『風の息子たち』
2012年フランス映画(ドキュメンタリー)
監督:ブルーノ・ル・ジャン
出演:ニニン・ガルシア、チャヴォロ・シュミット、アンジェロ・ドバール、モレノ
フランス公開:2012年10月
DVD発売:2013年8月26日
7月8月、フランスの高速道路上では、多くのキャンピングカーが移動して行くさまを見ることができるのですが、この人たちは「ヴァカンシエ(vacanciers)」と呼ばれる一般市民のヴァカンス旅行者たちです。彼らは「キャンピング(camping)」と呼ばれる水・電気・衛生施設・遊戯施設などの設備の整った有料のキャンプ場に停まり、快適なヴァカンスを過ごします。ところが、その同じ時期の7月と8月、私たちはテレビの報道番組で「ロマの不法キャンプの強制立ち退き」や「不法滞在ロマの集団検挙」のようなニュースを見ることになります。一方の市民たちには許される「旅」が、これらの人々には許されない。
第二次大戦時にナチスによってユダヤ人と同性愛者と同じように強制収容〜ガス室送りの対象とされていたロマの人々を、戦後になって保護するためのさまざまな法律が作られ、フランスでも人口3万人以上の地方公共団体に水道と電気の設備のある野営キャンプ地の確保が義務づけられています。しかしその法律があっても、市町村はなかなかそのキャンプ地の設置や確保に積極的ではなく、市民団体がその設置に反対行動を起こすところもあります。定住住民たちとのトラブルは、(何十年たっても何百年たっても同じ偏見で)「治安上」と「衛生上」の問題に集中します。
2013年7月、西フランス、メーヌ・エ・ロワール県ショレ市の市長にして国会議員のジル・ブールドゥーレックスなる男が、「ヒトラーは十分な数のロマを殺さなかった」と発言、たいへんなスキャンダルとなり、同議員は「人道に対する犯罪への賛美」の廉で訴追され、所属党(中道派UDI)を除名されました。 日本の人たちにはなかなか理解してもらえないので、強調して言いますが、これは「言論の自由」の範疇ではないのです。フランスでは人種差別や人種憎悪を表現したり唆したりすることは法律で禁止されていて、立件すれば罰金刑・禁固刑に処されるのです。こういう法律は必要なのです。なぜ日本にこれに相当する法律がないのか不思議でなりません。
イントロがちょっと固くなりました。このドキュメンタリー映画は、それぞれ特色のあるマヌーシュ・ギターのマエストロ4人、ニニン・ガルシア、チャヴォロ・シュミット、アンジェロ・ドバール、(リュシアン・)モレノのそれぞれの道程をブルーノ・ル・ジャン監督が8年間に渡って追い続けて撮影されたものです。2012年に劇場公開され(私は見逃しました)、このDVDジャケに貼られたスティッカーによるといろいろなドキュメンタリー映画祭で賞を取ったようです。で、1年後にめでたくもフレモオ&アソシエ社からDVD化です。フレモオ社のありがたいところは同社のDVDはすべてNTSC方式なので、日本でそのまま(パソコンじゃなくてもDVDプレイヤーで)見ることができるのです。
マヌーシュ・ギターの開祖は言うまでもなくジャンゴ・レナール(1910-1953。日本ではどうしてもジャンゴ・ラインハルトというカタカナ表記になりますね)です。 その死後60年になる今日、ジャンゴの後継者たちは継承だけではなく、さまざまな新傾向を融合させて、マヌーシュ・ギターをますますメジャーなアートに成長させて、世界にファン層を拡大させています。毎年6月にはジャンゴ終生の地サモワ・シュル・セーヌで世界屈指のギター祭り「ジャンゴ・フェスティヴァル」が開かれますが、この映画にもそのシーンが登場します。この4人は今日のジャズ・マヌーシュを代表するギタリストであることに違いないのですが、米国の一流ジャズミュージシャンのような「大ホール」「派手な世界ツアー」「メジャーレーベルでの豪華録音」などとはあまり縁がありません。長年のキャラバン生活から足を洗ってパリのアパルトマンに定住してしまったリュシアン・モレノを例外として、3人はずっと家族とキャラバン移動の生活様式を続けています。アンジェロ・ドバールがその野営地に着くまでの運転中に「こんな自然の中で暮らす以上の幸せがあるものか」と語ります。この映画でだんだんわかってくるのは、彼らはさまざまな(社会的な)やっかい事があっても、移動生活を愛してやまないし、音楽は空気のように必要なものだし、彼らは「職業」として音楽を奏でるのではなく、彼らにとっては旅と音楽がそのまま「生きること」であるということです。うらやましいです。こういう人たちは21世紀の西欧社会で生きていけないのではないか、という愚かな疑問をこの映画ははっきり否定してくれます。
