2021年12月27日月曜日

一年の計は元旦にあり(という意味ではない)

Les Irrésistibles
"My Year Is A Day"
レ・ジレジスティーブル「マイ・イヤー・イズ・ア・デイ」


詞トム・アリーナ/曲ウィリアム・シェレール
フランスでのリリース:1968年3月14日


ウィリアム・シェレール(1946 - )の来歴は、仏語版ウィキペディアに記載されたものを読むだけでも、かなり複雑なものがあり、いつかちゃんと紹介しなければと思っている。米軍GIとフランス女性の間に生まれた私生児であること、幼くして母に連れられてアメリカに渡り夢破れて帰仏、11歳でクラシック音楽家を目指し短期間で現代音楽の前衛まで習得してしまうが、ビートルズ音楽に邂逅して....。22歳で作編曲家からポップ音楽アーチストへ、25歳でバルバラ と出会いその強い進言で"歌手へ...。最初の妻との間に二人の子供、離婚後その妻は新興宗教に盲信し子供たちが庇護を求めて...。バイセクシュアル、アルコールとドラッグ(コカイン),,, etc etc 。2021年3月に出版された自伝"WILLIAM par William Sheller"(Equateur刊、193ページ)もあるが、読むべき時が来たら...。
 11歳でベートーヴェンを目指して音楽家を志した少年は、師事した高名な音楽教授(イヴ・マルガ、ガブリエル・フォーレ門下生)からその才能の萌芽を認められたものの、11歳からではスタートが遅過ぎ、この遅れを取り戻して一廉のクラシック音楽家になるには、学校をやめてコンセルヴァトワールに専修するように、と。ピアノ、和声法、作曲法などに加えてマルガ教授はラテン語、哲学、歴史、文学まで少年にみっちり教え込み、さらに「セリエル音楽」の領域まで踏み込んでいくが... 。すべて優秀な成績で習得していくが、ある日ガールフレンドのアパルトマンでビートルズの音楽と遭遇する...というのが前述ウィキペディアの説なのだが、そんな単純なものではないと思うよ。で、クラシック出身の作編曲家としてウィリアム・シェレールはポピュラー音楽の世界に入っていくのだった。
 一方パリの西郊外の保守的で排外的で裕福層だらけの旧城下町サン・クルーにあるアメリカン・カレッジで知り合った4人の在巴アメリカ人子弟で1966年に結成されたロックバンドがあった。名はまだない(とりあえず自分たちでは The Sentriesと名乗っていたようだ)。全員16歳のメリケンベビーフェイスのボンボンだった4人は双子兄弟のスティーヴ・マックメインズ(ベース)とジミー・マックメインズ(ヴォーカル、オルガン、リズムギター)、トム・アリーナ(リードギター)、アンディ・コーネリアス(ドラムス)。何ヶ月もレコードデビューのための曲を探していたが、ついにこれはというメロディーと出会う。作曲者は全く無名のウィリアム・シェレールという男。この曲にギターのトミー・アリーナが詞をつけて出来上がったのが"My year is a day"。

Really wanna change my mind
But I know it takes some time
Thoughts are boucing in my brain
Oh Lord are they gonna change
Seems I lost her years and years ago

I need her so, can I go on sad
I feel so bad, I think I'm had
And my year is a day,
And my year is a day,
My year is a day

日本には「十年一日(じゅうねんいちじつ)という四字熟語があり、長い間全く変化が見られない状態を指すのであるが、この「一年一日」という歌は、恋人を失った苦悩が1日で1年分ほど重いというココロなんですな。わかりやすい英語であり、このわかりやすさが非英語人にもビシビシせまるというのが「ヒットの秘訣」なのであった。
  1968年2月、(1965年開業、当時パリで最先端の録音スタジオだった)ステュディオ・ダヴートで、"サム・クレイトン”ことジャン・クロードリック編曲指揮の大所帯楽団をバックに、この曲とB面"She and I"(詞曲マックメインズ兄弟)は録音された。ルックスで売れるバンドと思われたのだろうが、高級メンズウェアブランド(一時はカルダンの対抗だったらしい)BRILがスポンサーにつき、けったいなデザインの服をバンドに着せ、もう一社スポンサーで英国高級スポーツカーのトライアンフがその新しいロードスターTR5をレコードジャケットとスコピトン(60年代版プロモーションクリップ)に登場させている。

 そしてレコード会社CBSはこのバンドに Les Irrésistibles(レ・ジレジスティーブル、抗しがたい魅力)という難しいフランス語バンド名をつける。ちなみに日本で最も知られているヴァリエテ曲のひとつ、シルヴィー・ヴァルタンの "Irrésistiblement"(あなたのとりこ、イレジスティーブルマン)も同じ1968年のリリースであるが、何のエニシもない。シングル盤の裏ジャケにバンド名の言い訳のように、レ・ジレジスティーブルは米国ロサンゼルスで結成されたバンドであり、"THE BELOVED ONES"が現地でのオリジナルのバンド名であり、レ・ジレジスティーブルはそのフランスデビューのためのフランス語訳バンド名であるかのように書いている。まるっきりウソであるが、ウソだらけの芸能界だから驚かない。↑ちなみに日本CBSソニーからのシングル盤”Lands of Shdow"に記されたバンド名は「ザ・ビラブド・ワンズ」であり、日本側にしてみればこれはアメリカ産のバンドなのだから、売る側にしてみればその方がしっくりくるという話なのだろう。
 そしてシングル盤「マイ・イヤー・イズ・ア・デイ」は1968年3月14日に発売になる。


あ、(と今気づく)、ヴォーカル君(ジミー・マックメインズ)のウール帽は、この記事を書いている時点から2週間前(12月10日)に他界したモンキーズマイク・ネスミス(1942 - 2021)にあやかったものかもしれない。モンキーズ(1965 - 1971)全盛期であったからして。
 時の偶然はこの発売直後に、戦後フランス最大の社会運動「68年5月」をもってくるのである。この全土ゼネストの数週間、大手ラジオは連帯ストで通常番組が流せず、音楽ばかりをぶっ通しで流し続け、その結果桁外れの”68年ヒット曲”をいくつか生むことになる。「パリ朝5時」(ジャック・デュトロン)、「騎兵」(ジュリアン・クレール)、「レイン&ティアーズ」(アフロディティーズ・チャイルド)、「オン・ザ・ロード・アゲイン」(キャンドヒート)、「シンク」(アレサ・フランクリン)、「自転車」(イヴ・モンタン)...
 「敷石の下は砂浜だ」ー 学生街カルティエ・ラタンで投石と道路封鎖用に剥がした舗道の敷石の下は砂だった。バリケードの中はビーチ・パーティーとなり、若者たちは砂の上で愛し合った ー なあんてね、後の世の人たちはロマンティックな作り話で美化するんだけど。この68年的状況の中で、レ・ジレジスティーブル「マイ・イヤーズ・イズ・ア・デイ」は、わかりやすいロマンティック・バラードとして大ヒットするのだった。「僕の1年は1日」ー これをカルティエ・ラタンの壁に落書きしてみよう、りっぱな68年スローガンになるではないか、意味は幾通りにでも解釈され、革命的な1行詩に勘違いもされよう。ー それはどうかわからないが、この曲は68年春から夏にかけてフランスでメガヒット曲となり、国境を越えベネルクス、英国、ドイツ、スペイン、カナダ、イスラエル、南米諸国、米国でもリリースされて、その総売上はなんと2百万枚と言われている。これが後にも先にもレ・ジレスティーブルの唯一のヒット曲であったことは言うまでもない。しかしこの曲は当時すでに(国際的)大スターであったダリダによってフランス語("Dans la ville endormie")とイタリア語("L'aquilone")でカバーされ、これがまたヒットしてしまうのだった。このうちダリダ1968年フランス語ヴァージョンは、2021年の007映画『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(監督キャリー・ジョージ・フクナガ、主演ダニエル・クレイグ)の挿入歌にもなった。まあ、この最後の分の印税収入は別としても、1968年に無名作曲家ウィリアム・シェレールはこの1曲で巨万の富を得てしまう。
 その獲得した大金すべてを、ウィリアム・シェレールはシンフォニック・ロックアルバム『LUX AETERNA(永遠の光)』(1969年録音/1972年2000枚限定リリース)の制作費として注ぎ込むのだが、この話はまた別の記事で詳しく紹介しましょう。

(↓)レ・ジレジスティーブル「マイ・イヤー・イズ・ア・デイ」(1968年)別スコピトン。

2021年12月23日木曜日

食う寝るところに住むところ

William Sheller "Un endroit pour vivre"
ウィリアム・シェレール「生きるための場所」


1981年アルバム"J’suis pas bien"より

ウィリアム・シェレール(1946年生れ現在75歳)は2016年に(長い闘病ののち)ステージ活動からの引退を宣言していて、それ以降は作曲を続けているようだが、新アルバムは発表していない。2020年4月にコロナ禍のさなか急死(死因は肺気腫でコロナではないと発表)したクリストフ(1945 - 2020)と混同する人たちがかなりいて、シェレールもこの世にないと思われている傾向があるが、まだ生きている。クリストフとの共通点は「孤高の音楽家」然としたところで、ちょっとおいそれと短い言葉で語ってはいけないような鬼才である。私はずっと苦手意識があって、一度もこの人のことを公のスペースで書いたことがない。たぶんそれはシェレールの出自であるクラシック音楽の要素が強すぎるという先入観で、音楽の勉強を一切していない私には語れるわけがない要素が多すぎるからだと思う。ま、いつになるかわからないけれど、ちゃんと取り上げなければと思っているアーチストのひとりです、ベルナール・ラヴィリエ、ユベール=フェリックス・ティエフェーヌなどと共に。
 今回なぜ、この曲なのか、と言うと、フランスにいる方たちにはすぐに合点がいくだろうけど、この年末テレビでよくかかっている大手スーパー・チェーンのアンテルマルシェ(Intermarché)の2021年3分間長尺CMフィルムのせいなのである。 食材/食品の種類の豊富さで他店との違いを特徴化する戦略のこのスーパーは"On a tous une raison de mieux manger(誰でもよりおいしく食べたいわけがある)"というキャンペーン・テーマでこの種の3分間長尺CMを既に何本か作っており、2019年バンジャマン・ビオレー歌「セ・マニフィック」を音楽として用いたCM作品は爺ブログのここで紹介している。
 ではまず"Un endroit pour vivre"という曲について。これは1981年に発表されたウィリアム・シェレールの5枚目のアルバム"J'suis pas bien"からシングル盤として切られた "Une chanson noble et sentimentale"のB面曲だった。その後、自作自演歌手シェレール全キャリアを代表する1曲となる"Un homme heureux"の入ったソロ・ピアノ弾き語りライヴアルバム"Sheller en solitaire"(1991年)などほとんどのライヴアルバムで重要レパートリーとして登場し、シェレールの"スタンダード"曲となっていく。

