タル(Tal)というファーストネームはヘブライ語で"朝露"を意味するのだそう。きれいですねぇ。したタル朝露、なあんて地口ったりしたくなるじゃないですか。タル・ベニエズリ(Tal Benyezri)は1989年12月12日、イスラエル生まれ、父と兄が作曲家、母親がセム・アザール(Sem Azar)というステージネームでちょっと知られたオフラ・ハザ系の”ワールドミュージック”歌手です。すなわち、音楽一家に生まれたわけで、生まれながらにしてタルの体には音楽家の血が流れていたということなんですな。これを本記事のテーマに即して21世紀的に表現すると、音楽家のDNAを受け継いだということです。また他のDNAということではイスラエル、ユダヤに加えてイエメン系とモロッコ系のルーツもあるのだそうです。こういうこと言うと「あのコブシ回しは R&B系じゃなくて砂漠系だよな」と知ったような口を叩く輩が出てきますよね。私、はっきり言いますが、歌唱はDNAで決定されるもんじゃないです。音楽の心もまた然り。
さてタルが1歳の時、一家はイスラエルからフランスに移住してきます。歌唱のレッスンを受け、ピアノとギターを独学でマスターし、16歳で某シンガー・ソングライターと恋仲になり、そこからプロの芸能界に入るきっかけを掴みます。2009年 Sony Musicと契約できたんですが、ちゃんとしたデビューをさせてもらえません(この件、ずいぶんと根に持ってるようです)。2011年 Warnerに移籍して、そこからデビューシングル "On avance"(12万枚)、2012年3月リリースのファーストアルバム "Le Droit de rêver"(45万枚)と凄まじい成功でスターダムに昇りつめます。フランス語で歌い、本物っぽいR&B歌唱ができて、見栄えも良く、それなりに魅力的な声質の女性シンガーですから、成功は全然不思議はないですが、世界のどこにもあるローカル版ビヨンセ(あるいはリアーナ、アリシア・キーズ...)と言われても、まあ遠くはないんじゃないか。毎夏ラジオNRJで次から次に現れるような。純粋にヴァリエテ領域の。何を言おうとしてるのかと言うと、私たちが注目するのがはばかられる音楽の大変なスターであるということなんです。だからこれまで1枚もアルバム持ってませんし、そのヒット曲もほとんど知りませんでした。
2018年7月のある日、サッカーW杯のレ・ブルー優勝の興奮で世の中が沸いていた頃、娘が車を運転する時しか聞くことのないラジオ、ヨーロッパ最大の音楽ラジオ網であるNRJから「私はDNAの痛みを感じている」という歌が流れてきたのです。タルの4枚目のアルバム "Just un rêve”(2018年6月8日リリース)の最初の強力シングルはモロにW杯効果をあてこんだ"Mondial"(ソプラノ君との共作)だったんですが、そこそこヒットしたものの、W杯が終わったとたんラジオのローテーションから消え、この「デオキシリボ核酸」(仏語で acide désoxyribonucléique、略称ADN)という曲が新シングルとしてガンガン鳴り始めたというわけです。
<<< トラックリスト >>> 1. Carpe Diem 2. ADN 3. Mondial 4. Madame Officiel 5. Jumbo 6. Juste un rêve 7. War (feat. Wyclef Jean) 8. Comme un samedi soir 9. L'amour me donne des ailes 10. Not so serious
TAL "JUSTE UN REVE" Warner France CD 90295664022 フランスでのリリース:2018年6月8日
(↓)"ADN" acoustic version