トニノ・ベナクイスタ『続マラヴィータ』
Tonino Benacquista "Malavita encore"
1年前までHPを11年間運営していたのですが,その本紹介のページにはトニノ・ベナクイスタは常連中の常連でした。新刊が出れば必ず紹介する,という爺のごひいき作家です。1961年生れ,イタリア移民の息子,トニノ・ベナクイスタは学生の頃映画と文学を専攻しますが,途中で投出し,さまざまな職業を転々とします。飲食店関係,ガードマン,私立探偵助手,寝台列車の世話係...これらの体験はのちのちの小説やシナリオ(映画,劇画)に,日常生活者からは見えないダークサイドの驚くべきディテールとして,ベナクイスタ作品の魅力のカギとなっていきます。とにかくこの細部の面白さが,読者を目には見えないけれど実在するワンダーランドへと連れていってくれるわけですね。
『マラヴィータ』は2004年に発表された長編小説で,フランスで23万部を売った大ヒット作でした。FBIに捕われたニューヨーク・マフィアの最高首領のひとり,ジョヴァンニ・マンゾーニが改悛し,家族の保護を条件に,FBIにマフィア組織の重要な情報を少しずつ分け与えていきます。FBIはこの超重要証人がマフィアに暗殺されることを避けるために,マンゾーニ一家をフランスの田舎(ノルマンディー)に移住させ,FBIの隠密護衛をつけ,名を変え,地方社会に順応した新人生を送らせようとします。『マラヴィータ』は,フレッド・ブレイクと名前を変えたジョヴァンニ・マンゾーニとその一家(妻,娘,息子,愛犬マラヴィータ)が,フランス田舎に溶け込んで平和に生きようとして,途中まではうまくいくのですが,やはり黙ってはいられないさまざまな問題が起こってきて,それを穏便な方法で解決することができなくなった場合,やむにやまれずマフィア的方法が出てしまい,最後には大ドンパチをしてしまうという物語でした。
このノルマンディー移住の最初にフレッド(旧ジョヴァンニ)は納屋から出て来たブラザーのタイプライターと運命的な出会いを果たし,それ以来,フレッドは職業を著述家と名乗るようになります。
さて『続マラヴィータ』。時は移り,このノルマンディーでの騒動以来,同じようなトラブルのために何度かフランスの違う田舎に引越し,その度に名前を変えてきた旧マンゾーニ一家は,今は南東フランス,ドーフィネ地方ドローム県マザンクに,ウェイン家と名乗って生きています。フランス移住以来十数年,娘も息子も大きくなり,それぞれ恋もし,生涯の伴侶などという古臭い概念が若い二人にも真剣に迫ってきます。ここにはマフィアとは旧ヨーロッパの道徳観を頑に保持した人たちであるという伏線がありますね。親よりも子たちの方がルーツ固執があるところも。
フレッドは「ラズロ・プライヤー」という筆名で,人名/地名などを巧妙に変えた元ギャングの回想小説という形式で既に2作の小説を発表し,内容よりもその冷血的で残忍な殺しの手口が一部悪漢小説ファンの話題となり,小出版社の出版物にしてはかなり好調な売れ行きで,日本の出版社からも版権取得のオファーが来ているという。ヤクザに受けそうというわけですね。
ところが妻マギー・ウェイン(旧リヴィア・マンゾーニ)も,FBI担当幹部のトム・クイントもフレッドの文才というのを信じていなくて,本はもの珍しさだけで売れているだけだと思っています。つまりフレッドの新人生での職業を軽視しているのです。そしてフレッド自身もある日筆が続かなくなって,つらい枯渇状態に陥ります。だいたい文学などとは全く縁のなかったジョヴァンニ・マンゾーニが,一朝一夕にステファン・キングになることなどできるわけがありませんでした。このスランプ状態のフレッドが,意を決して生まれて初めて文芸作品を読むのです。『続マラヴィータ』の前半部で最も核心的なシーンのひとつです。その本は米文学の最高峰と言っていいハーマン・メルヴィルの『白鯨(モビー・ディック)』です。50男が生まれて初めて読んだ文学に,フレッドは奥の奥まで吸い込まれていくのですが,この時のベナクイスタの筆致の素晴らしいこと。ディズニー・ワールドの中でメルヴィル/モビー・ディックの世界を再訪しているような明晰な平易さと,その前で立ち尽くしてしまう読者(フレッド)のふたつを同時に描写する二元中継の面白さ。元マフィアのフレッドは文学に打ちのめされるのですよ。
