音楽は生命の源のように人々に尊ばれているのです。
 2009年、サム・カルピエニアとウラシュ・ヨズデミールとビージャン・シェミラニの3人は初めて顔を合わせ、何度かのコンサートとワークショップを経て、2011年にトリオ「フォラバンディ」はオフィシャルに発足しました。
 ここで3人の簡単なプロフィールを。
 サム・カルピエニアはポーランドの血をひくマルセイユっ子。アンダルシアのカンテ・ホンドやパキスタンのカッワーリーなど様々な歌唱法に影響された独自のパワー・ヴォーカルを身につけ、マルセイユのオクシタニア音楽シーンで、カンジャーロック、ガシャ・エンペガ、デュパンなどのバンドを経て、2009年にソロアルバム『エクスタティック・マランコーニ』を発表しています。アルジェリアのシャアビを象徴する楽器マンドーラを独習でマスターしています。
 ウラシュ・ヨズデミールはトルコの音楽家で民族音楽学者。アナトリア吟遊詩人アシュクの伝統を今日に伝える若いアーチストで、サズ(彼の呼び方ではバグラマ)のヴィルツオーゾ。
 パリ生まれのビージャン・シェミラニは、イランの打楽器マスターのジャムシッド・シェミラニの次男で、兄にケイヴァン・シェミラニと父の3人の打楽器アンサンブル「トリオ・シェミラニ」として1988年にデビューしています。シェミラニ家とは別に、アイルランド人ロス・ダリー、ギリシャ人ステリオス・ペトラキスなどとも共演して、多分化混合音楽への足がかりを作り、マルセイユに移住してからは、イラン+ギリシャ+フランス+オクシタニア混合セクステット「オネイラ」のリーダーとして新しい地中海音楽をクリエートしています。

 フォラバンディの中心軸は、両者とも12〜13世紀頃から今日まで続いているマイノリティー詩音楽であるオクシタニアのトゥルバドゥールとアナトリアのアシュクの出会いとダイアローグ、ということになります。 サムとウラシュの二つの声と二つの撥弦楽器(マンドーラとパグラマ)、そしてビージャンのザルブその他のパーカッション、このアコースティック・アンサンブルが「パワー・トラッド・フォーク」とでも名付けたくなるパワフルな民衆音楽を展開します。詩はオクシタニアもアナトリアも古典から現代まで混じり合っています。ではブックレットにある各曲の解説を見てみましょう。

1) ネイディク・ビズ (Neydik Biz)
   作曲+トルコ語詞 :エメクシ(1955)
   オック語詞 : クロヴィス・ユーグ(1881-1907)
 1871年パリ・コミューンに続いて蜂起したマルセイユ・コミューンの革命戦士/詩人のクロヴィス・ユーグがコミューンの最中に書いた詩句 ー それと呼応して20世紀トルコで起こった同様の闘争を綴ったエメクシ・アシュクのテクスト。


2)パウル (Paur)
 オック語詞 : サム・カルピエニア 
 トルコ語詞 : アシュク・デルトリ(1772-1845)
   ザザキ語 (クルド語方言)詞 : セイ・カジ (1860-1936)
 この歌は「知に照らし出された者はなにものも恐れない」と歌っている。トルコ語とザザキ語の詩句は盗賊("eskiya" = bandit)のことをほのめかしている。この歌は2011年5月31日、トルコ北部のホパでの反政府デモで警官隊の暴行によって死亡した メティン・ロクムチュに捧げられている。この国の首相は彼のことを盗賊("eskiya")と告発したのだった。

3)ヴェジオナリ (Vesionari)
 トルコ語詞 :カイグスーズ・アブダル(14世紀)
 オック語詞 :サム・カルピエニア
 作曲:ウラシュ・ヨズデミール
 この風刺歌は「アティスマ」(論戦歌)の形式をとっている。オック語歌詞は、フェルナンド・ペソア (ポルトガルの詩人。1888-1935)による神秘主義を批判する詩をもとに書き直しをしたものである。トルコ語歌詞は大衆的で反慣習主義的詩人であったカイグスーズ・アブダルによるもので、宗教的な内容を含んだ暗号的メッセージを伝えるために動物の喩えを使っている。

4) アモール・デ・ルエン (Amor de Luenh)
 オック語詞 :ジョーフレ・ルデル(12世紀)
 作曲者不詳(ポルトガル)
 12世紀のトゥルバドゥール、ジョーフレ・ルデル作のこの歌は、不可能であり望みのない献身的恋愛を賛美している。この詩は手の届かない東方の王女に捧げられていて、詩人は狂おしい恋に落ちている。

5)  マデム・ディルベール (Madem Dilber)
 トルコ語詞:カラカオグラン(17世紀)
 作曲者不詳(アナトリア)
 カラカオグランはアナトリアで最も美しい恋愛詩を書いた。この歌は愛する女性への彼の不満を表現している。

