2020年2月21日金曜日

お、ら、ら、ら...

C'est magnifique
セ・マニフィック
詞曲:コール・ポーター

1953年ブロードウェイ初演のミュージカル・コメディー『カン・カン』の中の1曲で作詞作曲はコール・ポーター(1891-1964)。 日本語版ウィキペディアではこのミュージカルは「19世紀のパリを舞台に、赴任してきたばかりの若くて真面目な判事とモンマルトルのダンスホール「バル・ドゥ・パラディ」を経営する勝ち気な女主人とが繰り広げる恋物語である」、とある。コール・ポーター作の偉大なスタンダードとなる「アイ・ラヴ・パリス」もこのミュージカルの中の曲である。「セ・マニフィック C'est magnifique」は後にジャン・サブロンやルイス・マリアノなどフランスの歌手たちもカヴァーしたので、"シャンソン”と思っていた人たちも多かろう。また 「セ(C'est)」で始まるということだけで混同されがちな、ほぼ同時代の 「セ・シ・ボン C'est si bon」(1948年)はルイ・アームストロングやディーン・マーティンで有名なのでメリケン曲だと思われるムキが多いのだが、れっきとしたシャンソン(詞アンドレ・ホルネ/曲アンリ・ベッティ、創唱ジャック・エリアン楽団 feat ジャン・マルコ)である。 それはそれ。コール・ポーター作「セ・マニフィック」はこんな歌詞である:
When love comes in and takes you for a spin,
Oo la la la, c'est magnifique
When every night, your loved one holds you tight,
Oo la la la, c'est magnifique
But when one day, your loved one drifts away,
Oo la la la, it is so tragique.
But when once more she whispers
"Je t'adore,: c'est magnifique.
1960年に映画化された『カン・カン』 の中でフランク・シナトラはこんな風に歌っている。

これをそのまま英語でカヴァーしたジャン・サブロンのヴァージョンの中で、サブロンは歌の間の語りで「この歌で "お、ら、ら、ら”ということばが何度も出てくるのにお気づきですか?これはヴェリー・フレンチな表現ですが、意味など全くないのです」と説明する。そうなのだ。われわれのような異邦人がフランスに初めて来て、ここの人たちが何を言ってるのかわからないのだが、この「お、ら、ら、ら」だけはやたら耳につく。感嘆の表現とはだいたいわかるのだが、さまざまな表情がある。驚いた時、嬉しい時、興味津々の時、がっかりな時、嘆かわしい時... 「お、ら、ら、ら」はさまざまにトーンを変えてフランス人の口から思わず出てしまうのだ。アメリカ人コール・ポーターの卓抜な観察眼が、この多様に雄弁なフレンチ「お、ら、ら、ら」を使って、フランス人にはできないソー・フレンチな歌を作ったのである。お見事(マニフィック)。
(↓)「お、ら、ら、ら」の妙の手本、ディーン・マーティンのヴァージョン。

 さて、フランス語カヴァーではオペレットの王者ルイス・マリアノの直球ベルカントで、「お、ら、ら、ら」の微妙なニュアンスなどぶっ飛んでしまいます。

それはフランス語詞の全肯定な愛情賛歌のせいで、マリアノ・ヴァージョンはコール・ポーター原曲の「お、ら、ら、ら」の半分を接吻音(チュチュチュチュ)にしてしまう。
La vie est là 人生が
Qui vous prend par le bras,  あなたの腕をひっぱっていく
oh là là là お、ら、ら、ら、
C'est magnifique 素晴らしいね
Des jours tout bleus 青々とした日々
Des baisers lumineux まばゆい接吻(チュチュチュチュ)
C'est magnifique 素晴らしいね
Donner son cœur 花束と共に
Avec un bouquet d'fleurs, 心を捧げる
oh là là là お、ら、ら、ら、
Mais c'est magnifique 素晴らしいね
Et faire un jour いつの日か
Un mariage d'amour 愛が実って結婚
C'est magnifique 素晴らしいね
Partir là-bas ハネムーンに
Lune de miel à Cuba, キューバに旅立ち
oh là là là お、ら、ら、ら、
C'est magnifique 素晴らしいね
Sous ce climat あの気候のもとでは
Les baisers sont comme ça 接吻はこんな(チュチュチュチュ)
C'est magnifique 素晴らしいね
Des nuits d'amour 愛しあう夜が
Qui durent 45 jours,  45日間も続く
oh là là là お、ら、ら、ら、
Mais c'est magnifique 素晴らしいね
Revoir Paris パリに戻って
Retrouver ses amis 友たちと再会
C'est magnifique 素晴らしいね
こんな身も蓋もないハッピーソングになってしまったら、コール・ポーターの美しいメロディーが、ちょっと、ね。と思っていたのですよ。
時代は飛んで2011年、バンジャマン・ビオレーが俳優として初の主演をとった映画"Pourquoi tu pleures ?(なぜ泣くの?)"(監督カティア・レウコヴィッツ、主演ビオレー、エマニュエル・ドヴォス、ニコル・ガルシア) というのがあって、私は観てないのだが、あまり話題にもならなかった。ビオレーは初主演ということだけではなくて、この映画にとても入れ込んでいたようで、映画音楽の一部を担当、その他に「この映画にインスパイアされた音楽」という13曲入りの半サントラアルバム "Pourquoi tu pleures ? (Musique et chansons inspirées du film)"を発表。そのアルバムの最終トラックとして "C'est magnifique"が入っていた。ルイス・マリアノのヴァージョンと同じフランス語歌詞。お、ら、ら、ら...、同じ詞でどうしてここまで違うのだそう。ダンディーなロマンティスムの極み。お、ら、ら、ら、の微妙なニュアンスのビオレー解釈なのだね。



さらに時は経ち、2019年、フランスで第4位(市場占有率15%)の規模を誇るハイパー/スーパー網であるアンテルマルシェ(Intermarché)が、創立50周年記念のキャンペーンとして3分間の長尺コマーシャルフィルム(ヴィデオクリップ)を制作し、その音楽としてバンジャマン・ビオレーヴァージョンの"C'est magnifique"(全編)を採用。キャンペーン・テーマは "On a tous une raison de mieux manger(誰でもよりおいしく食べたいわけがある)"。舞台はフランス西海岸(たぶんレ島かもしれない)、妻に死に別れ、家族と遠くひとり隠居ぐらしの男、子供・孫・友人たちともたまに楽しい時間もあるが、日常は古いレコードを聴き古い写真アルバムを眺めるひとり暮らし。そんな中で見つけた、亡き妻が残した手書きの料理レペルトワール(レシピ帳)。ここから、"妻の作ってくれたあの味をもう一度"、”失われたトマトソースを求めて”という老いた男の料理探究が始まり、自転車に乗ってアンテルマシェまで何度も足を運ぶ、というストーリー。妻の幻影や、偶然見たテレビのヒントや、アンテルマルシェの品揃えと店員の助言が男の料理をどんどん向上させていくのだが、まだひとつ足りない... しかしついに。この作品を監督したのが、前述の映画"Pourquoi tu pleures ?"のカティア・レウコヴィッツ。エモーショナル。私はこういう作品には本当に弱い。そしてバンジャマン・ビオレー音楽のハマリ方よ。セ・マニフィックとしか言いようがないではないか。

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