デュパン『ソルガ』
1988年5月のことでした。たった3ヶ月間だけ在籍した日系(大)企業の通訳でマルセイユの西側にある工業都市フォス・シュル・メールに出張しました。マルセイユからレンタカーを借りて産業道路を西進していくうちに、晴れていた空がどんどん色が変わってピンク色の霞になって、強い臭気で窓が開けられなくなりました。石油精製、鉄鋼業などが集まっている地区です。強烈に記憶しているのは空の色です。ヴァン・ゴッホが描いた南仏の空には黄色い渦巻きが見えるのですが、フォスにはピンク色の渦が見えました。
2000年デュパンのファーストアルバム『工場(L'Usina)』を聞いた時、私はすぐにこのフォスの灰ピンクの渦巻く空を思い出しました。このバンドがフィーチャーしているヴィエル・ア・ルー(英語名ハーディー・ガーディー)という楽器の、ともすれば耳障りな擦弦ドローンはサウンドに濁りを与えます。文字通り工場の鳴り止まない重機の低轟音のよう。へヘルメット&遮音ヘッドホンを被った真っ赤な顔の作業員たちは、こういう声でなければ何も言葉にならないんだ、という振り絞りヴォーカルのサム・カルピエニア。いにしえの遠いヨーロッパから聞こえてくるような螺旋的なメロディー。オック語という面妖なフランス語。これは私たちは当時「中世インダストリアルロック」と呼んでました。レコード会社が(当時メジャーの) Virgin Franceでしたから、私たちはその会社傾向から判断して、新傾向の「ロック」として解釈しようとしてたんですね。機械、マシーン、エレクトロニクス、強い批評性、オーガニックでプリミティブな雰囲気、オクシタン ... 半分はロック的で、半分は非ロック的でも、シャウトするサム・カルピエニアの姿に、私たちはノワール・デジールのベルトラン・カンタに近いものを感じていたと思いますよ。百歩譲ってこれはロックである、と。
デュパンは(本人たちの許可なしと言われている)『L'Usina Remix』(ミニアルバム。2001年)、次いでセカンドアルバム『カミナ』(2003年)でエレクトロニクスと遠ざかり、マンドール(Mandoleです。 Mandoreと混同のないよう)というアルジェリアのシャアビ伴奏の撥弦楽器を導入します。
メジャーを離れて、北フランス、ピカルディー地方アミアンの独立ジャズ・レーベル LABEL BLEU(ラベル・ブルー)のワールド系サブ・レーベルINDIGO(ロキア・トラオレを世界に知らしめたレーベルです)から、サードアルバム『レ・ヴィヴァン(Les Vivants)』(2005年) が発表になります。レッテルの妙でしょうか、レーベルが変わっただけで、このバンドはロックバンドから「ワールド」に急にカテゴリーが変わってしまいます。デュパンがこのアルバムで初めて「フランス語」で歌っていても、人々はこれを"ロック・フランセ”から「地中海ワールド」に売場の位置を変えたのでした。
このサードアルバムは松山晋也君の解説がついた日本盤(ビデオアーツ社)も出て、中村とうようからの賛辞もあり、ミュージックマガジン誌の2006年度の年間ベストで「ワールド部門」7位にランクされてます。私はこのあとデュパンが活動できなくなったのは、中村とうように誉められたからではないか、という説を持っていますが、ま、それはそれ。
サム・カルピエニアは謎の人です。マルセイユ生れではなくノルマンディー出身で、ポーランドの血も引いています。1989年マルセイユ近郊の港町ポール・ド・ブークで結成された(ファンク、レゲエ、オルタナティヴ系)ロックバンド KANJAR'OC(カンジャロック。4半世紀にわたって、マッシリアなどと混じり合いながら南仏シーンの名物バンドになっているものの、私はよく知らない)のギタリストでした。それからイタリアとブルガリアでヴォーカル・ポリフォニーを研鑽したマニュ・テロン(後のロ・コール・ド・ラ・プラナ)と、GACHA EMPEGA(ガチャ・エンペガ)と名乗る二声ポリフォニーグループを作ります。マルセイユのトラッド/フォークロアをヴォーカルで大変革してしまう最初のバンドです。それからサムはデュパンへ、マニュはロ・コール・デ・ラ・プラナへ。この二人は親友でくっついたり離れたりをその後も繰り返しますが、 ブルガリア型の地声ベルカントを思わせるマニュ、アンダルシア・カンテ・ホンドとロック唱法のミックスのようなサム、というヴォーカル資質の違いだけではない、なにか大きな特徴の差があるように思えるのです。この個性的なヴォーカルアーチスト二人は、共に大団円のある歌唱を得意とし、螺旋階段昇りつめ式にヴォーカルによるトランス状態まで持っていくことができます。しかしこの二人が違うのは、アティチュードとして冗談だらけのマニュ、冗談なしのサム、だと私は思うのです。このあたりがね、(↑の写真)細身長身&メガネで哲学者然としたカルピエニアと、小さく丸っこくて剽軽もののテロンが、ドン・キホーテとサンチョ・パンサのように見えてしまう所以なのですよ。