6) レイラム・メヴラム (Leylam Mevlam)
 トルコ語詞:アシュク・メルリ(1892-1989)
 オック語詞:ジョルジ・レブール(1901-1993)
作曲者不詳(オクシタニア/アナトリア)
かたやアナトリア20世紀詩人アシュク・メルリは、その時代について神秘的かつ政治的な言葉で語り、よりよい生活への欲求を表現する。こなたメルリの同時代人でオック語詩の擁護者であったマルセイユ人ジョルジ・レブールは、彼が生きた人生に全く悔いはないと断言している。

7)レピクタフィ・ド・シモン・ド・モンフォール(シモン・ド・モンフォールの墓碑)(L'Epictafi de Simon de Monfort)
オック語詞:『カンソン・デ・ラ・クロザーダ(十字軍の歌)』 より(13世紀)
作曲者不詳(オクシタニア)
この歌は殺人者たちを賛美する歴史の役割に疑問を投げかけている。カタリ派信者大虐殺の責任者であるフランス王軍指揮者シモン・ド・モンフォールは、フランスの公式の歴史上で栄誉を讃えられている。

8) ドーネン・ドンスン (Donen Donsun)
トルコ語詞:ピル・スルタン・アブダル(16世紀)
 オック語詞 :サム・カルピエニア
 作曲: ウラシュ・ヨズデミール
アレヴィー派詩の熱情的語り手であったピル・スルタン・アブダルは、その信念のために命を捨ててもいいと宣言していた。その言葉に応えてオック語詞は、「フォラバンディ」の血で書かれた歴史は、ピル・スルタン・アブダルと同じように決して妥協することなく、その信念のために命をかけているのだ、と歌う。

9) カンシオン (Cancion)
オック語詞:クララ・ダンドゥーズ(13世紀)
トルコ語詞:グズィデ・アナ(18世紀)
作曲:ウラシュ・ヨズデミール、サム・カルピエニア
 トロバイリッツ(女流トゥルバドゥール)のクララ・ダンドゥーズと、女流アシュクのグズィデ・アナ。いずれも抑制することのできない恋の物語を女性の観点で歌っている。オック語のパートは、14世紀のセファラード(中世イベリア半島のユダヤ人)のメロディーにインスパイアされている。

10) エンガビオラ (Engabiolat)
 オック語詞:サム・カルピエニア
 トルコ語詞 :アシュク・セイラニ(1807-1866)
 作曲:サム・カルピエニア、 ウラシュ・ヨズデミール
 オック語歌詞は肉体的でもあり精神的でもある「閉じこもり」について歌っている。アシュク・セイラニによるトルコ語歌詞は 、この世界は牢獄ではないか、という問題を投げかけている。

11) デン・ロ・モンデ (Dins lo Monde) 
 オック語詞:サム・カルピエニア
 作曲:サム・カルピエニア、ウラシュ・ヨズデミール、ビージャン・シェミラニ
 この即興演奏の曲は、不可能な愛と孤独の危険について問いかけている。  

全11曲。マイノリティー西欧とマイノリティー東方の古今の詩による対話と、3人のヴィルツオーゾによるモザイク的なハーモニー。時代も空間も飛び越えて和合する知と技の音楽です。

Sam Karpienia - Ulas Ozdemir - Bijan Chemirani "Forabandit"
CD  Buda Musique 860223
フランスでのリリース:2012年6月8日


(↓2012年3月30日、マルセイユ「バベル・メド」フェスティヴァルでのライヴ)

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2012年5月18日金曜日

きみはきみ、ぼくはボクサー

『錆と骨の味』
"DE ROUILLE ET D'OS"

監督 : ジャック・オディアール 
主演:マリオン・コティヤール、マチアス・シェナールツ
2012年フランス/ベルギー合作映画
2012年カンヌ映画祭コンペティション出品作
フランス公開:2012年5月17日


