2016年9月30日金曜日

捨てましょう 捨てましょう

ラリー・グレコ「指輪を捨てろ」(1965)
Larry Greco "Jette-la"

リー・グレコは本名をクロード・ドガリエと言い、1941年スイスのベルンに生まれました。父親の楽団でベーシストとしてデビューしたのち、1961年にダチのジャン=ジャック・エリーとローザンヌでロックバンド「レ・ムスクテール」を結成し、62年にバンドはパリに上って活動し、それに注目したのがシルヴィー・ヴァルタンと兄のエディー・ヴァルタンで、レ・ムスクテールはシルヴィーと共にツアーするようになります。63年、ラリー・グレコ(&レ・ムスクテール)初シングル&初ヒットが「マリー・リザ」。好調にヒットを出し、シルヴィーやジョニー・アリディなどにも曲を提供する活躍ぶりで、65年にはなんとザ・ローリング・ストーンズの前座でオランピア劇場に出演します。スイス産ワイルド・ロックンローラーがその65年に発表した、おそらくラリーの最大のヒット曲がこの「指輪を捨てろ Jette-la」で、エディー・ヴァルタン楽団がなかなかいいバッキングの断腸ロックです。
 その後60年代末ぐらいまでは、まだスターだったようですが、ヒットも止まり、75年には芸能界を退き、故国スイスでスキーインストラクターになり、さらにフランスの地方でレストランを開業したり...。2006年にカムバック、2010年にベストCD、そして2015年11月、人知れず74歳でこの世を去っています。
 この断腸の結婚破棄ロカバラード「指輪を捨てろ」ですが、歌詞訳してわかったのは、「おまえ」と二人称で語りかけてるのは自分なんですね。振られた自分を自分で説得してるんです。本当に悲しいです。

教会の前に、朝早くから、おまえは立ち尽くしている
おまえは結婚するはずだった
だけど彼女は来なかった
あの女はおまえをコケにしたのさ
だから、指輪を抜いて、捨てちまいな

手のひらの中に指輪握りしめて
おまえはまだ大丈夫だと思ってるのか
おまえは本当にお利口さんで

おまえは本当におめでたいな
ひとりの女に振られたって
そんなもの何でもないんだ
どうってことないんだ

結婚なんておまえ向きじゃない
おまえには向いてないんだ
おまえとは縁がないんだ
わかるか?
だからおまえは何も後悔することなんかないんだ
俺を信じろ
おまえは
指輪をはめて
首に縄をかけて
もう後に引けないと思ってるんだろう
おまえはそんなこと思ってるのか
一体何を考えてるんだ?
おい答えろよ
おまえしっかりしろ
おまえってやつは、おおおお!

冗談じゃないぜ、冗談はよせよ
シャレにならないぜ
ノンノンノンノン...
いつかこんなことみんな笑い飛ばせるんだ
いつか笑い話になっちまうって
だからおまえの悲しみなんか置いていけ
ここにおまえの悲しみを放っておくんだ
いいか、そうしろ
だがその前に、この結婚指輪を捨てるんだ
捨てろ、そうさ、捨てろ、
捨てるんだ
 ("Jette-la"  詞:ジル・チボー/曲:ラリー・グレコ)

(↓ LARRY GRECO "JETTE-LA" 1965年)

2016年9月25日日曜日

まれ!異例のレイ・レマ

レイ・レマ&ローラン・ド・ヴィルド『リドルズ』
Ray Lema & Laurent De Wilde "Riddles"

