2008年6月25日水曜日
バルー色の人生
ピエール・バルー『AZ全録音集 1963-1966』
Pierre Barouh "Les Années Disc'AZ 1963-1966 - L'Intégrale des Chansons"
「私は旅人(ヴォワイヤジュール voyageur)ではなく散歩者(プロムヌール promeneur)である。実際に身分証明書の職業欄に散歩者と記入したことがある。」
フレモオと同じように,この人も劣等生でした。ダチと遊ぶのは好きだったけれど学校で勉強するのは嫌いだったのです。みんなそうでしょうけど。トルコ系ユダヤ人の息子として生れ,第二次大戦時はナチスのユダヤ人狩りを逃れるためにフランス西部大西洋岸のヴァンデ地方に里子に出されます。ヴァンデの子供時代が,いつ密告によってやってくるかもしれないユダヤ人狩りの恐怖というシビアな状況だったはずなのに,この頃を回想するピエール・バルーは本当に幸せそうなんですね。この第二の故郷(まあ第一の故郷と言ってもいいんでしょう)の幸福な思い出のためか,永遠の散歩者バルーさんは20世紀の終わりに住まいも自分の会社サラヴァもヴァンデ地方に移してしまいます。永遠の旅するギタリスト,ジャンゴ・ラインハルトがサモワ・シュル・セーヌを終生の地に選んだのと同じようなものかしらん。バルーさんは今年74歳。まだ亡くなったわけではないので,ヴァンデが終生の地になるかどうかなんかわかったものではありませんが。
唐突でありますが,子供たち,若い方たち,爺と奥様は数年前から「終生の地」をどこにしようか,ということをよく考えるようになりました。私たちは子供がまだ十代なのに,精神的年寄りなので,あと十数年で爺が年金生活者になって,娘が自活してくれたら,やっぱりエレベーターで昇り降りする住居は去りたいなあと思っているのです。自宅前がセーヌ脇のかなり交通量の多い4車線道路で,1970年代建築のわが建物の古い住人は「できた頃は川沿いを散歩できたのに...」と言います。爺たちは入居して14年になりますが,わが窓からは絶景が見えるものの,騒音と排気ガスとびゅんびゅん飛ばすクルマの危険にはずいぶん悩まされました。ドミノ師は何度か「あわや!」というシーンを体験しています。建物の住人たちも年々年寄りたちがここを去って他所に移るというケースが多いです。ちょっと年寄りには優しくない環境ではあります。で,ここを去った年寄りたちはどこへ,というと,ノルマンディー地方という人たちが少なくありません。セーヌ脇に住んだ人間の性(さが)でしょうか。川の流れと人生の流れが同じように見えてくるんでしょうか。ここから下流に進んでいくとノルマンディーです。エヴルー,ルーアン,ル・アーヴル,オンフルール,そしてセーヌは海に流れ込んでしまいます。パリが人生の中流だとすると,人生の下流もセーヌの下流が似合うかもしれません。私たちが入居した頃,まだセーヌ川の定期船で「パリ〜オンフルール〜ドーヴィル」というのが運行しているのを見たことがあります。何時間かかっていくのだろうか,下りは早いだろうけれど,上りは一日がかりかな,などと考えたものですが,いつしかその姿も見えなくなりました。
ドーヴィル,ドーヴィル,ドーヴィル....
