2026年1月24日土曜日

「贋札のセザンヌ」と呼ばれた男

”L'Affaire Bojarski"
『ボヤルスキー事件』


2025年フランス映画
監督:ジャン=ポール・サロメ
主演:レダ・カテブ、サラ・ジロドー、バスティアン・ブイヨン、ピエール・ロタン
フランス公開:2026年1月14日


在した人物、実際にあった事件に基づくフィクション映画。チェスラフ・ヤン・ボヤルスキー(1912 - 2003)はポーランド生れのエンジニア、第二次大戦中ポーランド兵としてハンガリーで捕虜になり、脱走してフランスに辿り着いた。この男が後年1950年から1964年まで、フランス”銀行”を震撼させた贋札事件の主犯(と言うより単独犯)となるのだが、映画はこの人物を孤高のアーチストとして描く擬似バイオピックとなっている。文句なしにレダ・カテブのキャラが良い。この帽子とメガネと口髭は昭和天皇である。自宅地下の秘密基地のような贋札工房に一人籠もって精密な紙幣印刷に打ち込むボヤルスキー=レダ・カテブの姿に、私は東京空襲激しいさなか皇居の地下バンカーでひとり特設海洋研究室に籠もって顕微鏡でヒドラを観察する昭和天皇の姿(cf 2005年アレクサンドル・ソコロフ映画『太陽』)を想ってしまったが、フランスの映画館でそんなこと想像する私はかなり異質であるよね。
 映画の重要なファクターの一つが”移民”問題である。戦後期とは言え高度成長期に入る前は、ポーランド系帰化人であるボヤルスキーには職探しなどで難関に直面する。技術者としてしっかりとした基礎があるにも関わらず、まともな職はない。ポーランド移民には仕方なく”危ない道”に踏み込む部分もある。それがボヤルスキーのダチのアントン(演ピエール・ロタン)の場合で、”やばい”方面で生きているので金遣いも荒く、ボヤルスキーはこの男と関わるのは危険だと一時は絶交するのであるが、結局”ダチ”の縁を断ち切れず、映画の終わりはこのアントンから”足がつき”、逮捕されることになる。ポーランドをはじめ戦後期の東欧からの移民は共産主義から逃れてのこと。帰国の意思を断ち、フランス同化を望むが、フランスの”戦後”もそれどころではない状況だったろう。ボヤルスキーに関しては、大戦中にフランスの抗独レジスタンスとして動いていたこともあり、フランスはこの元レジスタンス闘士に好待遇で処さねばならないはずなのだが、根深い移民レイシズムはそれを妨げる。因みにそのレジスタンスでのボヤルスキーの活動というのが、その高度な図面工作技術を買われて、活動家たちやユダヤ人たちを国境検問通過させるための身分証明書やパスポートの偽造であった。この精巧な偽造技術が...。
 ボヤルスキーは技術者であり発明家である。さまざまな発明の特許を取って製造会社に売り込もうとするのだが、そのフランス語力が禍い(特許申請書や取説の仏語間違い)したり、発明を横取りされたり。この映画の中だけでも、電動歯ブラシ、インク漏れのないボールペン、高さ調節自在の回転椅子、カプセル式コーヒーマシーンなどがボヤルスキー発明品が出てくるが、どれも商業化に至らない。この天才発明家は日の目を見ることはない。そこで戦争中の証明書偽造のテクニックが...。映画では最初はギャング界からその技術を贋札に使ってみてはと誘われて...。
 ボヤルスキーは美しくもウブな富裕ブルジョワ娘シュザンヌ(演サラ・ジロドー)と恋に落ち、結婚して二人の子供をもうけることになるが、この関係はきわめて純愛のように描かれる。サラ・ジロドーは(ウブな)純愛の似合う女優さんだ。その純愛は映画の最後まで貫かれる。しかしボヤルスキーは昼は売れない発明家/夜は改造地下室に籠もって贋札づくりという”二重生活”をひた隠しに隠していた(だがバレる)。まあ犯罪者としては当然の防御ではあるが、このマニアックな秘密主義は孤高の人としての描かれ方の重要なファクターである。
 奇しくも今”マニアック”という形容詞を使ったが、まさにこの形容詞がこの主人公のほとんどを語っている。その地下贋札工房の工作機械・印刷システム・製紙プロセス・多重刷りの各銅板原版の手彫り、全部自身のオリジナルであり一人で数ヶ月をかけて作業する。この作成過程の現場に映画を観る者は立ち会うわけである。鬼気迫る巨匠の創作現場を見る思いがする。
 ボヤルスキー作の贋札は3種。まずミネルヴァとヘラクレスが描かれた1000フラン札(1945年から流通)、これをボヤルスキーは1950年に作った。次いで1958年に、大地の女神ポーモーナと海の女神アムピトリーテーを描いた「大地と海」と称される5000フラン札。映画ではこの時から完全にボヤルスキーの単独犯行、つまり完全に秘密裏に印刷されこの紙幣を(最初に)使うのはボヤルスキーひとり。この紙幣の使用に関して、ボヤルスキーは3つの鉄則を自ら定める: 1. 1店舗につき1枚の紙幣のみ使用すること / 2. 決してこれ見よがしにならないこと / 3. 秘密厳守。
そして3種めが、1960年のフランス・フランの(1/100)デノミネーションで登場した新フランによるナポレオン肖像の新100フラン札。新紙幣が発行されるたびに発券銀行(フランス銀行)は「絶対に偽造ができない」と銘打ったさまざまな新仕様を施すのだが、このナポレオン紙幣にボヤルスキーは挑戦し、ボヤルスキー贋札の最高傑作を生み出すのである。それも純然たる「完全コピー」ではない。ボヤルスキーの審美観によって、この方が美的に勝るというごく微細な”タッチ”を加えるのである。これが言わばボヤルスキーの「署名」であった。オリジナルを凌駕する美術作品としてボヤルスキーは世に出したのだ。このボヤルスキーのナポレオン100フラン札は、事件終結後も蒐集家の人気の的となり、大手競売会社に出品されると瞬く間に超高価で競り落とされるアイテムとなっている。「贋札のセザンヌ」という異名はここから来ている。
 しかしこれはあくまでも犯罪なので、それを追求する警察もあの手この手でこの贋札犯を追うのである。そのチーフが当時フランスの随一の刑事と呼ばれたマテイ警視(演バスティアン・ブイヨン、怪演!)であったが、ダンディーな佇まい、派手な立ち回り(メディア出たがり)、政財界とのコネ、いかにも戦後サスペンス映画的なキャラなのである。しかし懸命の捜査にも関わらず10年以上もこの贋札犯を取り逃がしているマテイは、警察の中心から左遷され、パリ警察の屋根裏部屋に異動させられるほど落ちぶれる。マテイは燃えたぎる執念でこの事件を追い続ける。贋札の成分分析で、使用されている紙の原料が、巻きタバコの巻紙として市販されているOCBの巻紙であることがわかる。全国のタバコ屋でこの巻紙を大量に購入する人物をマークせよ。この作戦で、絞り出された某地方都市のタバコ屋、警察の張り込み、罠にはまりかかるボヤルスキー、しかし....。寸でのところで警察はこの男を取り逃してしまう...。

