クロ・ペルガグ『7つの苦悩の聖母』
Klô Pelgag "Notre-Dame-Des-Sept-Douleurs"
Klô Pelgag "Notre-Dame-Des-Sept-Douleurs"
2020年3月、クロ・ペルガグは30歳になった。この女性では、それがどうした、と一蹴されるようなことだろう。私がこのアーチストを追いかけ始めたのは、ケベックで『怪物たちの錬金術(Alchimie des monstres)』が出た頃(2013年9月)なので、もう長いつきあいになる。初めて会った時は23歳か。奇想天外なステージング、メロディーと和声のグルグル巻きのような凝った曲構成、怪物や病気や死がほぼコミカルに詞に挟み込む独特の黒いユーモア... クロ・ペルガグの奇天烈でシュールなポップ・ミュージックは2枚のアルバムを通じて7年間続いたのち、大変調をきたす。変調・乱調こそクロ・ペルガグの真骨頂と人は言うかもしれないし、自分でもそう思っていたかもしれないが、2018年から19年、クロ・ペルガグは心身共に大危機に襲われ、そのデプレッションの大波はなかなか消えてくれない。
このアルバム『7つの苦悩の聖母』は、その長い危機から抜け出した”生還”の報告であり、抜け出すまでのドラマを証言するようなドラマツルギーが採られている。クロ・ペルガグは遠くまで行って(死の淵まで行って)還ってきた。
それを直接的にシンボライズしたのが「7つの苦悩の聖母 Notre-Dame-des-Sept-Douleurs」という実在する地名であった。ブックレットの解説(La genèse = アルバムのインスピレーション→創作過程)によると、クロエ・ペルティエ=ガニャンが生まれ育ったサン・タンヌ・デ・モン(Sainte-Anne-des-Monts ケベック、ガスペジー半島地方)からリヴィエール=ウェル(Rivière-Ouelle)に至る街道の途中、幼いクロエが車中から見た地名表示看板であった。この街道をクロエを乗せた一家の車が通る度に、この地名に恐れ慄き、7つの痛苦の試練に殉じた聖母を想い、心を暗くしていた。
この標識を見るたびに、私は目をそらし、恐怖に震えていた。この名前は私を戦慄させた。私は哀願の声を上がる家々、通りには猫一匹おらず、きしむ音を立てるロッキングチェアーが村を逃げた人々の追想にゆれている、そんな死にゆく村を想像していた。(ブックレット"La genèse"より)
それから幾星霜、大人になり、クロ・ペルガグとなった彼女は、2枚女のアルバムのツアーの後、超過労、出産、破局、死別、発病、籠り... の長〜い暗黒の日々を体験する。それから少しだけ頭が上げられそうになった頃、2019年夏、クロ・ペルガグは長年に渡って恐怖の地とばかり思い描いていたノートル・ダム・デ・セット・ドゥールール(7つの苦悩の聖母)に、生まれて初めて足を踏み入れるのである。こはいかに!それはなんと島であった。彼女は渡し舟に乗り、この細長い島へやってきた。そこは楽園のような村であり、人口わずかに35人、コンビニもガソリンスタンドもないが、木々と花々と灯台があり、木造の家々はさまざまな色で彩られ、料理に出てくる魚の身はバラ色をしている...。この村(島)をゆっくりと横断していくうちに、子供の悪夢は消え、楽園の魅力に心奪われていく...。
これがこのアルバムのテーマであり、地獄からの脱出は、ほんの少し足を伸ばしたところにあった、という魂の記憶である。セラピーの記録としての音楽。12曲のアルバムは言葉のないインストルメンタル曲「ノートル・ダム・デ・セット・ドゥールール(7つの苦悩の聖母)」に始まり、インストルメンタル曲「ノートル・ダム・デ・セット・ドゥールール(7つの苦悩の聖母)II」に終わる。その間に、マドンナ(聖母)たるクロ・ペルガグの"7つの苦悩"ならぬ10曲の受難脱出をものがたるシリアスでまっすぐな楽曲が収められている。クロ・ペルガグ一流のユーモアやギャグは影をひそめている。救いや光は少しずつ見えてくる。サイケデリックでシンフォニックで求道的な音楽なのである。
7曲め「太陽」は自分の分身として死んだ少女(つまり自分)について、ゲーテが「もっと光を」と死んだように、「太陽を」と叫んだ少女を歌っている。
おまえのことはよく覚えているおまえとわたしは声を出さずに語り合ったおまえは眠りに落ちる前に「太陽を!」と叫んだわたしたちは二人とも7歳だった黄色く熱っぽい部屋の中でわたしたちは大きくなることを夢見ていたおまえの両親が泣いているのを見たおまえを窒息させるほど強く抱きしめていたおまえは気を失う前に「太陽を!」と叫んでいたわたしはおまえが目覚めるのを待っていた、おまえに言いたかった....昨夜おまえの夢を見たおまえは果実の中に糖分を探していた写真に映っているようにおまえは長い髪で、それはブロンドだったそれから...おまえは旅立つ前「太陽を!」と叫んでいたおまえは死ぬ前に「太陽を!」と叫んだかい?
分身は太陽を求めて(ランボー的)死に、「わたし」はたぶん今、光に包まれているのだろう。痛みのある祓いの歌のように聞こえる。
私たちは少しだけ難しい顔をして、クロ・ペルガグの生還を祝福しよう。そして数ヶ月後か数年後か、私たちが「コロナ期」を終えて生還を祝うときに、長かった苦難をクロ・ペルガグのこのアルバムで回想することになるかもしれない、そんな気がする。
<<< トラックリスト >>>
1. Notre-Dame-des-Sept-Douleurs
5. A l'ombre des cyprès
6. La fonte
7. Soleil
8. Für Elise
9. Mélamine
10. Où vas-tu quand tu dors ?
11. La maison jaune
12.Notre-Dame-des-Sept-Douleurs II
Klô Pelgag "Notre-Dame-des-Sept-Douleurs"
Secret City Records CD/LP/Digital SCR098
Secret City Records CD/LP/Digital SCR098
フランスでのリリース : 2020年6月26日
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)クロ・ペルガグ『7つの苦悩の聖母』La Genèse (創作のなりたち)
(↓)クロ・ペルガグ『7つの苦悩の聖母』全曲
0 件のコメント:
コメントを投稿