このフェレがバビックスの心の師となるのだが、ランボー、ボードレール、アポリネール、アラゴンといった詩人の作品にもフェレの曲を通して心酔していく。おそらくこのフェレ体験が、今度の新しいアルバム『クリスタル・オートマティック』(ランボー、ボードレール、ジャック・ケルーアック、エメ・セゼール、ジャン・ジュネ、ジャック・プレヴェール等の詩にバビックスが曲をつけた作品)の直接のインスピレーションとなっているようだ。フェレの影響とフェレへの敬意は、まだ自分のファーストアルバムも出ていない2004年に、レオ・フェレが1940年代にその初期作品を録音したスタジオ Studio Pigalle を買い取って修理復元再稼働させたということにも顕著であり、このスタジオの中でフェレの霊の震えを感じながら、バビックスのファーストアルバム『バビックス』(2006年 Warner Music)は制作された。
現在までアルバムは3枚、トム・ウェイツ、アラン・バシュング、レオ・フェレなどと比較される黒い叙情性とダンディズムと精緻な音楽性を評価され、一方、その録音スタジオ環境を使ってプロデューサー/作編曲/作詞家としてカメリア・ジョルダナ、ジュリアン・ドレ、ポニ・オアックス、"L"(ラファエル・ラナデール)などと仕事している。どちらかと言うと後者の影の仕事の方が良く知られていて、言わば「新世代のバンジャマン・ビオレー」のような捉え方をされているようだ。
バビックスとは4月14日、デュパンのコンサート(於:ステュディオ・ド・レルミタージュ) の時に、ビュダ・ミュージックのジル・フリュショーから紹介されて初対面。「影の大物」のことは前々から気にかけていたので、その突然の出会いに「ご高名はかねがねと...」とかしこまって挨拶すべきところだったのだろうが、目の前にいる気さくそうな青年の笑顔に、一挙にガードが下がって...。今度出る新しいアルバム(6月発売予定)について、ぜひ一緒に「仕事」ができれば、と。「仕事」と言っても私の場合は、雑誌にもの書いたり、業者に情報流したり、という程度のものだけど、そんなんでよければ。"Cool, je compte sur toi"(クール!あてにしてるよ)なんて言われると、"Tu peux compter sur moi"(まかしとき)と答えてしまう私だった。
私はたしかに惚れっぽいタチではあり、出会ったアーティストたちはそれぞれにそこから放射するヴァイブレーションがあって、簡単にこの才能にはなんとかしてあげたいものだと思ってしまう傾向があるが、バビックスの波長はすごい。すごくでかくて鋭いものを感じた。これ大切ですよ。みんながそう感知するわけではないのだから。
新しいアルバムの音はまだもらっていない。上に書いたように、ランボー、ボードレール、ジュネ、ケルーアックなどの詩を音楽化したもので、アルバムタイトルの『クリスタル・オートマティック』は、マルチニック島出身のネグリチュード詩人エメ・セゼール(1913-2008) の詩。ランボー、ボードレール、アラゴンなどを歌うのは、ジョルジュ・ブラッサッス、レオ・フェレ、ジャン・フェラ、バルバラ、カトリーヌ・ソヴァージュなど「大」シャンソンパフォーマー、あるいは左岸(リヴ・ゴーシュ)の文芸シャンソン派。私はどれもあまり好きではない。詩とは言葉と音韻の総合であり、詩はすでに音楽である。この点で音楽である詩にさらに音楽をつけるというのは、大変なリスクであり、中途半端な音楽では詩が絶対に堪えられないはずなのである。私は多くを知らないが、70年代80年代に日本のフォーク系の人たちが「中原中也を歌う」だの「富永太郎を歌う」だのそういう試みをしたのだが、本当に堪えられないものだった。だからバビックスのこの企図も相当なリスクを覚悟の上だろう。
今現在、ウェブ上でバビックスのこの新アルバムの試みが垣間みれるのは、ランボーの「絞首刑者たちの舞踏会("Le bal des pendus"、中原中也訳では「首吊人等の踊り」)」と、ボードレールの「恋人たちの死("La morts des amants")」(詩集『悪の華』の一篇)の2曲だけである。後者はレオ・フォレも曲をつけて歌っているが、その前にクロード・ドビュッシー(1862-1918)も歌曲化している。では、僭越ながらボードレールの「恋人たちの死」の向風三郎訳を試みる。
HK & Les Saltimbanks "RALLUMEURS D'ETOILES" アシュカ&レ・サルタンバンク『星に灯を点す男たち』
今朝のフランス語:Du temps de cerveau disponible (デュ・タン・ド・セルヴォー・ディスポニブル)
HK(アシュカ)の新アルバムの中の曲、"SANS HAINE, SANS ARME ET SANS VIOLENCE"(憎しみも武器も暴力もなく)の歌詞に出て来る言葉です。最重要の単語は "disponible"という形容詞です。手元のスタンダード仏和辞典では
a. 1. 自由に処分(使用)しうる; (商品が)入手できる。 Ce produit n'est pas 〜 en ce moment. その品は今は手に入りません。 place 〜 空席。valeurs 〜s 【商】換価資産;【経】流動資産 2. 【行政、軍】待命中の。 3. 手があいている、暇がある。Je ne suis pas 〜 ce soir. 今晩はふさがっている。
