2024年1月20日土曜日

80分で人類の滅亡と再生

SLIFT "ILION"
スリフト『イリオン』


クシタニアの都トロザのパワー・トリオ(仏版ウィキペディアによるとその音楽ジャンルは acid rock, psychederic rock, space rock, stoner rocke などと書かれている)メンバーは:ジャン(ギター+ヴォーカル+マシーン)とレミィ(ベース+マシーン)のフォサット兄弟とカネック・フロレス(ドラムス)。同じ音楽学校で学んだダチ。結成は2016年。
バンド名の SLIFTは、フランスのSF作家アラン・ダマジオ(1969 - )が1999年に発表した2巻もの長編ディストピア小説"La Zone du Dehors(圏外地帯)”の登場人物の名。15万部を売り、ダマジオ初のベストセラー作品となったこの小説は2084年(すなわちオーウェルの「1984年」の100年後)の”民主主義”衛星都市セルクロンを舞台とし、全住民は義務として2年に一度全員の投票によって、各住民の”等級”をその素行、労働効率、社会貢献度などを基準に決定することになっている。”直接民主主義”を装った住民の相互監視/相互管理による全体主義統治。それに抵抗する反体制グループが組織されるが、体制側の大弾圧によって苦戦し、その頭脳格を政府側に奪われ、内閣に引き入れ反体制グループを無化しようとする。それを救い出すのが革命派の最も先鋭な活動家スリフトで、救出に成功し、さらに衛星都市”圏外”で新都市を建設していく...。という救世のヒーローの名前なのだが、それがそのままこのバンドのSF的世界論&宇宙論と結びついているようなのだ。

 2018年バンドはファーストアルバム『未開の惑星(La planète inexplorée)』を発表しているが、そのSF宇宙志向は現在に通じるものの、サウンドスタイルはガレージ・ロックだったという。それがラジカルに大洪水メタル&長尺ラウドネス超絶パワーロックというスリフト独自のスタイルを完成させたのが2020年2月リリースのアルバム"Ummon"ということになっている。これがコロナ禍にぶつかってしまい、プロモもツアーも全くできなくなってしまったが、2019年にレンヌで録画されたスタジオライヴがシアトルのKEXP-FM経由でオンライン公開されるや、スリフトの名は北米でブレイクしてしまう。そしてコロナ禍明けて2021年には北米ツアーで気を吐き、グランジ・ロックの代名詞、シアトルの独立レーベル SUB POPと契約してしまう。
 そしてこの新アルバム『イリオン』は SUB POP契約第一弾の世界規模デビュー作ということになる。"ILION(イリオン)"とはわが辞書では「古代トロイヤのギリシャ名」と出てくる。ようこそギリシャ神話の世界へ。神話で大叙事絵巻として多くの古代書で語り継がれるトロイア戦争について、その原因を日本語版ウィキペディアはこう記している:

大神ゼウスは増え過ぎた人口を調節するために、ヘーラーとは別の妻でもある、秩序の女神・テミスと試案を重ね、遂に大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意を固めた。
すなわちこの戦争は神々が仕組んだ人類ホロコースト策だったのである。大戦争が始まり、このロックアルバムは宇宙を舞台にしたトロイア戦記となったのである。人類撲滅の神の権謀術数に果敢に挑んでいく炎の眼をした戦士たちは星々の間に彷徨っていく....
Fury as a flame
Shining in their eyes
For now and forever
They will wander in space among the stars
Until they become a long forgotten tale
(ILION)

アルバム冒頭から11分のメタル大洪水。超ハイテンション、超アドレナリン、超ゴッドスピード。花火大会のしょっぱなから尺玉高速連発乱れ打ちが始まってしまったような。一体この途方もないテンションは最後まで持続するのか?そんなジサマの心配を嘲笑うようにトゥールーズの若造3人は、長尺ハイテンション楽曲だけで8曲、80分勝負に出る。1曲平均10分。戦争の山と谷、激情と慟哭、敗戦につぐ敗戦、後退と敗走... 人類は遂に滅亡の淵に立たされる...。
Darkness envelops the world
For every dream that has faded
A fire is lit in our hearts
We'll carry theses dreams beyond
And beg forgiveness to our mother !
Mother! Mother! Mother! Mother!
(NIMH)


 
 おかあさん、ごはんマダー!あまっちょろさのかけらも見せずに戦記は豪進するのであるが、5曲め”Weavers' weft(織り姫たちの横糸)"に至り、われわれは壮大なるメランコリアと遭遇することになる。ここで私たちは大伽藍的で大荘厳ミサ的で聖典礼プログレッシヴロック的なセンセーションに包まれ、ちょっとでも信心のある人はひれふしてしまうかもしれない。今こそわかれめ。人類の最後の生き残りひとりは、そのあるかないかもわからない未来を決めるたったひとりの果てしない孤独に打ち震えながら.... このヴィデオクリップのコンセプトがこのアルバムの白眉でしょうね。トゥールーズの3人のスケール違いの想像力の勝利と言えるんじゃないかな。


アルバムは人類再生に向かう混沌(6曲め"Uruk")へと踏み入り、人類新章というべき"THE STORY THAT HAS NEVER BEEN TOLD"(7曲め)で一風輝かしくもあるクリスタル音響の讃歌で大団円を迎える。これはイエスの『海洋地形学の物語』(1973年)の最終面の20分曲”Ritual (Nous sommes du soleil)"のなつかしいセンセーションが蘇ってくる。ちなみに『海洋地形学の物語』も80分アルバムだった。イエスはこの80分をオプティミズムで閉じるのであるが、スリフトの80分アルバム『イリオン』はオプティミズムとは言えない"ENTER THE LOOP"(8曲め)という、人類がまた同じ軌道に入っていくような、人間の性(さが)の哀しさが漂うエンディング。これは地球の人類が繰り返してきたことだもの。

 度外れた轟音超絶技巧メタルで、度外れた宇宙トロイヤ戦争絵巻叙事詩を創り上げた快挙に脱帽する。度外れた音の大きさ多さ厚さに、これ、本当にたった3人で?と頭をかしげたくなるのはもっとも。さまざまな仕掛けはあっても基本3人のみ、(↓)に貼ったKEXP-FMの2023年ライヴの映像が証明してくれる。しかし並外れたエネルギーである。このKEXPの映像の最後のインタヴューで、ジャン・フォサット(ギター/ヴォーカル)がこのアルバム『イリオン』の重要なインスピレーションのひとつが、キング・クリムゾンの『レッド』(1974年)だった、と私のような昭和ロック爺が膝打って納得するような発言をしている。『レッド』もフリップ/ウェットン/ブルーフォードのトリオ編成クリムゾンの作品だった。そう言えば『レッド』も今年2024年が50周年か。記念盤出たらば買わねばね。

<<< トラックリスト >>>
1. ILION
2. NIMH
3. THE WORDS THAT HAVE NEVER BEEN HEARD
4. CONFLUENCE
5. WEAVERS' WEFT
6. URUK
7. THE STORY THAT HAS NEVER BEEN TOLD
8. ENTER THE LOOP

SLIFT "ILION"
SUB POP LP/CD/DIGITAL SP1626
フランスでのリリース:2024年1月19日

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)2023年9月、KEXP-FMスタジオライヴ全編3曲:”ILION", "NIMH", "THE WORDS THAT HAVE NEVER BEEN HEARD"

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