2023年10月11日水曜日

小雨にぬれているわ エアポート

Jacques Brel "Orly"
ジャック・ブレル「オルリー」

1977年録音
2023年10月9日公開の未発表アコースティック(ギター+ヴォーカル)ヴァージョン


から45年前1978年10月9日、ジャック・ブレルは49歳でこの世を去った。その1年前、患っていた末期の肺ガンによる死期を察し、マルキーズ島から人目を避けてパリに戻って1977年9月5日から10月1日にかけて録音したのが、ブレル最後のアルバム『レ・マルキーズ』(1977年11月17日リリース)。「オルリー」はアルバム12曲中、A面の最後6曲めに収められていた。テーマは古今東西幾多のアーチストたちによって歌われた空港での愛する二人の慟哭の別れである。欧陽菲菲「雨のエアポート」(1971年)、テレサ・テン「空港」(1974年)、モーターズ「エアポート」(1978年)、ムーンライダース「モダーン・ラヴァーズ」(1979年)など、1970年代の空港ソングは佳曲ばかりである。

 ブレルの「オルリー」はそんな1970年代の空港ソングのひとつであるが、歌い手の視線は”エアポートの別れ”の当事者ではなく、別れの当事者の二人を斜めから観察するものである。悲しい別れを目撃する者は、しまいに別れの先の違う人生まで見てしまう皮肉と(ブレルに関してはよく言われる)ミソジニーが顔をのぞかせる。歌の中でもうひとつの空港ソングが引き合いに出される。それがジルベール・ベコーの「オルリーの日曜日」(1963年)である。60年代郊外労働者階級家庭のささやかな楽しみが日曜日にオルリー空港に行って世界中に飛び立つ飛行機を見ながら空飛ぶ旅を想像するという歌である。ブレルはこれをサカナにして
La vie ne fait pas de cadeau 人生は過酷なことだらけだ
Et nom de Dieu, c'est triste Orly le dimanche ベコーがいようがいまいが
Avec ou sans Bécaud 日曜のオルリーはなんて悲しいんだ
というリフレインをもってくる。
 アルバム『レ・マルキーズ』に収められたオリジナル・ヴァージョンの編曲では、歌詞一番から最初のリフレインまで生ギターのボロンボロンというストロークと歌だけの”弾き語り”パターンで、歌詞二番からフランソワ・ローベによるダイナミックなオーケストレーションが曲を劇的に盛り上げるという構成。で、今回発掘された未発表ヴァージョンは、最初から最後まで生ギターのストロークだけの伴奏というもの。これが驚くほどブレルの詞ことばの陰影と歌唱の生々しさを際立たせることになっている。
2000人以上いるはずだが、私にはこの二人しか見えない
雨が二人をぴったりと鑞付けしてしまったみたいだ
2000人以上いるはずだか、私にはこの二人しか見えない
私には二人が何を言っているのかわかる
男は女に「ジュテーム 」と言い
女は男に「ジュテーム 」と言っているはずだ
お互いに約束しあうことなど何もないはずだ
この二人は不正直になれないほどやせっぽちなのだ

2000人以上いるはずだが、私にはこの二人しか見えない
だしぬけに二人は泣きはじめる、大粒の涙で泣きだす
周りにいる連中はみな汗かきで脂肪質で希望に満ち溢れ
二人に怪訝そうに一瞥をくれるが
この上ない悲しみに引き裂かれた二人は
彼らをどうこう言う権利など犬にでもやっちまったようだ

人生は過酷なことだらけだ
ベコーがいようがいまいが
日曜のオルリーはなんて悲しいんだ

今や二人は大泣きしている
二人ともだ
さっきまでは男だけだったが
まるで壁にはめ込まれたように
二人はお互いのすすり泣きしか聞こえていない

それから、それから限りなくゆっくりと
二つの祈祷する体となった二人は
限りなくゆっくりと体を離していく
そして体を離していきながら
二つの体は引き裂かれる
二人は泣き叫んでいたはずだ

それから二人はもとの通りになる
もとの通り一人の体になり、もとの通り炎になる
それから二人はさらに引き裂かれ
目と目で見つめ合う
そして海が引いていくように
あとずさり
決別をたしかめる
なにがしか言葉を交わし
おぼろげに手を振る
そしてだしぬけに男は駆け出し、振り返らずに去っていく
そして男は階段に飲み込まれるように消えてしまう

人生は過酷なことだらけだ
ベコーがいようがいまいが
日曜のオルリーはなんて悲しいんだ

男は階段に飲み込まれ、消えてしまった
そして女はそこに残っている
苦難の心で、口はふさがらず
叫ぶことも語ることもなく
女は自分の死を知っている
その死と今出くわしたのだ
女は振り返り
何度も何度も振り返り
女の腕は地面に届くほどだ
こうして女は今1000年の歳に至ったのだ

扉はふたたび閉じた
光のない世界だ
女はくるくる回る
女は既に知っている
自分はこうして常に回り続けるのだと
彼女は男たちを失った
しかし今彼女は愛を失っているのだ

愛は彼女に言う
またこの役立たず女か
この女は待つことだけの未来のために
生き続けるだろう
またこの弱虫女か
売り物にされる前に
私がついているよ、私が付き添ってやるよ
群衆が女をなにかの果物みたいに
かじりついても
私は何もできないがね

(↓)ジャック・ブレル「オルリー」(未発表アコースティック・ヴァージョン)


(↓)ジャック・ブレル「オルリー」(アルバム『レ・マルキーズ』1977年オリジナルヴァージョン)

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