唐突ですが,バルーさんに戻ります。クロード・ルルーシュ『男と女』は,(後年の人様の評価はともあれ)青森の中学生だった爺には非常に衝撃的だった作品で,ストーリーよりもいろんなシーンが頭に残って離れなかったのでした。だから大人になってフランスの住人になって,そのゆかりの地ドーヴィルにも(なにしろパリから近いから)何度も行くようになって,その度に同行した人と『男と女』の話をしようとするのですね。ほら,ここからフォード・ムスタングがヘッドライトのパッシングをすると,アヌーク・エーメと子供たちが飛んでくるんだよ,とか。
フランシス・レイの音楽は私はず〜っと長い間電子楽器の音だと思っていたので,それをずいぶんあとでアコーディオンと知った時には仰天しました。私にも「電子楽器=未来,アコーディオン=過去」という極端な偏見があって,ガキの私の耳には『男と女』や『白い恋人たち』のインスト音は未来サウンドであったのですね。なにしろ時代は60年代ですから。
歌が多い映画で歌がナレーション説明みたいになっているのが,大人になってから見るとなんか安っぽい歌謡ドラマのように見えてきまり悪い思いをするようになります。バルーさんは世界の映画史上でこんな風に歌(=シャンソン)と音楽が重要な関わり方をした映画は『男と女』が初めてだ,と言うのですが,たしかに音楽と歌ときれいな絵だけで見せてしまう映画というのは,それ以後急に増えたような気がします。
この映画はルルーシュという映画人のキャリアとそれへの否定的な評価などを伴って,後年どんどん色あせていくのですが,音楽だけはひとり歩きして全く色あせることがない。一方で誰でも知っている「ダバダバダ....」がありますが,ピエール・バルーはこの映画の中で「サンバ・サラヴァ」という後年の世界音楽を変えてしまうような曲を披露しています。これはヴィニシウス・デ・モラエスとバーデン・パウェルの曲にバルーさんがフランス語詞をつけたボサノヴァ讃歌/ブラジル新音楽讃歌ですが,この録音はブラジルで偶然に出会うことができたバーデン・パウェルと,フランスに帰国する前夜に徹夜でレコーディングされたもので,1トラックのレヴォックス機で録音されたテープが,このオルリー空港についたばかりの若きバルーさんの手の影に見えます(↓)。
このテープを聞いて心うたれてしまったクロード・ルルーシュは急遽『男と女』のシナリオを変え,この歌を映画の中に入れてしまうのですね。「サンバが人生の中に入ってきてしまった」とアヌーク・エーメはジャン=ルイ・トランティニャンに説明します。ブラジル音楽に身も心も奪われてしまった最もブラジル人的なフランス人「ピエール」。いいシーンですね。この全世界大ヒット映画のこのシーンを見て,ブラジル音楽やボサノヴァに開眼してしまった人たちがどれほど多くいることでしょうか。
「サラヴァ」はこうして生れ,「サラヴァ」が生まれる前,ピエール・バルーは民放ラジオ会社ウーロップ・1(Europe No.1)が持つレコード会社 Disc AZと契約した歌手でした。このCD2枚組(+DVD)は,バルーさんがAZに在籍していた当時(1963-1966)の全録音32曲を集めたもので,自分のレコード制作会社サラヴァを設立する前の,言わば「前・サラヴァ」期のすべてです。内容は5枚の4曲入りEPシングルと1枚のLPアルバム"Vivre"を合わせたものです。企画制作は現在AZ社音源の権利を所有するユニヴァーサル・フランスによるものです。『男と女』のサントラ中,バルーさんの歌入りの4曲が収録されていて,「サンバ・サラヴァ」もブラジルでの1トラック録音の音がそのままで収められています。回転ムラが聞き取れますが,それがまた「味」です。
<<< トラックリスト >>>
CD 1
1. Tes dix-huit ans
2. Le verbe aimer
3. Le roman
4. De l'amour à l'amour
5. La chanson du port
6. Le tour du monde
7. Nous
8. Chanson pour Teddy
9. Le courage d'aimer
10. La barque de l'oncle Léon
11. Mourir au jour le jour
12. Lorsque j'étais phoque
13. Ce n'est que de l'eau
14. Notre guerre
15. Un violon une chanson
16. On n'a rien à faire
CD 2
1. Un homme et une femme (avec Nicole Croisille)
2. Plus fort que nous (avec Nicole Croisille)
3. A l'ombre de nous
4. Samba Saravah
5. Vivre
6. Un jour d'hiver
7. Ce piano
8. Le coeur volé
9. Roses
10. Les filles du dimanche
11. Huit heures à dormir
12. Monsieur de Furstenberg
13. Des ronds dans l'eau
14. Celle qu'on n'oublie pas
15. De l'amour à l'amour
16. Chanson ouverte à mon directeur artistique
DVD
ロングインタヴュー "Les rivières souterraines"(地下水脈)
+ボーナス(テレビ画像)
2CD+DVD UNIVERSAL FRANCE 5308731
フランスでのリリース:2008年6月9日
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