『さらばベルト - あるいは祖母の葬式』2012年フランス映画
"Adieu Berthe - L'enterrement de Mémé" ブルーノ・ポダリデス監督 ブルーノ&ドニ・ポダリデス脚本
主演:ドニ・ポダリデス、ヴァレリー・ルメルシエ、イザベル・カンドリエ、ブルーノ・ポダリデス
2012年カンヌ映画祭・監督週間出品作
フランス公開:2012年6月20日
最初の飛行機が兄弟(ライト兄弟)だったように、最初の映画は兄弟(リュミエール兄弟)でした。以来映画はワーナー兄弟、マルクス兄弟、タヴィアニ兄弟、コーエン兄弟、ダルデンヌ兄弟など、さまざまな兄弟の活躍に支えられてきましたが、フランスは1992年の短編映画『ヴェルサイユ左岸』以来、このポダリデス兄弟(ブルーノ&ドニ)がその兄弟伝統を継承しています。
このポダリデスという地中海系の名前を持つ家は、ヴェルサイユという裕福な町で薬局を経営していました。父はその薬剤師。母は薬局とは関係がなく英語教師。しかし母方の祖母というのはヴェルサイユ屈指の老舗書店の経営者で、土地の名士でした、この映画はそういう自伝的要素がいっぱい出てきます。
アルマン(演ドニ・ポダリデス)は薬剤師で薬局経営者で、同じ薬剤師の妻エレーヌ(演イザベル・カンドリエ)とリセ生の息子ヴァンサンと(ヴェルサイユと特定できませんが)イル・ド・フランスの瀟酒な町に住んでいます。その薬局の階上にエレーヌの母シュザンヌ(カトリーヌ・イエジェル)が住んでいて、これが金持ちの上に婿いびりが好きという、どうしようもない姑様です。つまり上に書いたようなポダリデス家の背景と似せているわけですね。
映画は唐突にアルマンの愛人アリックス(演ヴァレリー・ルメルシエ)の家で、アルマンの趣味のマジックショー芸の練習をしているところから始まります。顔に立方体の箱をかぶり、箱には四方八方から剣が突き刺さっています。アルマンの携帯電話にメールが着信されます。アリックスがメッセージ読んであげるから、解除コード教えて、と言うのですが、アルマンはいやそれは極私的なものだから、と教えず、たくさん剣の突き刺さった箱の中に携帯電話を入れさせます。そこでアルマンは祖母ベルトが亡くなったことを知るのです。
アリックスは前の恋人(アブデルという名前。電話の相手としてのみの出演)との間にひとり娘ジュリーを設けていて、ジュリーは今やアルマンによくなついていて、アルマンのマジック趣味まで伝染して、手品を披露するのが好き。アルマンの電動キックスクーターに同乗させて ジュリーのスポーツクラブへの送り迎えも彼がしているのです。
電動キックスクーターで行き来できる距離で、アルマンは妻(家庭&職場)と愛人宅を往復する二重生活を送っているわけです。日本式にたとえると、薬局のオヤジが仕事中にもかかわらず「ちょっとパチンコ行ってくるわ」と抜け出す身軽さですね。この二重生活は、当然のことながら平衡が続くわけがなく、愛人の方がクレッシェンドし、妻の方がデクレッシェンドしていくのです。それを象徴するのが、仕事中だろうが、妻との対話中だろうが、真夜中だろうが、だれかれはばかることなく着信されてしまう愛人からの携帯メールメッセージなのです。映画では大スクリーンにそのままメールメッセージが映し出され、その度に場内で笑い声が起こります。2012年的今日、人目をしのぶ恋人たちは、声をひそめて電話することなどせず、大胆に携帯メール交信で生活のどんな場面にあっても愛を確認できるようになったのです。恐ろしいことです。
妻エレーヌは愛人アリックスと一面識もありません。しかしアルマンとの破局が近いことを知っています。アルマンは別離がゆるやかでゆっくりであることを願っています。「少しずつ始めていこう」とアルマンはエレーヌに提案します。「例えば、明日から一緒に朝食を取らない、とか」。笑っちゃいますよね。
一方愛人アリックスは情熱の女で、どんどん領土拡張していきます。娘ジュリーの誕生パーティーに「アルマンのマジック・ショータイム 」という娘の手描きの招待状が、子供たちに配られ、もうアルマンは家族の一員という疑似「公式発表」したくてたまらないわけです。情熱の女は燃えやすく激しやすく(だから愛人でしょう)、度が過ぎるととんでもなく野卑な表現(例えばちんちんの大きさのことで男を罵倒したりすることです)がどんどん出てきます。これはヴァレリー・ルメルシエの真骨頂ですね。
さて、このジュリーの誕生パーティーに割って入ってきたのが、祖母の死です。アルマンの記憶にほとんど残っていない祖母を思い出すひまもなく、葬式の日取りの問題が発生します。ジュリーの誕生パーティーとぶつかってはいけない、という思いがアルマンにはありますが、ま、映画ですから、その日になってしまうんですね。それはエレーヌの母シュザンヌの強引な横やりであり、自分の娘婿の祖母にふさわしい豪奢な葬式にしたい、というので既にハイテクでポスト・モダンな葬儀屋と段取りを組んであったのです。このニューエイジな葬儀屋のプレゼンのシーンがまた傑作なのですが、 葬儀屋シャルルを演ずるのがポダリデス兄弟映画には欠かせない異色男優ミッシェル・ヴュイエルモズで、後半では妻エレーヌに横恋慕する男というポジションを獲得します。
