2017年10月3日火曜日

ガバリと寒い海がある

イニアテュス[エ・ポック]
Ignatus [e.pok]

 ニアテュス・ジェローム・ルッソーの6枚目のアルバム。ニコラ・ロッソン(電子音楽)、エルヴェ・ル・ドルロ(ギター)、ジェローム・クレマン(ヴィデオ)との共同作業で2015年から始めた「エ・ポック(e.pok)」と名付けられたプロジェクトの第1回作品(第2回があるとは限らないが)。このプロジェクトはイニアテュスによって「実験音楽とシャンソンとヴィデオアートの境界線上にあるパフォーマンス」と定義されている。高踏ゲージツのように思われようが、恐れることはない。イニアテュスですから。
 この頃のイニアテュスについてちょっと触れておくと、こういう前衛っぽい電子音楽とアーティなヴィデオにどっぷり浸かりながら、2015年10月1日からツイッター上で俳句を1日一句のペースで発表している。どんな俳句かと言うと

La vieille veste de mon père 父の古上着
Je la met 着て感じ入る    
Et je le sens jeune 若返り


L’escalier est si large 幅広階段
C’est pour les chutes 不意の転落
Inespérées 仕組められ


Au marché aux puces ノミの市
Il y a trop de douleurs 物どもの痛み
Dans ces choses あまりあり

l est très sage おとなしき子の
l’enfant à la tablette タブレット画面
l’écran préserve qui ? 誰まもる?

Ce livre m’ennuie 本に倦むも
mais ne pas le terminer 読破せざるは
serait comme un échec 挫折なり

J’ai saisi ma chance  運来たり
et je l’ai attachée pour qu’elle ne s’échappe pas… 逃さず掴めど
Mais elle a changé 運変じ

Courir après l’amour 追う恋は
comme après le métro  メトロに似たり
ou attendre le suivant ? 次を待つ?

La dernière feuille de l’arbre 最後のひと葉
garde la mémoire 輝きし夏
d’un été radieux 留めおき

Croquer dans la pomme 林檎かじり
pour se relier encore un peu 大地と繋がる
au sol 少しだけ

 どうです。なかなか。われわれに親しい東洋短詩の真髄を射当てているような、心象情緒の凝縮かげんがお見事。「飯田橋冬です」(レ・ゾブジェ1991年アルバム『ラ・ノルマリテ La Normalité』9曲め"Watashi wa")の時から、ジェロームは日本風「もののあはれ」を日本語でも表現できていたのだから。若くして竹林の詩人のような渋味ある洞察が、その歌詞にも随所に。それがソロアーチストになってからは、バスター・キートン風な不条理ユーモアの方向に行っちゃって、私と仲間たち(あの当時はYTTという会社がオーベルカンフ通りにあって、ジェロームはしょっちゅう遊びに来ていた)はそれが大好きで、アルバムが発表されるたびに1枚1枚力のかぎりに応援していたのだった。"L'Air est différent(日本語題『異空』)”(1997年)、”Le Physique(日本語題『イニアテュスの身体論』)"(2000年)、"Cœur de bœuf dans un corps de nouille(日本語題『ヤワな体に牛の心』)"(2004年)、"Je remercie le hasard qui(日本語題『ありがたき偶然』)(2009年)、 私は歌詞対訳をしたり、ライナーを書いたり、力いっぱいの布教活動をしていたのだった。力はなかなか及びませんでしたけど。
 2017年9月9日にリリースされた新アルバムは大きなレコード会社とも、大きなプロモーションとも無縁で、CDはFnacやAmazon.frでも流通していない。LA SOUTERRAINE という仏語表現の独立系アーチストたちの流通互助団体がネット販売している(このLA SOUTERRAINEの代表のバンジャマン・カシェラをOVNI「しょっぱい音符」2015年10月15日号でインタビューしている)。だけどこんな流通だから、誰の目にも耳にも入らないのではないか、と心配されたが、なんとテレラマ誌9月18日号が「ffff」で大絶賛したのです。筆者フランソワ・ゴランは「イニアテュスは奇人(original)であり、この男のそばを通りながらいつまでもそっぽを向くわけにはいかない」と、知らない人は緊急に発見せよとけしかけています。私だってこのテレラマ評を読んで、あわててこのCD取り寄せたんです。ジェロームから手製の俳句スティッカー4枚と手書きメッセージ(皮肉と病気見舞い)付きでCDが届いたのが9月末。
 届いたアルバムは既にYouTubeに載っていた[e.pok]のティーザー(↓)

