2018年10月24日水曜日

艱難シンクロ

『ル・グラン・バン』
"Le Grand Bain"

2018年フランス映画
監督:ジル・ルルーシュ
主演:マチュー・アマルリック、ギヨーム・カネ、ヴィルジニー・エフィラ、レイラ・ベクティ、ジャン=ユーグ・アングラード、ブノワ・プールヴォールド、フィリップ・カトリーヌ...
フランス公開:2018年10月24日

 ランスで公営プールに行くと、だいたい大小のプールがあって、子供や高齢者や泳げない人らが水浴び・水遊び・水中リハビリなどをしているのが小さく浅い方で、「プチ・バン(Petit Bain)」と呼ばれている。それに対して泳げる人たち専用の大きくて深い方のプールを「グラン・バン(Grand Bain)」と言います。グラン・バンはお遊びではないので、競泳の練習に使われたりするので、ちんたら平泳ぎで泳ぐ不届き者たちは「あんたらはこっちじゃない!」と怒られるのです。この映画はそんな地方(雪山が近い小さな地方都市)の公営プールが舞台で、日中の一般利用が終わったあと夜には競泳やウォーターポロなどのクラブが時間分割でグラン・バンを使って練習するようになっている。しかし、この町には一風変わった「男子シンクロナイズド・スイミング」(通称シンクロ。これは2017年からアーティスティック・スイミングと競技名が変わったそう。とりあえずここではシンクロ。映画の中でも Synchro サンクロと言っている)というのがある。一般的認識からすればこれは女子の競技であった。だから男子シンクロへの世間様のジェンダー的偏見はこの映画でもやや強調されている。そこがこの映画が「フランス版フル・モンティ」と評されるゆえんであるのだが、それはそれ。 
この男子シンクロ部に集まってくるのは、揃いも揃って中年ルーザーたちばかり。この辺も90年代英国の破綻地方都市の失業者たちが主役の「フル・モンティ」と通底するもの。抗うつ薬を朝食に混ぜて飲む2年間失業者ベルトラン(演マチュー・アマルリック)、鉄工所工場長ながら極端な短気ゆえ家庭も老いて施設にいる母親との関係も壊してしまうローラン(演ギヨーム・カネ)、経営能力ゼロで既に4つも会社を潰して今の会社も倒産寸前の中小企業主マルキュス(演ブノワ・プールヴォールド)、社会順応性が乏しくイジメられやすくも心優しい公営プール従業員ティエリー(演フィリップ・カトリーヌ。隣のテーブルの集団の冗談を聞いて大声で笑いながら一人で昼食を取る、という寂寥ギャグが素晴らしい)、それらどのパーソナルストーリーも珠玉の21世紀型残酷コメディーであるが、ひときわ私の胸を打つのがジャン=ユーグ・アングラード演じる長髪の没落ミュージシャンにして昼は学校給食給仕係のシモン。十代のひとり娘がいるが、その母親には縁を切られ、ひとりキャンピング・カー(兼ホームスタジオ)で暮らす住所不定人。自主制作で何枚もアルバムを制作するが、箸にも棒にもかからず、ステージと言えば養老ホームか田舎のバル(20世紀前半的意味のダンスホール)、それでもいつかは世界的ロックアーチストになるという途方もない夢をどうしても捨てられない。ここがひとり娘にとって父と和解できない最大の理由であり、「パパは絶対にデヴィッド・ボウイになれっこないのよ」と諭すのだが...。このオールドファッションドな夢みるロック中年は、ある種ジョニー・アリデイ追っかけ中高年たちと似た、自分の音楽の「正しさ」神話にしがみついている。ストーリーの後半になるが、世界選手権にチームが使用する演技のバック音楽を検討し始めた時、シモンはここぞ自分の出番が来たと、嬉々として(みんながあっと驚くはずの)オリジナル曲を作り、自信満々にその録音したものをチームに披露するのだが...。
 コーチは元シンクロ・デュオでさまざまな優勝経験のあるデルフィーヌ(演ヴィルジニー・エフィラ)とアマンダ(レイラ・ベクティ)。この二人は世界の舞台で活躍できるはずだったが、アマンダが事故で下半身不随になり、デルフィーヌはそのショックでアル中になった。以後二人は疎遠になっていたのだが、このダメ男たちの世界選手権出場という目標で和解し、友情を取り戻すという筋もある。二人のコーチ法は対照的で、デルフィーヌはシンクロの女性的エステティスムを教え込もうとする一方、アマンダはスパルタ鬼コーチであり時に暴力的ですらある。天使と悪魔(アンジュとデモン)なのである。
 さて話は前後するが、ちんたらと中年ダメ男たちのストレス解消の水中お遊戯にすぎなかったこの男子シンクロは、ある日ティエリーがインターネット検索で、既に世界に男子シンクロチームが多く存在し、さらにその世界選手権大会が開催されることになっていると知った時点で、映画は急激にテンポが良くなる。この世界選手権に参加申し込みをし、そのチーム名を「フランス代表チーム Equipe de France」と勝手に名乗ってしまうのである。フランスには他に男子シンクロのチームなどないのだから。ここから、あのフットボール世界チャンピオンのレ・ブルーと同じ誇り高さで、この中年ダメ男たちは世界選手権に向けた猛練習を始めるのであるが...。
 ダメ男たちの変身/再生、これが映画の進行とパラレルに展開されるわけだが、冗談のように始めたこの挑戦が、やっていくうちにだんだん、ひょっとしたらできるのではないか、という自信や、辛く苦しい体験を共にすることによって日に日に強くなっていくチームの連帯、というこの種の映画の"美談”ぽさがどんどん表面に出てくるんだな。けっ。
 そして、シモンのキャンピングカーに全員乗り込んで、ノルウェーで開催される男子シンクロ世界選手権大会へと向かうのでありました...。

 この映画は2017年に制作されて、2018年5月のカンヌ映画祭に出品されたもの。だから2018年7月のフットボールW杯のフランスの優勝は知らずに作られたものだが、10月現在もなおレ・ブルー優勝の余韻はフランスに残っていて、その熱はこの「フランスチームが世界チャンピオンになる映画」におおいに味方するだろうし、この映画は大ヒット間違いないだろう。「勝つ」という大団円に向かうシナリオの映画は安直だと思う。しかし「勝つ」という幸福を覚えた人民はこういう映画に本当に弱いはず。そういう意味で、2018年的ツボを見事に当てた映画と言えるでしょう。だって、みんなハッピーになりたいんだから。それを助長するように、シンクロと切っても切り離せない「音楽」がこの映画ではエイティーズものオンパレードで、オリヴィア・ニュートン・ジョン「フィジカル」や、世界選手権でのフランスチームの演技バック音楽で使われるフィル・コリンズ&フィリップ・ベイリー「イージー・ラヴァー」(ダリル・スチューマーのギター・ソロのところ、シンクロ演技では仲間たちに水上にリフトされたジャン=ユーグ・アングラードが迫真のエアー・ギターを延々と)など、中高年泣かせのサウンドトラック。今季最高のフランス産コメディーと言っておきましょう。少しはこんな映画観て幸せになりましょうよ。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓) 『ル・グラン・バン』予告編

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