2018年3月25日日曜日

Ton cul est rond

 "Mektoub My Love - Canto uno"
『メクトゥーブ・マイ・ラヴ』

2016年制作フランス映画
監督:アブデラティフ・ケシッシュ
主演:シャイン・ブーメディン、オフェリー・ボー、サリム・ケシウーシュ
フランス公開:2018年3月21日


     Ton cul est rond comme une horloge
             おまえの尻は時計のように丸い
                      (Allain Leprest  "Ton cul est rond")

 いお尻がひときわ目立つ映画であり、豊満な肉体の娘たちが勝ち誇ったようにその丸みを誇示しているように見える。映画中でも口にされる画家ルノワールの絵のような、光で輪郭が飛んでしまいそうな娘たち。時は1994年夏、場所は南仏オクシタニア地中海沿岸の町セート。エロティシズムの香り高いシャンソン詩人ジョルジュ・ブラッサンスを生んだ町でもある。それから宮崎駿映画で知られるようになった「風立ちぬいざ生きめやも」の詩人ポール・ヴァレリーもセート出身である。古くから良港として知られ、漁港、レジャー船マリーナ、地中海フェリー(モロッコ行き)の港湾部とリゾートビーチが広がる。
 きれいな顔立ちをした若者アミン(演シャイン・ブーメディン。21歳。初映画出演)はパリで映画シナリオの勉強をしていて、夏にセートに帰郷している。チュニジアの血を引く地中海ボーイ。結婚を嫌った母(演デリンダ・ケシッシュ。監督の妹。初映画出演。素晴らしい)がシングルマザーで育てた。 母はアミンのいとこのトニー(演サリム・ケシウーシュ)が経営するクスクス・レストランで働いていて、観光シーズンの夏は休みがない。親子のヴァカンスはないけれど、たまに帰ってきた息子だけは太陽の下で思いっ切りハメを外して遊べ、とけしかける。夏が好き、太陽が好き、お祭り騒ぎが好き、おしゃべりが好き、女同士の井戸端会議が好きな楽天的地中海おばさん。
 さて、どことなく内気なアミンは、かねてから町の娘で仔山羊酪農農家で働くオフェリー(演オフェリー・ボー)に想いを寄せていたが、アミンが知る限りでは憲兵隊員となったクレマンと恋仲だったはずなのに、パリから戻ってオフェリーの家を訪れてみると、窓から激しい喘ぎ声、真っ昼間から交情中、相手はというとなんといとこのトニーであった。これが映画の冒頭シーン。観る者は最初にこのオフェリーの素晴らしい肉体(完璧に丸いお尻、豊かに張り出した乳房)が興奮して波打つ数分間に圧倒されることになる。ふ〜っ。Chaud, non?
 終わるやトニーは間男のようにそそくさとバイクで去って行き、その終わりを見計らってアミンがオフェリーのドアの呼び鈴を押す。オフェリーにしてみれば不意の再会。あら、いつ、パリから戻ったの?ってなもんで。聞けばオフェリーはもうクレマンとは別れて、今はトニーとの結婚も考えている、と言う。アミンの心を知りながら。だが、アミンはそれでもいつかはオフェリーの心を惹こうという想いで、映画中、オフェリーへの接近の手を緩めない。これが一応アミンのウブで純愛っぽいキャラクター。
 いとこのトニーはセートだけでなくチュニジアとフランスで合わせて4軒のクスクス・レストランを持っているという若き実業家にして、口がうまく商売人で人当たりも良いが、南の人間っぽいお調子者で、おまけに性が強い(リファレンスとしてアルド・マッチョーネ)。ある午後、アミンとトニーの二人組がセートのビーチに海水浴に行くと、ニースからやってきたという若い娘二人シャルロット(褐色髪。演アレクシア・シャルダール)とセリーヌ(ブロンド髪。演ルー・リュティオー)と出会います。砂浜に寝転がりながらの数分間の会話で、トニーはあれよあれよと言う間にシャルロットを誘惑してしまう。早ワザ。最初はシャルロットに比べると大人しそうに見えたセリーヌだが、ダンスが得意(職業ダンサー)で誘惑ゲームではシャルロットよりも遥かに上手ということがだんだんわかってくる。その夜、この4人でセートの盛り場に繰り出すのだが、セートの深部まで知り尽くした土地っ子の案内なので、それはそれは南の夏の宵の最高に良い雰囲気と、それを徹底的にエンジョイする男女たちの美しい姿が映さていく。そこでダンス自慢のセリーヌは自然に華々しくなってしまい、その夜に完璧に調和した溶け込み方ができるのである。それにひきかえシャルロットは色を失いがち。
 トニーに誘惑されて、すっかりその気になってしまったシャルロットは、それを恋だと思いたいのに、恋にはならないということに悩みナーヴァスになっていく。そしてシャルロットと土地の娘オフェリーとの間に、トニーを取ったの取らないのという諍いも生じてしまう。トニーはと言えば、お調子者なので、みんな堅いこと言わずエンジョイしようぜ、ってなもんんで。オフェリーに対してもシャルロットに対しても真剣なものなど何もない。夏なのだから。傷ついたシャルロットのなだめに入るのがアミン。かと言ってシャルロットを誘惑しようというハラではない。その中途半端さに、シャルロットはますます孤立してしまう。一方のセリーヌは、男を次々に手玉に取るだけでなく、バイセクシュアル欲望もフルオープンで、誘惑した女の中になんと(肉体魅力の権化)オフェリーも。ヴァカンスの快楽至上主義を100%生きることができる稀に幸福な女。
 アミンはトニーを諦めようとしないオフェリーに、インテリでアーティスティックな(アミンは写真家でもある)アプローチを試みたりする(「きみのヌード写真が撮りたい」)のだが、オフェリーにとってアミンは幼馴染の良い友だちを超えることはない。男手の足りない酪農農家を切り盛りして働くオフェリーの姿は、大地に生きる女の逞しさがあり、そのお尻は丸くて重い。その生命への讃歌のように、映画はオフェリーの農場で仔山羊が出産するシーンをアミンが写真におさめるというエピソードを挿入する。これが本当に感動的。
 それと同じほど「絵」として美しいのが、浜辺で海に浸かりながら、集団で男が女を肩車して行われる騎馬戦のシーン。若い女たち、男たち、とりわけ女たちの肢体と笑顔がうっとりするほど美しい。眩しい。アミンの母親が言うように、夏、若者たちはこういう肉体と笑顔を取り戻さないといけないのだ。
 心の底からの笑い顔ができないのはアミンである。シャルロットのなだめ役を買って出たり、オフェリーの心をつかむことができないまま、夏の時間は過ぎていく。セリーヌやトニーのように享楽の夏に溶け込むことができない。
 この3時間近い長尺の映画の中で、ひときわ長いのが終盤のディスコでの場面。アルコールが回り、爆音環境の中で踊り、大声で話すが、ディスコでの会話とは往々にして誰も言葉を聞き取れないし、映画を観る者にもほとんど解読できない。こういう条件の場面が延々と10分以上続くのだが、言葉は聞こえずとも、観る者はそこにいる人たちの動作や目配せで何が起こっているのか(獲物を物色したり、 誘惑したり、気が合ったり、反目しあったり、ライバル意識むき出しにしたり...)すべてわかってしまう映画のマジック。夏の夜はこうやって更けていき、そしてこの夏も永遠ではなく、やがて終わってしまうのだ...。