 ランスに来たての頃はお金もなく、娯楽と言えば映画ばかり観ていて、80年代には年間100本ぐらい観ていた頃もありました。その頃は5月となればカンヌ映画祭で、一度もそんな映画祭など行ったことがなかったものの、雑誌やテレビに踊らされて、カンヌ上映作品をパリでいち早く観るということをまじめにやってました。
 あれから幾星霜、映画館にはごく稀にしか行かなくなりましたが、しっかり観たら、忘れないようにこうやってブログに記録するというのは、今でも大変楽しいことです。そして今回は若い頃のように、カンヌ公開と同じ日にこの映画をわが町ブーローニュで観てしまって、ちょっとした若返り気分です。しかもこの作品はカンヌでは17日朝にプレス向けの上映、パレ・デ・フェスティヴァルでの本上映が19時30分、私たちはブーローニュで午前10時40分の回に行ったので、カンヌ本上映よりも半日早く観たことになります。だからどうだ、ということもないのですが、なんとなくうれしい。
 フィルム・ノワールのダイアローグ名人ミッシェル・オディアール(1920-1985)の息子、ジャック・オディアール(1952 - 。映画監督、シナリオ作家)の6作目の監督作品です。前作『預言者』は2009年のカンヌ映画祭で審査員特別賞を受賞するなど、前5作ともセザール賞やカンヌその他の国際映画祭でなにかしら賞をもらっている、ハズレなしの映画作家です。また、私たち音楽関係者にはアラン・バシュングの"La Nuit Je mens"(1998)のヴィデオ・クリップ(1999年ヴィクトワール賞最優秀ヴィデオ・クリップ)が強烈な印象として残っているはずです。
 さて、この映画はコート・ダジュールが舞台で、画面に映し出されるのはカンヌとアンチーブの風景です。ステファニー(この名前も明らかにコート・ダジュールっぽいのですが、それを狙ってのことでしょう。演マリオン・コティアール)は、アンチーブの観光名所マリーンランドでオルカのショーのインストラクターをしています。(アンチーブのマリーンランドは、リュック・ベッソンの『グラン・ブルー』で、主人公ジャック・マイヨールがイルカと遊ぶシーンで登場する場所でもあります)。アリ(この名前はもろにボクサーっぽいのですが、それを狙っているのは明白です。演マチアス・シェナールツ)は、無職無一文しかも幼い子持ちで、姉アンナ(演コリンヌ・マジエロ)を頼ってコート・ダジュールにたどり着きます。女は華やかなコート・ダジュールに生き、男は賞味期間切れのヨーグルトをスーパー捨て場から回収して食べるという極貧のコート・ダジュールに生きています。この二つの世界は『アントゥーシャブル』のように触れ合えずパラレルなものだったのです。
姉のつてで警備員として再就職したアリが、海辺のディスコテックL'Annexe (ニース空港に近いサン・ローラン・デュ・ヴァールに実在するナイトクラブです)でガードマンをしていると、中で男女の喧嘩騒ぎがあります。割って入ったアリが鎮めた両者の一方がステファニーで、勝ち気なこの娘は鼻血を流しています。ステファニーを家まで送りつける車の中で、こんなところに扇情的な格好でひとりで来るものではない、とアリは言います。後述の事故の後で、ステファニーは自分の男性遍歴に触れてアリにこう言います「わたしは人に見つめられるのが好きなの、わたしは自分が誘惑してるって感じるのが好きなの、わたしは自分が露出してるって感じるのが好きなの、でも、あとで退屈になってしまうのよ」。この女性はこういうアンニュイを持っていたのです。ローカルスターのように、オルカショーのステージで華々しく振る舞い、大喝采を浴びることが好きだったステファニーが満たされなかったものを探しに、彼女はナイトクラブを徘徊していたのです。
 アリとステファニーの出会いから何日も経たぬうちに事故はやってきます。マリーンランドのオルカのショーは、勢いのつきすぎたオルカがプールからステージの上に陸上がりしてしまい、ステージを破壊したうえにステファニーをプールに突き落としてしまいます。病院で目を覚ましたステファニーは、自分の両脚の膝から下が無くなっていることを知ります。
さて、ここで題名の『錆と骨の味』 について説明しましょう。"De rouille et d'os"は英語では"Of rust and bones"。これはボクシング用語で、口内で感じる血の味のことだそうです。顔面を殴打されて口の中で出る血のことをこう表現するのです。巨大な肉食哺乳類であるオルカはステファニーの両足を喰いちぎった時、たぶん口の中で錆と骨の味を感じたでしょう。
 両足を失ったショックでステファニーは一度死んでしまったかのようにどん底に落ちてしまいます。そこからの再生のために、彼女は一度しか会ったことのない男アリにSOSを発します。粗野で乱暴な底辺生活者は、閉じこもってしまった障害者の元ローカル・スターのためにやってきて、その再生への道の伴走者となるのです。ここのところ、まるで『アントゥーシャブル』的だと思われましょうが、気にしないで。
 映画のマジック(別の言い方では特撮ですが)は、膝から下がないマリオン・コティヤールを誇張して描きます。(アリ)「泳ぎに行こうか?」、(ステファニー)「あんた自分が何言ったかわかってるの?」 、というやり取りの後で、二人はカンヌの砂浜から地中海に浸り、両足のないステファニーは水を得た魚のように、あるいは人魚のように泳いでしまうのです。なんて美しいシーンでしょう。涙。
 単純でデリカシーのないアリと生き返りをしようとしている人魚のステファニーの奇妙な友情は、強い獣が傷ついた身内を守っているような動物的な暖かみで表現されます。すべてを諦めていた娘は、生気を取り戻し、リハビリに汗を流し、車椅子を卒業して義足で歩くこともできるようになり、二度とできないだろうと思っていたオルカ・ショーへの復帰まで考えられるようになります。そして事故の前のように男とセックスできるだろうか、という問題さえ、あっけらかんと「俺と試してみたらいい」と。デリカシーのない言葉で「俺は即戦可能」とアリは言います。この軍隊用語のような「即戦可能(オペラシオネル = opérationnel)」という言葉をこの男は「オペ(opé)」と略して言うのですが、これがステファニーの気に入ってしまい、彼女がアリとセックスしたい時に、携帯メールで「オペ?」とだけ書き送るのが二人のセックス信号になってしまうのです。
 ここまで来ても二人の関係は恋ではないのです。獣のように逞しいアリは、獣のような性欲があり、そうなったらどんな女でも抱くしかない。ステファニーの目の前でガールハントをして「俺、先に帰るから」と、女を連れて出て行くアリにステファニーは悲しい思いもしますが、実はステファニーが惹かれているのは、このアリの類い稀なる獣性でもあるのです。
 収入が不安定なガードマン稼業では喰えないし、息子を養えない。そこでアリは、闇ギャンブルのストリート格闘技戦に出て、一攫千金(とは言っても500ユーロや千ユーロといった単位の報酬)を試みます。これはリング上ではなく荒れたコンクリート地面の上で行われ、マウスピースも防具もグローブもない状態での素手素足での殴る蹴る締める何でもありの凶暴な格闘技で、流血・負傷はおろか、下手をすると死ぬかもしれない、という危険きわまりないもの。オディアールのカメラ・アイが映し出すこの極端なヴァイオレンスは、目を覆いたくなるところがままあります。この格闘技に登場する獣のような男たちはみな口の中で「錆と骨の味」を感覚しているのです。
 ところが、アリは滅法強いのです。連戦連勝。まさに獣となって激情して、相手を叩きのめすのです。これを見ているステファニーは目を輝かせて恍惚とした表情をするのです。このシーンは世界チャンピオン、マルセル・セルダンを見つめるエディット・ピアフの目の再現なのです(cf 2007年オリヴィエ・ダアン映画『ラ・モーム』)。この獣性こそがステファニーを救ってくれたものであり、アリはこの獣性なしにはこの世で生きていけない、とステファニーは確信します。

