"Miel De Montagne"
どこの山のもの、と言うわけではない。知っている人は驚くと思う。マルセル・カンシュの息子、本名ミラン・カンシュ。マルセル・カンシュ(1954年生)は70年代半ばから80年代にかけて活動していた(ポスト・ロック、アヴァン・ジャズ・パンク)トリオ Un Département のヴォーカリスト/ギタリストとしてフランスのコールド・ウェイヴ/ノイズ・ロックのパイオニアと言われ、次いで90年代にはメジャーのバークレイ(フィリップ・コンスタンタン)と契約して、およそ商業性とは無縁の難解文学系の作品を何枚か発表する。バークレイは一方にアラン・バシュング(カンシュとは仲がいいのだ)というその世界のチャンピオンを有するレーベルなので、それもありかなと思うのだが、バシュングはある種のポピュラリティーを得ても、カンシュは全くそれがない。硬派でノイジーで高踏派で。2000年代からも独立系で作品を出し続けているが、もはや神話的アヴァン詩人ロッカー。
そういう堅物の父親を持ったこの24歳の息子が一体どんな音を出すかと言うと...。ドリーム系シンセ・ポップ。落差はかなり大きい。まあ、親と同じようなことをしない、というのは健全な育ち方の証拠でもあるが。もともとハウス系DJで、それだけで喰えないから作詞作曲を始めた。その環境で育まれたプロ感覚というか、親父がどうしてポピュラーでないのかを肌で知ったフィーリングというか、こうすれば聴きやすく、耳に残り、リフレインを一発で覚え、快感を伝播できる、という術が身についちゃったんだろうねぇ。このオプティミスムについていけず、誰も彼の楽曲を採用しないので、自分で歌う(+演奏全部)ことに。ほとんどティーン・アイドル向けのような浮いちゃったナイーヴ歌詞
"きみにジュテームと言われてから、僕は前の僕とは違うんだ"(Plus le même)
”街角で見かけるあの娘、僕のこと一度も振り向かないけれど、僕はあの娘をずっと夢見てるんだ"(Cette fille)
決まり悪くなることを恐れてはいけない。ポップスとは歌詞じゃないよ、サウンドだよ、と今更ながらに認識させられる。われわれがガキの時分に心を奪われた英語ポップスなんて、響きだけで夢中になったものではないか。
今やその道の大家になったフィリップ・カトリーヌの平易でナンセンスで必殺のBセンス・ポップに続くものかもしれないが、制作されたクリップはすべて軽めのお笑い系に脚色されている。 シングルヒット狙い(狙おうと思えば狙えるキャッチーさ)の必殺イントロを持った "Permis B, Bébé"のクリップは、練馬変態クラブに囲まれて幸せそうなギーク青年に撮られているが、歌詞は
ボンジュール、マドモワゼル
今はまだお互いのこと知らないけど
きみの前にいると
僕は何も言葉が見つからないんだ
ボンジュール、マドモワゼル
こんな寒い外で何をしているの
良かったら僕の素敵なクーペで
送って行ってあげようか
だって、僕はB免許を持ってるんだよ、ベベ
僕はB免許を持ってるんだよ、ベベ
何か特殊な運転免許のように思われようが、"Permis B(ペルミ・B)"=B種免許とは、日本の普通免許に相当する、言わば誰でも持っている免許証で、ことさらに"Bなんだぜ!”と自慢できる類のものではない。意気がって見ず知らずの女性を"ベベ”(へい、ベイビー)と呼びたい臆病少年が、 うまく言えずにどもってしまい "べ、べべ”となってしまったことが、"Permis bé bébé"(免許持ってんだぜ、べ、べべ)と発語されたということなんだろう。解説するとつまらなくなるけど。しかしナンセンスだけどこういうリフレインは絶対耳に残る、という良い見本。
去年2018年にEPで発表され、YouTube2百万ビューの曲 "Pourquoi pas(いいじゃないか)"は、4行短詩の繰り返し。
きみと出会った時に
僕は一人つぶやいた
真っ裸で生きるのも
悪くないんじゃないか、って
これがフランスでの批評が持ち上げるような大いなるヌーディスト賛歌であるかどうかはアレとして、何度も"Pourquoi pas!"(悪くないんじゃないか)と言われると、曲も自然と、コレ全然悪くないね、という感じで聞こえてくる。なにかそういうマジックを心得たユルいポップなのだろう。このギーク君は水上スキーもできるのだね。
それからこれぞ偽ナイーヴ・ポップ!と誰もが頷くであろう5曲め"L'Amour"(恋)は、シンセ・ボサノヴァのチープさがなんともいい感じで胸キュン。
僕は恋については何も知らないけど
ずっと探してるんだ、いつも探してるんだ
僕は恋については何も知らないけど
ずっと探してるんだ、毎日探してるんだ
恋、それはきみのことかも知れない
でももう遅い 僕は見逃しちゃった
恋、それはきっときみのことなんだけど
いつか僕のところに戻ってきてくれるかも
ギーク君と雪だるまの恋物語という設定の雪山クリップもナンセンスな中にそこはかとない哀愁(サウダージ)もある。ボサノヴァだもの(って安直な説明か)。
ミラン・カンシュ、芸名を「ミエル・ド・モンターニュ」(山の蜜)と言う。"Miel de Montagne" とグーグル検索すると、音楽アーチストのことよりも(山岳)地方特産品の通販サイトへのリンクの方が多い。それもいい感じ。"M"iel de "M"ontagneとMの字を重ねたのは、形状がツインピークス山状である文字 "M"を強調してのことだろう。日本では山は逆さすり鉢状であるが、アルプスなどの険しい山の地方ではすそがやや開いたM状で表現される。Mが二つ重なると険しい山並みを想像できよう。昭和のマンガ「エムエム三太」ではエムエムは「ミラクル・マイティー」の略であった。このアルバムはミラクル・マイティーとは程遠いヘナチョコであるが、マジックの"M"はあると思うよ。
J'M bien MM.
<<< トラックリスト >>>
1. Plus le même
2. Pour rien au monde
3. Permis B bébé
4. J'y peux rien
5. L'amour
6. Ces rêves
7. Cette fille
8. Pourquoi pas
9. Fragile
10. Le soleil danse
MIEL DE MONTAGNE "MIEL DE MONTAGNE"
CD/LP PAIN SURPRISES/DELICIEUSE MUSIQUE
フランスでのリリース:2019年4月
カストール爺の採点:★★★☆☆
(↓)必殺のスロー "Le Soleil Danse"
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