11月3日に発表される2021年ゴンクール賞、その第一次選考(9月7日)に上がっている16作品のひとつ。リリア・アセーヌは1991年パリ南郊外コルベイユ=エッソンヌ生まれ、ジャーナリスト/時事評論家としてテレビTMC(TF1傘下)のトークショー番組「コティディアン Quotidien」(司会ヤン・バルテス)に2018年から毎夕出演している。作家としては2019年に第一小説『くじゃくの目(L'Oeil du Paon)』(ガリマール刊)を発表していて、これが2作目。
ナジャと娘たちが初めてフランスに着いた時、想い描いていた文化国家の都会生活とは大きなギャップがある狭く、ガス水道トイレシャワー共同、一部屋に一家5人寝泊り、という環境であったが、エーヴとカデールのはからいでサイードの家族は郊外に出来たばかりのHLM(低家賃高層集合住宅)に入居できることになった。作者がこの小説で強調しているのは、60年代のHLMがそれまでの労働者階級が夢見ていた理想的な条件が整った空間であったということ。各戸にガス水道給湯中央暖房、共同の遊び場、託児所、集会場、中庭には花壇と噴水...。そしてそこで暮らす多彩な人々(ヨーロッパ、マグレブ、アフリカ、カリブ、アジア...)、男たちがいなくなった昼の時間の女たちの(男たちへの悪口で盛り上がる)寄り合い、サークル活動、学童勉強支援、バザー、シテ祭、集団遠足...。とりわけ(大衆的な)女たちが主導していたこの共同体の雰囲気は、われわれが後年勝手に思い描く荒廃した犯罪と暴力の郊外シテとは何光年もの距離があるように思える。しかし荒廃は早くも1975年頃から急速に始まっていく。高度成長期「栄光の30年 Les trente glorieuses」の終焉、ジスカール=デスタン大統領は公共住宅予算をバッサリ削り、中産階級には家屋購入を大幅に奨励、HLMには「持たざる者」ばかりが残り、噴水は水を出さず、花壇は荒れ放題、エレベーターと暖房はしょっちゅう止まる始末。マチュー・カソヴィッツ映画『憎しみ』(1995年)の描くスラム化したシテの姿は遠からぬ未来に出現する。 ナジャはフランスに来てすぐに妊娠する。3人娘のあとの4人目の子供。サイードは自分ひとりの稼ぎでは4人目の子供を育てるのは不可能と決めつける。子供のいないエーヴとカデールの夫婦の希望があり、サイードは生まれてくる子供を弟夫婦に養子に出すことを提案する。「これはアルジェリアではよくある話だ」とサイードは説得するが、貧しい子沢山の家では私の知る同時代の日本でもよくある話だった。ナジャは納得しないが服従せざるをえない。サイードはこの決定の後も、ひょっとして4人目が男児だったらという(家父長制伝統の中にある男親としての)迷いが生じたりもした。
On allait au bord de la mer 海辺にやってきた
Avec mon père, ma sœur, ma mère 父と妹と母と
On regardait les autres gens よその人たちが
Comme ils dépensaient leur argent どんなにお金を使っているか Nous il fallait faire attention でも僕らはがまんしなきゃ
Quand on avait payé le prix d'une location 貸し家の家賃を払ったら
Il ne nous restait pas grand-chose お金はほとんど残っていない
Alors on regardait les bateaux だから僕らは船を眺めながら
On suçait des glaces à l'eau アイスキャンディーをしゃぶっていた
Les palaces, les restaurants 豪華な屋敷やレストランは
On ne faisait que passer d'vant 前を通るだけ
Et on regardait les bateaux そして船をながめていたんだ
Le matin on se réveillait tôt 朝は早く起きて
Sur la plage pendant des heures 何時間も砂浜にいたんだ
On prenait de belles couleurs いい色に焼けたよ
On allait au bord de la mer 海辺にやってきた
Avec mon père, ma sœur, ma mère 父と妹と母と
Et quand les vagues étaient tranquilles 波が静かな時は
On passait la journée aux îles 島で一日過ごすこともできたけど
Sauf quand on pouvait déjà plus
それももうできなくなった
Alors on regardait les bateaux だからみんなで船を眺めながら
On suçait des glaces à l'eau アイスキャンディーをしゃぶっていた
On avait le cœur un peu gros 心がちょっと大きくなったし
Mais c'était quand même beau とてもきれいだったんだ
On regardait les bateaux みんなで船を眺めていたんだ
La la la la la... ラララララ…
(↓)ミッシェル・ジョナス、1975年「海辺のヴァカンス」
(↓)イヴ・デュテイユ、1996年「海辺のヴァカンス」
(↓)アリー(Al.Hy)= 民放テレビTF1の歌手スカウト番組 THE VOICE の第一期(2012年)の決勝進出者。1993年北フランス/ノール県出身。「海辺のヴァカンス」2021年YouTube公開。