思えば「演出された劇映画」としてはトニー・ガトリフ監督の諸作品がありますし、その『ラッチョ・ドローム』 (1993年)にもドラード・シュミットやチャヴォロ・シュミットが出ていましたし、『スウィング』(2002年)ではチャヴォロ・シュミットが主演俳優としても大活躍していました。ところが、マヌーシュ・ギターを題材にしたドキュメンタリー作品というのはあまり例がない。ブルーノ・ル・ジャンはその理由を「この内側は撮りづらいのだ」と説明します。アンジェロ・ドバールは自分をキャラバンで撮影するのは自由だが、その他のキャンプ野営民を撮影するのは絶対許さない、という条件をつけたそうです。しかしそれよりも何よりも、彼らの行動は予測ができず、待っているところにいてくれるわけではない。彼らは自由に動き回る。そういう人間たち4人を、ル・ジャン監督は8年間も辛抱強く追い続けたのです。
また、この映画にはジャンゴの非常に珍しい映像が挿入されています。あれほどの数のレコード録音があるジャンゴでも映像は稀で、しかも映像と音声が同期したものは、全部で3分間しか記録保存されていないのだそうで、その一部が紹介されています。
彼ら4人はそれぞれ違うところから出ています。ニニンは先祖が南方から来たらしいから「ジタン」と呼び、モレノは東方のようだから「ツィガーヌ」と呼びます。北方から来れば「マヌーシュ」。 そういった違いは言葉の訛りや生活様式や音楽にもはっきりとこの映画で出てきます。
パリの北郊外サン・トゥーアン、クリニャンクールののみの市の真ん中にあるビストロ「ラ・ショップ・デ・ピュス」は今やマヌーシュ・ギターの殿堂となっていますが、そこを開いたのがモンディーヌ・ガルシア(この映画は「モンディーヌに捧ぐ」という文字でエンディングします)で、ニニンの父親。ニニンはそこで30年間に渡って(のみの市のある)土曜&日曜のステージをつとめてきましたが、今はその息子ロッキー・ガルシアが跡を継いでいます。
モーゼル地方生れのモレノは、南仏ジタンの聖地サント・マリー・ド・ラ・メールとアルザス地方との往復の旅の中で育ち、チャヴォロ・シュミット、マニタス・デ・プラタなどの影響で腕を上げてきた人。クリミア(ウクライナ)出身のツィガーヌ女性歌手マリナ(この映画でも歌っています)と結婚。音楽的にも東欧ツィガーヌの要素を大きく取り入れます。上に述べたように、キャラバン移動生活をやめ、パリのアパルトマンで定住生活を始めますが、そのいきさつも映画の中で説明しています(警察に夜中に叩き起こされることがトラウマとなってしまったのです)。
この映画で私(おそらく多くのマヌーシュ・ギターのファンたちも)の興味は、チャヴォロ・シュミットとアンジェロ・ドバールに集中します。チャヴォロはその激しいプレイとは裏腹に、温厚で言葉少なく、しかし詩人のように語ります。ブルターニュの海を相手に、その波の音にコード(和声)を探して、一緒に歌うシーンなど、本当に感動的です。
それとは対照的にアンジェロは天才肌で、言葉は鋭く、はっきりした哲学を感じ取ることができます。またロマの現状に対する政治的な意見も明白に語っています。キャラバンのために発電機を回したり(当たり前ですが、めちゃくちゃ図にはまっている)、野営地に水道がないので道ばたの消防水道栓から水を失敬して、水がなければ人は生きられないのに水を取るなと決める西欧社会に皮肉を一言、なんていうシーンは「硬派な男」をよく感じさせてくれます。この4人の中で、旅と自然と音楽を最もピュアーに体現している人間に見えます。
あとはマヌーシュ音楽を十分に楽しんでください。こんな人たちだからできる音楽、ということは(フランス語分からずとも、英語字幕読まずとも)何の説明もいらないでしょう。
カストール爺の採点:★★★★★
Les Fils du Vent (Un film de Bruno Le Jean)
DVD 96分(+ボーナス)
言語:フランス語(英語字幕)
DVD Frémeaux & Associés FA4024
フランスでのDVD発売:2013年8月26日
(↓)"LES FILS DU VENT" 劇場上映時の予告編
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