妻マギーは,子供たちが大きくなって手がかからなくなったこと,夫が文学ごっこで手がかからなくなったことをよいことに,徐々に家庭に不在がちな,独立した女性の姿に変わっていきます。倦怠期の女性像とも言えます。マギーはポジティヴかつナイーヴにひとつのユートピアを築こうとします。それは自分の貯金を使ってパリに開いたテイクアウトの一品料理屋です。パルメザンチーズを使った茄子のグラタン(melanzane alla parmiggiana),この一品だけが店のメニュー。昼に300皿,夜に300皿。これだけしか作らない。彼女が選んだ最良の茄子とパルメザン・チーズを仕入れ,そこから利益が出るか出ないか程度の良心売価,気心の知れた二人の常勤スタッフと二人の助手で,店は背伸びせずに毎日の600皿を売りさばくだけ。ところがこの茄子グラタンはその美味しさが噂となって,昼前から行列ができるようになります。1年ですっかり町の名物うまいもの屋になり,ユートピアが現実のものとなった頃,向かいにある米国系の世界展開のピザレストラン・チェーンの店が,マギーの商売をあの手この手で妨害します。仕入れ先が買収され,原材料費が暴騰し,困窮したマギーに巨大ピザ企業はマギーの店の売却を迫ります。このあたりはグローバリゼーションがもたらす悪食と,正直と良心の小店舗の優良食材との,まるで勝ち目のない戦いとして描かれます。マギーは夢破れて,夫フレッドのもとに帰るのですが,フレッドは違うように考えたいわけです...。
アメリカという二度と帰れない故国,ピザというイタリア起源の食文化,フレッドの思いは複雑です。そしてマギーはフレッドの文学的スランプに,とんでもないヒントを与えてしまうのです。数々の犯罪の回想はいつかは尽きてしまうもの,回想描写が終わってしまったら,次は今だったら主人公はどうするか,ということを想像すればいいのだ,と。ジョヴァンニ・マンゾーニの現在を想像すればいいのだ,と。十数年前にアメリカから忽然と姿を消してしまったジョヴァンニ・マンゾーニは,こうしてやむにやまれぬ文学的創造欲求と共に,フレッドの中に再び命を燃やすことになるのです...。
大人になった息子ウォーレンの,恋愛/結婚/家庭作り/職人としての仕事...などなどの「夢のカタギ生活」は最終的に成就することなく,すべてを捨てて汽車をいくつも乗り換えてシチリア島パレルモに向かう図も泣かせます。美貌の娘ベルが,優柔不断の恋人を発奮させるべく,FBI作戦のおとりとなって高級エスコートガールに扮して,パリ訪問中の現役マフィアの超大物二人の接待をして,その血に流れるマフィア的貫禄によって二人からまんまと秘密情報を聞き出してしまうところも,これだけで十分に1本の映画が出来てしまいそうな,とても濃いパッセージです。その他,この345ページの本には,濃いエピソードが10ページにひとつぐらいの割でたくさん詰まっています。こんなに詰まってていいのか,という感じです。これだけの材料があれば10冊以上の作品数になってもおかしくないでしょうが,ベナクイスタは惜しみなく大サーヴィスです。
そして,作家ラズロ・プライヤーは3冊目の小説を書き上げるのです。
「俺の大アメリカ小説は今,ここに始まるのだ。そしてその最初の文章は,俺が今この大洋の縁に立ちながら,ことごとの流れについて思いをめぐらす奇妙な省察になるだろう。ワニたちに出くわすと思っていたら,しまいにはサメに出会ってしまった。人生なんてだいたいこんなもんじゃないか。俺にはそれが何を意味するするのかよくわからないが,俺にはそれがまぎれもない真実だと思えるんだ」。(337ページ)ワニが出てくると思っていたらサメに出くわした。小説内小説の最後で,ベナクイスタはこういうこと書くんですよ。ここだけ読んでも何とも思わないでしょうが,この小説がここまで進行した果てに,ぽつりと出て来たこの感慨,爺はこの数行で膝を何度も打ち,天を仰ぎ,ため息をつき,頬がとても熱くなったのでした。私たちが文芸本を読み続けるのは,何冊か何十冊かにひとつ,必ずこういう感動に出会えるからでしょうに。
TONINO BENACQUISTA "MALAVITA ENCORE"
(Editions Gallimard刊。2008年4月17日。345ページ。20ユーロ)
(↓)トニノ・ベナクイスタ『続マラヴィータ』を語る
6 件のコメント:
自分では解せない言語で書かれたすばらしい書物が
世界各地に、いわば無数にある。
そんな当たり前のことを時折あらためて気づかされるたび、えも言えない衝撃を覚えてしまいます。
達者な筆で、しかも中身をかみくだくだけじゃなく、地元に長年住む日本の人としての目線から語ってもらえるカト爺さん(?)のブックレビューは、私らにとって知性のプチ宝石ですね。
エスカさんは、爺を仲介しての「ベナクイスタ・ファン」ですよね。『マラヴィータ』の最後の、米マフィア殺しのエキスパート軍団・対・元マフィア最高幹部+FBI幹部の二人組の最終ドンパチ(イン・ノルマンディー)も、エスカさんから讃辞をいただいたような記憶がある。(違ったかな?)