 現地に乗り込んでいたマテイは、この作戦の頓挫に落胆して、ひとりホテルのバーでヤケ酒を飲んでいる。そこへひとりの男がそのバーのカウンターの隣に座り、マテイにウィスキーを進呈する。マテイはその男が何者なのか知らないが、そのさかずきを受け、二人の会話は始まる。このシーン(←写真)がこの映画のハイライトですね。ボヤルスキーはこの男が自分を追うマテイであると知りながら寄って行ったのだが...。ここで発生してしまう二人のお互いへのリスペクト、ほぼ友情に近いようなものまで感じさせる。行きずりの行商人としかボヤルスキーは名乗らず、最敬礼してその場を去っていく。その後マテイはこの作戦で得られた逃走者の似顔絵で、あのバーの男が、と知るのである。
 もうひとついいシーン。それはマテイとボヤルスキーの電話での会話。絶対にあなた(そうなのですよ、マテイは犯人を "vous"で呼ぶのだよ)を捕らえてみせると言うマテイに、私は捕らえられる前に(贋札作りを)やめてしまうかもしれないとボヤルスキーが堪えると、マテイは「あなたはやめるわけがない、あなたがそれを金のためにやっているのではないということを私は知っているから」と(!!!)  ー すばり見抜いているのだ。これは金目的の行為ではない。いつの日か世に認められる芸術家の営為である。映画は孤高の芸術家をここで見てしまうのである。

