2008年1月15日火曜日

時計じかけの心臓(サントラ)



 ディオニゾス『時計じかけの心臓』
 Dionysos "La Mécanique du Coeur"


 リーダー,マチアス・マルジウ作の同名小説にインスパイアされたオリジナル・サウンド・トラックアルバムです。原作ストーリーについては昨日の拙ブログを参照してください。ディオニゾスはヴァランス(中南仏。リヨンとアヴィニョンの中間)で結成され,今年で結成15年,スタジオアルバムはこれが6枚めで,多くの人たちは2005年の"Monsters in Love"(あるいはその前の2002年の"Western sous la neige")からこのバンドになにかとてつもないものを感じたと思います。葡萄の酒の神,ディオニシウスからそのバンド名を取っただけあって,その強烈な酩酊状態は,どんな音でも大丈夫という抜け方に昇華します。ブリティッシュなスーツ姿で登場する小柄なマチアス・マルジウ(1974年生れ)は,ちょっと前まではパンクでデストロイでピーターパンな,新時代のマニュ・チャオ/ベルトラン・カンタでした。それがもう2005年頃にはマルジウは唯一無二のマルジウとなって,カリスマ様に昇格してしまいます。怪物(フリークス,モンスターズ)とウェスタン(西部劇),このマルジウの世界をマルジウの思うままに表現してきたバンドがディオニゾスでした。それが2006年の "Metamorphoses de Mister Chat"あたりからでしょうか,マルジウと伴侶の関係にあるオリヴィア・ルイーズをはじめ,たくさんのバンド外の人たちがマルジウ・ワールドに協力してきます(カリ,ベルトラン・ブラン,キム,マジッド・シェルフィ...)。ライヴではシンフォニック・オーケストラと共演したりします。大変なレンジの広がりです。
 で,この小説サウンドトラックです。もはやこれはロックオペラ『トミー』(ザ・フー版ではなく,ケン・ラッセル映画サントラの方)のおもむきです。ゲストにその役を演じてもらっています。これではもうバンドのアルバムではないように聞こえますが,マルジウは頭からこういうキャストでやりたかった風の布陣です。

 リトル・ジャック(マチアス・マルジウ)
 ミス・アカシア (オリヴィア・ルイーズ)
 女医マドレーヌ(エミリー・ロワゾー)
 乞食のアーサー (アルチュール・H)
 娼婦アンナ (バベット from DIONYSOS)
 娼婦ルナ (ロシー・デ・パルマ)
 ガキ大将ジョー (グラン・コール・マラード)
 手品師ジョルジュ・メリエス (ジャン・ロッシュフォール)
 切り裂きジャック (アラン・バシュング)
 大人になったジャック (エリック・カントナ)

 ガキ大将・乱暴者・いじめっ子・恋敵のジョーのところだけ,グラン・コール・マラード作のスラム(もちろんマルジウ作の小説に即した内容)になります。他は全部マルジウの作詞で,フランス語,英語,スペイン語です。アルチュール・Hの「聖者が町にやってくる」(マイナー変調で「ベラ・チャオ」のように聞こえる)や、名優ジャン・ロッシュフォールがドン・キホーテ然と奮闘する「アンダルシア」など、ゲストの持ち味がよく出た曲がある一方で、声も歌い方も似た女性歌手たち(エミリー・ロワゾー、バベッド、オリヴィア・ルイーズ)の起用というのはいかがなものでしょうか。どっしりと落ち着いてスラム・リーディングをしてしまう恋敵のジョー(グラン・コール・マラード)は、小説中のジョーよりもずっと手強い重さを持ってしまいました。大人になったとたんに恋に破れ、エピローグを語らされるエリック・カントナ(元フットボール不遇の天才)はその役の重さを支えているんだか、どうだか...。
 いずれにしてもこの作品は「劇作品」としての完成度が要求されている一種のロックオペラで、一曲一曲はその完成図のためのジグソーパズルとなるわけですが、爺にはどうも学芸会的に聞こえてしまいます。
 映画サントラの場合、その映画を見なかった人にはありがたみがずいぶんと減ると思いますが、この小説サントラは(たとえ小説からずいぶんと改変したアイディアを盛り込んであっても)小説を読んでいない人たちにはいったいどうやって聞こえるのだろうか、という疑問が出てきてしまいます。説明的にならずに音楽がこの世界を表現してくれたら、すごいですよね。

<<< トラックリスト >>>
1. Le jour le plus froid du monde (with EMILY LOIZEAU)
2. La berceuse Hip Hop du Docteur Madleine (with EMILY LOIZEAU)
3. When the saints go marchin'in (with ARTHUR H)
4. Flamme à lunettes (with OLIVIA RUIZ)
5. Symphonie pour Horloge cassée
6. Cunnilingus Mon Amour (with BABET & ROSSY DE PALMA)
7. Thème de Joe (with GRAND CORPS MALADE)
8. L'Ecole de Joe
9. L'Homme sans trucage (with JEAN ROCHEFORT)
10. La panique mécanique (with ALAIN BASHUNG)
11. King of the ghost train
12. Mademoiselle Clé (with OLIVIA RUIZ)
13. Candy lady (with OLIVIA RUIZ)
14. Le retour de Joe (with GRAND CORPS MALADE)
15. Death song
16. Tais-toi mon coeur (with OLIVIA RUIZ)
17. Whatever the weather
18. Epilogue (with ERIC CANTONA)

CD BARCLAY 5302677
フランスでのリリース:2007年11月


PS
アルバムからいろいろとヴィデオクリップは発表されているようですが、下に貼付けたYOUTUBE動画はクライマックスシーンのひとつで、リトル・ジャックが時計じかけの心臓を取ってしまったら、ミス・アカシアはもうリトル・ジャックの姿を認めることができない、という歌です。きれいでドラマティックなアニメで涙をそそります。
TAIS-TOI MON COEUR(with OLIVIA RUIZ)

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