 レイ・レマ(コンゴ出身のマルチインストルメンタリスト。今回はピアノ専業)とローラン・ド・ヴィルド(ワシントン生れのニューヨーク派仏ジャズ・ピアニスト)のピアノ二重奏アルバム "RIDDLES(謎)"。
 準備期間6ヶ月、リハーサル1ヶ月。だからある日偶然にスタジオに居合わせて作ったアルバムとはまるで違う。全く違う道のりを歩んできた(放浪してきたと言うべきか)二人の音楽家が、(レイの言葉では)「その道が実はひとつだったような」ところまで歩み寄る。(ローランの言葉では)「ひとりのピアニストというのは全部がひとりでできる世界の王者だ。それが目の前にもうひとりの世界の王者が現れて対話する時には、良質の謙虚さが要求される」。腕の競い合いではない。ひとつのメロディーを二人で違う方法で愛でていくような。全体的な印象としてはレイのアフリカ的なるものが、ローランの包み込みで輝きや色彩が増していく感じ。ジャズ的けれんみを排除し、音符数を減らし、二人が相手の次の呼吸を読み合えるまでに近づいていく。バラフォンのような音を出すローランのピアノ(3曲め "Fantani")は鮮やかなアフリカへのオマージュ。ブルース、マンダング、タンゴ、ラグタイム、ジャマイカン... 二人の呼吸が合ったらあれもできる、これもできる、という茶目っ気混じりのオリジナル曲(ほとんどレマ/ド・ヴィルドの共作)は、優美さが際立っている。録音の数日前に知ったプリンスの死を悼んで、録音演目に入れた「アラウンド・ザ・ワールド・イン・ナ・デイ」(10曲め)。2016年に聞いた最も美しいアルバムの1枚。
<<< トラックリスト >>>
1. INTRO (Lema/De Wilde)
2. COOKIES (Lema/De Wilde)
3. FANTANI  (Lema/De Wilde)
4. RIDDLES (Lema/De Wilde)
5. CONGO RAG  (Lema/De Wilde)
6. TOO MANY KEYS (Lema/De Wilde)
7. THE WIZARD  (Lema/De Wilde)
8. LIANE ET BANIAN (De Wilde)
9. MATONGUE (Lema)
10. AROUND THE WORLD IN A DAY (Prince/John L Nelson/David Coleman)
11. FANTANI - Radio Edit
(Lema/De Wilde)
RAY LEMA & LAURENT DE WILDE "RIDDLES"
CD GAZEBO GAZ127
フランスでのリリース:2016年10月21日
カストール爺の採点:★★★★☆
(↓)メーキング・オブ
 
 
 