 慎ましやかであり、目立つことなく、人知れず秘密厳守で生き通したかったボヤルスキーだが、↑で書いたようにその原則を肝に銘じることができないポーランド友のアントンのせいで足がついて、ついに逮捕されてしまう。その秘密印刷所での贋札印刷工程の信じ難いほどの緻密さに、警察・政府・フランス銀行は驚愕するのだが....。

 その偏執的なアルチザン/アーチスト気質を持ったボヤルスキーのなりわい、マテイ刑事の情念的で執拗な捜査追跡、妻ジュリエットとの揺るぎない純愛、すべてにおいてよく出来た映画。これだけの大事件ながら、それまで小説化も映画化もされなかったのが不思議である。俳優レダ・カテブは、『ジャンゴ』(2017年)よりも『ボヤルスキー』の方が自身の代表作として映画史に残ると思いますよ。

カストール爺の採点:★★★★☆

(↓)『ボヤルスキー事件』予告編
 

2026年1月12日月曜日

華麗なるアンドレ・ポップの世界 その3:故にわれあり

Brigitte Bardot "Je danse donc je suis"
ブリジット・バルドー「われ踊る故にわれあり」

1964年シングル

作詞:ジャン=クロード・マスーリエ
作曲:アンドレ・ポップ
伴奏:アラン・ゴラゲール楽団


2025年12月28日、91歳でこの世を去ったブリジット・バルドーの1964年の4曲入りシングルでリリースされ、同年のバルドー2枚めのLPアルバム”B.B.”にも収録された曲。この時B.B.は29歳。映画史的にはゴダール『軽蔑』(1963年)とルイ・マル『ビバ!マリア』(1965年)の間。バルドー個人史的には2番目の夫ジャック・シャリエ(バルドーの唯一の子ニコラの父)と離婚、次の恋人サミ・フレイとも破局、この当時はブラジル人バスケットボール選手ボブ・ザギュリーと交際中で、その次にドイツ人大富豪ギュンター・ザックスが3番目の夫になる。
 1964年、われわれ爺世代には「東京オリンピック&新幹線」の年として記憶されている。ど真ん中の高度成長期であった。ちなみに私は東北のただの小学生だった。
 そして1964年フランスの映画と言えば、ジャック・ドミー『シェルブールの雨傘』(同年カンヌ映画祭パルム・ドール賞)だった。この時主演のカトリーヌ・ドヌーヴは20歳。バルドーとドヌーヴの犬猿関係はよく知られるところだが、何かに付けてドヌーヴの悪口を言うのはバルドーであった(これだけで一冊の本が書けそう)。まあこの際はっきりさせておくと、私ははっきりドヌーヴ贔屓です。
Je danse donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Ce n'est pas pour c'que tu penses
あなたが想像してることのためなんかじゃない
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ
 
Ne prends pas cet air triste
そんな悲しい顔しないで
Et ne prends pas la peine
私に愛を告げるために
De prendre tout ton temps à me dire que tu m'aimes
あなたの全時間を費やすなんて無駄なことよ
Je ne me fixe pas
私はひとりに決めたりしないから
Je ne prends pas racine
私はひとつところに留まったりしないから
Je ne suis pas de celles qu'un regard assassine
私は目配せ一つでイチコロに参る女とは違うの
 
Je danse, donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Moi je te suis pour la danse
あなたとダンスするだけのためなの
Faut pas que tu penses
あなたが私をモノにしたなんて
Que c'est acquis
勘違いしないでよ
 
