バルバラ・カルロッティ『マニェティック』
エルヴェ・ブーリ(文)+エルヴェ・タンクレル(画)の『フレンチ・ポップ小事典(Le Prtit Livre FRENCH POP)』(Dargaud刊、2018年11月)の2018年ディスクおよび同著結論部の1枚として紹介された文を以下に訳します。
本書の結論として選ばれたこのディスクはひとつの象徴である。60年にわたるポップ・フランセーズの歴史全体(おそらく例外があるとすればJUL)の総括である。いかにも、バルバラ・カルロッティは"これらすべてを整理すること(註:原文=A canaliser tout ça)" に成功したのだ。 彼女の「夢の研究室」にインスパイアされた、よく練られ、時代を超越したアルバムは、最終曲の7分に及ぶきわめてコズミックなサイケ・ジャズに到達して終わる。しかしやんぬるかなこのアルバムを制作しようというレコード会社はどこにもなく、クラウドファンディングによる資金集めが必要とされた。今日のフランスで音楽を制作するということは、悪夢に転じる可能性もあるということだ。ポップ・フランセーズ60年のエッセンスがすべて詰まったアルバムという破格の評価です。註でつけた "Canaliser tout ça これらすべてを整理する"という言葉は、1曲め "Voir les étoiles tomer"(星々が落ちるのを見る)のアウトロで語られるセリフの一部です。(↓このクリップでは登場しません)
I try, I cry, I'm in, I dieこのなんでもいっぱいありすぎる当年44歳の女性アーチストは、2005年にベルトラン・ビュルガラのバックアップでデビューして以来、今日まで5枚のアルバムを発表しています。ビュルガラのみならず、カトリーヌ、ドミニク・ア、オリヴィエ・リヴォー(レ・ゾブジェ、ヌーヴェル・ヴァーグ)など90年代00年代のポップ・フランセーズのど真ん中の制作現場におり、フランソワーズ・アルディやブリジット・フォンテーヌをカヴァーし、独立系の映画の音楽を担当し、象徴詩人ボードレールを取り上げたアルバムでテレラマなどインテリ硬派に高く評価され、国営の一般向けラジオでありながらインテリ臭ぷんぷんのフランス・アンテールで毎日1時間の定時番組を持ったり...。温く厚みのあるうっとりヴォーカルの強み、ジャズにもコンテンポラリーにも対応するマルチなパフォーマンス。安心できる姐御肌の安定したアーチストのように見えましたが、このアルバムは自らギリギリのところでやっているのよ、というポーズがあります。
J'ai trop de feu, trop de violence, trop d'énergie
私には多すぎる火、多すぎる暴力、多すぎるエネルギー
Trop de désir, trop de peur
多すぎる欲望、多すぎる恐怖
Trop de mouvements contraires, trop d'agitation
多すぎる相反する運動、多すぎる激動があって
Et j'ai l'impression que si j'arrive pas
私はもしもこれらを全部整理することが
A canaliser tout ça
できなかったら
Si j'arrive pas à trouver le point d'équilibre
もしもバランスの中心点が見つけられなかったら
Je vais me consumer d'un coup
私は即座に破裂して
Mon coeur va lâcher...
心臓が止まってしまうと思うの
テーマは夢です。少女の頃から、夜中に目が覚めたら、その直前の夢をノートに書き留めるという習慣があったそうで、良夢も悪夢もそうやって記録として保存していたら、ある種の"夢研究室"または"夢アトリエ”のようなものが出来てしまった。だいたい夢には辻褄や整合性や論理性や倫理性もないものでして。怖いものが、なぜ怖いのかもわからない。20世紀初頭のシュールレアリストたちのように、夢をあるがままに記述しようとすると、やっぱりとんでもないものになってしまうのではないか。バルバラ・カルロッティはブルターニュのとある村に1ヶ月篭って、その夢実験を音楽化しようとしたわけですね。と言ってもそれはポップな音楽の範疇の話でして、とんでもない方向に行ってしまいそうなものをポップなバランス感覚で "canaliser"(カナリゼ。管に通して流す。整理する)のです。曲はシクスティーズ風、セヴンティーズ風、ニューウェイヴテクノポップ風 、サイケデリック風... いろいろポップのあの手この手を用いて、夢の混沌にまとまりをつけようとするのです。夢ですからとんでもないエロっぽいものまであるのですが、カルロッティのバランス感覚はその絵図をヒョイっと、ホワンっと、レレレっと...。これはポップなアートじゃないですかね。
そして夢と狂気の抗えない関係について。あなただって「こんな夢見るなんて私狂ってしまったんじゃないかしら」と思ったことがありましょう。この夢からの狂気の呼び声を、カルロッティはラジオ放送のように表現します → 「メンタル・ラジオ、センチメンタル」(↓クリップにはフィリップ・カトリーヌが出演)
黄昏どき、私のメンタル・ラジオは音とイメージが一致しない
私には声が聞こえる
知ってる?あなたは私にしたいことをしていいのよ
私には誰にも見えないことが見えるのよ
私は他の人が知らないことを知っているのよ
私は狂っていないわよ、もし私が狂ってるとしたら
私はあなたに狂っているのよ メンタル・ラジオ、センチメンタル
私は狂っていないわよ、もし私が狂ってるとしたら
私はあなたに狂っているのよ メンタル・ラジオ、センチメンタル
夜、私のクリスタルな陶酔のどまん中で
音とイメージは声を共有するの
私は知っている、私には感じる、 私には見える
知ってる?あなたは私にしたいことをしていいのよ
私には誰にも見えないことが見えるのよ
私は他の人が知らないことを知っているのよ
私は宇宙の運命がわかる
すべての天の成り立ちが
存在と存在をつなぐ原因が
私たちをかきたてるすべての炎が
私は見えない電波を受け取れるのよ
でも心配しないで、私は沈黙することも知っているから
そしてあなたは私にしたいことをしていいのよ
私は他の人が知らないことを知っているのよ
私は狂っていないわよ、もし私が狂ってるとしたら
私はあなたに狂っているのよ メンタル・ラジオ、センチメンタル
私は狂っていないわよ、もし私が狂ってるとしたら
私はあなたに狂っているのよ メンタル・ラジオ、センチメンタル
嘘も快楽も天との交信もすべて夢の中。夢もうつつ、うつつも夢。ドリームズ・カム・トゥルー。狂気の側に落ちそうで落ちない、ボーダーラインのポップ・ミュージック12トラック。2018年最良のポップ・フランセーズなり。
<<< トラックリスト >>>
1. Voir les étoiles tomber
2. Radio mentale sentimentale
3. Le mensonge
4. Tout ce que tu touches (feat. Bertrand Burgalat)
5. Vampyr
6. Plaisir ou agonie ?
7. Phénomène composite
8. Paradise beach
9. La beauté du geste
10. Tu peux dormir
11. Bonheurs hybrides
12. Magnétique
BARBARA CARLOTTI "MAGNETIQUE"
CD La Maison des rêves 9029567774
フランスでのリリース:2018年4月
カストール爺の採点:★★★★★
(↓)私にはアルバム最高の曲と思える "Plaisir ou Agonie ?" 6分15秒。
(↓)バルバラ・カルロッティ+ジュリエット・アルマネ "J'ai encore rêvé d'elle"(1975年イレテ・チュヌ・フォワのカヴァー)
1 件のコメント:
今日、久しぶりに職場に行って同業の同僚とオリンピックのセレモニー見た? とか話してて、ザオさん良いよねと言ったら、バルバラ・カルロッティみたいだと思ったと言われて、そう来るかと思い、この投稿を思い出しました
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