 ここで少し社会背景のことも。アリは周りが失業と不安定な低賃金労働で生きる人々の環境の中にいます。フランスの大都市のどこでも極貧者たちは毎日ゴミ箱漁りをして、少しでも喰えるものや使えるものがあれば回収して生活の足しにしています。スーパーやハイパーマーケットのゴミ箱はそういう人たちには宝の山です。しかしその一方でスーパーやハイパーの経営者は、従業員が例えば賞味期限切れの食品を廃品処理せずに家に持ち帰ったことを「窃盗」と見なし、解雇処分にする、という事件が何度か新聞を騒がせました。この映画はその底辺の人々の日々の闘いも映し出します。
 アリがガードマンとして雇われて夜警しているハイパー・マーケット倉庫では、ハイパー経営者がガードマン会社に倉庫内に隠しヴィデオカメラを設置することも依頼しています。その隠しカメラは経営者が、そういう期限切れ商品を着服する従業員を監視するためです。何も知らないアリが設置したヴィデオカメラに、そのハイパーでレジ係として働く姉アンナが映し出され、アンナはハイパーを解雇されてしまいます。姉は恩知らずの弟のために職を失ったことに激昂し、アリと幼い息子サムを家から追い出してしまいます。
 南仏を追い出されたアリは長距離トラックの荷台に密航して、雪の降るアルザスへ...。

 終盤の事件のことは書きません。壮大なメロドラマは、ハッピーエンドで閉じ、アリはプロボクサーとして成功し、ステファニーはアリと結ばれます。2時間足らず。涙。
 『美女と野獣』と『グラン・ブルー』と『ロッキー』と『アントゥーシャブル』と『ラ・モーム』と... 何か数本の名作映画をまとめて見たようなゴージャスさです。私にはこういうストーリー展開よりも、(特撮とは言え)足のないマリオン・コティアールの見せ方(強烈な映像だと思います)、そしてストリート格闘技のヴァイオレンスの方が、強烈にエモーショナルでした。口の中の味が変るほど、と言いたいところですが。

(↓『錆と骨の味』 予告編)

2012年5月10日木曜日

「コラボする」

私は「コラボする」という近年の日本語表現に大変な不快感を覚えますが,お立ち会い,どう思われますか?