このピアノ弾き語りのバラード曲は、前半のフレーズだけ聞くと、たまたまたどり着いたその場所こそ自分が住むべき場所じゃないか、と単純に思ってしまうのだが、後半になると歌詞は難解になる。はっきり言ってよくわからない。一応訳してみた。

町のどこにでもあるような通りに立っていると想像してごらん

でもきみの町にはない灯りがついている
ひょっとしてそこが住むべき場所なんじゃないか

僕はよく知らないしうまく言えないけれど
そこでたくさんのいいことや悪いことが展開する日々があれば

ひょっとしてそこが住むべき場所なんじゃないか
たぶんそこが住むべき場所なんじゃないか

僕は何もない男だし、家柄もない
自分の道を見つけるまで僕は目隠しされていた
こっちへ来いと言われたことはないし
行きたいところへ行っちまえと言われていた
それで僕は下を向いて大人しく無益にほっつき歩いていた
僕は決して簡単じゃないことをしようとしてるんだ
僕は少しだけきみのために生きてたって言えるようになりたいんだ

ある日一緒に散歩するようにね

そして僕らは気分良くなり、きみを風が包むんだ
そこがたぶん住むべき場所なんじゃないか
一晩中家の外で語り合い
眠る子が安らかな夢を見ている
ひょっとしてそこが住むべき場所なんじゃないか
たぶんそこが住むべき場所なんじゃないか

いつでも僕がもう持っていないものを差し出せるようにならないとだめなのかな
知らず知らずのうちに僕から持ち去られたもの、誰も僕に返してくれなかったもの
僕が空気中に失ってしまったもの、あるいは僕がうまく売り損ねたもの

その果てにすべては遅過ぎたって僕が理解できるような

奇妙な瞬間を見つけられるようにならないとだめなのかな

忘れるためのなにか、僕がそれを信じるすべを持っていないなにか

 

でも自分を振り返るほんのひとときだけでも
あの日僕の声が大きく発せられて

きみ自身に覚えがあるだろうあの言葉で歌うことまでできたんだ

その印象を大事にしていたいんだ

わからないでしょ? まあ私の解釈では友情でも愛情でも男女関係でも男男関係でも(親子関係もありだろうな)複雑なさまざまなことを越えて”きみと僕”が生きてきた場所を信じているということだと思う。最後3行に見えるのは、この場所は”きみ”の言葉が引き金になった「歌の誕生」の場であった、ということ。その印象をずっと大事にしたい、と言うのだから、もう別れなのかもしれない。だから、決してそこが生きるための素敵な場所、という単純な歌でもテーマでもないのだよ。
 ところが、件のアンテルマルシェの長尺CM作品は、この難解部分を全部無視して、全く別のストーリーを展開させる。制作脚本&監督はこれまでの前4作同様カティア・レウコヴィッツで、ムールージ "L'amour l'amour l'amour"(2017年)、前述のバンジャマン・ビオレー「セ・マニフィーク」(2018年)、アンリ・サルヴァドール"J'ai tant rêvé"'(2019年)、テールノワール "Jusqu'à mon dernier souffle"(2020年)に続く大変な力作。まずロケ地がすばらしい。南仏プロヴァンス地方ヴァール県の小さな村トリガンス。ストーリーは村の小学校に3年間勤めた青年教師が、念願だったパリへの転勤が決まり、最後の授業を行い子供たちに別れを告げる。子供たちからも村人たちからも好かれ慕われたこの教師に、子供たちは素っ気なくさようならを言い、一目散でそれぞれの家に帰る。誰もいなくなった学校で教師は身の回りの片付けを始めながらノスタルジックに3年の日々を想う。その一方で、教師に気づかせぬように、子供たちと村人たちはサープライズで鷲ノ巣村の通りを全部つかった大規模な野外お別れ夕食会を準備している...。ここがひょっとして生きるべき場所なのかもしれない、という歌の最初のテーマそのものに、教師は胸打たれ、パリ行きをやめて村にとどまる...。(ここまで説明しなくてもいいか)


これはねえ、困ったことに、この長尺CMフィルムの方が歌を完全に喰ってしまうのですよ。美しい絵なんだから、それはそれでいいと思いますよ。

2021年12月20日月曜日

子供たち、ダンソ、ダンソ


La Talvera "Bolega la camba"
ラ・タルヴェーロ『ボレゴ・ラ・カンボ(片脚を揺らしましょう)』

2021年12月、オクシタニア、タルン県の天空の町コルド・シュル・シエルラ・タルヴェーロから届いた新しいCDは、子供たちのための(オクシタニア)フォークダンス音楽集27曲。というわけでオリジナル新譜ではないが、ラ・タルヴェーロの新録音ということに変わりはない。ダニエル・ロッドーとセリーヌ・リカールが主宰するオクシタニア文化振興団体CORDAE/LA TALVERAは1979年に設立され、音楽と書籍出版とオック語普及活動などで広範囲なオクシタニア文化圏の現在をフランスおよび世界に紹介している。その中でフォークダンスは大きな比重を占めていて、ラ・タルヴェーロという音楽バンドはいわゆる”バレティ(Balèti)"すなわちオクシタニアの大衆バル(ダンスパーティー)での演奏活動をメインとしている。トゥールーズの「ブラジル+オクシタニア」系のバンド、レ・ボンブ・ド・バル(Les Bombes 2 Bal)も踊りのためのバンドであり、ダンスの手ほどきをしながら踊りの輪をどんどん拡大させていく。ラ・タルヴェーロもセリーヌ・リカールがダンス指導しながらステージを進行させていくが、舞台から降りてダンスをリードしてまた舞台に戻ってヴォーカルで歌ったりとたいへんな忙しさだった。今は娘のアエリス・ロッドーと二人になったので少しは楽になったのかな。

 さて今回の新作は子供たちにダンスを覚えてもらおうというもので、ワイン産地として名高いタルン県の町ガイヤック(Gaillac)の観光振興団体TAGとの共同企画となっていて、制作費はTAGが出している。ラ・タルヴェーロとTAGはかれこれ40年にわたるコラボレーション関係で、ガイヤック市内の学校を回ってオクシタニアの音楽やダンスなどの芸能を子供たちに親しんでもらう行事を行ってきた。ブルトン語バスク語コルシカ語など少数言語に風当たりがきつかった頃からの草の根活動の積み重ねで今日のオック語文化リヴァイヴァルはあるが、学校が理解を示してくれて、子供たちに土地の歴史的言語/文化芸能に触れて遊戯感覚で体験してもらうというのはすごくいいこと。子供たちが好きになってくれたら郷土民衆文化はおおいに若返ってくれるだろう。ジジババしか集まらなかった地元のバレティに若い世代や子供たちが喜んで行くようになったら、土地は土地としての息吹を取り戻せる。お立ち会い、これはおおいに政治的な意味があるのだよ。中央メディアから次々に送り込まれるビジネス芸能だけに全国津々浦々が占領されることなく、土地の芸能で自ら心底楽しめ、体を動かして土地の喜怒哀楽をダンスの輪で表現する。民衆がさまざまな土地で大きな輪となって熱狂してダンスに興じている姿、これは中央権力が怖がっているものなのだよ。
 CDブックレットにおおまかな教則対象年齢の目安が曲ごとに書かれていて、フランスの学校制度のC1(幼年 2歳から6歳)、C2(小学低学年 6歳から9歳)、C3(小学高学年 9歳から12歳)でダンスの難易度が異なる。まあ、C1向けというのは、NHK「おかあさんといっしょ」のおゆうぎ並みなのだけど、曲も動物の鳴き声やジャンプの擬態語などを多用したわらべ歌風。C2、C3向けとなると、ロンドやポルカやカドリルなどそれなりにコレグラフィーがついたフォークダンス。曲はオクシタニア・トラッドとダニエル・ロッドーのオリジナルの半々ほどで歌詞はオック語(子供たちが自然に覚えてくれたらいいな)。振付はセリーヌ・リカールとTAGのメンバーがつけていて、インターネット上で公開されているそうだが... あれあれ見つからないぞ、まだ準備できてないのかな?
 (↓)この動画はこのCDとは関係ないのだけど、オクシタニアのわらべ歌"Joan Petit que dansa"を用いてラングドック地方ガール県のフォークグループ Sors Les Mains d'Tes Poches が幼稚園児たちにダンスを教えている図。なんとほほえましい。ラ・タルヴェーロのこのアルバムにはこの歌の別ヴァージョンが入っている。



27曲のフォークダンス曲を演奏するラ・タルヴェーロのメンメンは
ダニエル・ロッドー:ディアトニック・アコーディオン、コルヌミューズ3種、バンジョー、カヴァキーニョ、口琴、パーカッション
アエリス・ロッドー:ヴォーカル、ヴァイオリン、ヴィオラ
セリーヌ・リカール:ヴォーカル、フィフル、フルート、オーボエ、トライアングル
ファブリス・ルージエ:クラリネット、バリトン・サックス
ジャン=ピエール・ヴィヴァン:ドラムス、ザルブ、パーカッション
ズィノ・ムージェブ:バンジョー、カルカブー、デルブーカ、グンブリ
フロリアン・ロッドー:ドラムス、シンセサイザー、サンザ、コンガ
ニコラ・リュモー:ベース

手抜きなしのラ・タルヴェーロそろい踏みで、イマジナティヴなオクシタン・フォーク・サウンドを展開している。牧歌的で中世的でもあるが、ダンスステップのためのカッチリした曲ばかりである。