C'est à toi de jouer et de savoir me plaire
あなたが探す番よ、私の気をどうやって引くのか
Je ne dis pas qu'un jour il ne puisse se faire
ダンスが終わった時に私が罠にかかったままでいるなんてことが
Que la danse finie, je reste prise au piège
いつか起こるのかしら
Qui sera celui-là peut-être toi, qu'en sais-je
そんな人誰なのか、たぶんあなたなのか、そんなこと知らないわ
 
Je danse donc je suis
われ踊る故にわれあり
Tu danses et je te suis
あなたが踊るから私はあなたについていくのよ
Mais si je te suis
でも私があなたについていくのは
Ce n'est pas pour c'que tu penses
あなたが想像してることのためなんかじゃない
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ
 
C'est pour la danse
それはダンスのためだけなのよ
Pas pour la vie
一生一緒にいたいからじゃないのよ


 森の木陰でどんじゃらほいコギトさんがそろって賑やかに。
哲人ルネ・デカルト(1596 - 1650) 曰く、コギト・エルゴ・スム  = われ思う、故にわれあり = Je pense donc je suis(ジュ・パンス・ドンク・ジュ・シュイ)ー われ考えるコギトさんが、B.B.にあってはわれ踊るコギトさんになってしまう。1956年B.B.を全世界に知らしめた映画『素直な悪女 (E Dieu... créa la femme)』において主人公ジュリエット(演 B.B.)は踊るコギトであり、ダンスがその存在理由であり、ダンスは何よりも雄弁で挑発的で官能的で男たちを狂わさずにはおかないのだった。(↓『素直な悪女』ダンスシーン)


(↓)そのダンスの基礎は幼い頃からみっちり(コンセルヴァトワールで)仕込まれたクラシック・バレエであった。


(↓)何でも踊れる:マンボ(1959年『気分を出してもう一度』)


(↓)何でも踊れる:フラメンコ(1958年大晦日テレビショー)


(↓)何でも踊れる:ロックンロール(1960年『真実』)


(↓)何でも踊れる:ツイスト(1962年「スロットマシーン」詞曲ゲンズブール)


まさに存在するが故に踊るスーパー映画スター、ブリジット・バルドーのためにデカルトの命題を引き合いに作詞作曲された「われ踊る故にわれあり Je Danse Donc Je Suis」。作詞のジャン=クロード・マスーリエ(1932 - 2009)は男優・歌手・テレビ司会者などでフランスではかなり名の知れた芸能界人だが、作詞家としても多作家でダリダ、イザベル・オーブレ、セリーヌ・ディオン、マルセル・アモン、マリー・ラフォレなどによって歌われている。そしてわれらがアンドレ・ポップ(作曲)とのコンビでは、世界の人たちは知らなくても日本ではかなり知られているマルティーヌ・クレマンソー「ただ愛に生きるだけ(Un jour l'amour)」(1971年第2回ヤマハ世界歌謡祭グランプリ)という大傑作がある。
このシングル「われ踊る故にわれあり」は、アンドレ・ポップは作曲だけで、編曲と伴奏はアラン・ゴラゲール(1931 - 2023)に任せている。ボリズ・ヴィアン〜セルジュ・ゲンズブールの編曲家/ジャズ・ピアニストのゴラゲールの得意技でもあるラテン乗りの編曲が、当時のダンス系ポップの最先端みたいなイイ感じ。これはアンドレ・ポップの代表曲の一つにはなってないのだが、ま、追悼ブリジット・バルドーということで。

(↓)ブリジット・バルドー "Je danse donc je suis" / (sec edit)によるリミックス 

2026年1月5日月曜日

爺ブログのレトロスペクティヴ 2025

 2025年、爺ブログ掲載記事数はたったの31本だった...

