2009年3月31日火曜日
しらんぷり
『グランプリ』1966年アメリカ映画
監督:ジョン・フランケンハイマー
主演:ジェームス・ガーナー,イヴ・モンタン,エヴァ・メリーセイント,ブライアン・ベッドフォード,三船敏郎,ジェシカ・ウォルター,フランソワーズ・アルディ 音楽:モーリス・ジャール
フランソワーズ・アルディ漬けの日々で,DVDを3本見ました。1本はニック・ドレイクのドキュメンタリーで,これはフランスでは英語のみ(仏語字幕なし)でとても辛い思いをした結果,フランソワーズ・アルディに関するところはほとんど収穫なしでした。2本目はジャン=リュク・ゴダール『男性・女性』(1966年)で,フランソワーズ・アルディ登場の部分は「映画館内に爆笑を起こす」という効果目的で入れられたらしいです。ミニスカートが超似合う長身のお人形あつかいですね。
さて3本目がこの『グランプリ』で,多分爺は遠い昔に日本の劇場で見ていたのでしょうが,それは小学6年か中学1年の頃なので,もっぱら興味はF1レースで映画の筋なんかどうでもよかったんですね。フランソワーズ・アルディなど知る由もなく,ジェームス・ガーナーもイヴ・モンタンも覚えてないですが,「世界の三船」は記憶に残っています。と言うか,あの頃日本ではこの映画は「三船敏郎主演映画」のように見られていたキライがあります。日本用に別ヴァージョンがあったんではないですか?ホンダのサクセスストーリーみたいな...。
しかし音楽は覚えてましたね。軍楽ブラスバンドみたいな響きです。すごいなあ,このメロディー覚えていたなあ,と思ってクレジットを見たら,作曲モーリス・ジャールでした。DVDを見た次の日に,モーリス・ジャールが84歳で亡くなったニュースが流れました。昨日FIPもずっとジャールへのオマージュのプログラムで「ドクトル・ジバゴ」「アラビアのロレンス」「パリは燃えているか」なんかが一日中かかってましたが,「グランプリ」は聞こえてこなかったので,これはジャールのメジャー作品ではないのですかね。
「9回のレース,4人のレーサー,1人のチャンピオン」というフランス語の叩き文句です。フェラーリには常勝イヴ・モンタンがいて,その2番手レーサー役がアントニオ・サバートで,フランソワーズ・アルディはこのサバートのガール・フレンド役で登場です。レーサーのグルーピー役ですね。しかしミニスカートとロングブーツで,これほどサマになるシルエットはありましょうか。それでセリフはほとんどないのに,口をとんがらせて情感の欠落した顔をして,トランジスターラジオを耳にあてて聞いてるわけです。いい絵ですねえ。最後には,やたらと女の子たちに囲まれるのが好きな(典型的な)イタリア人レーサーに背を向けて去っていく,というただそれだけの役ですが,元祖アンニュイ・ガールの面目躍如という感じです。
この映画の撮影中に,フランケンハイマーから特別許可をもらって,フランソワーズ・アルディはパリに戻り,オランピア劇場でボブ・ディランのコンサートを見るのです。伝説の「楽屋面会」です。(ディランが第一部が終わって,時間になっても第二部を始めない。人が説得したら,フランソワーズ・アルディをここに連れてきてくれなければ,俺は絶対にステージに出ない,とゴネた,という実話です)。
さて映画の方は,勝てないレーサー,ジェームス・ガーナーが,モナコ・グランプリでチームメイトのブライアン・ベッドフォードに優先権を譲らず,事故を起こして瀕死の重症を負わせます。ガーナーはチームから解雇され,TVレポーターに身をやつし,ベッドフォードはリハビリの結果奇跡のカムバックを果たし,常勝イヴ・モンタンに再び挑んでいきます。この男たちの闘いに加わることができずにショボンとしていると,三船敏郎が「これこれ,うちに来なはれ」とF1新参戦の日本のチーム「イムラ」にスカウトします。
映画は男たちの闘いと平行して,男女関係もソープオペラ風に挿入されますが,一方で二人の女に愛された男(イヴ・モンタン)は命を落とし,他方では一人の女(ジェシカ・ウォーカー)を愛した二人の男(ガーナーとベッドフォード)は和解する,という...あほらしいシナリオです。
高度成長時代の映画です。この大恐慌の状況から見ると,本当に夢みたいな時代だったんですね。男は死をかけて闘うし,女はみんな美しいし,日本のテクノロジーは世界を制覇しつつあったし...。
(↓ こちらはアメリカ版の予告編)
(↓ こちらはモーリス・ジャールの美しい音楽を聞いていただきたくて...)
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