<<< トラックリスト >>>
1. Bolega la camba (片脚を揺らして)(詞曲ダニエル・ロッドー)
2. Lo pinçon e la lauseta (あとりとひばり)(トラッド)
3. Lobeton (子狼)(トラッド)
4. Lo virolet (ぼんやり者)(詞ロッドー/曲トラッド)
5. Dança dels potons (キスのダンス)(詞ロッドー/曲トラッド)
6. Pimponet (ピンプーネ)(詞ロッドー/曲セリーヌ・リカール)
7. Planta un caul (キャベツを植える)(詞ロッドー/曲トラッド)
8. Tombèt(転んだ)(詞ロッドー/曲トラッド)
9. Ai vist lo lop (狼を見た)(詞曲ロッドー)
10. Bonjorn d'Occitania (オクシタニアからこんにちわ)(詞ロッドー/曲トラッド+アエリス・ロッドー)
11. Dancem la trompusa (だましっこ踊り)(トラッド)
12. L'Autre jorn sus la montanha (ある日山で)(トラッド)
13. Chiborlin (シボルリン)(詞ロッドー/曲トラッド)
14. Faguem la ronda (丸をつくろう)(詞曲ロッドー)
15. Sus mon caval (馬に乗って)(詞曲ロッドー)
16. Lo tustet de joanet (ジャネットのノッカー)(詞ロッドー/曲トラッド)
17. Los dalhaires (草刈り人)(トラッド)
18. I ! I ! I ! Borriquet (ヒンヒンヒン 子ロバ)(トラッド)
19. La grimacièira (グリマシエイラ)(詞ロッドー/曲トラッド)
20. Vira vira lo molin (風車を回せ)(詞曲ロッドー)
21. Pichonet que dança (ちびっこのダンス)(トラッド)
22. Lo Filoset(フィロゼ)(トラッド)
23. Lo tusta pal (手を叩こう)(詞曲ロッドー)
24. La calha (つぐみ)(トラッド)
25. Revira-te (回れ右)(トラッド)
26. La civada(オート麦)(トラッド)
27. Lo galant de la catin (カティの優男)(詞曲ロッドー)

LA TALVERA "BOLEGA LA CAMBA"
CD CORDAE/LA TALVERA TAL23
フランスでのリリース:2021年12月

カストール爺の採点:次作を待とう

 (↓) SOUNDCLOUDに公開されているアルバム"BOLEGA LA CAMBA"の抜粋



(↓)本アルバムとは無関係だが、2021年夏、シルヴァネス修道院(アヴェロン県シルヴァネス)でのラ・タルヴェーロのライヴのダイジェスト動画。

2021年12月18日土曜日

命の問題っていうのは、それがひとつしかないってことさ

OrelSan "Le jour meilleur"
オレルサン「よりよい日」

From album "Civilisation"
2021年のアルバム『シヴィリザシオン』より

2021年12月現在、発売1ヶ月で驚異的な勢いで売れ続けているオレルサン4枚めのアルバム『シヴィリザシオン』から、新しいプロモーションクリップ"Le jour meilleur"が12月16日に公開された。ひところのフレンチ・ラップ/ヒップホップから見ればたいへん異色だったノルマンディー(両親が教師/中流家庭)出身の日本マンガ好きのベビーフェイスラッパー。郊外・人種・階級・暴力といった問題と無縁なわけではなく、それにコミットした曲もあることはあるが、本領の(ラップ的)世相読み・社会観察はずっと個人的な世界で、良くも悪くも散文的でわかりやすい。悪ぶらない ベビーフェイスぶりが評価されているのかもしれない。
 新クリップは、ノルマンディーの浜辺で(バーンアウトで)入水自殺を図ろうとした40男が踏みとどまり、たぶん自身の若い頃の隠れ家だった海辺の小屋を再訪し、そこで若い頃の自分自身(17歳当時の オレルサン映像が編集されて共演する)を再発見する、というシナリオ。若き日の自分自身から生きる勇気を諭されるみたいな。全編で見られるノルマンディー地方の風景(海、ビーチ、漁港、絶壁、ノルマンディー作戦戦場跡とモニュメント、カーンのマレルブ・スタジアム...)が美しい。この青年の郷土愛なのだろう。ゴルフクラブを背中にくくるのは日本マンガ「プロゴルファー猿」からの援用だと思う。
 歌の方は、抑鬱状態にある友人に声かけをする、なかなか簡単ではない友情もの。2行め「命の問題っていうのは、それがひとつしかないってことさ」、このことに尽きる。

おまえがバカなことをしでかす前に、俺に二言三言の戯言を言わせてくれ

命の問題というのは、それがひとつしかないということだ

風邪を治療するみたいには抑鬱は絶対に治すことはできない

だがそれが続く間はおまえは俺に頼っていいんだ、そう自分に言いきかせてくれ

人生にアレルギー反応を起こすと朝は真っ暗だ

すべてがデジャヴの後味がして

夜は死んでいる、みんながおまえを放棄してしまい、月でさえおまえを見放した
だがいくつ越えるかわからない砂丘の先には砂漠の果てがあるかもしれない

すべてはうまくいく、というのは嘘っぱちだ、それはおまえも知ってるだろう

俺にもどう言っていいのかわからなくなることはあるが

いつだっておまえの言うことに耳をかたむけることはできる
すべてが変わるわけじゃない、だがおまえが動けば話は別だ

横断しなければならない砂漠を前にしたら、前に進むしかないんだ

ほかにどうしようもないんだ、前に進むしかないんだ

好転した日が来たら、その時にあの時のことを笑えばいいんだ

より良い日が来たら、より良い日が

より良い日が来たら、その時にあの時のことを笑えばいいんだ

すべての流行歌の歌詞みたいに、あらゆる女たちは去ってしまう

すべてのラップのライムみたいに、ダチたちはみんなおまえを裏切る
時にはおまえは助けが必要で、時にはおまえはひとりの友が必要になる

時にはおまえは憎しみを抱かなければならないし、時には敵だって現れる

実際のところおまえはすべてをコントロールすることはできないし、

そのことを自ら認めなければならない

ほかのすべてのことと同じように、幸せであるためには、

まずその前に幸せになるってことを教わらなければならない
寝る前におまえは明日そうすると自分に言い聞かせて眠るんだ

目が覚めたら明日そうするんだと自分に言い聞かせるんだ、友よ


2021年12月13日月曜日

2021年のアルバム ライト・マイ・ファイア

Juliette Armanet "Brûler le feu"
ジュリエット・アルマネ『火をつけて』

ファーストアルバム2017年『プティ・タミ』の時 33歳、そして4年後のこのセカンドアルバムは37歳という計算になる。この「若くなさ」がとてもいい。ちょっと歳は離れるが、アルマネと同じように今年(夏前)珠玉のセカンドアルバム『Coeur(ハート)』を放ったクララ・ルチアニは29歳。こちらも「若くなさ」が光る百戦錬磨ヴァリエテ・ポップのクリエーターである。北フランス(リール)から出て来たアルマネと、南フランス(マルティーグ)出身のルチアニ、この二人はライヴァルと言うよりはめちゃくちゃな仲良しで、よく連絡を取り合っているそう。二人に共通する「若くなさ」とヴィンテージ(フレンチ)ポップの色濃い影響は、ひょっとして「次どんなのやるのぉ?」なんていう機密事項まで打ち明けあっていたかもしれない。なぜなら、2021年の6月と11月という半年を置いてリリースされた二人のセカンドアルバムのサウンドの目玉はディスコであったのだから。

 クララ・ルチアニ『Coeur(ハート)』(爺ブログでレビューできずにごめんなさい、6月からずっと書きかけのまま放ってあります)は、6月という時期に登場したこともあるが、陽光あふれる昼型ディスコファンク(シックとかクール&ザ・ギャングとか)というおもむき。南の音。それに対してアルマネのそれは太陽少なめ北側欧州の暗めな夜のディスコ、言わばディスコ黎明期のドナ・サマー(舞台はオランダ、ドイツ)を思わせる欧州系歌謡ディスコ(ボニー・Mとか)風。最初の曲「ディスコ最後の日(Le dernier jour du disco)」は、恋の終わりとディスコの終わりがシンクロする驚くほどアホっぽく大胆な歌謡ディスコチューン。

ディスコ最後の日
あなたの体に乗り移って
真っ赤になりたい
ヒナゲシの花のように
ディスコ最後の日
ステレオで聞きたいわ
これ以上美しいものはないって
あなたに言うの


こんなの、ほんと真剣にやってるんですか?と驚きますわね。これが今回のアルマネの大歌謡ヴァリエテスペクタクルのオープニングである。テーマや(クリップの)上辺にあきれずに、サウンドのめちゃくちゃ凝ったエレクトロ・ディスコぶりも聞いてやってほしい。仕掛け人は2000年フレンチタッチ現象の立役者Ed Banger RecordsSébastiAn、Marlon B、Yuksekなど。往時の歌謡ディスコとの歴然とした違い、聞き取れるはず。
2曲めは、アーリーエイティーズなフランス・ギャルのためにミッシェル・ベルジェとヴェロニク・サンソンがタッグを組んで作曲して、ギャルにドナ・サマー風に歌ってみろと注文つけたような曲「なんてことないわ(Qu'importe)」。早くもこのアルバム白眉の一曲。
あなたと私の間のすべてが対立しあってもなんてことないわ
あなたと私の間のすべてが燃え上がってもなんてことないわ
みんながあなたと私を跪かせてもなんてことないわ
私はあなたを絶対に忘れたりしない
それはチョークで黒板に書かれているのよ