   一応原作となっているのがフランソワ・ベゴドーの2010年発表の自伝的小説『本物の傷(La Blessure la vraie)』で、それをケシッシュがかなりの自由翻案でシナリオ化した。ベゴドー本は1986年夏の大西洋岸(サン・ジル・クロワ・ド・ヴィー)が舞台で、登場人物たちも15 - 16歳のアドレッセントで、この映画よりも青っぽくかつ生臭い童貞青春残酷コメディーで、バック音楽はボブ・マーリーやらマドンナやら...。
 このケシッシュ映画も音楽はとても重要で、クラシック、MPB、テクノ、ディスコなどさまざま挿入されるが(ここのリンクにトラックリスト)、クスクス・レストランの隣のバーでセリーヌたちが男女組みで踊りだす音楽がライナ・ライ「ジーナ」で、ああ、この歌もフランスの90年代で普通に聞かれていたのだなぁ、と感慨深いものがある。それからオフェリーの仔山羊牧場で、「仔山羊追い唄」のように流れる「オゼ・ジョゼフィーヌ」(バシュング1991年のナンバーワンヒット)も動物と共に動く女の美しさを際立たせる。上述の長いディスコのシーンで流れる各曲のうちシルヴェスター「You Make Me Feel」(この映画の予告編でも使われている)が飛び抜けて官能肉体乱舞の喜びをよく伝えている。ヴァカンス地の夜はこうでなくちゃ。
 さてこの狂騒の夏に今一つも今二つも溶け込めずに、やや醒めている二人の存在が映画の最後に浮き上がってくる。それがおそらくまだ恋に対して純でウブなセンシビリティーを持っているということなんだろうが、アミンとシャルロットなのだ。もうヴァカンスも終わり近く。暮れそうな寂しい砂浜で再会した二人は、シャルロットの「うちでなんか食べてく?」に軽々と乗って歩き始め、そこでスコット・マッケンジーの「花のサンフランシスコ」が流れて、暗転、エンドクレジットロールとなるのですよ。大拍手もの。
 なお、監督アブデラティフ・ケシッシュはこの新人男優シャイン・ブーメディンとの出会いが運命的(メクトゥーブ)なものと捉えていて、フランソワ・トリュフォーとジャン=ピエール・レオーの例(アントワーヌ・ドワネル連作)に倣って、アミン(シャイン・ブーメディン)を主人公とする連作を作っていく考えだそう。既に『メクトゥーブ・マイ・ラヴ』の第2話(Canto Due)は制作中。少なくともアミンが40歳代になるまで撮り続けたいという長〜い構想。おおいに期待しましょう。

カストール爺の採点:★★★★★

(↓)『メクトゥーヴ・マイ・ラヴ:カント・ウノ』予告編

 

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