デュパンを解散してから4年後の2009年にソロアルバム『Extatic Malanconi(エクスタティック・マランコーニ)』が出た時、パリのカフェでちょっと長い時間話を聞くという機会がありました。その時の模様は爺ブログの『サム・カルピエニアとアペロを共にする』に記録してあります。柔和な表情でいろいろ話してくれたのですが、その時も「デュパン後」というか「いかにデュパンを葬るか」みたいな試行錯誤で頭がいっぱいで、さまざまなプロジェクト("Extatic Malanconi"ツアー、ビージャン・シェミラニとの新バンドForabandit、ガチャ・エンペガでの再活動など)が同時進行している、と言ってました。
元デュパンのヴィエル・ア・ルー奏者(言わばサムと並んでのデュパンの双頭リーダー)ピエロー・ベルトリーノが参加したオネイラ(爺ブログ『地中海の6人』参照)にゲストヴォーカルとして出演した時、ビージャン・シェミラニとウラシュ・ウズデミールと組んだトリオ、フォラバンディ(爺ブログ『追放人たちの歌』参照)としてのライヴ、それからデュパン再結成の手始めとしてピエロー・ベルトリーノとのデュオで行ったライヴなど、サムがパリに来た時は必ず会いに行くようにしているし、その度に少しばかり言葉を交わしていました。後でわかるのは、私はやはりデュパンの話ばかりしようとしていたし、「デュパンをまたやる」と聞いた時には「やっぱりそうだよな」と祝してやりましたけど。このサムという男、この間の10年間、あれもこれもといろいろやったけど、結局満足できなかったのだと思いますよ。冗談のない分、妥協もない人でしょうから。
デュパン再結成は、サムとピエローの二人さえいれば、というものではありません。サムとピエローの馴らし運転は2011年から始まったようです。私がパリで見たデュパン(デュオ)のライヴでも"L'Usina"のレパートリーをやったのですが、二人でループマシンを駆使して多めの音にしようとしていて、これだったら人数増やした方がいいのに、と思っていました。エマニュエル・レイモン(コントラバス)、フランソワ・ロッシ(ドラムス)、そしてこれが新生デュパンの最重要エレメントでしょうがブルターニュ出身のセルティック・フルート奏者ギュルヴァン・ル・ガックが加わったクインテットになりました。余計な機械を使わずとも、この5人で大丈夫と思わせる、各人の出る音数の多いアンサンブルです。そして、サムのマンドールの掻き鳴らしだけでは絶対に実現しない「ビート・バンド」の音になりました。
レ・ザンロキュプティーブル誌では、この新生デュパンの音を「Folk Step(フォーク・ステップ)」 と称しています。私の知らなかった英語なので、その定義をウェブ上で探してみました。
A style of music that is best described as the fusion of folk rhythms and electronic, mainly dubstep, beats.よくわかりませんが、私たちが20世紀に「フォーク・ロック」と呼んでたり、20世紀末に「サイバー・フォーク」と呼んでたりしていたものに近くて、ビートが強調されたものと思っていいでしょう。ヴィエル・ア・ルーをフィーチャーしたイマジナリーなオクシタン音楽に、新たにセルティック・フルートが加わり、バレティとフェスト・ノーズの混合バル(ダンスパーティー)のようなビート・フォーク・ミュージックと解釈しましょう。
さて、3枚目までのデュパンの明確な特徴としてあったのが、歌詞のメッセージ性であり、マッシリア・サウンド・システム、ファビュルス・トロバドール、ロ・コール・デ・ラ・プラナ、ラ・タルヴェーロなどのオクシタン・ムーヴメントのアーチストたちと同様に、強烈に社会や政治にコミットする異議申し立ての歌詞を歌ってきたのですね。私はこの全曲オック語で歌われている新アルバムを先に歌詞記載なしのプロモーション盤でもらって、曲タイトルだけ見ても全くどんな内容が歌われているのかわからなかったのです。2月3週目にやっと製品(歌詞ブックレット。オック語原詞、フランス語訳、英語訳つき)をもらって、そのブックレットを目にしたのですが、たいへん当惑しました。1曲めは2曲めの詩の一部(2行のみ)を引用した、言わば2曲めのためのイントロダクションのような曲です。それはこういう2行なのです。
千頭の蝶がお立ち会い、日本語では蝶々は「一頭、二頭」と数えます。羽根よりも頭が目立つんでしょうか。その蝶々が千もいて、その頭を失わんばかりに夢中で猛スピードで縦横無尽に飛び回っている図。一体何のことでしょう? 一体どんなアルバムがここから始まろうとしているのでしょう?