テーマはこれも恋の終わり。往年のTV歌謡ショーのような仕掛けたっぷりのクリップ、燃え上がる炎、クサいセリフ、すべて素晴らしい。
 3曲め 「チュ・ム・プレイ(Tu me play)」、これはもちろん "tu me plais(あなた気に入ったわ)"の語呂合わせなのだが、"braaa!"とか "Ah!”とか"Oh!"とか"Ha!”とか感嘆音が引っ張っていくJ-POPノリの曲。この曲あたりから、アルマネのアクロバティックな高音トーンのヴォイスが際立っていくのだが、これは序の口。曲はミッシェル・ベルジェ風と言っておこう。
 4曲め「ブン・ブン・ベイビー(Boum Boum Baby)」は70年代フィラデルフィアサウンド風と言うか、まんまレニー・クラヴィッツ「イット・エイント・オーバー・ティル・イッツ・オーバー」(1991年)の援用のようなイージー&スムーズなソウルもので、アルマネはいよいよ高音ヴォーカル&ファルセットで綱渡り歌唱の領域へ。
 5曲め「そのことしか考えてないの(Je ne pense qu'à ça)」は、ディスコで言えばスローバラード/チークダンスタイムで、寄せては返すリフレイン "je ne pense qu'à ça"は夕陽の波打ち際でのバカヤローにも似た切なさ。泣きの綱渡り高音ヴォーカル。これはクリストフ(1945 - 2020)からの影響、とテレラマが指摘していたが、なるほどだね。ディスコにはこういうのがなくちゃね。 
 6曲め「出来心(Vertigo)」はフィーチャリングでセバスティアン(SébastiAn)がヴォーカル参加。これも誰が聞いてもミッシェル・ベルジェ/フランス・ギャル調の歌謡ヴァリエテ。あたかもギャル(演アルマネ)+ベルジェ(演セバスティアン)が冥界でデュエットしているような。Aメロの特徴があきらかに"Si maman si"(1977年)。リスペクトを感じさせるパクリ。
 7曲め「HB2U」は、仏語英語ごっちゃのバースデイソング。このご時世なので、SNS上で誕生祝いメッセージにくっつけてどんどんシェアされれば、それなりにたいへんな収入になるかもしれない。内容はともかくとして、このゴージャスで繊細なゴスペル・コーラス!おごそかな誕生日気分。もらってうれしいものかもしれない。綱渡り高音ヴォーカルはいよいよ絶好調に。
   8曲め「頬に紅(Le rouge aux joues)」。これも必殺のスローバラード。これは近い将来(アメリカかなやっぱり)ソウル系の超絶歌唱女性シンガーたちにカヴァーされてスタンダード化される度量を持った曲。本人が歌うとちょっと弱いというわけではないけれど、ちょっと歌ウマのヴァージョンを聴きたくなるような。超高音ヴォーカルが危ういがそれがいいのかな。
Baby 私は頬紅をつけてきたわ
私のすべての愛のためのたったひとつの宝石のように
Baby 私は頬紅をつけているの
私のすべての愛への最高の敬意として
私の肌はオンリーユーとハミングしているのよ
地球のすべてが私たちの周りを回っているの
私の炎はあなたの前に跪く
おお Baby 私は頬紅をつけているの

こういう歌詞のリフレインに身にあずけて、ゆっくり回るミラーボールの反射光を受けながら、いつまでも終わってほしくないチークダンスを...。いやあディスコってほんとにいいですね。
 次9曲め(ベルジェ/ギャル調)と10曲め(クリストフ調三連符バラード)、コメント飛ばします。
 10曲め 「命を救え(Sauver ma vie)」、これはヴェロニク・サンソン風なピアノイントロに始まって、ブロンスキー・ビート(ジミー・ソマーヴィル)〜ペット・ショップ・ボーイズ風なシンフォニックなBPMビートに移っていくエモーショナルな曲。これは「命」というテーマだけに、私は80年代のエイズ禍と『120BPM』(2017年)のような映画を想ってしまうよね。
私の命を救って
一滴の涙も流さずに
私の命を救って
見てくれなんて打破って
私の命を救って
武器を捨てて
私の命を救って

リフレイン"Sauver ma vie"の箇所のアルマネのファルセットはジミー・ソマーヴィルを想ってのことに違いないよ。
 そして11曲め、これがびっくりなんですよ。「愛を想像する (Imaginer l'amour)」。ピアノ弾き語りのワルツ曲。
夜とその野性の壮麗さを想像する、あなたの腕につかまりながら
森の中を走ること、そしてあなたの声のリズムで笑うことを想像する
愛を想像する、塔の中にいるあなたと私、真昼の星たちを想像する
私が決して生きることがない人生を想像する、いずれにしてもここにはない
夏を想像する、あなたの首の中にあるかもしれない酔っぱらった光を想像する
もっとたくさん想像する、私が狂気に至るまでもっとはげしく想像する
愛を想像する、塔の中にいるあなたと私、真昼の星たちを想像する
私が決して生きることがない人生を想像する、いずれにしてもここにはない
うううう わううう うううう わううう
うううう うううう うううう わううう
夜あなたの体をとらえる時に立てる音を想像する
時々あなたは囁くけれど、それは死神に挑む腕輪のような音
愛を想像する、それは何度も私を欺いたけれど、私はさらにそれを望む
この生き方が好きだけれど、私は決してそう生きられない、いずれにしてもここではできない
あなたがこの景色の中に私と一緒にいるなんてあなた自身想像したことがない
と私は想像する
さいわいなことに、私の頭は宴へと私を誘うの、夜が明けるまで
愛を想像すること、それは私がまだ呼吸を続けるために残されたたったひとつのこと
この生き方が好きだけれど、私は決してそう生きられない、いずれにしてもここではできない
うううう わううう うううう わううう
うううう うううう うううう わううう


3分10秒めから約30秒続くアウトロの浜辺の波の音、子供たちの声、また波の音...。バルバラ などの先人も歌った愛の寂寥というテーマ。生きるためにどこにもない愛を想像するしかない同志たち、これは10年に一度の愛の寂寥の歌だと思いますよ。おふざけたディスコサウンド遊びのような始まり方をしたこのアルバムが、こんな遠くまで私たちを連れてきてくれました。
 そして最終曲「火を焚け(Brûler le feu)」、アルバムの最後の最後に、最もヴェロニク・サンソン流儀の曲を持ってきたのだけれど、完全に「本家」を凌駕する出来栄えなのでした。どうしてここまでするんですか。2分9秒めに「ふっ」とブレスが入るの。そのあとピアノの右手が高音階部を8分音符単音で昇ったり降りたり、たったこれだけのことが何でこんなに美しいのか。ヴェロさんなどには想像もできないことだと思いますよ。13曲のエレガントな大歌謡スペクタクルの幕。終わったとたんにもう一度聴きたくなること必至。

<<< トラックリスト >>>
1. Le dernier jour du Disco
2. Qu'importe
3. Tu me play
4. Boum Boum Baby
5. Je ne pense qu'à ça
6. Vertigo (feat SébastiAn)
7. HBTU
8. Le rouge aux joues
9. L'Epine
10. J'te l'donne
11. Sauver ma vie
12. Imaginer l'amour
13. Brûler le feu

JULIETTE ARMANET "BRULER LE FEU"
CD/LP/Digital Romance Musique 3871449
フランスでのリリース:2021年11月19日

カストール爺の採点:2021年のアルバム

(↓)[ヴィデオクリップを待ちながら]"BRULER LE FEU"

2021年12月7日火曜日

2021年のアルバム 文明開化の音がする

OrelSan "Civilisation"
オレルサン『シヴィリザシオン』

2021年11月19日にリリースされ、売上およびメディア評ともに(オレルサン)最高の勢いで盛り上がっているアルバム。最も広範囲の支持層を持つラッパー。郊外ではなくノルマンディーの地方都市出身で、両親が教育者の中産階級の出。マニアックな(日本)マンガ好き。ラップの他に映画、テレビ(カナルプリュス局のグランジュと組んだショートコント連作"Bloqués")などでも稀な才能。アルバムは4枚目。年齢は不惑の40歳。しじゅうファック。その20年にわたる活動を、弟のクレマン・コタンタンがずっとヴィデオ撮影して追いかけていて、それをまとめたドキュメンタリー連作”Montre jamais ça à personne(こんなもん誰にも見せんじゃねえ)”(42分 x 6回)が10月16日からAMAZON PRIME VIDEOで公開されている。私はPRIME VIDEOと契約していないし、するつもりもないので観ていないが、予告編(↓)はこんな感じ。


