『ある転落死の解剖分析』
2023年カンヌ映画祭パルム・ドール賞
2023年フランス映画
監督:ジュスティーヌ・トリエ
フランスでの公開:2023年8月23日
すでに定評あるドイツ人女流作家サンドラ(演サンドラ・ヒューラー)とフランス人大学教授で作家に転身したいが行き詰まっているサミュエル(演サニュエル・テイス)の夫婦とその一人息子で11歳のダニエル(ミロ・マシャド・グラネ、怪演、ピアノ演奏も)が住み。仕事場兼住処としているフランスアルプス山中の孤立したシャレー。事故で視力が極度に弱くなったダニエルがその盲導犬(これもすごい名演、ボーダーコリー犬、“スヌープ”という名も素敵)と雪山の散歩から帰ってくると、シャレーの前に父サミュエルの転落死体が横たわっている。シャレーの最上階からの転落。検死の結果、他殺とも解釈できる要素が複数見つかり、当時シャレーにいた妻のサンドラに嫌疑が。サンドラは弁護士として旧友(と言うか何年も前に恋仲だったという含み)ヴァンサン(演スワン・アルロー、この男優いつも素晴らしすぎて)を指名、映画のほとんどは、この法廷での争いの動向であり、切れ者にして鬼のような検察側主任検事(演アントワーヌ・レナール、これもすごい迫力)が次から次に出してくる嫌疑証拠と鬼の弁舌で被告サンドラは何度も窮地に。殺人動機として夫サミュエルへの恨みを証明する材料はある。その決定的とも言える物証は、転落死の前夜に起こった夫婦間の激しい口論(と身体的ヴァイオレンスを示す格闘の音)をサミュエル自身が録音してあったUSBキー...。
映画は容疑者サンドラを容赦なく追い詰める方向で進行する。それはまさにこのサンドラとサミュエルというカップルの関係を”解剖鑑定”するしかたで進められる。徐々に深まっていったであろう二人の間の亀裂が深くなればなるほど、サンドラの”殺意”説が優勢になる。最初は理想的なカップルだったのだろう。お互いに独立した仕事を持つインテリ人であり、お互いの創造領域においても刺激しあっている。お互いがその「第一の読者」であろう。お互いがインスピレーションの引き出しであることもあろう。法廷弁論でサミュエルの小説原案をサンドラが二度ほど拝借して自分の小説にしたことが問い沙汰される。検察側の読み方はこれが”剽窃”であり、二人の関係を悪化させたに違いないとする。過去において”分かち合う”夫婦であった、という見方はしない。
おそらくこのカップルの最初のルールであったであろう「英語」。このドイツ人とフランス人が対等の関係であるために、おたがいの母語ではない「英語」をコミュニケーション言語として採用している。映画はサンドラは(フランス語はほぼ完璧に操れるが)ほとんどの場面で英語で通している。だから私のような非英語人は(フランス映画なのに)字幕を見るのがたいへんだった。法廷でも鬼検事の鬼のようなフランス語弁説にサンドラはフランス語で対応するのを断念し、後半はもっぱら英語になる。しかし八方塞がりまで追い込まれそうになりながら、それを救うのはダニエルとその盲導犬スヌープなのである。11歳で両親の醜い諍いの細部の細部まで法廷の弁論応酬で知ってしまったダニエルの葛藤、これがこの映画を救済するのだ。そしてサンドラが激しい検察側の攻撃にも屈せず、その傷や諍いや因縁や憎しみも含めて夫を許していたし愛してもいた、カップルというのはそういうものじゃないですか、と返す。終わっていたかもしれないカップル、だが、続けられるのである。世の”続いている”カップルの当事者たちよ、自分の胸に手を当てれば、それは不承不承にも理解できることだと思うよ。私は納得して見終わった2時間半の長尺映画であった。
目がほとんど見えないダニエルはピアノの練習を欠かさない。その練習曲であり、映画中何度かそのパッセージが挿入され、映画のエンディングジェネリックでも流れるのが、ショパン「24のプレリュード第4番」なのね、つまり7月に亡くなったジェーン・バーキンの「ジェーンB」(”Je t’aime moi non plus”B面)の元曲。私、この映画でこの旋律が流れるたびに、ジェーンBの声を幻聴してしまいましたよ。合掌。
(↓)『ある転落死の解剖分析』予告編
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