2012年5月9日水曜日

山から小僧が降りてきた

"L'Enfant d'En Haut"
『高みの子供』

2012年フランス・スイス合作映画

監督 : ユルシュラ・メイエール
主演:レア・セイドゥー、カセー・モッテ・クラン

2012年ベルリン映画祭「銀熊」審査員特別賞
フランス公開:2012年4月18日

 名の中の"d'en haut"は「高所にある」「上位にある」といった意味ですが、この表現は2002年にジャック・シラク大統領2期目の首相となったジャン=ピエール・ラファランが就任時に自分が庶民派であるということを強調するために"France d'en-bas"(低い所にあるフランス)出身であると言った名ゼリフと関係しています。上流にあり、裕福に都で生きるのが France d'en-hautの人々で、底辺にあって地方に生きるのが France d'en-bas の人々、という論法です。ですからこの"L'enfant d'en haut"は、上流階級のボンボンの子供と読まれることも可能なのですが、この映画の少年は極貧の状態にあり、盗みを働かなければ生きていけない子供なのです。住んでいるのは山の麓の低地の破産産業地帯の何もない環境の中にぽつんと立つ高層の社会集合住宅で、そこから少年は作業者専用ケーブルカーに密航して、山の高地(en haut)にある高級スキー場に潜入し、盗みを働くのです。最初にこの映画タイトルの皮肉を説明しておきました。
 女流ユルシュラ・メイエール監督の2008年の前作『Home(ホーム)』 は、長い間工事が中断されていて放棄状態にあった高速道路の脇に家を持った家族が、まさかの工事再開で高速道路が開通してしまった後の不幸の数々を描く(笑いも随所にある)不条理映画でした。この映画の中で主演イザベル・ユッペールの息子役で出ていたのが、カセー・モッテ・クランで、私たちには2009年のジョアン・スファール監督映画『ゲンズブール・その英雄的生涯』で耳と鼻の大きなやせっぽちの少年ゲンズブールを演じた子役として強烈な印象を残しました。
 さて前作『ホーム』では不条理悲劇を笑いが救っていたのですが、この『高みの子供』は笑いが一切ないのです。私の行った映画館は満員でしたが笑い声は一度も聞こえませんでした。12歳の少年シモン(カセー・モッテ・クラン)は姉(ということになっている)ルイーズ(レア・セイドゥー)と山の麓の高層社会住宅に二人住まい。職のないルイーズはその美貌でもってなんとか定職のある男をつかまえて、安定した生活に入ろうと試みますが、だいたいは失敗します。時には娼婦まがいのことまでしているようですが、通常は収入ゼロで生きています。この喰えない生活を支えているのがシモンの泥棒業です。スキーシーズンが到来するや、シモンは毎朝麓から山の頂上のスキー場まで登っていき、高級ブランドのスキー、スキーウェア、ゴーグル、サングラスなどを盗みまくり、それを盗品ルートに転売したり、近所の子供たちに安く分けてやったりして現金収入を得ています。これで二人はメシを喰い、盗品の高級スキーウェアのジャケットがルイーズの外出着になり、ルイーズはシモンから分けてもらう現金で街に出かけ、この状況から救い出してくれるかもしれない男を探すのです。
 この少年はあらゆるリスクを冒して「姉」に貢いでいる、 この異様さが映画が進むにつれてどんどん強調されます。少年はルイーズの連れてくる男に嫉妬し、部屋でひとりでルイーズの帰りを待つ少年はまるで恋人を待ちこがれるように悲しい顔をするのです。そして生活能力ゼロの女ルイーズは、貢いでもらっているにも関わらず「弟」シモンにいつも高圧的なのです。何かがおかしい。
 この異常さの答えは1時間37分あるこの映画の3分の2,すなわち1時間めぐらいで解き明かされます。この映画を紹介/批評する各誌の記事は,そのことを明かすのを控えています。映画の核心だからです。ですから,私もここでそれを書くべきではないのです。
 スキー場というのはこの角度から見ると奇妙な世界です。無造作に高価なスキー板がたくさん山頂のレストランやカフェの前に立てられていて,盗んでくださいと言わんばかりの無防備さです。そしてヘルメット,ゴーグル,カグールなどで顔を隠していても,誰にも怪しまれないのです。みんな同じように顔を隠しているのですから。21世紀になって,スキー場とは誰でも行けるところではなくなりました。少なくともフランスおよびヨーロッパでは限られた金持ちしか行けないところになってしまいました。このハイソサエティの中で盗みを働くのは,ある種アルセーヌ・リュパン的行為です。少年シモンは「上( en haut)」の世界で,身を隠さずにその一員と化して,その風景の一部となって盗みを働くのです。この時,シモンはまさに「上の世界の子供 (Enfant d'en haut)」なのです。
 しかし「下界(en bas)」に戻ってくると,貧困,ルイーズとの複雑な関係,そして何よりも「生き抜く」という現実問題と直面しなければなりません。それを象徴するように,上界の白銀のパウダースノーが,下界では泥と湿り雪の混じったぬかるみであることをカメラは執拗に映し出します。二つの触れ合えない世界は,垂直方向の高度差で分断されています。少年はケーブルカーに密航してこの境界を越えて,上昇と下降によって二つの世界を生きることができるのです。
 少年はケーブルカーの他にもうひとつこの二つの世界をつなぐ術を知っています。それは「英語」なのです。学校など行くわけのないこの少年が,英語だけは片言でも話そうという努力をします。この少年が片言英語を話すというだけで,ハイソサエティーの英語族はこの少年に心を開いてしまうのです。
 そうやって近づいていった英語族のひとりに,イギリス人の大ブルジョワ女性(ギリアン・アンダーソン)がいます。3人の子供を連れてスキーに来ているこの女性に「僕の名前はあなたの子と同じジュリアンなんですよ」 とウソをついて接近します。呼吸するようにウソをつけるこの少年が,この英ブルジョワ家族に寄っていったのは,盗みのためではありません。家族の中で母から可愛がられた記憶などない少年の,止むに止まれぬ家族感覚渇望からの行為であった,ということも,上に仄めかした「映画の核心」がわかることによって一挙に了解されます。
 映画が進行するにつれて,シモンの盗みは失敗が多くなり,少年は上の世界で傷だらけになっていきます。そして下界ではルイーズが傷だらけになっているのです。
 この映画で多くのプレスがルイーズを演じたレア・セイドゥーを絶讃しました。フランス映画をよく知る人たちにはこの「セイドゥー」という名前はなじみ深いものです。1985年パリ生れのこの若い女優は,映画会社パテの社長でプロデューサーのジェローム・セイドゥーの孫にあたり,また大手配給会社ゴーモンの社長ニコラ・セイドゥーの又姪でもあります。映画名門の出であるゆえに,女優デビューしてからはクエンティン・タランティーノ,ウッディ・アレン,リドリー・スコットなどの大物映画に飾り物のように出演しておりましたが,この『高みの子供』が初の主演映画にして,初の汚れ役なのです。まさに体当たりの演技でこの傷だらけの女性ルイーズを体現しています。
 ルイーズはシモンを罵る時に "boulet(ブーレ)"という言葉を使います。これは大砲の砲丸がもともとの意味で,転じて囚人の足枷に鎖で繋いだ鉄の球となり,さらに転じて足手まとい,やっかいもの,という意味になります。「おまえはあたしの鉄球でしかない」,「おまえがいるおかげであたしは絶対に自由になれない」と少年を呪っているのです。少年から養ってもらいながら,このもの言いはないのではないか,と思われましょう。ルイーズとシモンの悲しみの深さは,例の「核心」の問題なのです。
 映画終盤はスキーシーズンが終わり,頂上のレストランも店のすべて閉まってしまい,上で働いていた季節労働者たちが下山するところに少年が現われ,年齢を15歳と偽って,一緒に連れて行って働かせてくれ,と嘆願しますが,けんもほろろに断られます。そして少年を無視して,ケーブルカーでみんな降りてしまい,やがてケーブルカーも止まってしまい,少年はひとり頂上に取り残されるのです。"En haut"はここで地獄になってしまうのです。風の吹く高山の頂上で一夜を過ごし,少年はさめざめと泣きます。足で降りること数時間,やっとのこと少年がかつて密航していた麓の町とつながる作業者専用ケーブルカーの上の駅を見つけます。ゴンドラに乗り込み,麓に向かって下降していきます。 その途中,麓から上がってくるゴンドラとすれ違います。少年は目を疑うような表情をします。上昇してくるゴンドラにはルイーズが乗っているのです(!)。エンドマーク。