 よりもずっとソフトな前衛で、3次元で聞こえる(らしい。私はいいオーディオ装置を持っていないのでよくわからない)機械音・電子音・サンプル音もユーグ・ル・バルスのような茶目っ気が勝ってる印象が強い。そして何と言っても詞が風通しが良くて、多弁・饒舌を排除したスリムでクラシカルで象徴的なパロール。歌っている曲もあれば、朗読に近い語りの曲もあるが、後者の場合は歌わずとも音律が既に音楽であるような。これは上に例を挙げたような、ここ数年の俳句習作で獲得した詩情なのかもしれません。表現が不条理や笑いではなくなっていて、風情や境地のようなものが枝葉の少ないメタファーで浮かび上がっていくような。例えばこの2曲めの「ベーリング海峡」という歌です。

おまえは狼の平原を横断したあと
最終の村で一晩過ごさなければならない
アザラシのラードを忘れるな
それから村長の土産にウイスキーとたばこも
力を蓄え、たくさん食べるんだ
手を保護することを忘れるな
林の中を通らされることになるぞ
そのあとは振り向いてはいけない

俺はベーリング海峡の向かう側でおまえを待っている
焼けるような氷の端、諦めない感情

俺は小屋の中に身を寄せ、同じような時間を繰り返す
本を読み、料理をし、薪を割る
冬越えの蓄えは十分にある
寒さで俺とおまえの大陸がくっついている限りは

俺はベーリング海峡の向こう側でおまえを待っている
氷の中に俺には見える、俺とおまえの歩みが接するのが

おまえのアラスカ、俺のシベリア
すべては俺たちを対立させ、すべては俺たちを近寄せる
同じ雪、同じ無限
だけど感じ方は違う
白く冷たくまっすぐな1本の道
どの面も凍りついた大地
同じ凝結への不安
同じ暖化への恐怖

俺はベーリング海峡の向こう側でおまえを待っている
急いで、寒くなるから、俺はおまえに告げることがある
 ベーリング海峡はあらゆる点においてボーダー(境界)です。旧大陸( シベリア)と新大陸(アラスカ)、20世紀的には共産主義(ソ連)と資本主義(米国)、昨日と明日(日付変更線)、海洋的には太平洋と北極海を分かつ海峡です。イニアテュスは1984年、24歳の時に弟と二人でシベリア鉄道に乗ってソ連・中国さらに極東・韓国から日本までの長旅を挙行していて、荒涼たるツンドラの雪原の記憶がこのような歌を書かせているのだろうと思います。1987年、米国の女性遠泳選手リン・コックスがベーリング海峡横断に成功した時、「米ソ雪解けの象徴」と祝福されたそうですが、今や深刻な地球温暖化による雪解け&氷解けでこの海峡の幅は拡がり、両大陸を遠ざけているわけです。21世紀的寂寥を思わずにはいられない歌です。
 続く3曲めがこのアルバムで最も俳句的な歌でタイトルもそれ風な「朝を読む(Lire Le Matin)」 というもの。
耳の中で樹液の音、ようやく私の心を鎮める
古い本の森の中、わずかな休息
私の根が育まれる大地の力

朝を読む

この10月の家で、肘掛椅子に座し
私は心地よい、リンゴの木もすぐそばに
そして時は木々の下に横たわる

朝を読む

孤独は何世紀もの崖っぷちの生の数々から成り
ここでは軽やかだ

朝を読む
私たちにちょっとだけ親しい、水墨画や日本庭園や華道の写真集を見るような落ち着いた3分間。こういう音楽を聴いて、やっと、20年かかってやっと、イニアテュスは私が応援していたようなオトボケ系シンガーソングライターではなく、風雅の詩人であったということに気がついたのです。遅くて悪かったけれど、そのために私もイニアテュスも歳とらねばならなかったのです。

<<< トラックリスト >>>
1. Epok
2. Le détroit de Béring
3. Lire le matin
4. Un travail
5. Corps et bien
6. Florida
7. Dans l'eau
8. Oiseau
9. Dans la barbe de dieu

LP/CD Ignatub Ign0013
フランスでのリリース:2017年10月27日(配給 Differ-Ant)

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)「ベーリング海峡」(ヴィデオ:ジェローム・クレマン)


(↓)「エ・ポック」(ヴィデオ/アニメーション:デルフィーヌ・ビュリュス)




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