ラップとも中央ミュージックシーンとも無縁のはずだった地方都市(カン)で20年前に始まった4人の野郎ども【 兄オレルサン、スクレッド(コンポーザー/プロデューサー)、グランジュ(相棒ラッパー)、アブラエ(ブラックのジャーマネ、めちゃいいキャラ)】の冒険を信じて撮り続けた弟クレマンの意地が実ったサクセスストーリーなのであろう。勝てば官軍だね。
 さて4枚目アルバム『シヴィリザシオン』は、2022年フランス大統領選挙のキャンペーン合戦が本格化する頃にリリースの時期を持ってきたのは偶然ではない。またこの状況にコミットする言説を含む曲の多い、(いかに本人が否定しようが)おおいに政治的なアルバムである。まずジャケットアートにもおおきく現れる旗であるが、これはオレルサンが築きたい小さなネイション(Nation、国家的共同体)をシンボライズする言わば「国旗」である。まんなかの黒地の白の手裏剣(マニアックな日本マンガファン)がオレルサンのロゴマーク代り、青と赤はフランス革命時の市民軍の色(ちなみにフランス三色旗の白は王政のシンボル)、緑は自然と地方(田舎)を象徴、最後にphotoshopなどに見られる”透明”ゾーン、これは塗り絵式に(国民)各人が自分を象徴する色を塗れ、つまりひとりひとりがこのネイションを構成するシンボルたれ、というメッセージ。ただ、この国旗やマークを使って、オレルサンが2014年に設立したストリート・ファッションの会社AVNIERが、ウェアや小物を大々的にマーチャンダイズ展開している、という商魂。いやだいやだ。
 日本にどの程度までその脅威が伝わっているかわからないが、2022年フランス大統領選挙は極右に翻弄されているのである。安定した勢力のある伝統極右(FN→RN、ル・ペン父娘の流れ)のマリーヌ・ル・ペン候補では勝てない(2017年と同じ轍を踏む)と主張するネオ極右の元テレビ/ラジオ論評者エリック・ゼムールがすさまじい勢いで登場し、コロナ禍で各既存政治勢力が発言控えめになっていた状況に乗じて極端な排外主義/人種差別主義/反イスラム論を展開し、世論調査の支持率で元祖極右RNを凌駕するほどであった。2021年12月、ゼムールは正式に大統領選出馬を表明し、極右の有力候補は2者ということになった。
 オレルサンの新アルバムは『シヴィリザシオン(Civilisation)』と題されたが、この語「シヴィリザシオン」は今や極右のボキャブラリーである。彼らが「文明の危機」を訴える時、それは人類の文明ではなく、古来ヨーロッパにあったとする(キリスト教的倫理道徳観に基づいた)西欧白人文明である。このシヴィリザシオンは狭義であるという但書はない。アプリオリに文明とはこれしかないという考え方である。危機にある文明は(彼らによると)このままでは何年も待たずに起こってしまう「大変換 Grand Remplacement」(歯止めなく流入する非・反キリスト教系移民の増加によって人口的に多数派になり、非・反キリスト勢力が政治的文化的にフランスを制圧する)によって消滅する。ゼムールはこの「大変換論」に基づいて、(文明を守るためにはこれしかない)移民ゼロ政策を提唱する。移民を入国させないだけではなく、現在フランスにいる移民(および移民出身者)のすべてを追放する。「シヴィリザシオン」の敵を撲滅する、という考え方が今フランスですごい勢いで支持を広げているのだ。
 こういうシヴィリザシオン論が蔓延する状況で、誰かが文明ってそういうもんじゃないだろう、あんたたちの専売特許じゃないだろう、人間全部のものだろう、と違う文明のヴィジョンを言わなきゃならない時なのだ。一介のラッパーがそれまでの自分の人生を見据えて、ひとつの文明を考えたのだ。ひとつの文明を持ちたいと思ったのだ。で、唐突にこのアルバムの核心的な結論部とも言える最終曲"Civilisation"を聞いてみよう。
<1番>
俺はどうやって世界を救えるのか知らない
仮に知っていたとしても俺がそれをするかどうかは定かではない
俺がおまえにしてやれることはほとんどない
俺が誰かということを俺が何を知っているかということぐらいは言える
俺は人に第一にしろと言われたことは絶対にしない
多くの嘘は真実よりも早く広まる
俺はそれが何であるのかを考える時間をとらずに幸福というのを追いかけてきた
俺は子供を持とうとしている
俺は後悔以外の何か違うものを欲しがっている
その子が2022年を見るようになったら、その子が泣き出すということを俺は理解するだろう
人はすべては崩壊するだろうと言っている
崩壊は3つの段階で進むだろうと
俺はかつては科学が人間を救ってくれるものを思っていたが
だんだんと進歩というのを信頼しなくなった
俺はなぜそう考えるのかさえわからない
俺は何も知らないんだ、俺は何を知っているのか
GAFA のためのデータだの、そんなものただの数字じゃないか
俺には時々天才的な閃きがあるが、たいがいの時間、俺はアホだ
俺はアルコールを悪いものにする粗悪なアルコールしか知らない
かつて俺は何もわからないということを怖がっていたが
今や何か理解すべきことがあるのかと恐れている
俺たち自身のシステムの罠に陥り、凍結されたセーフガードの中に囚われている
俺は親たちがコリューシュに似ていた土地の生まれだ
俺はノルマンディーの田舎からやってきた
彼らは安物買いが好きで、好きなことといったら
ガラクタみたいなテレビ番組を見ることだけだった
ママンは俺に言った「世に貧乏人がいるのは、学校でよく勉強しなかったからよ」
そいつが悪いんじゃない、その母親も自分の子供たちに同じような戯言を言ったんだ
そいつが悪いんじゃない、その母親も... この悪の連鎖を絶たなければ
この連鎖はタチが悪い、極悪だ、俺ひとりではどうしようもできない
おまえが手伝ってくれなければ

<ブリッジ>
手伝ってくれ(手伝ってくれ、手伝ってくれ)
歩け(歩け、歩け)
俺と一緒に歩け(俺と一緒に歩け、俺と一緒に歩け)
俺に教えてくれ(俺に教えてくれ)
メガ メガ メガ メガ

<2番>
俺ひとりではどうしようもできない、おまえが手伝ってくれなければ、
常に同じ意見じゃないってことに同意しよう
俺がおまえを扱いたいようにおまえも俺を扱ってくれ
善行をせずに成功することは敗北することだ
率直であることを教えてくれ、俺を判断するな、俺がうそを吐きたくなくなるように
俺は言われた「強くなれ、男になれ」と
だが俺の長所は敏感(デリケート)であることなんだって思い出させてくれ
人生に意味がなくなった時、ひとつだけでも意味を与えられるよう助けてくれ
悪い道から俺を遠ざけてくれ
みんな一廉の人物になりたがっている凡百の輩なんだってことを分らせてくれ
俺に平衡の点を見つけさせてくれ、成長ってのは決して止まらない
俺は忠告に従うよりも忠告を与える方が得意だ
いつか人は死ぬが、他の人たちは生き続けるんだ
未来を忘れろ、それはもう過去だ、過去だった未来を忘れろ
俺たちが内部にいたってことは確かなことじゃない
容赦と忍耐を教えてくれ
俺たちの親たちより良くならねばならない
教えを忘れるってことも覚えなければならない
今が売りのチャンスだなんて俺は信じたくない
俺たちは単なる商品価値じゃない
かつて俺はフランスから出ていくことを夢見ていた
だが俺はとどまり、フランスを変えることを良しと思うようになった
古い信条と新しい信条を混ぜ合わせよう、科学に人道主義を混ぜ合わせよう
そうとも、もはや昔とは違う、それを甘んじて受け止めなければならない
それが時代のコンセプトだ
世界は流動している、俺をその流れにのせてくれ、俺の能力を奪ってくれ、誘惑は大きすぎる
俺の無知を取り去ってくれ、
俺はものごとひとつひとつを理解するためにそのひとつひとつに名前をつけなければならない
俺は子供をつくろうと思っているんだ
俺は文明を持とうと思っているんだ
それは俺ひとりではできないんだ
みんなで力を合わせてするしかないんだ

<アウトロ>
すべては変わり、なにものも失われない
俺は自信のあることばかりをしてきたわけじゃない
俺はもっとよくなれるさ、俺はもう後戻りできない
俺はかつてたったひとりだったが、今俺たちは何千人になっている
そして近いうちにおまえたちはみんな忘れる
残念だが俺はおまえたちと別れなければならない
おまえは俺たちはお互い大好きだったんだと言ってくれ
昨日は昨日だったのさ、今日、俺は負債を御破産にするんだ
俺は永遠の若さと引き換えに俺の持っているすべてを差し出したりしない
俺たちはやるべきことをやった、俺たちがかつてやったようにね、だがちゃんとやったんだ
すべては変わり、なにものも失われない、影と光さ

 おわかりかな?オレルサンが作りたがっている子供と文明は等価のものなのですよ。なんだかんださまざまな言い訳を並べても、これはひとりではできないものなのですよ。すべては変わるが、なにものも失われない、これがオレルサンの言う”シヴィリザシオン”であり、外敵と異教によって危機に瀕しているという理由で排除と徹底抗戦を呼びかけるものとは無限の距離があるものですよ。日本語の「文明開化」とは言い得て妙な表現で、文明とは(極右論者が主張するように)閉鎖篭城化するものではなく、”開く”ものである。開かれたシヴィリザシオン、これがわれわれの文明である。すべては変わるが、なにものも失われない。これはマニフェスト的であり、この最終曲を聴き終わった時、これは私にとって「2021年のアルバム」になった。
 
 そしてアルバムの極め付けが8曲目の「ガソリンの匂い(L'Odeur de l'essence)」であり、衝突しあう人々、街頭闘争、機動隊の突撃、環境破壊、狂変する自然、戦争廃墟などの映像のめまぐるしいコラージュで編集されたヴィデオクリップは、これこそが危機に瀕したシヴィリザシオンであり、やつらの言うそれとは規模も次元も違うと言っているように見える。なぜ街は炎上しているのか、なぜ人々は右往左往してぶつかりあっているのか、なぜいたるところで「ガソリンの匂い」がするのか、これをオレルサンは4分にわたってラップし続けるのである。歌詞中 "Génération Z parce que la dernière"(Z世代、Zは最後だから)という一言が出てくるが、これは言うまでもなく、ゼムール(Zemmour)のZのことである。