ブログ史上、最少の記事数だった。それまでの最少は2015年の38本で、その「爺ブログのレトロスペクティヴ 2015 」では、「7-8-9-10月の闘病生活もあったので、それを考えると、よく頑張ってブログ記事書いたものだな、と自分を誉めて...」と書いてある。10年前私は頑張っていたのだな。2025年2月、肝臓の4分の1ほどを切除する手術を受けたが、重かったのだろう、それからのコンバレサンスにかなりの月日を要してしまい、体が痛みなく動けるようになったのは夏近かった。これを言い訳にしようと思っていたのだが、それだけではない。1年前の「爺ブログのレトロスペクティヴ 2024」で既に「端的に言えば、書けなくなっているのです」と(わざわざ太字にして)白状している。これは日本語力とフランス語力の低下の問題であり、それは「書くこと」だけではなく「聞くこと」も「読むこと」も、なのである。自ずと人に「話すこと」など...。私はこの10年間、さまざまな病院の医師・医療スタッフと面談するたびに、この人たちが私の理解できないことを(理解しない私に構わず)話し続けるという地獄の場面を経験してきた。私は私の病気の”現在位置”を把握していない。カフカ的。それでもこの治療をせよと言われれば定期的に(体に負担が重い)点滴治療を受け、音波熱や放射線を浴び、手術が効果的と言われれば言われるままに手術台に乗ってきた。その前よりもその後の方が良くなったという確証は私の理解力では得られるに至っていない。
 2025年2月の手術は私が思っていた以上にダメージがきつかった。麻酔とその後の長期の鎮痛剤服用は脳に直接作用したような印象がある。その数ヶ月、私は本が読めなかった。読むことに集中できず、数行で寝落ちするありさまだった。滅多に日本語の本を読まない私であるが、フランス語だから読めないのであって日本語なら、と思って日本語の本を手にしたが結果は同じだった。2025年、おそらく私が手にしたフランス語の新刊書は20冊もない。わが町のFNACで立ち読みすることは”楽しみ”から”苦しみ”に変わった感がある。
 映画にしても音楽にしても状態は似たようなもので、ついていけない/理解できないという印象が優っていて、その体験として流れる時間はおぼろげである場合が多くなった。過去のものを再体験することばかりが楽しみになりつつある。これはいかんと思いながら、ノスタルジーで涙することは増えつつある。
 2025年度ゴンクール賞ローラン・モーヴィニエ著『La Maison Vide(空き家)』(744ページ!)は、その受賞が発表された11月から読み始めて2ヶ月、いまだに読み終えていない。年内に紹介記事を書きたかったが、私の頭の衰えなのだろうね、まだ600ページにも至っていない。近々必ず、と約束しましょう。ちょっと自分を鞭打たないとダメな時期なのだろう。

 年始恒例のレトロスペクティヴ、(たった)31本(やっぱり恥じる)の記事で、多く読まれた記事10本を振り返ります。爺さん、それでもがんばったね。

(記事タイトルにリンク貼っているので、クリックすると該当記事に飛べます)


1.『イニシャルズ BB(2025年8月3日掲載)
2025年12月28日に91歳で亡くなったブリジット・バルドー、その直後から急激にビュー数を伸ばして、たった3日で2025年最多ビュー数記事に。元記事はラティーナ2009年12月号に載せた、良い意味でダイジェスト的なバルドー”入門”。50年代に始まる性と文化の革命の象徴的アイコンとして、世界の女性たちを変えてしまった功績を残したように褒めそやして書いているが、どうしたものだろうか。その(極右寄りでレイシスト丸出しの)政治的な言辞で5回の有罪判決を受けたことは、死の際に国民一致的な哀悼を妨げる大きな要因であった。一年前に死んだアラン・ドロンと同様に万人に愛された人ではない。『そして神は女をお創りになった Et Dieu... créa la femme』(1956年)の BBを懐かしみ、涙しよう。それだけのことはした女性である。

2. 『あんぽんたん(2025年5月7日掲載)
冒頭でこう書いてある「80歳。8トラック31分、歌もの4トラック、インストルメンタル4トラック。歌もの4曲の作詞はご本人。ご自分ひとりだけでやりました感あふれる晩期ナレフこれでもかアルバム。」  ー ミッシェル・ポルナレフの2025年アルバム"Un temps pour elle"はかなりひどい。それを思ったまま書いた紹介記事であるが、やはり日本の長年のファンたちは読んでくれる。長年のファンたちは同じようなことを思ったのかもしれない。反論or同意といったご意見メールは皆無。言っただけ口寒くなる作品なのだろう。輝かしい過去だけで十分ではないか。記事文末でも触れたが、AI介在なしの実写写真とされているジャケットアートだけは素晴らしいと思いますよ。

