Presque Oui "Sauvez Les Meubles"
旧譜と言っても遠い昔のことではありません。録音は2004年、発売は2005年。プレスク・ウィはフランスの北の都リールの2人組でした。男チボー・ドフヴェール(ギター、プリペアド・ギター、ヴォーカル、キーボードその他)とその伴侶の女性マリー=エレーヌ・ピカール(ヴォーカル)。1998年から活動を始めていて、地方のカフェやバーなどで徐々に実力をつけていきますが、その速度はゆるやかで、何度もくじけかけます。それが2003年頃から複数の全国規模のシャンソン・コンクールに優勝したり、著作権協会(SACEM)の賞を獲得したり、その評価で仕事が増えて、アルバムを録音する可能性も出てきて、やっと未来の展望が開けてきます。
プレスク・ウイ(ほとんどウイ)のポジションというのは、男女であり、結婚の届け出に市役所に行っても、市長の前で結婚の宣誓である「ウイ」を言うことができない、ほとんど「ウイ」なのに、なにかのひっかかりで「ウイ」と言えない男女カップル、という世の中にはよくあるパターンの二人です。このアルバムに挿入されている「夢」という短い(18秒)二人のダイアローグのトラック(7)があります。
男「よく眠れたかい?」この雰囲気がプレスク・ウイなわけです。寝食を共にしたって、夢まで共有するわけではない。この微妙な男女間の溝というか壁というか、そういうどこのカップルにも吹いてしまうわずかな隙間風、というのがこの男女デュオのユーモアのインスピレーションだったわけです。
女 「まあね」
男「どんな夢見てたんだい?」
女「それは言えないわ」
男「どうして?」
女「だってそれはわたしの夢だもの」
このジャケットの写真を見てください。洪水がやってきて家が浸水している中で、二人は椅子に座って別々の方向も見ている。そしてアルバムタイトルが『Sauvez Les Meubles (家財を守れ)』とあります。この"Sauver les meubles"というフランス語表現は、こういう洪水や火事の状況で「必要最低限の家財道具だけは持ち出せ」という意味で、転じて、どんな状態になろうが必要最低限の体裁や面目は保て、という喩えになります。つまり、この男女はこういう状態で「愛を救え」と言っているわけではなく、「体裁だけは保て」とお互いに言い聞かせているのですね。可笑しくも悲しい、悲しくも可笑しい、そういう男女ドラマをプレスク・ウイは歌にしていたのです。
チボーとマリー=エレーヌはそういう歌の世界を作りながら、実は本当に愛し合ってこの微妙なユーモアを創造していったんだと思います。ドラマは残酷にも別の展開をし、このプレスク・ウイがこのアルバムを録音していた2004年に、マリー=エレーヌが肺ガンを発病してしまうのです。録音が終わり、数々の賞のおかげでアルバムお披露目コンサートは全国各地で数十回の予定でプログラムされていたのですが、マリー=エレーヌの病状はその多くをキャンセルしなければならないほど進行していたのです。
2005年、アルバム発表後のプレス評は上々で、テレラマ、リベラシオンなどが絶賛します。病床のマリー=エレーヌはこのチャンスを逃してはならない、とチボーにパリ・バタクラン(1500人収容のホール)のコンサートはキャンセルしないで、と訴えます。チボーはその願いを叶え、プレスク・ウイのステージをデュエットではなく、チボーひとりでつとめるのです。2006年11月、マリー=エレーヌ・ピカールはこの世を去ります。
プレスク・ウイはその痛手を乗り越えて、チボーのソロ・プロジェクトとして2008年、2011年にアルバムを発表していますが、私が正直に言ってしまえば、マリー=エレーヌの声のないプレスク・ウイなんて... と2枚ともがっかりしてしまいました。
2005年のアルバム『家財を守れ』には宝石のような1曲があります。それは12曲めの「Le bout du monde (世界の果て)」で、核戦争のあとに生き残ったひとりの男とひとりの女の出会いと愛と絶望と新たな希望のようなものが、寓話的に歌われています。歌詞を全訳しました :
男は世界中を回って旅していた、女も世界中を回って旅していたマリー=エレーヌの歌声は、優しく、彼岸も此岸も見てきたような説得力で、この世界の果てにいる二人の世界を描きます。チボーのギターのアルペジオも「ピーターとオオカミ」のように絵が見えるような描写力で迫ります。これがマリー=エレーヌの白鳥の歌です。世界の果てや世界の終わりがこんなに優しいものであったら...。
その時世界はかの爆弾によって崩壊した