2016年9月15日木曜日

やせガエル、負けるな

Gaël Faye "Pili Pili Sur Un Croissant Au Beurre"
ガエル・ファイユ『唐辛子の乗ったクロワッサン』

 2016年秋、ガエル・ファイユの初小説『プティ・ペイ(小さな国)』(グラッセ刊, 2016年8月)は大変な話題となっていて、FNAC小説賞を受賞したあと、フランスの権威ある文学賞であるゴンクール賞とメディシス賞の候補に選ばれ、ベストセラーを続行中。この小説についてはOVNI2016年9月15日号の「しょっぱい音符」で紹介したので、詳細はそちらにゆずるが、ガエル・ファイユの自伝的なフィクションで、ルアンダ人の母とフランス人の父の間にブルンディで生まれた主人公ガブリエルの幸福な少年時代が、90年代に始まる政変、クーデター、大統領暗殺、フツ族とツチ族の民族紛争から大虐殺へと進展していく歴史に巻き込まれていく10歳から13歳の日々が描かれている。素晴らしいテンポ、小気味良く出て来るアフリカ的ボキャブラリーと言い回し、少年のナイーヴさと大地の子供のしたたかさ、平和から大惨劇までを当事者として見つめる観察眼.... 大変な小説の登場だと思った。
 この当年34歳の作者は、音楽アーチストとして2008年から活動していて、 ラップ、スラム、ヒップホップのシーンではかなり知られている(ということを私は知らなかった)。カメルーン系フランス人のエドガール・セクロカ(aka シュガ)とのデュオ「ミルク・コーヒー・アンド・シュガー」を経て、2013年にガエルがソロアーチストとして発表したアルバムがこの "PILI PILI SUR UN CROISSANT AU BEURRE"。メジャーの仏ユニヴァーサル傘下のモータウン・フランスから。このレーベルはかのベン・ロンクル・ソウルが稼ぎ頭で、ガエルのこのデビュー・アルバムにもベン・ロンクル・ソウルがゲスト参加している。
 さてかく言う私はあの小説を読んだあとで、このガエルのアルバムを3年遅れで発見したというわけなのだ。アルバムの12曲めに未来の小説と同じ題の「プティ・ペイ」というトラックがあるように、このアルバムもまたこの青年の私小説的に、アフリカ、混血、ブジュンブラ(ガエルが生まれ育ったブルンディの首都)、99%の得票率で選ばれる大統領...など小説『プティ・ペイ』に現れる原風景があちらこちらに。冒頭の「A-France(アフランス)」(アフリカとフランスの結造語)から、タンガニーカ湖で一緒に遊んだ悪ガキ仲間の思い出がどれだけ恋しいかを歌うのだが、アフリカとフランスに身を裂かれてしまっていることを死ぬほどの苦しみと言う。フランスの血とアフリカの血の融合によって本来ならば溶け合ったもののはずなのに、この混血は「分離」していると歌う10曲め「メティス」。
 J'ai le cul entre deux chaises, j'ai décidé de m'asseoir par terre.
  僕の尻は二つの椅子の間にあるんだが、僕は地べたに座ることに決めた
              ("Métis")
このようなテーマは同じような混血だが、ルアンダ人(父)とベルギー人(母)の間に生まれたベルギーのスーパースター、ストロマエにも繰り返し現れるものである。ガエルとストロマエに共通する「引き裂かれ」の事件は、ルアンダとブルンディでの大虐殺であるが、ストロマエの場合はその父がその事件で死に、少年ガエルは自身がそれを実体験した。この二人はこの後も歌や小説でそれを語り続けるだろう。
 詞の世界もさることながら、サウンド構成や曲作りもかなり手が混んでいて、その仕掛人はギヨーム・ポンスレという作編曲家プロデューサー/キーボディスト/トランぺッターである。1978年グルノーブル生れのポンスレは、ミュージシャンとしてはもっぱらジャズの世界にいた人で、2011年までONJ(オルケストル・ナシオナル・ド・ジャズ)の一員だった。こちら側の世界ではMCソラールやミッシェル・ジョナスなどと仕事してきた人だが、ガエル・ファイユとはミルク・コーヒー&シュガー以来作編曲プロデュースでペアを組んでいる。ポンスレはこのガエルの初ソロアルバムのために、28人のミュージシャンを集め、録音はパリとブジュンブラ(ブルンディ)で行われている。大きなプロジェクトだったのだ。ブルンディの演劇/映画人/ミュージシャンのフランシス・ムイレ(「プティ・ペイ」)、セネガルのジュリア・サール(「スローオペレーション」)、アンゴラのボンガ・クエンダ(「大統領」)、南アフリカ・ジョハネスバーグのヒップホップバンド、トゥミ&ザ・ヴォリューム(「ブレンド」)、RDC(キンシャサ・コンゴ)のピチェンス・カンビロ(「アフランス」)、フランス人シンガーソングライター/フランソワ・グロワンスキから(偽)セネガル人ミュージシャンに転身したウースマン・ダネジョ(「メティス」)、 そしてフランス随一のソウルマン、ベン・ロンクル・ソウル(「イシンビ」)といった人たちがドンピシャの場所にいてガエルをサポートしている。
 あの本の後なので、私の興味は真っ先に12曲め「プティ・ペイ」に向かうわけだが、「小さな国、おまえは押しつぶされてしまったが死ななかった。おまえは苦しんだがその苦しみはおまえを倒すことはなかった」と満身創痍でも立ち続けた小国ブルンディをいとおしむ。自分自身も引き裂かれたままなのに。勇気ある大作アルバム。もっともっと知られるべき1枚。小説が引き金になったとは言え、こうやって3年後にアルバムを手にする人たちは少なくないはず。

カストール爺の採点:★★★★☆

<<< トラックリスト >>>
1. A-France (feat PYTSHENS KAMBILO)
2. Je Pars
3. Ma Femme
4. Slow Operation (feat JULIA SARR)
5. QWERTY
6. Blend (feat TUMI)
7. Charivari
8. Fils Du Hip Hop
9. Isimbi (feat BEN L'ONCLE SOUL)
10. Métis (feat OUSMAN DANEDJO)
11. Président (feat BONGA)
12. Petit Pays (feat FRANCIS MUHIRE)
13. Bouge à Buja
14. Pili Pili Sur Un Croissant Au Beurre
15. L'ennui Des Après-Midi Sans Fin

GAEL FAYE "PILI PILI SUR UN CROISSANT AU BEURRE"
CD Mercury/Motown/6D Production 3701593
フランスでのリリース:2013年2月

(↓)ガエル・ファイユ「プティ・ペイ」


(↓)ガエル・ファイユ「メティス」