3. 『棋士棋士盤々(2025年3月29日掲載)
2024年の日本映画『碁盤斬り』(白石和彌監督、草彅剛主演)の紹介記事である。わが町のアートシアター系上映館ランドフスキー座はまめに日本映画をかけてくれ、2026年1月現在かの『国宝』を上映中である。2025年同館で観た日本映画で最も印象に残っているのは『遠い山並みの光』(石川慶 x カズオ・イシグロ)であるが、爺ブログの出る幕ではないので...。本来ならこの『碁盤斬り』も私の出る幕ではないのではあるが、文中にもあるように、私の最も信頼する文化批評誌テレラマが妙な褒め方をしていたので、その古典日本映画的なエンターテインメント性を私なりの見方で反証してみた。”武士道”やら”仇討ち”やらを21世紀的現在に日本ソフトパワーとしてエンターテインメント化することを私はやっぱり間違っていると思う。テレラマ誌がそれを褒めたら、引き摺られるフランス人映画ファンは多いので...。

4.『The Unforgettable Fire(2025年9月29日掲載)
水林章のフランス語小説第5作めの作品『炎と影の森(La forêt de flammes et d'ombres)』は大風呂敷な絵巻物である。これまでの4作の準主役となっていた”音楽”に加えて、新作は”絵画”が”音楽”と同じほどの重要なファクターとなっている。水林のobsessionとなっている大日本帝国による15年戦争(1931 - 1945)に蹂躙された日本とその若者たちが、いかにその傷から再生していくか、というテーマはこの小説では3人の芸術家(画家と音楽家)とその子孫たちに至る90余年の大河小説として進行する。水林の筆がノッている感じ。名調子。その名調子に最も熱がこもるのが、絵画創造および完成された姿の(文章による)描写であり、音楽楽曲とその演奏家表現の(文章による)描写である。ここが私が留保してしまうところで、私にはそれで絵の姿や色彩やタッチが見えてこないし、音楽は聞こえてこない。これは私の理解力の問題だけなのかもしれない。フランスでの高い評価は、その情念的物語性においてであり、そこには私にも何の異論もないのであるが。

5.『シャル ウィ ダンス(2025年4月11日掲載)
2023年2月サン・ジャン・ド・リューズ市のリセで起こった生徒による女性教師刺殺事件、その葬儀に教会前庭に置かれた棺の前で、残された伴侶男性が見えない亡き妻の手を取って踊り出す。みんなこのシーンで泣いたのですよ。2025年4月、ジュリアン・クレールはこのエレガントなダンスの男性に捧げる「パルヴィ(教会前庭)」と題された歌を発表する。そしてこの歌に心打たれたコメディアンのフランソワ・モレルが担当する国営ラジオでの時評コーナーでこの歌とダンスの男性を称える。爺ブログはその一部始終を記事にしたのだが、私もこれは書きながら泣けてきて泣けてきて...。シャンソンにはこのようなエモーショナルな出来事を歌にして後世まで残すという役目もある。ジュリアン・クレールは良い仕事をした。偉大なシャンソニエの仕事であった。

6. 『愉快で詩的なメタフィジック(2025年6月30日掲載)
アメリー・ノトンブの第9作めの小説『管の形而上学』(2000年)を子供向けにアニメ化した映画『アメリーと管の形而上学(Amélie et la métaphysique des tubes)』、内外で評判は上々で、2026年ゴールデン・グローブ賞(アニメ部門)にもノミネートされている。日本上映も決まっていて『アメリと雨の物語』という題で2026年3月20日から。まあ日本の「7歳から107歳の子供たち」がどう思うかは非常に興味のあるところではある。2歳半の幼児が自分を「神」と確信するところなんか、どう思うんでしょね。原作および原作者と距離を置かないと、この素晴らしいアニメ映画はよろしくない解釈を呼び込む可能性があると思う。”ノトンブにしゃべらせるな”と言いたい。カラフルなワンダーランドを堪能すべし。それから福原まりさんの音楽にも傾聴されたし。

