2011年1月15日土曜日

まっくろけのけ



 ZONE LIBRE vs CASEY & B.JAMES "LES CONTES DU CHAOS"
 ゾヌ・リーブル vs カゼー & B. ジェームス 『混沌小話集』


 昨年11月30日に解散したノワール・デジールのギタリスト,セルジュ・テッソ=ゲーのトリオ(ギター+ギター+ドラムス),ゾヌ・リーブルに女性ラッパーのカゼーと男性ラッパーのB.ジェームスが加わって制作されたアルバムです。
 バンド名であるゾヌ・リーブル(自由地帯)と言うと、フランスでは特に第二次大戦中のナチス占領時代に、北側フランスの「披占領地帯」に対して、占領されていない南側フランスを指してゾヌ・リーブルと呼んだことを第一に思い浮かべます。つまり、あの頃ですから自由とは名ばかりで、ゾヌ・リーブルはペタン元帥のヴィシー政権が統治する全体主義国家「フランス国 = Etat Francais(エタ・フランセ)」であったのです。非常に逆説的で皮肉な名称です。
 不自由な自由地帯という名前を背負ったバンドは、おのずと「自由」に拘る運命にあるわけで,そのスタイルは非定型の重低音「フリー・ロック」となります。セルジュと組んだ二人は,ディストーション・ギターの魔手マルク・サンス(1964年生,ex ヤン・ティエルセン・バンド),ドラマーのシリル・ビルボー(ex SLOY)。
セルジュ・テッソ=ゲーのノワール・デジールとは別の活動は,1996年と2000年に出したソロアルバムがありますが,その別活動は2003年夏のベルトラン・カンタの凶行と獄入り以来,本腰を入れねばならなくなったのです。シリアのウード奏者ハレド・アジャラマニとのギター/ウード・デュオはアンテルゾヌ Interzoneは,2005年と2007年にアルバムを発表していて,その他詩人や作家の朗読とのコラボレーションもあり,インストルメンタル・トリオであるゾヌ・リーブルは2007年から本格的に活動を始めてこれまで2枚のアルバムを発表しています。
 特に2009年の2枚目の"ANGLE MORT"(死角)は,(次作でも主役を取る)女性ハードコア・ラッパーのカゼーと,ペルピニャンのアンダーグラウンド・ハードコアラップのグループ LA RUMEUR (ラ・リュムール=風聞)のハメが参加して,「ノワール・デジールのラップ版」と言われたりしました。ハメ(Hamé。本名モアメド・ブーロクバ)は,2002年に同バンドのファンジン「ラ・リュムール・マガジン」に寄稿した記事が,「国家警察を公然と侮辱する」として当時の内務大臣ニコラ・サルコジによって告訴され,警察侮辱か表現の自由かが法廷で争われました。2004年第一審無罪,2006年第二審無罪,2007年最高裁が第二審無罪を破棄して,高裁に差し戻し,2008年高裁第4審で無罪,2010年最高裁で最終的に無罪。なぜ原告(つまり内務省)が上告/再上告を繰り返して5審までもする長い裁判になったかと言いますと,サルコジが何が何でもこのラッパーを侮辱罪で有罪にせよ,と意地になっていたのだそうです。最終的に勝訴はしたものの,ハメも長い闘争で相当消耗したようで,しばらくアメリカで静かに暮らしたいと2010年にフランスを去ってしまいました。
 裁判とサルコジと闘っていたハメの姿に,この2枚目のアルバムはある種ノワール・デジールのベルトラン・カンタの影を見ていたような,そういう捉え方もありました。まあ,当然でしょうね。セルジュにしてみれば,枯渇したカンタに比べれば,活きのいいハメがどれほど刺激的なパートナーであったでしょうか。
 しかし,ハメは去り,今度のアルバムはその代わりに93(neuf-trois ヌフ・トロワ。県番号93のセーヌ・サン・ドニ県。NTMなどで知られるフレンチ・ラップの名産地)のB.ジェームス(2010年にアルバム"Smuff Musik"を発表)を起用します。
 そしてセルジュと並んでアルバムの主役はこのカゼーという女性です。本名をカティー・パレンヌと言い,マルチニックの血を引き,住まいはセーヌ・サン・ドニ県ブラン・メニールです。2006年から本格的にアンダーグラウンドラップシーンで活動していて,ラ・リュムール等と同じようにFM(特にSkyrock)型のフレンチラップを拒否し,移民の子として貧困やレイシズムや警察国家やアフリカ奴隷史/植民地史などをライムに畳み込む,情念/怨念系のラップアーチストで,これまで3枚のアルバムを発表しています。
 
 アルバム『Les Contes du Chaos 混沌小話集』はジャケでもわかるように,まっくろけです。石炭のようです。セルジュ・テッソ=ゲーの発足した新レーベル Integrale Tritonの第1回目のリリースになります。その緊急性(もうノワール・デジールは存在しない,もうハメはフランスにいない)を強調するかのように,短時間で録音され,ほとんどスタジオライヴの状態でテイクされた12曲です。アルバムタイトルが示すようにテーマは混沌です。ノワール・デジールの最後のアルバム"Des Visages des Figures"(2001年)の「大火災」に近い混沌の予言のようです。実際に起こっている世界の大混乱の証言ですが,それを悲嘆するのではなく,そこから起き上がるために,廃墟の中でのダンスへ誘うロックビートとアジテーションのようです。
 1988年にキース・リチャーズが初ソロアルバム『トーク・イズ・チープ』を出した時に,多くの人はローリング・ストーンズのサウンドというのはこいつ一人で作っていたんだ,と納得したはずです。同じように,このアルバムでセルジュ・テッソ=ゲーも「ノワール・デジールのサウンド」なのです。このノスタルジーは捨てた方がいいでしょう。

<<< トラックリスト >>>
1. VENGEANCE
2. QUARTIERS DESTRUCTEURS
3. LES CONTES DU CHAOS
4. SI TU M'DEMANDES
5. A LA SECONDE PRES
6. TOUJOURS LES MEMES
7. CARNET DE MA CAGE
8. MEDIOCRATIE
9. LA MARQUE DE LA CHAINE
10. HAUT-LIEU DU SCABREUX
11. CE QUE JE SUIS
12. AIGUISE-MOI CA

ZONE LIBRE vs CASEY & B. JAMES "LES CONTES DU CHAOS"
CD INTEGRALE TRITON IT11020001
フランスでのリリース:2011年1月31日


(↓ "AIGUISE-MOI CA")

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