曲芸飛行に熱中していた
(Mille Papillons 千頭の蝶)
全12曲中、11曲の詞が「マクサンス(Maxence)」という名前になっています。私はすぐにデュパンのフェイスブックページにメッセージを送り、サムに一体このマクサンスとは誰なのか、と問いました。答えはサムではなくピエローから来ました("サムはフェイスブックページなんて見てないよ”。さもありなん)。
マクサンス・ベルナイム・ド・ヴィリエ(Maxence Bernheim de Villiers)は不詳の詩人で、出身はパリ、オック語表現の詩と文学に関心を抱いていた。われわれは彼が若き日に書き、1958年にフランス語・オック語の二言語で出版された彼の詩集 "SOURCE"/"SORGA" のことしか知らない。その詩集をある日サム・カルピエニアが古本屋で見つけ、強烈なインスピレーションを受け、このアルバムの構想練りが始まった、ということのようです。
その詩は非常に難解です。いつもBuda Musiqueから出るアルバムで歌詞やテクストの英訳をしているドミニク・バックさん(Buda Musiqueの広報担当もしている女性)が、このブックレットの中で、わざわざ断り書きを入れています:「この英訳は、(その意味するところが必ずしも明白ではない)これらの美しくも神秘的な詩の雰囲気を描写する試みであるにすぎません」。で、私もやってみようとして、めげてしまったのですよ。
私の静寂の中心でこんな感じで、私も自分が何を書いているのか、わからなくなります。書かれたのが50年代ですから、「現代詩」と言っていいと思いますが、ライム(韻)でもミーニングでもないところの神秘性なんでしょう。黒いです。黒い装釘です。種村季弘や澁澤龍彦の本にも似ています。イラストレーションはピエロー・ベルトリーノの手になるもので、アルバムタイトルの『ソルガ』(水源、源泉、泉)を象徴するのは、マルセイユ・タロット・カードからインスパイアされたという、ふたつの水瓶から水を流す女神。流れ星、怪物、ヴィエル・ア・ルー、ベースマン、頭から鳥が飛び立つ笛吹き男。そして涙の真ん中で揺れる目のイラストは(↓)この歌のためでしょう。
夜の中に水の動きがすべりこむ
この重い動脈に
- 広いまぶたに千の皺 -
私の期待の秘密が虹色に輝く
(2曲め"Au cór de mon silenci"「 私の静寂の中心」)
存在の井戸には最低の翻訳だと思って読んでくださいよ。私にはこれ以上できないですよ。 そして、今回のアルバムは歌詞を誰も気に止めないことになりましょう。この詩の雰囲気とサウンドを精神性や神秘性につなげてトリップすることは、「プログレッシヴ・ロックの道なり」(©石坂敬一)なんでしょうが、そう聞いて悪いという法はないです。
どれだけの涙が流れ落ちたことか
ひとつの顔の恥ずべき頬をうがつために
そこでは空に取り憑かれた目が
転がっていた
眩暈
(8曲め"Vertige"「眩暈」)
最も美しい太陰月には思いもよらぬサム・カルピエニアは水源に戻ろうとしているのだろうか。このような神秘詩こそが彼のルーツだとしたら、この「冗談のなさ」を実現してしまったデュパンというバンドは、これからどんどん向こう側に行ってしまうかもしれませんね。この辺の話を今度サムに聞いてみたいものですが、語彙の時点で私の理解をはるかに超えてしまうおそれも。ま、そんなこと言わずに、この黒くもあり、求道的でもあり、熱いシャウトでもあるビート音楽をしっかりとお楽しみください。
悲しみの奥底へ行くこと
水源
その生まれたてを飲むこと
輝かしい難関、節理
再びもとに戻るのだ!
(3曲め"La Sórga"「水源」)
<<< トラックリスト >>>
1. MILLE PAPILLONS (千頭の蝶)
2. AU COR DE MON SILENCI (私の静寂の中心に)
3. LA SORGA (水源)
4. BEVEIRE D'AUCEUS (鳥を飲む者)
5. CADA VOUTA (毎分)
6. UN MOSTRE (怪物)
7. VAGANT TREPAIRE... (星をハンマーで叩く放浪者)
8. VERTIGE (眩暈)
9. COPAR TOTJORN COPAR (引き裂け、もっと引き裂け)
10. TOT VEIRE, TOT OBLIDAR (すべてを見ろ、すべてを忘れろ)
11. NON O FALIA PAS MAI (もうしてはいけなかった)
12. GLENWAR (グレンワール)
DUPAIN "SORGA"
CD FULL RHIZOME/BUDA MUSIQUE CD 860268
フランスでのリリース:2015年3月16日
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)DUPAIN "VERTIGE"(LIVE)
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