 ここまで書いて,読み直してみました。やっぱり,これだとよくわかりませんよね。掟破りをしてしまいますが,例の「核心」とは,ルイーズとシモンが母と息子だ,ということなのです。ごめんなさい。

(↓)『高みの子供』 予告編


(↓)ユルシュラ・メイエール監督映画『ホーム』(2008年)
5分ヴァージョンのプロモフィルム





2012年5月7日月曜日

2012年5月6日バスチーユ広場


 19時45分頃、娘と私はバスチーユ広場に着きました。地下鉄10号線を使ってきたので、途中モーベール・ミュチュアリテの駅でたくさんの人たちが降りました。ミュチュアリテの公会堂でニコラ・サルコジの(万が一の)「当選祝賀集会」が予定されていた場所です。前日にはオランドはバスチーユ広場、サルコジはコンコルド広場、とその当選大集会の場所が決まっていたのですが、5月6日午後になって、コンコルド広場のことが全く言われなくなったので、敗色濃厚の大勢はもうサルコジ側は午後に察知していたものと思われます。逆にバスチーユ広場は18時頃から黒山の人だかりとウェブ版リベラシオン紙が報じていました。
 着いた時から周囲は既にお祭り騒ぎで、シャンパーニュの栓を抜いている人たちもたくさん。巨大スクリーンがニュース専門局BFM-TVから国営のフランス2に変わり、いよいよ20時の公式発表までの秒読みに。20時、「フランソワ・オランド : 51.90%, ニコラ・サルコジ:48.10%」(この数値は20時時点の推定で、その後変わります)という数値と、オランドの顔が新大統領として大写しになった時、大歓声と飛び跳ねる人たち、抱き合う人たち、接吻しあう人たち、歓喜の涙を流す人たち、私と娘はそういう人たちを見ていました。そしてたまたま隣り合わせていた人たちと握手し合い、抱き合い、喜びを分ち合いました。
 "Enfin il part"(やっとあの男がいなくなる)と私の隣りのおばさんが言いました。私たちの多くの人たちの心を端的に表してします。この日最も重要だったのは、オランドが勝つことではなく、サルコジが去ることだったのです。バスチーユ広場の塔の根によじ上った人たちは、チュニジアのジャスミン革命と同じ「デガージュ!(失せろ!)」を連呼して、サルコジの退陣を狂喜しています。
 "On a gagné ! (オン・ナ・ガニェ! われらは勝利した!)。5年間のサルコ・イヤーズはこの時に終わったのです。
  

PS : ちょっと飲み過ぎました。中途半端な報告でごめんなさい。明日から私たちは「多数派」です。お祭り騒ぎはもうちょっと続くでしょう。 

2012年5月4日金曜日

モワ、プレジダン・ド・ラ・レピュブリック...


