2024年11月18日月曜日

Jay le taxi, c'est sa vie.

"Une part manquante"
『また君に会えるまで』


2024年フランス+ベルギー映画
監督:ギヨーム・スネ
主演:ロマン・デュリス、メイ・シルネ=マスキ、ジュディット・シェムラ、あがた森魚
フランス公開:2024年11月13日

 

上映ポスターに日本語題を印字して挿れたり、エンドロールに出演者などをアルファベットとカタカナで表記する「日本撮影映画」にろくなものはない。この4月に見たエリーズ・ジロー監督『シドニー、日本で』(主演イザベル・ユッペール)のことを言ってるんですが。おまけにヴェンダース『パーフェクト・デイズ』(2023年)と同じように”東京風景”が大いにものを言う映画。それに幻惑されたのかテレラマ誌はこの映画評で「ロマン・デュリスと”東京”という二人の偉大なアクターに照らし出された父性に関する繊細で美しい映画」と高評価を与えている。どうしてどうしてどうして東京がそんなにいいんだろ
 ベルギー人監督ギヨーム・スネが前作『パパは奮闘中(Nos Batailles)』(2018年)のプロモーションで主演のロマン・デュリスと来日した時に、この「子の親権問題」(日本が世界でも稀な”単独親権”法を堅持している国であり、両親の別離に際して片親が独占的に親権を行使できる)について知り、特に国際結婚・離婚に多い、子が半誘拐状態で片親に養育され旧伴侶の子供との接触をシャットアウトしている多くのケースに興味を抱いた。フランスと日本の国際結婚・離婚に起因する子の親権問題(フランス及び世界のほとんどの国が共同親権を認めている)だけでも数十件に上り、フランスでのニュース沙汰になっている。
 ただしこのスネの新作は上段に構えた社会派(つまり日本の単独親権制度を告発するといった)映画ではない。(国際離婚・国内離婚を問わず)親権を与えられず子供と引き離された片親の不幸と子との再会のための闘いが強調されて画面に登場するわけでもない。ここに見えるのはやはり「不思議の国ニッポン」と「不思議の都トーキョー」なのである。
 フランス人ジェローム・ダ・コスタ(演ロマン・デュリス)は愛称を「ジェイ(Jay)」と言い、日本人からは「ジェイさん」と呼ばれる。東京の大手タクシー会社(KMタクシーという名前、まあ、ありなんでしょ)に所属するタクシードライバーであり、そこそこ流暢な日本語をしゃべり、東京の隅々の道路を知り尽くしている(同業運転手からカーナビに出てこない新住所への行き方を訊ねられて、スラスラと答えてやるシーンあり、笑ってしまう)。かつては上級レストランシェフだったが、日本人女性ケイコ(演Yumi Narita 在フランス女優)と結婚し、娘リリイが3歳の時に破局別居。離婚はしていない。離婚したら”単独親権の国”日本では完全に親権を失ってしまうのでそれを避けるために離婚を拒否している。しかしケイコはリリイを連れて行方不明になり、ジェイとのコンタクトを絶っている(映画の後半でジェイがずっと養育費を払い続けているという話になっていて、この辺辻褄が合わないが、ま、いいか)。それから9年、ジェイはタクシー運転手に身をやつし、巨大な東京で娘リリイを探し回り、娘に再会することだけを希みに東京に住み続けている。Jay le taxi, c'est sa vie.
 流しのタクシーという言葉があるので、「東京流し者」とでもダジャレてみたいところだが、KMタクシー予約制のシフトに入っているので、会社の運用センターの無線指示通りに走る雇われドライバー。ある日同僚のホンダというドライバーが病欠(実は”過労バーンアウト”気味の仮病休みで、これは"エムケイ”社への当てこすりのようにも見える)で、ジェイが代役で起用され、脚負傷で松葉杖歩行の女子中学生の学校送迎を担当、この女子中学生がなんとリリイ(演メイ・シルネ=マスキ)だったのだ。