この葬式の日を何とかずらさなければならない。義母シュザンヌの言いなりにさせてはならない。死んだのは俺のメメなんだから、俺が決めるんだ。
というところで、墓地で偶然、町の零細(二人だけで稼働している)葬儀屋のイヴォン(演ブルーノ・ポダリデス)と出会い、シュザンヌの決めた葬式日の前日にできると知り、即決。ベルトが死んだノルマンディーの養老院の遺体安置所に、イヴォンが遺体を取りに行くのに便乗して、アルマンとアリックスはベルトの養老院に遺品を回収に行きます。この霊柩車(イヴォンの葬儀屋にはこれ一台しか車がない)でのドライヴが、映画のポスターとなっているシーンです。
映画ですから、ここでまた事故が起こります。日帰りのつもりで出かけた一行は、遺体安置所を出た霊柩車バンが故障エンコしたため、アルマンとアリックスは養老院のベルトが使っていた部屋で一夜を明かすことになります。そこで二人は遺品の中から、若きベルトが書いていた手紙の束を見つけます。そこにはベルトが妻子ある興行マジッシャンと道ならぬ恋に落ちていたことがしたためられてあり、ただならぬ手品師への恋慕とベルトの苦悩が赤裸々に表現されています。アルマンはその夜、夢の中で若きベルトと再会し、自分は網タイツ姿のアリックスとエレーヌをアシスタントにして大マジックショーを披露するマジッシャンになって登場します...。
翌日、シュザンヌが手配したハイテク葬儀屋が遺体を回収に行ったら、遺体はすでになく(イヴォン葬儀屋が取ってしまった)、烈火のごとく怒ったシュザンヌは遺体とアルマンの居場所をつきとめ、葬儀屋シャルルと共にベルトの養老院に乗り付け、遺体を回収したばかりでなく、アルマンとアリックスの浮気の事実をつきとめてしまいます....。
この世代は40歳から50歳までの、今だったら壊れてももう一回やり直せる、と思っている人たちです。日本でもそうなのか、フランスが顕著なのかは知りませんが、この人たちは簡単に離婚し、別離します。私は娘の幼なじみの両親たちで実感するのですが、40歳すぎたらみんな競争するかのように離婚してしまいます。ベルトの養老院の女性ディレクターが、アルマンとアリックスを迎えての食事の時に「今の夫婦は本当に長続きしない。それにひきかえあなたたちはこんなにも仲がよろしくて...」と祝福するのですが、アルマンは小さく「実はこの女性は妻ではない」と言ったのに、聞こえていない。そう、軽いことなのです。結婚する、離婚する、愛し合う、別離する、これが40歳代にはその価値の重さが減ってしまったかのように、第二のチャンスの優位性に惹かれていきます。子供がある程度大きくなって、おまえにはもう十分してやった、という親の勝手なリクツも通るように思っています。そして何よりも、右を見ても左を見ても全然珍しいことではない、ということが免罪符になってますよね。「40歳代で離婚、フツーじゃん」という風潮ですな。
この映画は逆に「未練」の方を浮き彫りにします。アルマンはエレーヌやヴァンサンのことを想い、アリックスはジュリーの誕生日に来れないというアブデル(ジュリーの父)の言葉に逆上し、その強い悲しみを押さえ切れません。そしてベルトの手紙が教えてくれるもの、それはその悲恋の爪痕がどういう経緯は知らず、手品/魔術に魅せられる孫のアルマンに伝わって、それはさらに伝染して、アリックスの娘のジュリーにまで至っている。アルマンはそのすべてを強烈に愛することで、何も捨てられなくなってしまうのです。
ラストシーンは(書いちゃいけないことでしょうが)、ベルトの骨灰を養老院の庭園の沼に播き、ジュリーの誕生日のマジック・ショーが始まります。 大型木箱トランクにアルマンを入れ、アリックスが南京錠を二つかけます。そして木箱トランクに乗ったアリックスが大きな布でトランクと自分の体を覆って呪文をかけます。気合いと共に布が落ちていき、(通常この芸ではトランクの上にアルマンが登場し、トランクの中にアリックスが入れ替わっている)、あらら、失敗、トランクの上にはアリックスが残っている。その時、アリックスの携帯電話にメールが着信されます:"Je reviens"(帰ってくるよ)。トランクを開けてみるとアルマンの姿はありません。そしてその時同時にエレーヌの携帯電話にメールが着信されます:"Je reviens"(帰ってくるよ)。
マジッシャンですから、逃げがうまい映画です。ポダリデス兄弟はマジッシャンですって。
(↓『さらばベルト』予告編)
0 件のコメント:
コメントを投稿