(見ろ)やつらが妄想しているかつてのフランスの偉大さをギラギラ輝かせるノスタルジー
(見ろ)その信仰が中傷されたと感じた人々を頼みもされないのに激しく煽り立てるという不可解
(見ろ)やつらに外国人たちは自分たちの応接間を占拠しにやってくると説く恐怖(見ろ)みんなをぎゅうぎゅうに押し込んだ場所で生き残るためにやつらにあらゆるリスクを冒させる絶望
(聞け)もはや危険に出会うことなく外出することなどできないと信じさせるパラノイア
(聞け)地球は破滅だもうどうすることもできないと人々を叫ばせるパニック
(聞け)人々を昂らせもはや食べられるものなど何もないと言わせる不信
(聞け)人々を極端思想に転向させる憎悪
火を放て、すべてを燃やし尽くせ
賭けはなされた、われらのリーダーたちみんなが敗北した
彼らは自分たちが創った怪物によって破壊される
信頼は尊厳と同時に死滅した
われらを統治しているものは何か? 恐怖と不安だ
人々は互いに自己破壊を始め、敵になるものを探している
ある者はもうおしまいだと言い、またある者はそれを否認する
億万長者たちは自分たちの出来の悪い子供たちに財産を継がせる
歴史はそれを書いた人のもの
誰も人の言うことは聞かないが、誰もが自分の意見を言う
誰も主張を変えないし、議論は不毛だ
みんなが興奮するからみんな興奮するんだ
極論ばかりで、まともな意見などあったもんじゃない
考える時間などない、数字が支配する暴政
メディアは12歳のガキのツイートを引用する
テレビ論戦に比べたら知識学識など時代遅れだ
みんなが少人数チームのどこかに付いてバトル・ロイヤルだ(見ろよ)
ファッショ馬鹿野郎、ヒステリー馬鹿女(見ろよ)
誰もが反動で、誰もが堂々巡りだ(見ろよ)
ひとりの馬鹿野郎がどこかでなにか悪さをしでかしたとたん
世界全体がそれに敏感に反応するんだ(見ろよ)
加害者はかつての被害者
悪の連鎖循環は決して終わらない
すべては悪く変化して循環するんだ
解決はないのに批判ばかりだ
みんながみんな敏感だ(敏感だ)
すべては敏感だ(敏感だ)
みんな敏感に防御の構えだ(敏感だ)
デリケートな問題、デリケートな人間(敏感だ)
デリケート(敏感だ)、デリケート(敏感だ)
敏感だ(敏感だ)、すべては敏感だ(敏感だ)
みんな敏感に防御の構えだ
デリケートな問題、デリケートな人間(敏感だ敏感だ敏感だ)
みんなはああやって(セックス)するが、俺はこうもやってみたい
ふたつの議論があればそのひとつは必ず不満のことだ
世界の半分が苦しんでいる時に、楽して生きたい話だ
親たちが酒を飲んで、被害を被るのは子供たちだ
交通事故、家庭内暴力
アルコールはいつもその悪の根源にある
これほど病院と裁判所を満杯にするものはない
人はアル中であることの責任を負わない
その悪口を言うことはデリカシーに欠ける
愚者たち(※)を集めて武器を与えること
これを「正義」と呼んだら、悲劇に仰天する
地獄の渦に巻き込まれる
悪によって悪を退治し、メディアはそれに大喜びだ
にわとり、きつね、マムシの登場する三面記事ネタばかり
賛成の者と反対の者、すべては両極端ばかり
愚者たちがエキスパートと呼ばれるようになって以来
バズばかり欲しがる連中は極端なやつらに色目をつかう
愚者たちに囲まれた愚者たちの帝国
愚者たちの人気を取るために愚者たちを演じる
まもなく蒙古帝国のように滅びるだろう
エジプト帝国、ローマ帝国、マヤ帝国、ギリシャのように
再起動しなきゃだめだ、リセットしなければ
だが人は何も信じない、すべてはディープフェイクだ
拒否された未知に立ち向かって
恐怖と憎悪と悲嘆の混じり合い、われらの逆説、われらのジレンマ
腐敗している、俺はシステムの中で生まれた
誰も同じ方向に進もうとしない、誰も自分で方向を決められない
豊かさのかたちはひとつしかない
他人の金を取ること、それは盗みだが、ビジネスの場合は許される
Zジェネレーション、それが最後だからZ
戦争を知らない世代だってことははっきりわかる
老人たちは全員投票する、老人たちは自分たちの未来を選択する
おばあちゃんはマリーヌ(ル・ペン)に投票し、あと3年は生きる
ユーチューバーファシストたち、擬似危険思想家たち
アーチストたちを検閲しまくった結果、残ったのはこれらの者だ
なにひとつ前に進まない、多くの者は過激化してしまう
目標など何もなく、俺はあの時代への懐古趣味に浸ってしまう
他のやつらが既に浸ってしまっていたあの時代への懐古趣味に
そのまた他のやつらが既に浸ってしまっていたあの時代への懐古趣味に
そのまた他のやつらが既に浸ってしまっていたあの時代への懐古趣味に
おおピュタン、子羊どもはカリスマ的なリーダーだけを待望している
感情移入など全くなしに、ヒエラルキーだけで
学校では個人主義だけを教わる
教えてくれるのはどうやって金を手に入れるかだけで
友だちの作り方など教えない
大統領が半数の票を得て当選したということは
フランスの3分の2がそれを望んでいなかったということだ
元老院(セナ)が何をするところかなど知る必要はない
年寄りの金持ちが法律を作るのを見たらわかる
金持ちというのは自分がなってみるまでは誰も好かないものだ
金持ちになったら、金を隠し、失うのが怖くてしかたがない
クソみたいな仕事ばかりだが、やるふりをしなければならない
上司を満足させるためだけにある仕事がどれほどあることか
厳しい評価にさらされ、決まり切った仕事ばかり
だがそれだけで喰うこともできず、過労ですり減る
感情をどうしていいのかわからないが、それを押し隠して
人間関係をどうしていいのかわからなくなって、それを壊してしまい
自分が誰なのかの責任もとれない、だから卑怯者だ
なにひとつ消すことのできない世界で、人は互いに容赦しない
人は互いに軽蔑し合い、一緒に生きることなどできない
誰よりも先に飛行機に乗ろうと押し合って争い
その飛行機はまっさかさまに墜落してしまうというのに



40年間フランスのラップが培ってきた”世相読み”芸の最良の例がここにある。オレルサンはここまで来たが、ここが頂点ではない。12月5日のリベラシオン紙ツイッターによると大統領マクロンがこの「ガソリンの匂い」を高く評価していて、「よく捉えている、これは社会学者のような社会描写だ」とのたもうたそうだ。 テレビTMCのトークショーQuotidienに出演したオレルサンはその大統領発言に関して「彼は俺が立てたバズにちょっとだけあやかろうとしているのかな?」とフェイントをかけておいて、「俺は彼がアルバム全部を聞いたわけではないと思う」と断じた。(↑)の歌詞の一部にこういう箇所がある:

  「われらのリーダーたちみんなが敗北した
   彼らは自分たちが創った怪物によって破壊される」
  「大統領が半数の票を得て当選したということは
   フランスの3分の2がそれを望んでいなかったということだ」

これはマクロンのことだということに気がつかない大統領なのである。


< トラックリスト >
1. SHONEN
2. LA QUETE
3. DU PROPRE
4. BEBEBOA
5. REVE MIEUX
6. SEUL AVEC DU MONDE AUTOUR
7. MANIFESTE
8. L'ODEUR DE L'ESSENCE
9. JOUR MEILLEUR
10. BAISE LE MONDE
11. CASSEURS FLOWTERS INFINITY (feat GRINGE)
12. DERNIER VERRE (feat THE NEPTUNES)
13. ENSEMBLE (feat SKREAD)
14. ATHENA
15. CIVILISATION

ORELSAN "CIVILISATION"
CD/LP/Digital WAGRAM 3406582
フランスでのリリース:2021年11月19日

カストール爺の採点:2021年のアルバム

(↓)オレルサン(+ダムソ、ネクフー)「影と光 Ombre & Lumière」(PNLによるリミックス/クリップ制作)
 

2021年11月30日火曜日

こりにサロメ(チール)

Salomé Leclerc "Mille ouvrages mon coeur"
サロメ・ルクレール『千の手仕事 私の心』


ベコワーズ。フォーク/アコースティック系シンガー・ソングライター。1986年生まれ、これを書いている時点で35歳。これが4枚目のアルバムであるが、2011年のファーストアルバム"Sous les arbres"(フランス/ケベック録音、エミリー・ロワゾーのプロデュース)からすべてフランスで発売/配給されているそう。私は今日まで全く知らずにいた。フォーク系と書いたが、初めてものにした楽器は10歳の時、兄二人と組んだバンドのために始めたドラムスだったそう。しかもオーソドックスなブルース(ハード)ロック系(ZZトップ、AC/DC...)のレパートリーを演奏するバンドだったため、筋力むきだしドラマーとして鍛えられた。これは強いよね。ドラムスできるようになったらどんな楽器でもできるようになるはず。バンドの真ん中にいて、他の楽器を全部聞いてリズムでバンドを引っ張る司令塔だから。現場監督の立場。だからギター、ベース、キーボードなんてちょろいちょろい。
 今からちょうど10年前の2011年にエミリー・ロワゾーとのコラボレーションでできたアルバム"Sous les arbres"の時から、この人のサウンドに特徴的なのは繊細なんだけど"きれい”にしようとしない、耳障りを刺激するなにか粗なものを混ぜて構成されていること。例えばギターのチューニングがちょっとだけ狂っていたり、ちょっと外れるタイミングがあったり。20世紀末以降のきっちりディジタルな整然さにちょっと歯向かっているような。息遣いとか体のエモーショナルな動きに忠実な音楽。わざとらしいローファイではなくて。完全主義を目指さない手仕事主義。でも前述のように何でも楽器ができるようになっちゃって、現場監督的な耳が育っちゃったもんだから、スタジオに入ると全部ひとりでできてしまって、その方が思うような音にできる、という自惚が。で、2018年のサードアルバム "Les choses extérieurs"は本当に誰の力も借りず全部ひとりで録音してしまった。一から十まで。このアルバムはすごく評価が高い(ちゃんと聞かねば)。
 で、2020年から21年、コロナ禍の”籠り”を余儀なくされた時期、サロメは同じように一人籠りで録音していったのだけれど、このコロナ禍で誰もが思った”籠りを突き破って誰かと共有したい”という切望がサロメにも。で助けを求めたのが同じレコード会社Audiogram(ケベックの独立レーベル)のアーチスト、ルイ=ジャン・コルミエ。サロメよりややキャリアの長い同世代歌手/作編曲家/マルチインストルメンタリスト/プロデューサー、フランスではわが最愛のラジオFIPがかなり押していて、アルバムはナントのヨタンカ・レコードが配給している。
 で、ただものではない(かの国のバンジャマン・ビオレーみたいな)コルミエがまずしたのは籠りながらの録音すべてを聞いてやることであり、その結果サロメの多重トラックデモのほとんどすべてを使おうということに。その上でストリングス、ホーン、コルミエの打ち込みなどをほどよく(サロメの"ラフ"さを損なわないほどに)加えていく、という作業。つまり「サロメひとりサウンド + α」のような、”素(そ)”を生かす音環境づくりをコルミエが目指したわけです。歌の世界は(少女期)ノスタルジックだったり、残酷な時の流れだったり、何年たっても消化できない別れだったり...。秋と冬しかない国ケベックならではのモノトーンなメランコリアがさまざまな絵になって、という印象です。

 では、曲を聞いていきましょう。2曲め「バルセロナでのあなたの目(Tes yeux à Barcelone)」

昼が夜でなかったことがあった
まるでそうだったってこと
真夜中になる前に
星を探していたのね
バルセロナ

この日がこの世のものでないように
すべてが響きあっていた
夢を見つけ
すべてを築いたのよ
私たち自身の手で

あなたは何を憶えているの?
あなたの目には何が見えたの?
目を閉じると流れ出す
あそこで撮った私たちの映画
あなたには何が見えるの?
私たちを包んだ風を
もう一度連れてきて

実際に再訪したことなんてなかった
無理もないわね
 
幸福はそれが与えてくれたものすべてを
取り返すことなど
絶対にない

バルセロナでのあなたの目は
木炭デッサンの一筆で描かれたものじゃないって
見えていたのに

一年前
浜辺で
影と影が横たわって延びていった

あなたは何を憶えているの?
あなたの目には何が見えたの?
目を閉じると流れ出す
あそこで撮った私たちの映画
あなたには何が見えるの?
私たちを包んだ風を
もう一度連れてきて

あなたは何を憶えているの?
ねえ、何が見えていたの?