 この偶然を絶対に逃してはならないと、ジェイはホンダに頼み込み女子中学生送迎の担当を続けさせてもらい、露骨に父親を名乗ることを避け、少しずつ接触の切り口を開こうと...。言わば中年ストーカーの未成年少女接近なのだが、それは名優ロマン・デュリスのチャーミングな日本語トーキングも手伝ってもどかしくも切なくて...。ブルジョワ女子中学生リリイは「おじさん日本語上手ねえ」などと事情を理解しようとしないコメントあり。「ハーフはいろいろ大変なのよ」などとしたり顔のコメントあり。怪我リハビリ中のアーティスティックスウィミング選手であるリリイのプールに忍者のように忍び込み、水着姿のリリイをスマホで盗撮するシーンあり→やはりこれは不思議の国ニッポンの性風俗への当てこすりなのだろうか。それはそれとして、タクシー車内という密室空間で、ジェイとリリイの距離は少しずつ埋まっていくのだが...。
 さてこの映画に撮り込まれた不思議の国ニッポンと不思議の都トーキョーであるが、タクシーの車窓はヴェンダース『パーフェクト・デイズ』のトイレ清掃作業ライトバンからのトラヴェリングと似て、どこか哀愁の近未来メガポリスなのである。『パーフェクト・デイズ』と同じように何度か銭湯シーンあり。ジェイが脇腹にLilyという文字と花の刺青があり、それが銭湯では”禁止”という不思議の国ニッポンの掟に従って、大きな絆創膏を脇腹に貼って入浴しなければならない。何度めかに「お客さん、タトゥー見えちゃってるんですよ」と銭湯の親父にたしなめられるシーンあり。
 単独親権の犠牲になって子供と離ればなれになって生きる片親たちの互助サークルがあり、9年目のジェイはその世話人のような役割を担っているが、そこに集う親たちは外国人だけでなく日本人もいる。一緒にその苦労を語り合ったり、カラオケでウサを晴らしたり...。その種のパーティーでそのメンバーの二人、フランス人のジェシカ(演ジュディット・シェムラ)と日本人のユウ(演阿部進之介)が泥酔してしまい、送っていくジェイのタクシーの中で、ジェイのカーステからジョニー・アリデイの「とどかぬ愛("Que je t'aime"日本語ヴァージョン)」(1970年)が流れ、酔漢のユウが(日本語で)歌い出し、リフレイン「ク・ジュテーム」を3人で大唱和するというシーンあり。ありえないシーンではあるが、私の観た映画館の観客はどっと湧いた。
 加えてトーキョーの一種の文化風景とも言える町の古本屋があり、気の良い隠居インテリのような風情の本屋主人の役であがた森魚が登場し、ジェイとカタコトのフランス語でやりとりするシーンあり。ジェイの苦労をよく知っているように描かれているのは”下町人情”演出にしたかったのだろうか。
 といったふうに、日本好きフランス人観客の心をくすぐるような細かいところは結構あるんだけどね...。

 映画はジェイの娘可愛さに迅る心がエスカレートして、タクシー会社の規則やぶりがバレたり、元伴侶ケイコ(+その母)にジェイのリリイ接近が発覚され、大きな揉め事に発展していく。ジェイはやむことができず暴走し、リリイはジェイの正体を知ってしまい....。ところが、(映画ですから)、娘は父の熱情ク・ジュテームを一瞬で理解し、自分から「行こう!」とジェイを促し、タクシーのナビや通信装置を壊し、ジェイ・ル・タクシー、父娘二人の逃避行が始まる...。映画ですから。
 暴走ジェイのタクシーは(たぶん)房総の海浜へ。不思議の国ニッポンにはこんな素敵な超長い砂浜の海辺があって、たくさんの老若男女が集まって地引き網を引いている(たぶん有名な九十九里浜)、リリイもジェイも一緒になって地引き網を引いている(このシーンは美しい)。地引き網は大漁。採れた多量の魚を早速海辺テントで焼き魚に。この時ジェイは昔取った杵柄で焼き魚シェフに変身、みんなに絶品の魚グリルをふれ回るのであった。ジェイもリリイも満面の笑顔。ひとときのしあわせは(映画ですから)長続きはしない...。

 結末はジェイが逮捕され、日本の司法はジェイを即座にフランスへ強制送還してしまうのだけど...。

 軽い。親権問題の実際の当事者たちには極めて重いテーマのはずなのだが、軽く不思議の国ニッポンの映画になってしまいましたね。すべすべした日本とトーキョーのエキゾティスムだけでもありがたがって観る人たちが多いんだ、このフランスは。(日本で配給上映される可能性が高いので、日本ではどう観られるか、ちょっと興味はある)

カストール爺の採点:★☆☆☆☆

(↓)『Une part manquante  また君に会えるまで』予告編




2 件のコメント:

  1. 「不思議の国ニッポン」パターンは使われても使われてもまた出てきます。信じがたい状況に不自然なところが続きます。まったくもう、俳優として多いに認めるRDがどんなに頑張ったところでこの映画は救い用がないのです。カストール爺がおっしゃる通り、5点満点でせいぜい1〜2点でしょう。
    ミシェル

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  2. ミシェルさん、コメントありがとうございます。極端にコメント投稿の少ないブログなので、たいへん励みになります。文面から推測するに、この映画観られたのですね?周囲のフランス人と話されたりしますか?エキゾな日本はこんな文脈でファンを増やしていくような気がします。ま、映画ですから。

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