 昨日に引き続き、5月2日の対決テレビ討論の終盤のハイライトです。討論は失業問題、購買力の問題、フランスおよび欧州の経済の問題、国際関係、原子力と環境の問題、移民政策の問題などに及びましたが、叩き台はオランドの側にあり、オランドの各々の問題に関する公約プログラムを徹底的に攻撃するというのがサルコジの戦法でした。曰く、オランドのやろうとしていることは、スペイン社会党やギリシャ社会党が長年やった結果、国を破産状態に追い込んだそれと同じことだ。フランス国民はフランスがスペインやギリシャの道を辿ることを望むのか、それとも危機を乗り越えてきたサルコジの道を選ぶのか、という論法ですね。というわけで、相手を論難することに終始するので、サルコジがこの先5年間にしようとしていることはほとんど言わない。これは言わば「野党」の立場になっちゃった、という見方もできます。こういう展開で結論部まで来てしまったので、 たぶんサルコジ支持者も、サルコジが来るべき5年間に何をするのか知ることができない、サルコジはサルコジであり続けるということだけで満足して投票するしかない、という時間切れです。

 「最後に、あなたはどのような大統領になるつもりですか?」

 ここでオランドはあっと驚く大攻勢に転じます。「私、共和国大統領はXXXXをする」、「私、共和国大統領は XXXXをしない」という15項目に及ぶ簡潔なメッセージを、立て板に水の名調子でまくしたてます。メッセージの最初は必ず「Moi, président de la République(モワ、プレジダン・ド・ラ・レピュブリック)」で始まります。レクスプレス誌の説明では、これは2008年のバラク・オバマの「I, president...」という演説がリファレンスらしいです。しかもこれは、まったくの即興(インプロヴィゼーション)であったと報じられています。では、問題の3分20秒の「モワ、プレジダン・ド・ラ・レピュブリック...」を訳してみましょう。

私、共和国大統領は、議会多数派の首領とはならない、私はエリゼ宮(大統領府)に議会多数派の議員たちを招いたりしない。

私、共和国大統領は、首相を手下のように扱わない。

私、共和国大統領は、自分の政党の資金集めのための(パリのホテルでの)パーティー などに参加しない。

私、共和国大統領は、司法を独立したかたちで機能させ、司法官職高等評議会(Conseil Supérieur de la Magistrature)の意見を差し置いて検事室の構成員を任命したりはしない。

私、共和国大統領は、公共放送局の局長を任命することはせず、各局の独立した決定にまかせる。

私、共和国大統領は、いかなる時も自分の挙動が模範的であるよう心がける。

私、共和国大統領は、刑法上の大統領罷免特権を行使しないよう心がけ、仮に私の大統領就任前の行為において疑義が持たれた場合、私が判事の喚問に応じたり、法廷での説明が可能になるよう法改正する。

私、共和国大統領は、構成する大臣数が男女同数である政府を組織する。

私、共和国大統領は、大臣職の者が職権を私的に行使することを妨げるための倫理規約を立てる。

私、共和国大統領は、大臣職の者が地方首長などの職を兼務することを妨げる。私は大臣職は専任でするべきものと考える。

私、共和国大統領は、中央省庁の地方移転を推進する。私は地方公共団体には新しい職能、新しい権威、新しい自由活動が必要だと考える。

私、共和国大統領は、労使問題のパートナーである雇用者団体と労働者団体がお互いに尊重し合い、労使問題に関する折衝や新法の立案などで定期的な話合いが持てるようにする。

私、共和国大統領は、今夜挙げられたエネルギー問題などについては、国民規模の大討論によって国民の意見を聞くことを約束する。このような問題においては大討論を要することは正当である。

私、共和国大統領は、2017年の国民議会選挙に比例代表制を導入し、あらゆる政治思想をもった政党が議会に代表者の席を持てるようにする。

私、共和国大統領は、(国際舞台における)大きな方向性を決定したり大きな推進力を発揮できる高度な視点を持つことを心がける一方、国民との近い距離を失わないようにし、フランス人の身近な問題に常に心を払うようにする。


 ざっと、まあ、こんな感じです。前半はほとんどサルコジがしたようなことはしない、というサルコジ時代からの決別を宣言し、後半は夢物語の約束ではなく、可能なことを約束するマニフェストです。 これを最後にできたオランドは、役者としてサルコジよりも一枚も二枚も上であった、ということが、多くの視聴者たちに了解されたと思います。
 これが名調子であるのは、下のヴィデオを見て下さればわかると思いますが、翌日にはこの「モワ、ル・プレジダン・ド・ラ・レピュブリック」が サンプルされ、多くのリミックス・ヴァージョン(ラップ、テクノ、ダブ...)が出来て、Youtube上を賑わしています。

(↓5月2日 フランソワ・オランド『モワ、プレジダン・ド・ラ・レピュブリック』)