ふるえる声、映像的なサウンドデザイン、断腸のワルツ。凝ったことしてると思いますよ。弦楽四重奏団とチューバ奏者の他は全部サロメの多重録音。

 続いて6曲め「私のためだけのあなた (Juste toi pour moi)」。どんどんよくなる。こういう複雑で交感不能な恋を歌わせたら、このサロメにかなう人いないのではないかな。
私がここにとどまらないのは
私がそう努力しようとしなかったからじゃない
私がここにとどまらないのは
私がどこかに行こうとしているからじゃない
私がどこかに行こうとしているからじゃない

まだあなたを愛しているの
知ってるでしょう、私が今まで手に入れたかったものは
ただひとつ
私のためだけのあなた

私があなたに両腕を開けないのは
私の体が眠っているからじゃない

私はそれ以上のことができないのは
私の心が眠っているからじゃない
ただ過剰なのよ、過剰な努力が要るのよ

まだあなたを愛しているの
知ってるでしょう、私が今まで手に入れたかったものは
ただひとつ
私のためだけのあなた


2分9秒目から約1分半続くアウトロが必殺だよね。アドリブのヴォカリーズも。ケレン・アン・ゼイデルやファイストがこういうの得意だったと思う。厚めの室内楽アンサンブルのようなサウンドデザインは、弦楽四重奏団+管隊(トロンボーン+フレンチホルン+チューバ+クラリネット+フルート)そしてその他の楽器とヴォーカルはすべてサロメ。

 アルバムにはアコースティック・ギターだけだったり、楽器少なめ編曲の曲もあるのだが、私は圧倒的にこの厚め室内楽アンサンブルのようなバッキングの曲が好きです。
 次の曲もそういうサウンドデザインの曲で、シングル化されてたいへん高踏的で難解ドラマティックなヴィデオクリップもつけられた「人生って時々 (La vie parfois)」(7曲め)。
人生って時々投げ出すものね
私がもう一回りできるって思ったら
あなたはまだそこにいるわね

それは日曜日の長い一日みたいなもの
そんなに早く進もうとしても
全然何も変わらない

たいしたものじゃないわ
断片的なイメージばかり
それがあなたと私
あなたが選ぶのよ
これをどうやって終わりにするか?
あなたが私を受け入れるなら
あなたが私を忘れないなら

人生って時々ずっと先を進んでしまう
私があなたと私の間の距離を取り払おうとすると
(時々それは距離を通り越してしまう)

時々すべてがごちゃごちゃに混ざってしまう
(私は時々自問するのよ)
どうやってそこまで行くの?
(どうやって私は最後まで屈服するの?)

たいしたものじゃないわ
断片的なイメージばかり
それがあなたと私
あなたが選ぶのよ
これをどうやって終わりにするか?
あなたが私を受け入れるなら
あなたが私を忘れないなら


これも弦楽四重奏団+フレンチホルン+チューバ、ルイ=ジャン・コルミエの打ち込み、ヴォーカルその他全楽器がサロメというアンサンブル。難しい歌詞をケロっと歌うクロ・ペルガグに通じるシュールな雰囲気だが、病気っぽくはない。ただ"別離”のようなテーマは、こうやって歌ってくれた方がストレートに聴く者を打つ。

 2021年に出会ったアーチストでは一等賞だと思ってます。

<<< トラックリスト >>>
1. Anyway
2. Tes yeux à Barcelone
3. Où on s'est trouvé
4. Avant les éclats
5. Chaque printemps
6. Juste toi pour moi
7. La vie parfois
8. 12 heures plus tard
9. Cinéma
10. Rue Messier
11. Mon coeur à l'endroit
12. Tes voyages

Salomé Leclerc "Mille ouvrages mon coeur"
CD/LP/Digital Audiogram/Yotanka YO123
フランスでのリリース:2021年10月8日

カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)サロメ・ルクレール "Mon coeur à l'endroit"

2021年11月26日金曜日

失われた黒いランボーを求めて

Mohamed Mbougar Sarr "La plus secrète mémoire des hommes"
モアメド・ンブーガール・サール『人々の最も秘められた記憶』

2021年ゴンクール賞

はじめに予言と王あり。予言が言うには地球は王に絶対の権力を与える代わりに老いた人間たちの灰を求めるであろうと。王は予言を受け入れ、王国の老人たちを焼き殺し、遺骸を王宮の周りにばらまくや、たちまちそこに森が生じた。死の森、これを人は非道の迷宮(Labyrinthe de l'inhumain)と呼ぶ。
ー T.C.エリマン『非道の迷宮』

1990年ダカール(セネガル)生まれ、現在31歳のセネガル人作家の4作目で2021年度のゴンクール賞受賞作品。460ページ。壮大な「アフリカ文学」小説である。
 このことは小説の根にある大きな批判的疑問符であるが、一体アフリカ文学とは何か、それはどこにありどうなっているのか、という問題を(アフリカ文学の)「若い書き手」たる作者と作中主人公(これも作家)が問い詰める。それは21世紀の今日、各国・各文化圏で各言語で書かれて成立するものかもしれない。しかしその文学がアートたらんとする時、アカデミズムのフィルターがものを言い出し、(世界的)文学権威がお墨付きを与えるか与えないかという関門がある。それはギリシャ古典や欧州文学の積み重ねでこちこちに固まった文学観であり、その審美眼に応えられるものが文学であるという「正統」論である。この小説に登場する西アフリカ(旧フランス植民地圏およびフランス語圏)の若い作家たちは、そのアカデミックな権威に精一杯の抵抗をしつつも、西洋文学の教養を最低の基礎として勉強してフランス語で作品を発表し、故国よりもフランスの出版社で世に出されることを望み、”フランス文壇”で注目され、例えばル・モンド紙の書評欄で「アフリカ新文学の旗手」などと数行書かれることが、「作家」として創作活動するために避けられない道となっている。これは言い換えればコロニアリスム(植民地主義)なのである。フランスの出版社に認められること、フランスの文芸批評家たちや文学者たちおよぶフランスの読者たちに認められること、これを外しては「アフリカの文学」はそれ自体として成り立たない。斬新に野心的で、因習や封建社会や権力腐敗を糾弾告発したり、性的にスキャンダラスな作品を書くこのアフリカ新文学の旗手たちは、このフランス文壇依存というコロニアリスムに呪縛されている。
 しかし、このコロニアリスムや西洋アカデミスムを凌駕し超越する「アフリカ文学」作品が実在したらしい。この小説の話者でセネガル人の小説家であるディエガン・ファイユは、その噂をダカールでの高校生時代に高校教材の「アフリカ文学概論」で見つけて以来、その虜となってしまい、数十年も入手不可能となっている誰も読んだことのないこの本を追い求め始める。その書とは1938年パリで出版された当時23歳のアフリカ人作家T.C.エリマンの初小説『非道の迷宮(Le Labyrinthe de l'inhumain)』。今日、全く語られることのないこの小説は、前述の「アフリカ文学概論」に記された数行によると出版当時フランス文壇で大反響を巻き起こすが、その後批評家からの攻撃(民話からの剽窃、複数の作品からの盗作)と盗作裁判が起こり、出版社が販売中止、回収、ストックの廃棄のあげく会社は倒産、そして作者の消息も途絶えている。ディエガンはバカロレアを取得し、渡仏してパリで暮らすようになるが、この地でもエリマン著『非道の迷宮』はどこにも見つけることができない。その執拗な探究の成果はわずかに当時の書評の断片などを散発的に発見するのみ。月日は経ち、ディエガンは学業から離れ自ら作家となり、最初の本は2ヶ月でたったの79部しか売れないという"快挙”であったが、運良くル・モンド紙に書評が載り「アフリカ文学の期待の新人」となる。ブックフェアやアフリカ文学のシンポジウムなどにお呼びがかかるようになる。パリには仏語圏アフリカ(セネガル、マリ、コンゴ、カメルーン...)の”流謫”作家たちがいて、一種のゲットーを構成しているのだが、フランスでの出版を経由しなければ作家として認められないし喰えないというのが現実だ。その中で、ちょっと年配(60歳代)で、評価は賛否分かれ、性的スキャンダルや醜聞暴露で訴訟沙汰も何度かある(その度に法廷には弁護士なしで出廷するという武勇伝あり)セネガル出身の女性作家シガ・Dと偶然出会う。強烈な個性を持った傑物女性であり、小説中最も多くの情報を握る人物として、第二の話者のような重要性を持つ。このシガ・DがなんとT.C.エリマン著『非道の迷宮』一冊を所持していた。彼女は惜しげもなくその一冊をディエガンに差し出す。止まらない戦慄とともにディエガンはこの本を何回も読み返す。その驚愕の内容はこの小説では詳らかにされない。とにかくすごい代物なのだ、というオーラのみが強調される。そしてディエガンはこれを共有しようとパリの"ゲットー”アフリカ文学気鋭作家たちを召集し、この不遇の先達の大偉業をわれわれの手で復権しよう、と。ゲットー作家たちは『非道の迷宮』の衝撃におののき、ディエガンに協力を誓うのであるが.... 「エリマンとは誰であったか」を追求する気の遠くなるような仕事は結局ディエガンひとりしかできないのだった。
 エリマンの情報を最も多く持っているシガ・Dとディエマンの関係は、エリマンに取り憑かれたという共通項のある姉弟、あるいは母と子、あるいは性関係で融合する愛人同士のように密なものになっていく。ディエマンはシガ・Dのことを「母なる蜘蛛 araignée-mère」と呼び、エリマンの秘密という幾重にも編まれた蜘蛛の巣の中に囚われもがいているのはディエマンである。


 1938年、エリマン『非道の迷宮』は発表後一部批評家から絶賛され「黒いランボー」とまで称されたのであるが、その直後(アフリカ民話剽窃、複数の現存作品の編集盗作嫌疑を含む)批判・非難の集中攻撃を浴び、訴訟沙汰となり回収・絶版の憂き目を見、出版社は倒産する。人民戦線政府の崩壊から翌1939年の第二次大戦開戦にかけてフランスの論調は右傾化しており、フランス文壇のエリマンつぶしは概ねレイシズムによるものと考えられる。エリマンはこの不当な謗りへの反論の一言もなく、一度も公に姿を現すこともなく、忽然と姿を消す。TC エリマンという作家は実在したのか?本当にアフリカ黒人だったのか?覆面作家ではないのか? ー このミステリーを追っていた女性文芸ジャーナリスト、ブリジット・ボレーム(後年フェミナ賞審査員長という文壇の大御所の地位を得る)は、1948年に件の出版社の共同主宰者だったテレーズ・ジャコブを見つけ出しインタヴューに成功し、そこからエリマンの実像をなぞる「黒いランボーとは誰であったか?」と題する記事を発表している。この記事も全く話題にならず今日どこにも記録が残っていないものだが、シガ・Dは入手でき、文学界の重鎮となったボレーム女史に会いに行っている。