といった訳語が出ています。これに従うと Du temps de cerveau disponible は「頭脳が自由に使える時間」「頭脳が空いている時間」というような意味になりましょうか。この言葉を発したのはパトリック・ル・レイ(Patrick Le Lay)で、時期は2004年、当時この人はヨーロッパ最大の民放テレビ局TF 1の社長でした。当時の第一線企業の経営者の談話を集めた本『Les digigeants face au changement(変動に立ち向かう企業トップたち)』の中で、ル・レイはこう言っています。
Il y a beaucoup de façons de parler de la télévision. Mais dans une perspective business, soyons réaliste : à la base, le métier de TF 1 c'est d'aider Coca-Cola,
par exemple, à vendre son produit. Or, pour qu'un message publicitaire
soit perçu, il faut que le cerveau du téléspectateur soit disponible.
Nos émissions ont pour vocation de le rendre disponible : c'est-à-dire
de le divertir, de le détendre pour le préparer entre deux messages. Ce que nous vendons à Coca-Cola, c'est du temps de cerveau humain disponible.
テレビを語るにはいろいろなやり方がある。しかしビジネスというパースペクティヴにあっては現実的であってほしい。基本にあるのは、TF 1の仕事というのは、例えばコカ・コーラ社がその商品を売ることを補助してやることである。ある広告メッセージが知覚されるには、テレビ視聴者の頭脳がそのために空いていなければならない。わが社の番組というのは、それを空けさせる(別訳すれば、自由に使える状態にさせる)任務があり、そのために二つの広告メッセージの間にそれを楽しませたり、リラックスさせたりして、広告知覚の準備をしてやることである。すなわち、わが社がコカ・コーラ社に売っているのは、この人間の頭脳が自由に使える時間なのである。
今から10年以上前のことですが、当時この発言は、商業目的のためにテレビ視聴者を洗脳・白痴化させることがテレビの仕事、という巨大テレビ局トップの本音として大変な物議を醸したものでした。
私はこの騒動は知りませんでした。2日前に受け取ったHKの新譜の中の曲"SANS HAINE, SANS ARME ET SANS VIOLENCE"(憎しみも武器も暴力もなく)で、この「頭脳が自由に使える時間」という言葉が2回繰り返されていて、一体何のことだろうか、と調べたら、こういう事情がわかったのです。HKのおかげでひとつ博識になりました。ありがっとう。
収入の条件など一切なく やつらは俺たちを追い立てるんだ 最初の銃声を合図に 大量消費材を購入するんだ やつらのためにこの商品を運ぶんだ やつらのたいせつな、やつらのハートのターゲット テレビに洗脳された頭脳の時間 (Du temps de cerveau disponible) やつらはとても大事にしてるんだ ハートのターゲットと このテレビ漬けの頭脳をね (Ce temps de cerveau disponible)
憎しみもなし、武器もなし、暴力もなし 憎しみもなし、武器もなし、暴力もなし (Sans haine, sans arme et sans violence)
<<< トラックリスト >>> 1. SUR LA MEME LONGUEUR D'ONDE 2. MISTER JUKE (avec DJ BOULAONE) 3. PARA CHUANDO LA VIDA ? (avec LEON PENA CASANOVA) 4. RALLUMEURS D'ETOILES (avec LES MINI-SALTIMBANKS) 5. DOUNIA (avec ABOUBACAR KOUYATE) 6. SANS HAINE, SANS ARMES ET SANS VIOLENCE 7. LE MANOUCHE DU GHETTO 8. MERCI 9. Y A PAS D'PROBLEME 10. THE OLIVE BRANCH 11. SI UN JOUR JE TOMBE 12. JE TE DIS NON 13. A NOUS D'JOUER 14. UN GARS PAS TRES FREQUENTABLE 15. FUKUSHIMA MON AMOUR
HK & LES SALTIMBANKS "RALLUMEURS D'ETOILES" CD BLUE LINE フランスでのリリース:2015年4月20日