Hollande : "Moi président de la République, je... par LeNouvelObservateur

(↓『モワ、プレジダン・ド・ラ・レピュブリック』リミックスの一例)

 


2012年5月3日木曜日

今朝のフランス語:Ponce Pilate


 5月2日、仏大統領選の決選投票(5月6日)進出者、ニコラ・サルコジ(現大統領)とフランソワ・オランド(社会党)の対決テレビ討論の中で、サルコジがオランドに対して発した奇妙な罵りの言葉です。「Ponce Pilate(ポンス・ピラット)!」
 コンテクストを説明しましょう。形勢不利となると、オランドの政策プログラムを攻撃する時に、「あなたはそう言うが、あなたの仲間は違うことを言っている」と、マルティーヌ・オーブリー(社会党第一書記)が言ったこと、マニュエル・ヴァルス(社会党、オランド選挙キャンペーンのスポークスマン)が言ったこと、ローラン・ファビウス(社会党、元首相)が言ったことなどで、オランドとの食い違いを強調して、この党もオランドも一貫性がないとアピールするわけです。オランドの政策プログラムは内部分裂している、と。ところがその戦法はあまり効きません。オランドは「私は私のプログラムに責任を持って討論に答えればよいのであって、他者のコメントはこの場と関係がない」という態度ですから。
 サルコジは苛々してきますが、「社会党はダメなんだぞう! 」という最後の切り札を持っています。それはドミニク・ストロース=カーンです。昨年のあの事件(ニューヨーク、ソフィテル...)まで、IMF専務理事という世界的要職にあり、2012年大統領選挙の最有力候補と言われ、世論調査でも抜群の支持率があり、サルコジの最大のライヴァルと目されていた社会党の大物でした。いよいよ、という時にこの切り札を出せば、オランドは動揺するはずだという肚(ハラ)だったでしょう。主題は「政治倫理」の話になります。大統領サルコジが「非の打ちどころのない潔白政治」を謳ったにも関わらず、不正疑惑は政府内や大統領府内でさまざまに取り沙汰されました。オランドは「Justice(ジュスティス、公正さ、正義)」を政策プログラムの最重要ポイントに持ってきます。さあ、切り札が出ます。

 サルコジ ー 「ドミニク・ストロース=カーンを先頭に立てて熱狂的に団結しようとしていた政党からいただく教訓など私には一切ない」
 オランド ー 「私はあなたがそのことまで言い及ぶのではないかとは思っていた。しかしドミニク・ストロース=カーンをIMF専務理事に任命したのは私ではなく、あなただ」
 サ ー 「あなたたちに比べれば、私は彼の関することをよく知らなかったのだ」
 オ ー 「私だって彼のことはあなたより知っていることなんかありませんよ。 何はともあれあなたは彼を世界的要職に任命したくらいだから、彼のことを十分に知っているはずでしょう。今日ドミニク・ストロース=カーン事件の領域に入っていくことは、あなたにとってそれほど有利なことではないと思いますが」
 サ ー 「 オランドさん、ドミニク・ストロース=カーンの真の顔が暴露された時、私は野党がその責任を持つべきだと思っていた。非常に驚いた。だが、今あなたは大胆にも彼のことをよく知らないと言う。それは奇妙なことではないか」
 オ ー 「あなたは私が彼の私生活を知っていたと思っているのですか? あなたは私がそれを知っていたということにしたいのですか? あなたはそれに関して情報を持っていたのですか? 私には何の情報もありませんでした」
 サ ー 「ポンス・ピラット!
 オ ー 「いいえ、これはポンス・ピラットではない。あなたにはそういう情報があるのですか? 私にはそういう情報はどういう方法で、どんな手段を使ったら入手できるのですか? あなたはわれわれがあなたの協力者たちやあなたの友人たちの私生活を知っているとでも思っているのですか? 私は知りません!」

 白熱した応酬で、どちらも譲りませんが、サルコジはむらむらと昇ってくる怒りを押さえ切れず、「ポンス・ピラット!」とオランドを罵ったのです。
 これは歴史上の人物であり、聖書上の人物です。古典ラテン語読みでは「ポンティウス・ピラトゥス」、日本の新約聖書の多くは「ポンテオ・ピラト」と表記しているようです。ローマ帝国のユダヤ属州(現在のパレスチナとイスラエル)の総督で、イエス・キリストが無罪であることを知りながら、イエスを捕えユダヤ人の裁判にかけて死刑にするために、イエスをユダヤ人に差し出した人物とされています。この際、ポンテオ・ピラトは水で手を洗って、自分には一切責任がない、ということを示そうとします。(詳しくはウィキペディア日本語版のここを。)
 おわかりかな、お立ち合い、この故事から転じて、事情を知りながら、自分には一切責任がないと、保身する人間をたとえて「ポンス・ピラット」と言うのです。

 この討論ではこの罵りの言葉も、あまり効き目がなく、サルコジは深く追求せずに、話題を変えてしまうのです。
(↓「ポンス・ピラット!」 は3.00分めに)