ルノー『ルノー』
2016年4月8日の発売以来、これを書いているその2週間後には40万枚を売っている、まさにCD黄金時代(1990年代)以来見たことのない売上を記録しているアルバム。
63歳、これまでの23枚のアルバムは総数で2千万枚を売っているそう。その点においてルノーは20-21世紀において最重要のフランス語表現音楽アーチストの一人と言えます。詳しいバイオは割愛しますが、1970年代にコリューシュ等の小劇場運動の中から出てきて、野卑な町言葉(アルゴ)を含んだ独特の歌詞で世相風刺や政治的プロテストソングを歌って大衆的な人気を獲得しました。明白に左翼のポジションで、アナーキストにも近く、反骨・反抗の歌い手として40年以上やってきた人です。第一線にいて、ヒット曲も多く、テレビにも出る。(日本的意味での)芸能人的な振る舞いもする。メガヒット、メガコンサートツアーで巨万の富が入ってきてしまう。この辺は一部のコアな左翼系のファンは逃げていくんでしょうが、大丈夫、ほとんどのファンは許容していました。ミッテランと親交を持つ。大丈夫。1985年、フランス版バンドエイド(「国境なき歌手たち」)を組織してエチオピア飢饉の救援ソングを録音する。大丈夫。盟友コリューシュの「心のレストラン」を支援する(チャリティー・ショー「レ・ザンフォワレ」には6度参加、後にこれを「道化師ショー」と嫌悪を露わに)。中略。1995年から2002年、アルコール依存症期。2002年から2007年、ルネッサンス期(アルバム『Boucan d'Enfer』2002年、220万枚。アルバム『Rouge sang』2006年、70万枚)。2008年から2015年、再びアルコール依存症期。
それから再復活までの事情については、拙ブログの「ミストラル・ガニャン」のところで触れています。 それを書いた後で2015年10月に発表されたのが、グラン・コール・マラードのコンセプトアルバム "IL NOUS RESTERA ÇA"(「私たちにはこれが残されるだろう」という一句を含むテクストをシャルル・アズナヴール、フェリックス=ユベール・ティエフェーヌ、リシャール・ボーランジェなど11人のゲストアーチストに自作させ、それを歌うなり朗読するなりで参加させた。作編曲をバビックスが担当している)でした。このアルバムに、グラン・コール・マラードは、まだ再起できるか不安だった頃のルノーに参加を依頼したのです。ルノーはロマーヌ・セルダ(2005年から2011年まで妻)との息子マローヌに捧げた詩「Ta Batterie おまえのドラム」を書き上げ、スタジオに現れます。アルコール依存症の後遺症のようなものですが、声が思うように出ない、耳が自分の声をうまく聞きとれないという状態だったそうで、それを朗読できるかどうかも確かではなかった。ところがバビックスが編曲したバックトラックを聞いた途端、ルノーはリズム感を取り戻し、さらに(危うい)音程まで取り戻してしまった。スラム朗読で録音する予定が、ルノーは "tape tape sur tes tambours (叩け叩け太鼓を)"というリフレイン部を即興で歌ってしまったのです。
(この歌はルノー新アルバムに再編曲の上、再録音され、13曲めに収められています)
このグラン・コール・マラードのアルバムへの参加で、ルノーは長い眠り(何も書けない、何も歌いたくない)から醒めて、再び歌を作り歌うという欲求を取り戻すのです。2015年晩秋、ルノーは新アルバムの準備制作を宣言。
忘れてはいけないのが、2015年1月7日のシャルリー・エブド編集部銃撃テロ事件です。ルノー自身、1992年から1996年まで同誌の執筆者であり、この身内のような人々を殺害された衝撃は甚大で、当時(依存症治療などで)人前に出れるような状態でなかったのに、1月11日のレピュブリック広場の大行進には泣き腫らした顔で参加していました。これも新アルバムを作る非常に大きなきっかけとなっていて、それが証拠に新アルバムはその「1月11日」を主題にした歌を冒頭に持ってきています。
俺たちは数百万の群衆だった
レピュブリックとナシオンの間
プロテスタント、カトリック、
ムスリム、ユダヤ、無宗教者…
シャルリーの人々に連帯する
数千人の警官たちの
暖かい目に守られて
次に俺は世にも有名な悪党たちが
行進していくのを見た
大統領たち、下っ端の大臣たち
栄光のない小さな王たち
そして俺は見たんだ、しっかりと
舗道に沿って立っているひとりの警官を
彼はとてもいい感じだったんだ
だから俺は近づいて行って
そして彼を抱きしめたんだ
俺は警官を抱きしめた
レピュブリックとナシオンの間
俺は警官を抱きしめた
乱暴に扱うのとは大違いだ
30年前だったら信じられないことさ
力まかせに彼らに舗石を投げつける代わりに
そのひとりを我が身に抱きよせるなんて
俺は近寄って行ったんだ
そうとも近づいて行って
警官を抱きしめたんだ
俺たちはナシオンに向かって歩いていた
仲良く、平和に
数千人の警官たちの
暖かい目に守られて
そしたら屋根の上にいたスナイパーたちが
俺たちに腕を大きく振って
友情と連帯のジェスチャーを
送ってきたんだ
だから俺は彼らに感謝したくて
俺のアナーキストの人生において
初めて
警官を抱きしめに行ったんだ
そうとも近づいて行って
警官を抱きしめたんだ
("J'ai embrassé un flic" 詞ルノー・セシャン、曲ミカエル・オアイヨン)
