グラン・コール・マラード『メダム』
2003年スラム詩人としてデビューしたグラン・コール・マラードの6枚目のアルバム。2020年夏、グラン・コール・マラードに起こった異変、それは7月にこのアルバムの先行シングルとして発表されたカミーユ・ルルーシュとのデュエット曲"Mais, je t'aime"が、ヒットパレードなど全く無縁であったこのスラム・アーチストにして初めてメジャーのFMネット(NRJ、Virgin FM、RTL2...)でヘビロテでオンエアされ、2020年夏最も美しいラヴバラードとして人々に愛されたこと。私たち家族はこの「コ禍」の危機的状況を知りながらも2週間のコート・ダジュールでのヴァカンスを敢行したが、リゾート地のローカルFMで、ブラック・アイド・ピーズなどに混じってグラン・コール・マラード(+カミーユ・ルルーシュ)の曲が聞こえてくると、これ、間違いではないだろうか、と思ったものだった。グラン・コール・マラードはメジャーレコード会社ユニヴァーサルから作品を発表しつづけているそれなりにメジャーのアーチストではあったものの、NRJのプライリストに載るような"ヒット”とは一線を画していたのだが、この種の"大衆化”は悪いこととは言えないのだろうな、たぶん。
"Mais, je t'aime"は掛け値なしに美しい曲であるが、それは当初女優・自作自演歌手であったカミーユ・ルルーシュが2017年に自曲として発表していたものだった。期待になにひとつ応えられない愛だけれど、それでもいいのなら私の最善の愛を捧げるという女性の控えめだが力強いマニフェストの歌であったが、それにグラン・コール・マラードが俺も不器用でどうやって愛していいのかも知らない男だけれど、と散文的に介入してダイアローグにしようと試みたのがこのデュエットだった。
不器用で何をどうしていいのかわからない男だけれど、俺も何かしたいんだ、関わりたいんだ、とグラン・コール・マラードが突き動かされてつくったアルバムである。何に関わりたいのか? それは"フェミニズム”である。男女同権、男女平等がお題目になってから何十年経とうが、われわれの社会はそれからほど遠いのは誰もが認めるところである。家庭で、学校で、実社会で、役割にしても出番にしても重要度にしても報酬にしても、なぜ男女でこんなに違うのか。女性たちがいくら声高にそれを主張しても、事態はほんの少しずつしか前に進まない。グラン・コール・マラードはフランスでの婦人参政権ですら20世紀半ばに獲得されたばかりだということに驚愕し、封建的に堅固な男性原理社会を壊すには、非力かもしれないが男性側もなんとかしなければ、という自覚にいたる。「女性は人類の未来である」(ルイ・アラゴン/ジャン・フェラ)、「女性たちよ、私はあなたたちを愛する」(ジャン=ルー・ダバディー/ジュリアン・クレール)と同じように、グラン・コール・マラードはこの問題に関する男性たちの関心と意識の高まりを訴えようと言うのだ。何を今さら、と言われようが、多くの男たちは「これが世のならわし」と女性たちの現実を見過ごしている。
『メダム』はそういう問題意識をベースにした女性たちへのオマージュアルバムであり、全10曲、1曲めのマニフェスト的なアルバムタイトル曲「メダム」を除いて、続く9曲はすべて女性アーチストとの共演。前述の"Mais, je t'aime"だけが(カミーユ・ルルーシュのオリジナル曲として)既発表の曲で、残る8曲はグラン・コール・マラード詞のこのアルバムのための新曲である。共演相手は現在フランスのトップクラスの人気歌手であるルアンヌ、女優ローラ・スメット(母ナタリー・バイ、父ジョニー・アリディ)、大歌手ヴェロニク・サンソン、1990年生まれのシンガー・ソングライター(2020年ヴィクトワール賞ステージパフォーマンス新人賞)シュザンヌ、クラシックヴァイオリン+チェロの姉妹ジュリー&カミーユ・ベルトレ、ラップ/R&B歌手アリシア(Alicia)、グラン・コール・マラードと同じスラム詩人で十代のマノン(Manon)、エレクトロ・ポップのアミューズ・ブーシュ(Amuse-Bouche)。
アルバム冒頭は共演なしでグラン・コール・マラードがひとりでスラムする「メダム」というこの男からの最大級の女性へのオマージュで、ちょっとこちらがきまり悪くなるほど。
メダム(淑女の皆さん)われらの習慣や文化に深く残る男性原理に対してなんと饒舌なことでしょう。歯の浮くようなセリフばかりではない。われら男性はたとえどんなに女性への称賛礼賛を述べ、自分史や人類史に照らして過ちに許しを乞うても、「それ、口だけでしょ」で一蹴されるのがオチである。これをグラン・コール・マラードはあらかじめわかっているがゆえに、この第一曲「メダム」の最終ストローフにこんな1行を入れる。
私の誠実な償いの試みとしてこの告白を受け止めてください
人類の大きな書物の中に、断絶の章を記しましょう
(・・・・・)
すべての重要な男たちの影にそれに霊感を与える女性がいる
あらゆる偉人の誕生に先立つのはその母の産みのふんばりである
かの詩人は女性は人類の未来であると綴った
しかしその未来は久しい前からそのままになっている
あなたたちはわれらのミューズ、われらの霊源、われらの動機、そしてわれらの悪徳
あなたたちはシモーヌ・ヴェイユ、マリー・キュリー、ローザ・パークス、アンジェラ・デイヴィス
あなたたちはわれらの母、われらの姉妹、
あなたたちはレジ係、あなたたちは医師
あなたたちはわれらが娘、そしてわれらが妻
われらはあなたの炎に照らされゆらめいている
(・・・・・)
Veuillez accepter Mesdames cette délicate démagogieそう、これらの言葉はデマゴギー(おべっか美辞麗句)と捉えられてもしかたがない。それでも受けてください、とこのスラム詩人は言うのだ。まあ、許してやってもいいのではないかい?