二人とも世界には自分一人しか残っていないと思っていた
そして飛んでもないことに
偶然が二人を世界の果ての同じ場所に連れてきたのだ
世界の果てで二人は自分の目を疑って目をゴシゴシこすり
世界の果てで二人は自分の名前を告げ合った
世界には二人しか残っていないのだから
二人は一秒たりとも離れずに
二人で世界の果てを探索してみたが
3キロメートル四方にはネズミ一匹いなかった
二人は世界の果てで困り果て
二人は世界の果てで口論し
しかし二人はそれぞれ勝手にすることを断念した
二人は世界の果てで横になって日が落ちるのをながめ
二人は世界の果てで感極まった視線で見つめ合った
世界には二人しか残っていないのだから
二人は毎晩オオカミや
カラスやキツネのことを思い出した
そして暗闇の中で眠れるように歌を思い出し
しばらく経つと
二人は平和な小さな世界を作り出し
夜毎にお互いを少しずつ強く抱きしめるようになった
二人は世界の果てでよく理解しあった視線で見つめ合い
二人は世界の果てで一度の目配せだけで真っ裸になっていた
世界には二人しか残っていないのだから
世界の果てのある晴れた朝
世界をやり直すことに疲れて
二人は異口同音にもうすべてを止めようと決めた
旧世界の岸辺を夢見て
もう一度世界一周をしたくて二人は出かけたが
半日もせぬうちに二人は足を止めた
世界の崖っぷちの先には果てしない空虚が広がっていて
もうこの世にはこんなちっぽけな世界のかけらしか残っていなかった
二人は世界の果てで横になって日が落ちるのをながめ
二人は世界の果てで感極まった視線で見つめ合った
世界には二人しか残っていないのだから....
Presque Oui "Sauvez Les Meubles"
CD L'Autre Distribution AD0609C (現在入手困難)
フランスでのリリース:2005年
(↓ YouTubeの投稿動画 Presque Oui "Le Bout Du Monde")
6 件のコメント:
「Le bout du monde 」の歌詞を対訳してくださって有難うございます。 やっぱりフランス語は難しい・・・。 爺がブログで色々なアルバムを紹介して下るので私の音楽の幅も随分広くなっていると思います。今回のブログの前の映画「amour」も心の中の色々な想いを反芻しながら拝読させて頂きました。 この1年半で身近で3人も亡くなっているので、これからの人生は出会いよりも惜別の数がだんだん増えていくのかもしれないと思うと今を生きることさえ怖い気がします。
Tomiさん
コメントありがとうございます。
> 今を生きることさえ怖い気がします。
そういう気分は捨てましょう。われわれ中高年は人生の3分の2を生きてしまったのですから、残りの3分の1は存分に楽しんで生きるべきです。何を怖がっているのですか。好きなことをしていけばいいんです。
悲しいけれど、彼女の歌は永遠に生き続けます。
身近で病気や死を見ていると以前ほど
死ぬことが怖くなくなりました。
爺の言うように、人生の半分以上生きてきて
残りの時間は、前向きに楽しいことを
考え、悔いのないように過ごそうと
思えるようになりました。
さなへもん
コメントありがとう。
「残りの時間」なんて以前は考えたこともなかったのに、今はリアリティーのある言葉。森光子は92歳だったって、言われて、顔を思い出せなくて、画像検索してしまった。ず〜っとあの「おばさん顔」だったんだね。私も45歳頃からもう顔が変わっていない。ず〜っとこの「おじさん顔」で歳取りたい。あと20年、あと30年、あとX年、この世界を眺めていたいもんだ。
またまた素晴らしいグループ(と、あえて書きます)を
紹介してくださって、ありがとうございます!
「Le bout du monde」、
なんて美しいメロディと歌詞、
そしてマリー=エレーヌの深みのある、
心に直接染み入るような歌声、
まさに奇跡の曲ですね。
このような作品を残してくれた
マリー=エレーヌに感謝。
月並みな言葉ですが、彼女の歌声は
いつまでもわたしたちの心の中で
生き続けるんだと思います。
残されたチボーのことを思うと、
涙なしでは聴けないのですが。。
北海道のKayさん、
コメントありがとうございます。このYouTubeの投稿動画の、投稿者のスライドショーのセンスも、ずいぶんと効果高めてるよね。チボーはそのあともがんばって2枚アルバム出してますけど(悪くはないんだけど)、苦しい戦いです。
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