これだけで大変エモーショナルなアルバムの始まりです。7曲めにシャルリー・エブド襲撃に連続して起こったヴァンセンヌ門のユダヤ食品マーケット「イペル・カシェール」襲撃籠城事件を取り上げた「Hyper Cacher」という歌もあります。
このユダヤ食品店の中は
地獄だった
地獄だった
しかし何という汚れきった時代なのだ
俺たちは根本を失ってしまった
世界中に充満した恐怖で
宇宙中に充満した憎悪で
彼らがイエルサレムで安らかに眠りますように
彼らの父たちの大地で
イスラエルの太陽に照らされて
俺は彼らにこの詩を捧げる
あなたたちは俺たちにとって大切な人だった
あなたたちのことは決して忘れない
("Hyper Cacher" 詞ルノー・セシャン、曲ミカエル・オアイヨン)
緊急に、エモーションの熱い間に書かれた詞なのでしょう。正直に言いますと、こういうパロールは歌詞的なクオリティーとしてどうなんだろうか、と非常に首をかしげるものがあります。何かソーシャル・ネットワーク上で見られる匿名のエモーションむき出しのコメントにも似ているようにも思えてきます。
ルノーの復活までの長い道のりは、それ自体美しく感動的なストーリーとして了解できます。ドラッグ、アルコール中毒、イングリッド・ベタンクール事件(コロンビアの政治家。2002年から2008年の6年半ゲリラ勢力の捕虜となり、ルノーが解放要求の歌を発表して支援したが、解放後ルノーはそのことを後悔している)、離婚...を経て、抜け出すことが絶対に不可能と思われたアルコールに打ち勝って、こうして復帰してきたわけです。ただこのストーリーも何本かのテレビ特番や新聞雑誌の特集記事で、この数ヶ月何度も繰り返して報じられ、私たちには既に暗記するほどの偉人伝になってしまっているのです。これを巨大な機械によって仕組まれた「プロモーション」と解釈するのは酷でしょうか。しかしそのおかげで4月8日の新アルバムリリースは、ある種国民的大事件のような現象となって、驚異的なセールスを記録しました。
歌手ルノーは復活した。了解。だがルノーの「筆」は復活したのか?ここが多くのプレス評が問うているところです。世相や人間模様を鋭く描く反骨・反抗の詞は復活したのでしょうか? それよりもやはり「人」の復活は多くのファンたちに納得のいくものでしょう。私はこのアルバムは、そう何度も繰り返しては聞かないと思います。
<<< トラックリスト >>>
1. J'AI EMBRASSE UN FLIC
2. LES MOTS
3. TOUJOURS DEBOUT
4. HELOISE
5. LA NUIT EN TAULE
6. PETIT BONHOMME
7. HYPER CACHER
8. MULHOLLAND DRIVE
9. LA VIE EST MOCHE TE C'EST TROP COURT
10. MON ANNIV'
11. DYLAN
12. PETITE FILLE SLAVE
13. TA BATTERIE
14 (ghost track) POUR KARIM POUR FABIEN
RENAUD "RENAUD"
PARLOPHONE CD 9029599093
フランスでのリリース : 2016年4月8日
(↓ "TOUJOURS DEBOUT" 詞ルノー・セシャン 曲ミカエル・オアイヨン)
PEPE UBUです。ルノー復活!驚きました。あんなボロボロなアル中状態から立ち直れるなんて想像できませんでした。「Toujour debout」のクリップでは声のツヤもいいし、以前の軽快さも戻っている。CDが40万枚も売れているということは、みんながルノーの復活を待っていた証拠ですね。嫌悪と揶揄の対象だったお巡りを思わず抱きしめてしまう...あのルノーが...改めてシャルリエブド襲撃事件に胸が痛みます。アルバムの出来はどうであれ、まずは一言「おめでとう、ルノー」。そして「いつもありがとう、Pere Castorさん」 。
返信削除Père Ubuさん、コメントありがとうございます。
返信削除先週末(22日付け)のワーナーの週刊インフォで表紙に「60万枚」とありました。10数年来なかった現象だそうです。ご本人は復帰してからメディアによく露出してますが、結構「言いたい放題」の元気さです。オランドと社会党に毒づいてます。
10月からの長期ツアーは「フェニックス・ツアー」(ちょっと笑っちゃいますね)と題され、パリ・ゼニットは10回公演で、既に2日ソールドアウト。勢いありますね。
今のこの現象は音楽よりもルノー偉人伝の方が大きくものを言ってしまっているので、ちょっとかなわないのです。ごめんなさい。
PERE UBUです。60万枚!信じられない!もう「ルノー現象」と呼べますね。そういえば、ビデオクリップの出だしのタイトルが「L' Renoud」と定冠詞付き... アリディを超えてしまったのか?しかしルノーは本当に元気になったのですね。テレビ番組に出たり秋から長期ツアーするなんて。またフランス社会を皮肉った歌をドンドン作ってほい。きっとフランス大衆もそう思っているのでしょうね。「Hexagone」、「500 connards...」、「Les bobos」などなど。楽しみです。またルノーに関する記事を書いてくださいね。
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