文学など生まれてこのかた一冊も読んだことがない元マフィアの大ボスが、最初で何度もくじけそうになりながら(外野が"そんなもんDVDで見たらいいんだ、主演はグレゴリー・ペックだよ"などと心ないことを言う)、何ページ読んでも主人公が出てこない、何ページ読んでも物語が始まらない、という苦渋の果てに、ハーマン・メルヴィル『白鯨』の深い世界に巻き込まれ、めまいを起こし、極端な感情移入を繰り返しながら、遂に読破してしまう。それがこの元マフィアに文学創造とは何か、みたいな核心的なところを喝破させてしまって、彼は真正の小説家に変身してしまう、というのがこの新作の最重要のポイントだと思うんですよ。
マフィア、FBI、メルヴィル、この米国的男っぽい世界が、ありえないようなフランスの田舎(ドーフィネ/プロヴァンス)の中に再現出してしまう、というのがベナクイスタの名人芸です。妙あり。
また読んでね。
ベナクイスタの話をしばらく脳内反芻していたら、近所のバーの地下から人骨が出てきたというニュースが!
いまでこそ高級レストランやコンドが立ち並ぶここトライベッカですが、80年代にはこのあたりのレストランってNYイタリアンマフィアの巣窟だったんです。うちなんて映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」に出てくる場所にモロありますし。よって今回も、なにやらその”名残”の仏さんだったようで…。
この界隈がバブルに盛り上がり始めたのも、そもそもはご近所さんのロバート・デ・ニーロがレストランをばんばん作り始めたのがきっかけです。
普段でも役柄のイメージで見られてしまう俳優さんには気の毒ですが、脳内反芻とあいまって、思わずデニーロが出ているベナクイスタ小説の映画バージョンなんてのを夢想しちゃいました。
むむむ...。ジョヴァンニ・マンゾーニ役をロバート・デ・ニーロで映画化する!? 濃い映画になりそうだなあ...。笑えますね。
amazon.comで見たら,ベナクイスタの英訳本,少なくとも3冊はあるようですよ。"Holy smoke","Framed","Someone else"というタイトルが見えました。3番目の"Someone else"が2001年発表の"Quelqu'un d'autre"(初対面の40歳男二人がテニスの試合の賭けで,違う人間に変身してしまうストーリーです)であることがわかりますが,他の2冊は何なのかわからなかったです。"Malavita"の英訳本もひょっとして出るかな?
カストール翁の読書情報が日本語で発信されているものとしては文字通り二重にユニーク(他に例がなく、質が高い)であることを毎回賞賛していますが、今回もそう言わずににいられません。
ベナクイスタの翻訳はベナキスタ名義で『夜を喰らう』が、そして「マラヴィータ」はブナキスタ名義で『隣のマフィア』として出ています。さぁ、みんなで歌おう「マッフィア、マッフィ〜ア、となりのマッフィ〜ア」と茶々を入れたくなるけれども、頑張った邦題だと思う。
かっち。君コメントありがとうございました。
日本訳あるんですね。これから気をつけないといけないですね。あまりネタばれをやってしまうと版権者から訴えられるかもしれません。
次は Boualem Sansalブーアレム・サンサル(アルジェリアの作家です)の『ドイツ人の村 Le village de l'Allemand』を取り上げます。
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