淑女の皆さん、この微妙なデマゴギーを受け入れてください
ジョニー・アリデイとナタリー・バイの娘で、昨今女優として進境いちじるしいローラ・スメット(現在36歳)との共演である3曲めの「片手にグラスを持ちながら(Un verre à la main)」は、とあるパーティー・レセプションで、話し声と音楽の喧騒の中で場違いに孤立している見知らぬ男と女の、出会いそうで出会えない目と目のダイアローグを短編映画風に描いたもの。
思い込みによる出会い願望の盛り上がりと、やっぱりすれ違いに終わってしまう偶然と戯れ。ひとりになって残るは茫々たる寂寥。これはUltra Moderne Solitudeであるな。
24時間男と女の姿を取り替えるという設定の5曲め「24時間 (Pendant 24h)」はシュザンヌとのデュエット。これは(↓)ヴィデオクリップがわかりやすい。
まあ、外見を取り替えただけの女から見た男、男から見た女のクリシェの連続だが、最後のストローフ(男の外見を持った女=シュザンヌがラップする)はこんな感じ。
(シュザンヌ)それぐらいのものですとも。
俺はもう毛をそらない
みっともないと誰も言わないから
俺はあのいまわしい月経で
腹をいためることもない
俺が社長に「おはようございます」と言っても
社長は舐め回すような視線で俺を見たりしない
賃上げ交渉にも
お付き合いディナーをしなくてすむ
俺の女がPS4で夢中でゲームしている間
俺は食卓につけない
まだゲームセット前だから
隣家の子犬のように
俺は舗道で立小便できる
男の身体的な長所ってそれぐらいのものさ
そしてわが最愛のヴェロニク・サンソンであるが、グラン・コール・マラードとの共演は2016年"Face B”(グラン・コール・マラードのアルバム"Il nous restra ça"のリイシューで追加された3曲のひとつ)以来2度め。この新アルバムでは"ひとりの姉(Une soeur)"の役をヴェロさんにあてがっている。
そんなそぶりもないのに一体なんなんだ、このヘナチョコな歌詞(グラン・コール・マラード作)は。それを(現在)71歳の大歌手が、一語一語を刻むような力を込めて歌う。まるで価値のないようなこんな曲でもヴェロさんの歌唱でどれほど救われているか。こんなふうな救済を求めるために大御所を持ち出すようなことをしてはいかん。反省をうながす。
目印よりも目立つ
彼女は強い優しさがありそんなそぶりもないのに
目印よりも目立つ
ひとりの兄よりも大きな... ひとりの姉
そんな9曲の女性オマージュ楽曲であるが、やっぱり自分が序曲「メダム」で断っているように、「デマゴギー」として聞かれる危険性があると思う。そんな中で問答無用に飛び抜けて優れた曲がカミーユ・ルルーシュとの"Mais, je t'aime"(6曲め)であり、このことは爺ブログ別稿で紹介した。この1曲でずいぶん救われたアルバムであると思いますよ。
<<< トラックリスト >>>
1. Mesdames
2. Derrière le brouillard (with Louane)
3. Un verre à la main (with Laura Smet)
4. Une soeur (with Véronique Sanson)
5. Pendant 24h (with Suzane)
6. Mais, je t'aime (with Camille Lellouche)
7. Chemins de traverse (with Julie & Camille Berthollet)
8. Enfants du désordore (with Alicia)
9. Confinés (with Manon)
10. Je serai que de trop (with Amuse-Bouche)
Grand Corps Malade "Mesdames"
CD/LP/Digital Caroline/Universal
フランスでのリリース:2020年9月11日
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)グラン・コール・マラード「メダム」(TVライヴ)
0 件のコメント:
コメントを投稿