7. 『Don't look back in anger(2025年10月20日掲載)
民放TVトークショー番組「コティディアン」の切れ者ジャーナリスト、ポール・ガスニエの初小説で、2025年度ゴンクール賞候補作(第ニ選考まで)だった『衝突(La Colision)』の紹介記事。移民系不良少年の暴走バイクに衝突され命を失った母親の事件をその10年後に詳細に再検証する。ジャーナリストの眼を持った著者はその現場となったリヨンの街区の成り立ちの歴史、少年の生い立ち、極右排外主義が大幅な支持を得る時代の空気、敬虔なイスラム者である少年の姉との対話など、さまざまなファクターを交えながら、答えのない服喪の物語を綴っていく。一体これは何と何の衝突だったのか。著者はそれに「赦し」を与えられるのか。同じ番組「コティディアン」の同僚ジャーナリストであるアンブル・シャリュモーの初小説『生きとし生けるもの』と共に、2025年に出会えた若い二人の作家の2冊がこの1年で最も印象に残った。二人とも次作がとても楽しみ。

8.『手を取り行くのも絵空事(2025年2月28日掲載)
これは2月の肝臓の手術の後で初めて観れた映画だった。シンガポール人監督エリック・クーの日本を舞台にした作品で、カトリーヌ・ドヌーヴ(+堺正章、竹野内豊)が主演していた。2025年10月には日本でも『スピリット・ワールド』という題で公開になった。どれほどひどい映画かということは記事中に書いてあるので繰り返さないが、カトリーヌ・ドヌーヴという大女優はちゃんと作品を選んで出演を決めてほしい。これは爺ブログの傾向であるが、日本がらみの映画を取り上げるとビュー数はグンと上がる。そういうウケを狙って紹介記事を書いているわけではない。日本で上映されるケースが多いので、ネタバレ記事はその方面に迷惑をかけているかもしれないが、本当にひどいものが多いので黙っておれなくなるのだよ。とりわけ不思議の国ニッポンをエサにして釣る映画には(それをフランス人が褒めるので)怒りが込み上げてくる。

9.『美しい星あかり(2025年9月13日掲載)
(↑)のレトロスペクティヴ2025のイントロで書いた「ノスタルジーで涙すること」の端的な例。極個人的・極私的な1987年の回想を、1987年のイタリアヒット曲にかこつけて書いている。父親が今の私と同じ病気が原因で他界した年だった。33歳でレコードを山ほど買って山ほど聞いていた頃だった。そんなことを長々と書くようになってしまったのだよ、私は、嗚呼。エロズ・ラマッツォッティは私より9歳若くて今62歳で、イタリアの国民的大歌手になってしまった。金満趣味がぷんぷん匂う。だがあの頃のイタリアものには本当に懐かしみを感じている。2025年、最も聴き、最も愛したアルバムがアンドレア・ラスロ・シモーネの『かくも長き影』であったことはそれと無縁ではない。イタリアはいろいろな意味で遠い夢の国になりつつある。

10.『生者を眠らせ生者の屋根に雪ふりつむ 死者を眠らせ死者の屋根に雪ふりつむ(2025年1月17日掲載)
2025年1年間で私が観た最高の映画。ペドロ・アルモドバールの『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(2024年ヴェネツィア映画祭金獅子賞)、もちろん爺ブログ評価★★★★★。
ー「私の快楽の源泉はすべて枯渇してしまった」とマーサは言う。これが病気の”真実”である。その状態を見て、まだ五体が動くではないか、という楽観論を述べ、危機的状態を見ようとしない人々を私は多く知っている。生きる喜びがすべて消え失せた状態、これをおしまいにしたいという欲求は正当化されないものなのか。映画はそれを問い、死に行く者の尊厳に加担する。そしてそこに友がいてくれたら。ー と記事に書いてある。私の正直な気持ちである。極私的にこの映画でどれほど救われたか。マーサ(演ティルダ・スウィントン)に感謝し、その上にふりつむ雪にも感謝した映画だった。2026年もこんな映画に出会えますように。