2009年3月15日日曜日
背伸びして見る海峡
『ウェルカム』2008年フランス映画
"Welcome" 監督フィリップ・リオレ、主演ヴァンサン・ランドン,フィラット・アイヴェルディ,オードレー・ダナ
フランス封切 2009年3月11日
舞台はカレーです。カレーというのは、言わずと知れた英仏海峡の連絡船発着港のある町で、爺の生まれ育った青森みたいなところがあります。つまりこの町は通過者が多く、居着く町ではありません。単なる交通上の拠点です。町は通過者たちに対しておおむね冷ややかです。自分の家の庭が他人様の通り道になってしまっているような被害妄想があります。その通過者である「他人様」がフランス人だったりイギリス人だったりベルギー人だったりする分にはまだ許せたのですが,20世紀末期の共産圏の崩壊から,ここは聞き慣れない言葉をしゃべる人たちが大挙してやってきて,イギリスへの渡航を待つようになります。合法的に渡航しようとする者もいますが,その出るか出ないかわからない許可を何ヶ月も待つことを拒否して密航を試みる者が多くいます。そして21世紀に入ってその志願者はアフガニスタンやイラクからもやってくるようになります。
なぜ彼らの「約束の地」はフランスではなくイギリスなのか,という大きな理由のひとつは,彼らは英語ができるということです。イングリッシュ・スポークンはフランスではほとんど何の役に立たないのです。
この大挙して集まってきた密航志願者たちを収容していたのが,カレー市近郊サンガットにあった赤十字難民センターでした。これを2002年に閉鎖してしまったのが,当時の内相ニコラ・サルコジでした。この閉鎖劇は2002年12月の日本語新聞オヴニーで小沢君江さんが詳しくレポートされています。
ところがサンガット難民センターがなくなっても,密航志願者たちはあとを絶たず,市内や森の中に野宿したりして,密航のチャンスを待っています。多くの市民はこれを冷ややかに見ていますが,中には難民を支援する市民団体もあり,テント,衣類,食糧などを配っています。難民の人権も擁護されなければならないと思う人たちも少なくないのです。
この映画を見る前に,以上に述べたようなことは知っていた方がいいかもしれません。
17歳のビラル(フィラット・アイヴェルディ)はイラク系クルド人で,カレーまで4千キロの道のりを2ヶ月かけてやってきます。ナイーヴで怖いもの知らずの少年は,カレーに着くやいなや,密航手配師に500ユーロを支払い,長距離トラックの貨物トレーナーに忍び込みます。英仏海峡フェリーに乗り込む前の国境警察の検問で,検査官は貨物トレーナーに二酸化炭素探知センサーを差し込み,密航者の呼吸を察知すれば立ち入り検査になります。ビラルは密航手配師から「検査中ビニール袋を頭からかぶるように」という指示を受けていながら,そのビニール袋かぶりの窒息状態に耐えられず,袋を脱ぎ捨てて咳き込んでしまいます。その結果ビラルは国境警察に逮捕され,即刻裁判にかけられますが,未成年で「初犯」であるという理由で釈放されます。
サッカー好きで足が早いことが自慢の彼は,そのナイーヴさが一度の失敗でひるむはずはなく,今度は自力渡航を企てます。それは英仏海峡を泳いで横断するということです。ビラルはカレーの市営プールに行き,そこに勤める水泳コーチ,シモン(ヴァンサン・ランドン)にクロール泳法を教わります。
ずぶのビギナーであるビラルが執拗な熱心さで水泳講習を受けることの意図を見てとったシモンは,「遠泳選手でさえ海峡横断には10時間かかる。海峡の水温は10度。常に早い海流があり,おまけに10分に一艘の割で全長300メートル級の大型タンカーが行き来している」と,その無謀な企てを断念するよう説得します。しかし故郷を捨て,すべてを捨ててここまで来た人間にUターンはありえません。
なぜあらゆる犠牲を払ってでもイギリスに渡りたいのか - ここがこの映画シナリオの最も強いところです。ビラルは恋のためにここまで来たのです。2年前に出会ったクルド人娘ミナと恋に落ち,家族でロンドンに移住したミナに合流するためなのです。愛する娘と会うためならば,何でもできる,という古典的かつ根元的な恋心をこの少年は持っているのです。
シモンは今まさに恋を失うところにあります。妻マリオン(オードレー・ダナ。この女優すごくいいです)との協議離婚に署名するところにあります。二人で暮らしていたアパルトマンに今はシモンひとりで住み,時々マリオンが自分の身辺品を取りに来ます。シモンはそれを失いたくないのですが,自分ではどうすることもできないと諦めています。
この恋の炎に燃えたぎり命などどうでもいいと思っている少年と,今まさに恋が消えようとしている中年男が出会い,シモンはビラルの熱情にぐ〜っと引っ張られてしまうのです。シモンは周りのフランス人の忠告を無視して,ビラルをかくまい,擁護し,来るべきクロール海峡横断を準備します。....
