2017年6月6日火曜日

デパント、デパントで半年暮らす

2017年5月24日にヴィルジニー・デパントの3部構成の大作『ヴェルノン・シュビュテックス』の第3巻が出版され、作品は完結を見ました。全3巻合わせた総ページ数は1200頁。この大小説に関しては、私は2015年に半年のインターヴァルで発表された第1巻と第2巻の時から問答無用の支持の声を大にしていて、同年の月刊ラティーナ10月号に絶賛の紹介記事を書きました。それから2年弱の間を置いての第3巻の刊行です。この2年に大きく変わってしまった世界を象徴するのがバタクラン乱射テロ事件です。デパントは書く予定でいたことを全面的に書き換えなければならなかったと言います。
 それも踏まえて、私はこの6月20日に発売されるラティーナ(2017年)7月号に『ヴェルノン・シュビュテックス3』に関するかなり説明的な紹介記事を寄稿しました。ぜひ読んでみてください。その執筆中に大変参考になったのが週刊レ・ザンロキュプティーブル誌(2017年5月24日号)で、その号の特別編集長がヴィルジニー・デパントでした。同号に掲載された『ヴェルノン・シュビュテックス3』をめぐるロングインタヴューの冒頭部分を、私のフェイスブック上で(無断)翻訳掲載したところ、かなりの反響をいただきました。特に先のフランス大統領選挙でのマリーヌ・ル・ペンとFNへの辛辣な分析の部分は、「よその国のこととは思えない」という意見をたくさんいただきました。以下にその部分だけ再録します。

(レ・ザンロック : この最終巻を書くのは大変だったでしょう?)
ヴィルジニー・デパント(以下 VD):自分で驚いたのは、第1巻第2巻もだいたい同じだったけど、莫大なページをかなり短い時間で書けたということ。私は最初から結末は知っていたけれど、2015年11月13日の事件(バタクラン・テロ)で私は長い間書けない状態に陥った。私はストーリーを変えたくなって、様々な他の筋を求めていったのだけど、結局何にもならず時間を失っただけ。『ヴェルノン・シュビュテックス・1』が出版された2015年1月7日(註:偶然にもシャルリー・エブド襲撃テロ事件の日と重なった)から今日まで2年間で、すべては変わってしまったのよ。この2年間の出来事をすべて文章の中に流し込むこと、それが最も複雑で難儀な仕事だった。

(レ・ザンロック:2年間にそれほどまで変わったことというのは何でしょう?)

VD:それはひとつの革命だったのよ、実際にフランスにおいてはね。既に終焉しかけていたテロリズムがその言葉を一挙に噴き出させた、しかも誰も想像できなかった凶暴さで。それから2008年の経済恐慌はヨーロッパのすべての国の不安定さを加速させ、ギリシャを転落させ、外国避難者たちの危機的状況は避けられないものになり、難民キャンプや地中海で膨大な数の死者が出たことを私たちは見ている。しかし私たちはこれらすべてのことに慣れてしまった。慣れることこそ最悪のことで、それはさらに重大な過ちを準備していた。例えば難民たちをトルコに送り返すことなど、その少し前までは考えられないことだった。それから最近の選挙もさらにひとつのカタストロフ(大惨事)をもたらした。マクロンに投票しなければならないことに私たちはみんな躊躇していた。来るべき事態への恐怖心から嫌々ながら投票することをもう私たちは続けて3度も4度もしてきた。それは気が滅入るなどというレベルをはるかに超えている。私たちの多くはサルコジを落選させるためにオランドに投票し、保守統治の長い年月の後に社会党というのはちょっとはマシなんじゃないかと思ったのだが、オランドの5年間には非常に失望した。その結果(今年の大統領選)第一次投票でマリーヌ・ル・ペンが得票首位となった地方の数々を見るや、私たちは悲嘆に声もなかった。助けの手を差し伸べることと、拳を振り上げること、それは全く違うことでしょう…。国民がその自身の国を崩壊させるために投票するのを見ることになるなんて、これはただごとではないでしょう。
(レ・ザンロック:あなたは人々がFNに投票するのは絶望感によるものだと思いますか、それともこの政党の真の姿を知らないことから来るものですか?)

VD: 私はこの国においてはものを知らないということはあまりないと思う。FNに票を投じるのは異議申し立てのための投票であるとは信じられない。それはレイシズムに投票することであり、警察による弾圧や拷問を支持する投票なのです。すべてが秩序正しく行われるには強圧的な政治をするだけで十分だと信じている人たちの投票なのです。パパが威厳を持ち強権的であればすべてはうまく行くと信じている子供の投票なのです。私が思うに、FN支持者たちはこの強権政治は軽犯罪者たちやアラブ人たちにしか適用されないものだと想像しているのです。そしてFNが彼らに説いているように、今日のフランスの問題は、貧困や富の寡占化ではなく、まさにアラブ人だけなのです。それさえなくなればうまく行くと納得している。しかし彼らは思い違いをしているはず。なぜならばその強権政治は彼ら自身、彼らの子供たち、彼らの親族たちにまで及ぶものです。彼らの生活は改善されないし、彼らの払う家賃は安くはならない。その上、子供がいつもの時間に帰宅しないということがあるたびに、子供が学校に行かなかったのかそれとも警察に捕まったのか、とビクビクすることになる。強権国家とは法治国家ではなく、その官僚たちがやりたい政治を実行するのに何の障害もない国家のことです。その国家ではあなたはどうして自分の子供が拷問されたのかを警察に問い質しに行くことなどあなた自身がしなくなる。なぜならあなたはそのことで警察があなた自身に厄介ごとをふっかけてくると知っているから。すなわちその国家はあなたが恐怖しなければならない国家ということ。もしも独裁政権のもとで正直で善良な市民たちが丁重に扱われたなどということがあったなら、歴史的に多くの独裁制が大手を振っていた頃からそれははっきりしてだろうに…。けれどもFNの台頭はこの10年間にフランスのメディア上で非常に巧みにキャンペーンされたので、もはや誰も驚かないことになってしまった…。
(週刊レ・ザンロック誌 2016年5月24日号)

 ヴィルジニー・デパント『ヴェルノン・シュビュテックス1.2.3』 は日本語訳刊行の予定があるという噂は全くありません。バルザック「人間喜劇」に匹敵すると称された、21
世紀テロの時代の人間群像とかすかに幻視できる救済の可能性を描く1200ページ。必ずやちゃんと日本に紹介されますように。

(↓)国営TVフランス5の文芸番組「ラ・グランド・リブレリー」で『ヴェルノン・シュビュテックス3』 を語るヴィルジニー・デパント





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