 話は前後するが、セネガル出身の流謫のスキャンダル女流作家シガ・Dはエリマンと同じ血を引く一族の出身である。19世紀(1888年)生まれの盲目の父ウーセイヌー・クーマクがだいぶ高齢になってから生まれた末の娘がシガ・Dであり、母親は出産のあと死んでしまった。母の死を引き受けて生まれた子供というトラウマゆえに父ウーセイヌーとは幼少から対立し反抗して育ち、その恨みはウーセイヌーの最晩年まで続く。その父が自らの死の床にシガ・Dを呼び寄せ、反抗的な娘にその長い生涯の最大の心残りである甥(ということになっている)エリマンのことを包み隠さずすべて語るのである。これだけでミスティックなアフリカがごまんと詰まったものすごい話なのでここでは書けないが、少しだけ。ウーセイヌーは双子で生まれ兄のアッサンとは体型も性格も違い、社交的で豪放な兄に比べて弟は静かで思慮深かった。20歳の時ウーセイヌーは漁に出て舟から転落して一命を取り止めるが視力を失った。アッサンは勉学にフランスに出向き別名をポールと名乗り西欧化したが、ウーセイヌーはイスラムとアフリカ伝統の学問に秀で、秘教も習得してのちに遠方にまで知られる治癒者・祈祷師として敬われる。若き日にこの双子はひとりの女モサンを同時に恋慕するが、モサンは両者を愛しながら形としてはアッサンを選択したことになり、二人は都会で夫婦となりモサンは1914年に妊娠する(後でわかることだが、この胎児は父親がアサンかウーセイヌーかわからない)。第一次大戦勃発。植民地セネガルの宗主国フランスは欧州で戦う兵士を募り、フランス愛に燃えたアッサンは志願し、欧州戦線に出征するが、その不在中の妊婦モサンと生まれて来る子供の世話を弟ウーセイヌーに託す。1915年、生まれた男児はエリマン・マダグと名付けられるが、その”父”アサンは欧州から二度と帰って来ない。”叔父”ウーセイヌーと母モサンに育てられたエリマンは早熟な天才ぶりを見せ、ウーセイヌーから教わる伝統的学問の知識も(おそらく秘教の伝授も)完璧に吸収するだけでなく西洋学問も誰にも負けない。1935年20歳でエリマンはフランスに渡り、大学で学問を研鑽することになっていたが....。ウーセイヌーとモサンあてに定期的に送られていたエリマンの手紙もやがて途絶える。そして1938年小説『非道の迷宮』出版、盗作騒動で蒸発。母モサンは心を病み、来る日も来る日も村の墓地前のマンゴーの木の下に裸体で座りエリマンの帰りを待っている狂女になってしまう...。
 忌み嫌い憎悪していた父ウーセイヌーの死ぬ間際に聞かされた、おそらく40年も歳の離れた”異母兄”かもしれないエリマンの存在。ウーセイヌー、エリマンと運命を分かつことになるであろう私=シガ・D。ウーセイヌーは娘シガ・Dがエリマンと同じように村およびセネガルから出て行ったきり帰ってこない文筆家になることを見抜いている。私=シガ・Dはエリマンの側の人間なのだ。

 この小説において、偶然の出会いはすべて必然である。この出会いの必然の連鎖で小説はさまざまな円環を広げていく。80年代シガ・Dが貧乏学生としてパリで暮らす(アパルトマン賃貸を可能にする)ために保証人になってくれたハイチの女性詩人(外交官の娘)とは第一の親友となるが、ずっと後年になって、1950年代に彼女がまだ学生だった頃父の赴任地ブエノス・アイレス(アルゼンチン)でエリマンと出会い、父親ほどに歳の離れたエリマンと一時的に恋人関係になっていたことを知る。シガ・Dとハイチ詩人は(見えないエリマンの引き寄せによって)出会う運命にあったのだ、と。ではなぜエリマンは50年代末から60年代にかけてアルゼンチンおよび南米諸国をさまよっていたのか?それは人探しのためだった。おそらくその人間を殺すために。
 ずっと上(↑)で少し述べた消えた『非道の迷宮』著者の正体を追う文芸ジャーナリストでのちにフランス文壇の重鎮となるブリジット・ボレームは、訪ねてきたシガ・Dに、1938年当時に『非道の迷宮』を論評した文芸評論家および文学者たち十数人について克明な調査をしていて、この全員がその後1〜2年の間に自殺を遂げているという事実が挙げ、これはエリマンがなんらかの方法で彼らを自殺に導いたのではないか、という推論をほのめかすのである。自分が手を下すのではなく、自殺に誘導する。シガ・Dはそれを否定しない。アフリカの村で治癒師・祈祷師として言わば超自然的に病気を治したり、未来を予知したりすることができた父ウーセイヌーの能力は疑えない。若い日にそのウーセイヌーの教育を受けたエリマンが受け継いだものはあるはずだ。アフリカのミスティシズムはこの小説の大きなファクターでもある。

 エリマンはさまざまなところにいた。"父”アッサンが姿を消した北フランスの第一次大戦古戦場の各地にアッサンの軌跡を探しに。その"父”探しの旅に同行してくれたエリマン第一の理解者(小説家エリマンの発見者でもある)のシャルル・エレンスタイン(テレーズ・ジャコブと共に『非道の迷宮』の出版社の共同経営者)は、ユダヤ人ゆえナチ占領下のパリで捕まり収容所送りとなった。恩人エレンスタインを逮捕しガス室送りにした張本人のナチ将校は、戦後南米に逃亡したが、エリマンは執拗にそれを追跡し、アルゼンチンに数年滞在することになる。またシガ・Dのいた1980年代のパリにもいて、何度か”異母妹”とニアミスしている...。
 2018年、それらのすべての情報をシガ・Dから引き継いだ若きディエマンは、その先の最後の最後まで見届けるために、セネガルに向かうが、その時ダカールはひとりの娘の抗議自殺に端を発した前代未聞の高揚を見せる反政府運動の真っ只中...。

 こんなレジュメでどの程度まで理解してもらえるかどうかわからないが、460ページ、めちゃくちゃにいろいろ詰まった小説なのだ。戦前のフランス文壇コロニアリスムに消されたアフリカ文学の傑作と23歳のアフリカ黒人作家の真相を追っていくと、それは必然のように「今」につながってしまう。先に書いたようにこの小説で偶然はなく、すべて必然なのだ。エリマンは103歳まで生きて、廻り廻ってセネガルにたどり着いたディエマンと出会うことなく、その直前に死んでいる。”父”ウーセイヌーから継承したかもしれないエリマンの予知能力は、その若者がここに来ることを知っていた。予知する者、見る者、それはランボーの「見者 voyant」と同じだ。しかしこの黒いランボーは、ランボーのように筆を折らずに、何十年もの彷徨のうちに作品、すなわち『非道の迷宮』の続編を準備していたのだ。それを受け取り、受け止めたディエマンはどうするのか、というエンディング。

 書くこととは何か、読むこととは何か。T.C.エリマンの『非道の迷宮』は紛れもない例外的な傑作であろうが、それは悪く読まれることによって抹殺されたのだ。エリマンは悪く読んだ者たちに復讐を企てるほどの激情の書き手であったのか。復讐者エリマンはこの復讐が終われば、再び書くことが始められると思っていたのか。終わりのない彷徨が孤独な書き手に何をもたらしたのか。今やその最後の手稿はディエマンの手にあり、ディエマンはそこからどう動くべきか。これがエリマン探しの旅の果てだ。
 書くこととは何か、アフリカ人作家にとって書くこととは何か、その問いにはこのエリマン探しの旅に同行した幾人かのアフリカ人作家たちのそれぞれの答えがある。コンゴ内戦のさなか少年の日に家の井戸の中に隠れて、両親が反乱兵士に陰惨を極める拷問の末に殺されるのを息を潜めて聞いていた亡命作家ムジンブワ(おそらくディエマンの最良の理解者であろう)は、この井戸の中にいる自分が作家の原点であり、井戸の中に聞こえてきたことを書いていくことが俺の作家としての役目だと言う。
 19世紀アフリカからヨーロッパの二つの大戦、アフリカ諸国の独立、南米の軍政化など世界史の動きを背景に展開する大河小説の趣きもある。この小説の最終部は2018年的現在のセネガル(ダカール)の巨大民衆デモの中で、ディエマンと(報道特派リポーター)アイーダとの激しい恋の終焉というドラマチックなカタストロフも。エルネスト・サバトヴィトルド・ゴンブロヴィッチもT.C.エリマンのブエノスアイレス滞在時代の文芸サロン友人として"ゲスト出演"。いくつか登場する証言資料をロラン・バルト用語の"Biographème"(ビオグラフェーム、日本語では”伝記素”というよくわからない訳語がついている)と見出しをつけるなど、その種の知的刺激あそびもちらほら。そしてディエマンのイヤフォンにはいつもシューペル・ジャモノ・ド・ダカール
 最も秘められ、最も呪われたアフリカ人作家、黒いランボーたるT.C.エリマンの実像を追跡して、それが少しずつ見えてくる時の読者のわくわく感、これはこの盛り沢山の長編小説が持ち合わせてしまった"エンターテインメント性”である。よく構成されている、という読後感も、このエンターテインメント性によるものであろう。このエンターテインメント性が過ぎると文学は必ずや壊れてしまう。私はこの小説はそのリミットを超えていないと思いたいが、困ったことにかなり面白いのだ。

Mohamed Mbougar Sarr "La plus secrète mémoire des hommes"
Philippe Rey+Jimsaan共同出版 2021年8月刊 460ページ  22ユーロ


カストール爺の採点:★★★☆☆

(↓)ゴンクール賞受賞後のネットメディアBRUTのインタヴューに答えるモアメド・ンブーガール・サール(聞き手:オーギュスタン・トラプナール)
あなたはどこから来たのか、という問いに「私は文学という領土からやってきた」と答える。すばらしい。