2011年1月3日月曜日

増水するセーヌとアルシュヴェシェ橋の南京錠



 1月1日、パリ5区とシテ島を結ぶアルシュヴェシェ橋から。12月末から増水しているセーヌはこんなふうに岸の遊歩道に浸水していて、散歩者たちが降りていくことができません。
 それはそうと、この南京錠です。パリで「愛の南京錠」名所は、2008年頃ポン・デ・ザール(Pont des Arts。パリ6区とルーヴルを結ぶ歩行者橋)に始まり、次いでポン・オ・ドゥーブル(Pont au Double。パリ5区とノートル・ダム寺院を結ぶ)に移り、今はこのノートル・ダム寺院の後景が最も美しく見えるポン・ド・ラルシュヴェシェ(Pont de l'Archevêché)が一番人気だそうです。ここに(できれば2月14日の聖ヴァレンタイン祭の日に)来て、ノートル・ダムを見ながら、二人の永遠の愛を誓って、持ってきた南京錠に愛の言葉や名前を書いて、橋の鉄格子に錠を締め、永遠の愛の願いを込めてその鍵をセーヌ川に捨てる、という儀式をするわけですね。ま、かつてのトレビの泉のコイン投げと同じように、世界中のどこかしこの観光地に拡散してしまった「愛の儀式」のようで、これと同じ南京錠名所は、ハンガリーのペクス(ここが発祥の地らしく1980年に始まったとされる)、ローマのポンテ・ミルヴィオ(伊国のフェデリコ・モッチャ作の恋愛小説の舞台)、モスクワのルスコフ橋、フィレンツェのヴェッキオ橋、ロメオとジュリエットの町ヴェローナのピエトロ橋、その他ブリュッセル、キエフ、ヴィリニュスなどで同じ現象が見られ、奇妙なところでは韓国ソウルのNソウル・タワーの入口鉄格子も愛の南京錠の名所になっているそうです。
 では中国の南京市が「元祖・愛の南京錠の町」と観光キャンペーンをしたらどうでしょう?と思ってウィキペディアの「南京錠」を参照しましたら、南京豆、南京虫と同様に、
海外から伝わった「小さい」、「珍しい」という当時の意味で南京と名付けられているだけで、南京市とは直接の関係はない

と書いてありました。

 この用法に従って言いますと、右はわが家の「南京娘たち」と「南京犬」です。しかしすごい数の南京錠です。





PS :(2012年5月付記)
1年と5ヶ月後、アルシュヴェシェ橋はこんなふうになってました。

1 件のコメント:

資格の勉強 さんのコメント...

とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!