2009年5月21日木曜日

左官屋、水道工事屋、アコーディオン弾き



 「イタリアにはこういう言い伝えがあるんだ。男の子が生まれたら、その生まれたばかりの赤ん坊を思いっきり壁に投げつけるんだ。壁にくっついて残った赤ん坊は将来左官屋になって、壁からずり落ちた子はアコーディオン弾きになる」。
 ジャン・コルティさんがこの話を私にしていたら、隣にいた奥さんが「それはイタリアの言い伝えじゃないでしょ。ジョー・プリヴァが作った話ですよ」と割って入って来ました。「オリジナルはね、アコーディオン弾きじゃなくて、ミュージシャンだったのよ」とも続けました。するとジャンさんは「イタリアでミュージシャンって言ったら、アコーディオン弾きのことじゃないか」と切り返します。
 
 このいい感じ、わかります?
 5月20日水曜日午後、ノワジー・ル・グラン(パリの東側の郊外。ディズニーランドも遠くない)にあるジャン・コルティ邸でのインタヴューでした。80歳のジャンさんは大変元気でした。食後時間にお邪魔したので、まだワインの瓶が残っているテーブルで、その残りワインをちびちび飲みながら、葉巻煙草を時々吸いながら、いろんな話をしてくれました。
 何度もアコーディオン弾き稼業をやめようと思ったこと。その場合,イタリア系移民が何かと引合いに出すのが,左官屋と水道工事屋で,何はなくても体力とちょっとした技術さえあれば一家を喰わせられる仕事というのはこの二つでした。1958年に結婚した時,奥さんが美容院を買い取り,ジャンさんは音楽を捨てて,髪結いの亭主(仕事としては美容品や化粧品の外商みたいなものを考えていたそうです)で生きていこうとしたのに,ジャック・カネティ,そしてジャック・ブレルと出会って,事情は一転してしまいます。
 やめようとしていると人に出会ってしまう。ジャンさんは3度こういう出会いをしています。最初は1959年のジャック・ブレル,1980年代にはジョー・プリヴァ。南仏バンドルで隠居していたジャンを「アコーディオンの嫌いな南仏人たちの中でおまえは何もやることがないだろう。仕事をやるからパリに出て来い」と無理矢理パリに引っ張り出したのは,バスチーユ「バラジョー」のアコ帝王ジョー・プリヴァだったのです。そしてプリヴァと共にステージに立ったり,テレビに出たり...。そしてラ・リシェール・レーベルの名盤『パリ・ミュゼット』の録音に参加したり...。ジャンさんもこの『パリ・ミュゼット』が流れを大きく変えた1枚だったと強調していました。なにしろ私を初め,アコーディオンなどまるで興味のなかった無数の若い人たちを,強烈に惹き付けてしまったのですから。
 そして90年代にはクリスチアン・オリヴィエ(レ・テット・レッド)と出会ってしまいます。あるジャーナリストの紹介で,ルエイユ・マルメゾンにあったルノー工場の社員食堂で演奏していたレ・テット・レッドを見たジャンは,初めは自分とはあまり縁のない音楽とは思いながら,何か面白そうなことをしていると感じたそうです。クリスチアン・オリヴィエが,こっちに来て一緒にやろうよ,と無理矢理誘うのですが,「俺はあんたたちの音楽を何も知らないから」と言うのに,オリヴィエは「あんたならどうにかしてできるはずだよ」と聞きません。で,やってみたら,どうにかなってしまうんですね。

 こうしてジャンさんは,左官屋にも水道工事屋にもならず,髪結いの亭主にもならず,いやだいやだと言いながら,ずっとアコーディオン弾きを続けてきたのです。

 なにかとてもいい原稿が書けそうな気がしてきました。

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

もっともっと続きを読みたいです。
ジャン・コルティがまだ現役で新譜を出し、
こうして爺からインタヴューを受け、それが
原稿になって、私たちも読める。
WHAT A WONDERFUL WORLD.

さなえもん さんのコメント...

さなえもんでした。

Pere Castor さんのコメント...

フランスで18日にワーナーからリリースされた製品には、24頁のブックレットで『コルティによるコルティ』という自伝が載っています。
6月に日本発売を目指して作業しているメタカンパニーの海老原さんが、この自伝の日本語訳をなんとかして公表したいと考えているそうです。印刷物にしてCDに付けるにはちょっと分量が多すぎるので、ウェブ上で公開するのがいいのでは、と爺は提案していますが、これを訳すのは「一ヶ月仕事」です。日本盤リリースには間に合わないと思いますが、熱心な人たちは少し遅くなっても読んでくれますよね、きっと。

かっち。 さんのコメント...

大野修平氏から強奪した盤には、ブックレットなんてなかったけれども、あれはもしかしてサンプルだったのか!

詠みたい読みたい。絶対読みたい人が具体的に思いつくアコーディオン弾きだけで20人くらいいる。先に読ませてくれるだけで、下訳やっても良いと言い出しそうなニンゲンの心当たりもあります。

Pere Castor さんのコメント...

ブックレットをいち早く入手するにはオンラインショップでフランスワーナー盤の製品を買うのが一番良いと思います。
フランスワーナー盤はディジパック装で,6月リリース予定の日本仕様盤はプラケースなので,別仕様盤の価値も出てきますから,買って損はないと思います。