この映画は社会派ものです。さまざまなことを告発します。特にフランスの移民政策であり,たとえ通過者であっても不法滞在者(Sans papier)と呼ばれる人たちへのフランス当局の非情で冷酷な対応を映像として映し出します。そしてこの映画で露呈した事実として,そのような移民を保護したり,かくまったり,家に招待するだけで,それは不法滞在者扶助の罪となるということがあり,この映画を発端にして論争が巻き起こっています。
マリオンは公立学校教師で,その外では難民支援のボランティアで積極的に行動する,闘士肌の側面を持った女性です。その彼女が,シモンの行為に関しては,自分の友人闘士が移民をかくまっただけで5年の刑を受けているのだから,そういうことは一切やめてくれと嘆願します。マリオンはこの問題のフランス的現実を知っているから,シモンの熱情的なビラル助けがいかに危険かを察知しているのです。しかしシモンは愚行と言われようが,このビラルの恋の成就に自分を賭けたいのです。
結末は悲劇的です。けれどシモンの何かが救われるのです。
という映画ですから,これはエモーションどろどろの傑作です。
題名の「ウェルカム」は,シモンのところに移民がかくまわれていると警察に密告するアパルトマン隣人の入口ドアの前に敷かれた足拭きマットです。その足拭きマットに "Welcome"と書いてあるわけです。(映画のものではありませんがウェルカム玄関マット↓)。強烈な皮肉です。
(↓『ウェルカム』予告篇)
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5 件のコメント:
これ、すっっっっごく観たいです! clipも拝見しました。
こちらで上映されないかどうか、チェックします!
こちらの映画『Frozen River』と合わせて観ると
相乗効果で味わいが増しそうかも? って思いました。
『Frozen River』については
映画ライターの町山智宏が、TBSラジオの番組で
うまく説明しているので
よかったら聞いてみてくださいね。
http://podcast.tbsradio.jp/st/files/st20090210.mp3
町山さんの語り口に、ちょっとツシマさんは
イラっとするかもしれませんが(笑)。
あと最初の3分くらいは余計な挨拶なので
飛ばしてくださいね。
エスカさん,ようこそいらっしゃいました。
『フローズン・リバー』はフランスでは今年の1月に公開になり,リベラシオン紙が大絶賛したのを覚えています。映画サイト allocine.comで見ると現在も上映館があり,同サイトのファン評価でも10位に入っていました。私は見ていないんですが,予告編やシノプシスなどから判断しますと,密航人輸送請け負いの女性二人の危険ハラハラ(凍った川が溶けるとか,国境警察の追跡とか,車がボロいとか)の連続みたいですね。こういう弱者のやむにやまれず負わなければならない危険でヤバい生き方というのは,やはりアメリカ映画だとこういうスペクタクルにすることもできるんですね。すごいなあ。見てみますよ。
それに比べると『ウェルカム』は全然スペクタクルじゃないですね。地方都市フランス人の非西欧人に対するレイシズムがことさらに強調されてますし。ある種のフランス人が持っている底意地の悪さみたいなものを浮かび上がらせることが,この映画の重要なポイントだと思います。
この前サルコジがメキシコに行った時に,移民担当大臣エリック・ベッソンを連れていったのですよ。墨米国境の密入国監視体制を参考にしたいからだそうですよ。
なんか,そんな国の指導者が,口を開けば中国の人権問題みたいなことを得意になって言いたがるのを,どうやって理解せよと言うのでしょうか。
『フローズン・リバー』、そちらでも話題になっていたんですね!
オスカーは逃しましたが、毎年オスカー前夜に催される
インディペンデント・フィルム映画祭(つまり政治力やお金の力があんまり作用しない世界)では
各賞総なめでした。
サルコジ、そんなことを。
ある種のフランス人が持つ底意地の悪さ、というのがあるのですね。
風土や歴史が違うので、まったくの一致ではないですが
こちらの国でも、そのニュアンスに一脈通じる層というのがあるように思います。
また色々知りたいです。
それはフランスに限ったことだけじゃないですが,フランスは第二次大戦史のタブーのようですけど,カフェやレストランやホテルが対独協力の密告情報収集機関として機能していたじゃないですか。
カフェのカウンターで妙なことをしゃべったら,ゲシュタポが外で待っているみたいな。この映画でも,(今日においてもなお)怪しいものを密告によって排除してしまおうとする「市民」がいろいろ出てきます。
昨日22日,国営テレビF2の昼のニュースで,このカレー近辺の難民通過を助けようとしている普通の老人,普通のおばさんの姿がレポートされていました。その中でそのおばさんが,自宅のコンセントを使って,難民たちの携帯電話バッテリーをチャージしてあげたのが警察に見つかり,おばさんが「不法滞在者扶助」で現行犯逮捕(自宅に踏み込んだ警官が難民の携帯電話を見つけたというだけ)されたという,信じられないことが報じられてました。
今日もなお,ゲシュタポの代わりをやっている機関が存在するということでしょう。
あぁそうなんだ!と合点が行きました>第二次世界大戦史のタブー。
フランスに長年しっかりと根ざした暮らしをしてきた人なればこその、二重言語者としての冷静な視点。
そこに爺さま独自のセンスとユーモア、そしてスルドイ洞察力があいまったエンタテイメント性の高い書き物を、これからもオンライン/オフラインで楽しみにしています。
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